猫と鴉とお狐様⑤
梨玖ちゃんがスマホを手早く操作すると、和室の壁いっぱいに立体映像のタイトル画面が表示された。
流れ始める勇壮なテーマ曲に、僕は思わず「おおー」って拍手してしまった。
「すごい! スラプラの最新版だ!」
「ん? 宗一郎も好きなの? スラプラ」
「もちろん!」
意外そうな顔の梨玖ちゃんにうなずく。「大乱戦スラッシュプランターズ」──略してスラプラ。色んな世界、色んな時代の伝説の植木職人が集まって最強の座をかけて戦う対戦型のアクションゲームだ。
世界中で遊ばれてるものすごく有名なゲームで、もちろん僕も知ってる、っていうかやりこんだ。
さっそくコントローラーを握ってゲームスタート。
ぴこぴこっていう耳に馴染んだ効果音と共に「START」の文字が点滅して、キャラクター選択画面に切り替わる。
さすがは最新版の「スラプラSPECIAL」。一〇八キャラもいて誰を使うか迷ってしまう。
とりあえず初代からいる一番有名なキャラ、キノコ職人の「鞠夫」を選択。
梨玖ちゃんが選ぶのは「蔵人」。自分の身長ほどもある園芸用の大剣を使うかっこいい金髪のお兄さんだ。
「なるほど……これがゲーム」
隣で見ていた氷川先輩が興味津々の顔でうなずき、
「御厨君は得意なのかい? この、なんだったかな? 『スラプラ』というのは」
「祖父ちゃんが好きだったんです。それで、一時期は毎晩対戦してて」
祖父ちゃんはゲームは何でも好きだったけど、その中でもスラプラは特にお気に入りだった。
小さい頃にちょっとだけ似てるゲームで遊んだことがあったらしくて、「スラプラ……そうか、スマじゃなくてスラか」って遠い目をしてた。
こういうゲームとかアニメとか映画とか漫画とかいわゆる「娯楽」って呼ばれる物は、世界の歴史の中で一度断絶してるんだって祖父ちゃんは言ってた。
五十年ちょっと前に量子神道が生まれて、世界の技術が丸ごとひっくり返って、その後すぐに戦争が起こったもんだからそういう技術を娯楽分野に使う人はいなくて、ようやく新しい作品が作られるようになったのは十年前に戦争が終わってからなんだって。
祖父ちゃんは古い作品をたくさん集めてたけど、あれはたぶん、そういう「文化の空白期間」の中で長く生きてきたからなんだと思う。
量子神道が生まれる以前、西暦二〇三〇年代より前の歴史は僕にとっては教科書の中の出来事。子供の頃の祖父ちゃんがその「スマなんとか」っていうゲームでどんなふうに遊んだのかなんて想像することも出来ない。
「隙あり!」
「え? ……って、あ──!」
梨玖ちゃんの声に我に返った時には手遅れで、大剣に吹っ飛ばされた赤い帽子のキノコ職人が空の向こうに吹っ飛んでいく。
立体映像の画面に表示される「勝負あり」の文字。すらっとした金髪の植木職人が大きな剣を構えてかっこいいポーズを決める。
「しまった……」
「油断したね! 勝負の世界は非情なのさ!」
へへーん、と得意満面で胸を張る梨玖ちゃん。僕は大急ぎで次のキャラを選択する。
一方的にやられはしたけど、今の一戦で実力はわかった。わざわざコントローラーを持ってくるだけあって、梨玖ちゃんの腕前はなかなかだ。
「なら、こうして、こうだ!」
「うわ! ちょ、ちょっと待って待って!」
今度は梨玖ちゃんのキャラが吹っ飛ぶ番。段差のあるステージを巧みに使った上下左右からの攻撃を受け損ねて、大剣使いのお兄さんがぼかんと爆発する。
「やったなー! いーよ! 次こそボクも本気だからね!」
「よし! じゃあ僕はこれで!」
お互いにどんどんキャラを変えながら、一進一退の攻防が続く。梨玖ちゃんの腕前は僕とだいたい互角。やっぱり、対戦はこのくらいのレベルが一番楽し──
隣には、ぽかんと口を開けたまま画面を見つめる氷川先輩。
しまった。完全に忘れてた。
「あの……先輩もやります?」
「えっ!」
おそるおそる声をかけてみると、先輩はなぜかものすごくびっくりした顔。
自分の手元のコントローラーと目の前の画面、それから僕と梨玖ちゃんの顔をなん度もせわしなく見比べ、
「わ、私が、やるのかい? これを!?」
「そうですけど。……もしかして初めてですか?」
「は……恥ずかしながら、そうなんだ。氷川の家にはこういうものがまったく無くてね……」
「そうなんですか……でも大丈夫ですよ。小学生でもやるゲームですし」
天才の先輩なら操作くらい簡単──なんて考えながら、自分のコントローラーをお手本に示して見せ、
「いいですか? これが左右の移動でこれがジャンプ、これがしゃがみでこれがガード。で、こっちが攻撃です」
「う、うん……?」
「とりあえずやってみようよ夏乃姉!」
元気よく宣言した梨玖ちゃんが先輩のコントローラーのボタンを横から勝手に押す。「待ちたまえ!」っていう先輩の声も虚しく対戦が始まってしまう。
「それじゃあ練習ね。夏乃姉、右に動いて」
「み、右?」
しばしの沈黙。
意を決した様子で唇を噛み締めた先輩が、コントローラーを握った両手を体ごとえいやーっと右に動かす。
「違う違う! 夏乃姉違う!」
「こうじゃないのかい!?」
慌てふためいた先輩がぐるっと僕の方を向き、
「御厨君、私一人では無理だ! 指導を頼む!」
