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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様⑦

 きんこんかんこーん、っていうチャイムの音が、校舎のてっぺんの鐘楼から流れた。

 僕は大きな狼の式神の背中から飛び降り、思わず「おおー」って声を上げた。


 ここは高天原学園中等部の校庭。昼休みを終えた校舎の正面玄関には式服やら巫女装束やらの一年生がぞろぞろと集まってる。


 今日は中間テストの四日目。日程とか科目数とかの関係で、中等部のテストは高等部より一日早く終わるんだけど、その代わりに最終日の試験は夕方までになっていて、午後に神卸とか供骸操作とかの実技が詰め込まれてる。


 なので僕たち高等部の一年生は、明日の最終日の国際教養と数学と符術理論Ⅰを見捨てれば中等部の試験が見学出来る。

 

 はるばる鎮守の森を抜けて駆けつけた物好きなメンバーはいつもの五人──つまりは僕と黒川君と賀茂君、それに水瀬さんと彩葉さん。


 ちなみに、僕は黒川君の式神に運んでもらったけど、他のみんなはもちろん自分の式神で移動だ。僕ももっと頑張って、はやく()()に運んでもらえるようになりたい。


「──おや、君たちどうしたんだい?」

「夏乃様!」


 彩葉さんの歓声。校庭の真ん中で先生と話し合ってた先輩が、にこやかに歩み寄ってくる。


「あれ? 先輩、確かバイトって……」

「そうか、言っていなかったね。実は試験監督の補助を頼まれているんだ」


 監督官、って書かれた立派な腕章を僕たちに見せびらかす先輩。

 と思ったら、夜の星空みたいな瞳を悪戯っぽく細めて、


「それで、どうだい? テストの手応えは」


 あははは、と何となくみんなと顔を見合わせてしまう僕。

 先輩に向かって胸を張り、ぐっと親指を立てて、


「……なんとか!」

「なんとか?」


 首を傾げる先輩から視線を逸らして頬をかく。

 何がどう「なんとか」なのかは自分でもよくわからない。赤点だけは取ってないと思う。たぶん、今のところは。


「御厨君どんまい! 一緒に補修頑張ろうね!」

「水瀬!? お前、今回こそは完璧だって──!」

「違うの賀茂君! ほんとに完璧だったの! ただちょーっと本番でど忘れしただけっていうか!」


 大騒ぎする水瀬さんと賀茂君に、彩葉さんがやれやれって言いたそうにため息。

 あははは、って笑った先輩が校舎の玄関を振り返り、


「さ、試験開始だ。梨玖君の応援に来てくれたんだろう? どうか、上手くいくように祈ってあげてくれたまえ」


 手を振って小走りに校庭の真ん中に向かう先輩。その向こう、校舎の方から中等部の生徒が五列に並んで進み出てくる。


 ちょうど真ん中あたりに、巫女装束をきちんと着込んだ梨玖ちゃんの姿。

 水瀬さんと彩葉さんが、それぞれに名前を呼んで大きく手を振る。

 僕も軽く手をあげると、気づいたらしい梨玖ちゃんが顔を赤くしてぷいっと視線を逸らす。周りの子たちが興味津々っていう感じで話しかけ、梨玖ちゃんはますます赤くなってぼそぼそと何かを答える。

 どんな話をしてるのかは想像もつかないけど、友達とも仲良くしてるみたいで何より。


 と、担任らしい女の先生が、両手を一度だけ軽く叩く。


「それでは神卸の試験を開始します。一番から五番、前へ」


 氷川先輩が神符の束を投げ放つと、十メートル四方くらい結界が全部で五つ、校庭の真ん中に出現する。最前列の五人の生徒がそれぞれに結界の中に入り、真剣な顔で神符を構える。


「始め──!」


 合図と同時にあふれる神性の光。五人の生徒が神符の束を投げ放つと、符は空中で張り合わさって輝く武器を形作る。

 色とりどりの剣に銃、あるいは大砲。

 ストップウォッチで時間を測り始める先生の隣で、ふむふむとうなずいた先輩が立体映像の記録用紙に何かを書き付け始める。


 五秒、十秒と時間が経つうちに、生徒たちの顔に少しずつ汗が滲んでくる。神符を構える指がぶるぶると震え、小さな膝がぐらりとよろけて、


「……あ……」


 小さな声。

 へたり込んでしまった男の子の頭の上で、翡翠ひすい色の剣が光に溶けて消え去ってしまう。

 続けて一人、また一人と神卸を維持できなくなって、とうとう最後の一人が座り込む。全員が息も絶え絶えって感じで、顔にびっしりと汗を浮かべてる。

 だいたい一分か二分くらい?


「……意外と鍛えてないんだね。みんな」

「いや、そりゃ御厨君からしたらね?」

「宗一郎さん、そろそろご自分が受けた修行がおかしいということを自覚なさった方がよろしいかと思いますわよ?」

「えっ!」


 水瀬さんと彩葉さんから同時の突っ込み。待って、確かに祖父ちゃんの修行は高天原のやり方とだいぶん違うけど、そんなに?