え?って瞬きする僕を、先輩がぐいっと抱き寄せる。気がついた時には僕が前で先輩が後の二人羽織みたいな格好で、お互いに重ねた手でコントローラーを持つ格好にされてしまっている。
背中にふわっと柔らかい感触。
「せせせせ先輩!?」
「これが一番手っ取り早そうだからね。さあ! どのボタンをどう押せば良いかしっかり指導してくれたまえ」
真剣そのものの先輩の声。
たちまち、梨玖ちゃんが真っ赤な顔で「あーっ!」って叫んだ。
「ずるい──っ! 宗一郎そこどいて! ボク! ボクが夏乃姉の指導やる!!!」
*
さわさわという木々のざわめきが、窓の外から聞こえた。
僕は布団の上で寝返りをうち、ぼんやりとまぶたを開いた。
照明の落ちた料理部の部室。隣では梨玖ちゃんがすーすーと寝息を立てている。さんざん遊んで騒いで、どうやら満足してくれたみたい。
「……ママ……」
小さな唇から、ショッピングモールで聞いたのと同じ声。
そっと手を伸ばして、布団を肩にかけてあげる。
……大変なんだろうな……
三名家の跡取り、依代っていう役目の意味は僕には全部はわかってあげられない。だけど、三機神の力、それを預かるっていうことがどういうことかなら少しはわかると思う。
小さい頃からそんな重荷を背負って、しかも上手くいかなくて半年も学校を休むことになって。
強気で偉そうに振る舞ってても、きっと不安なんだろう。
その不安を乗り越える手助けを、僕が少しでも出来たら嬉しいなって思う。
「おや、起きていたのかい? 御厨君」
急に、梨玖ちゃんの向こうの布団から声。氷川先輩が薄闇の中にゆっくりと身を起こす。
窓から差し込む月明かりに照らされて、長い黒髪がするりと流れる。
「今起きたところです」
「私もだよ」
ふふっと笑った先輩が、足音を忍ばせて近寄る。
思わず瞬きする僕の向かい、春用の薄い布団の中に、青いパジャマがするりと入り込む。
「先輩──!?」
「静かに。梨玖君が起きてしまうよ」
しぃ、って唇に人差し指を当てる先輩。その唇がゆっくりと僕の顔に近づいてくる。
角度的に、どう考えて頬じゃない。
……そ、そんな急に……!
軽く触れ合った足の柔らかさに心臓が爆発しそうになる。
頭の中が真っ白で、指一本動かせない。
完全に固まってしまった僕に、先輩はぎりぎりまで顔を寄せて、
「……梨玖君のことだけどね」
「……………………へ?」
思わず声。
何度も瞬きし、これは「そういうこと」じゃないんだってやっと気がついて、
「は、はい!」
「どうしたんだい? 御厨君。顔が赤いけど」
先輩は僕のおでこに指を当ててちょっと首を傾げ、
「まあいい。……今朝、生徒会長に呼ばれただろう? あれはショッピングモールの件、というより地下に封印されているアマテラスシステムの祈願炉の件でね」
一気に頭が冷える。
そんな僕に先輩はスマホの小さな画面を示し、
「市政府から調査報告が上がってきた。……梨玖君の前に天照大御神らしい神性が出現したその時間、何者かが祈願炉の監視カメラの制御システムに干渉した形跡があるらしい」
「……どういうことですか?」
「三機神の祈願炉を観測するというのは、本来、とても危険な行為なんだよ」
先輩は息を吐き、
「量子神道の観測問題さ。観測するということはすなわち祈るということ。アマテラスシステムくらい途方もない神性の塊になるとね、誰かが『見る』こと自体が神としての存在を励起することにつながりかねないんだ。……だから、学園と度会家は祈願炉の監視業務を市政府に委託して、無人のシステムや神職の素養がまったくない職員にモニタリングを任せていた」
僕は考える。梨玖ちゃんがショッピングモールにいたあの時間、誰かが監視カメラ越しに地下の祈願炉を観測した。
神職としての能力を持った誰か。
その行為が封印されているはずの祈願炉を目覚めさせ、梨玖ちゃんの前に天照大御神が顕現するきっかけになった。
「先輩、それってやっぱり……」
「競技祭で八岐大蛇を顕現させた誰かと無関係、なんてことはあり得ないだろうね」
地下の模擬都市に現れた狐面の男、神格解放戦線のリーダーの姿を思い出す。
あの人は今、どこにいるんだろう。
そして、その裏にいるはずのスポンサー──世界最大の量子神道企業「高千穂重工」の中に潜んでいる何者か。
「私と御厨君には梨玖君の身辺に一層の注意を払ってほしいそうだよ」
先輩は肩をすくめ、
「すまないね、ただの生活指導のはずが大事になってしまった」
いえ、って首を振る。競技祭で僕を狙った敵の目的がスサノオシステムなら、梨玖ちゃんとアマテラスシステムのことだって僕と無関係じゃない。
それに何より……
「梨玖ちゃんに元気になってほしいですから」
「……そうだね。私もだよ」
うなずいた先輩が僕の背中に両手を回す。
ぎゅっと体を抱きしめられる感触。
僕はおそるおそる手をのばし、先輩の背中に手を触れ、
「あ」
視界の端に、輝くオレンジの瞳。
いつの間にか起き上がった梨玖ちゃんが、握りしめた拳をぶるぶると震わせた。
「ふ、ふふふふ二人とも何やってるんだよ──!」
「り、梨玖ちゃん落ち着いて!」
「違うんだよ梨玖君! これはだね!」