「みんな、よく頑張ったね。ほら飴をあげよう。水はしっかり飲むんだよ」


 先輩が試験を終えた生徒一人一人に歩み寄り、手を引いて立たせてあげる。男子生徒も女子生徒もびっくりした顔で、中にはちょっとぽわーんとなってる子もいる。

 さすが先輩、中等部の子にも大人気だ。

 なんて考えてる間にも、試験はどんどん進んでいく。


「あ! 次だよ! 次、梨玖ちゃんの番!」


 わぁい、って手を叩く水瀬さんの隣で、賀茂君たち他の三人がちょっと緊張気味の顔をする。

 進み出る梨玖ちゃん頭の上には、丸くなった茶色の子猫。

 他の生徒たちから、次々に応援の声が飛ぶ。

 

「がんばれ──!」


 僕も一緒に大声で叫ぶと、梨玖ちゃんが一瞬だけちらっと視線を返す。ぷいっと顔を逸らした口元が、今にも笑い出しそうな形にへにゃっと曲がる。


 先輩が両手で複雑な印を結び、梨玖ちゃんの周りに入念に結界を張り巡らせる。

 始め、っていう先生の掛け声。

 光の紋様で編まれた立方体型の結界の中で、梨玖ちゃんが巫女装束の袖から神符の束を取り出す。


 耳にぶら下がった大きなお日様型のピアスが陽光にきらめく。梨玖ちゃんは一度だけ唇を強く引き結び、意を決したみたいに神符を投げ放つ。

 たちまちあふれる光。

 数十枚の符が互いを光る文字の糸でつなぎ合わせ、見たこともない武器を形作る。

 

「すご……あれ、何?」


 呆然とした水瀬さんの声。

 僕は答えられずに、ぽかんと口を開ける。


 たぶんレーザー砲とか、光学兵器の一種なんだと思う。梨玖ちゃんの前には人の背丈ほどもある金色の球体が浮かんでいて、ゆっくりと回転している。

 球体の正面には大きなレンズが埋め込まれていて、陽光を照り返して虹色に煌めいている。


 そんな球体の周りには円形の鏡が何十枚も浮かんで、球体を中心にぐるぐると旋回している。

 恒星を取り巻いて巡る惑星、いや、たぶん「八咫鏡」。

 なるほど、天照大御神のイメージにぴったりだ。


「できましたのね……」

 彩葉さんが胸の前で両手を組み、

「度会家伝来の神卸、『天照大御神』。中央の砲撃ユニットから射出した大口径レーザーを周囲のリフレクターユニットで反射、拡散し、全方位攻撃を可能とする。梨玖さんのお母様が使われたのを一度だけ見たことがありますわ」

「なるほどねぇ、あれが……」


 感心した顔でうなずく黒川君。僕も賀茂君と顔を見合わせる。聞くからに強そうな神威。砲撃主体なのは僕の火之迦具土神と同じでも、たぶん攻撃の自由度が段違いだ。


「くぅ〜〜〜〜! かっこいいなー!」

 水瀬さんが感極まった様子で拳を握り締め、

「よかったね御厨君! 梨玖ちゃん、ちゃんと出来てるよ!」

「うん!」


 自然と口元がにやけてしまう。梨玖ちゃんが神卸を制御できてるのももちろんだけど、事情を知らないはずの水瀬さんたちがこんなに応援して喜んでくれるのが嬉しい。


 そのまま一分、二分──他の生徒が次々に神卸を維持出来なくなって座り込んでいく中で、梨玖ちゃんだけはびくともしない。

 口元に余裕な笑みすら浮かべて、リフレクターユニットの小さな鏡を指先でつついて見せる。


 頭の上のたまが「にゃん」と得意げな声。

 担任の先生が先輩と顔を見合わせてうなずき合い、たぶん終わりの合図の柏手を──

 

 いきなり、時間が止まったみたいな錯覚。

 氷の杭を突き立てられたみたいな悪寒が、背筋を走り抜ける。


 視線が自然と足元、地面の下を向いてしまう。

 ショッピングモールで感じたのと同じ、地中深くに隠された強大な神性──アマテラスシステムの祈願炉の感覚。

 無数の細い糸が、梨玖ちゃんの体にするりと絡みつく。


 ゆっくりと流れる時間の中、子猫のたまがぶわっと茶色の毛を逆立てる。だけど梨玖ちゃんは気づいてない。担任の先輩も、氷川先輩でさえも、にこやかにうなずいて梨玖ちゃんに歩み寄ろうとしてる。


 ……僕以外には、見えてない……?


 何で、って思う間もなく爆ぜる光。

 梨玖ちゃんの前に浮かぶ巨大な砲撃ユニット──天照大御神が、瞬時に形を失って複雑な紋様に解けた。

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