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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
漆ノ舞

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猫と鴉とお狐様④

 座卓の向こうの梨玖ちゃんがむっすーっと頬を膨らませて、ぷんすこ顔で腕組みしている。

 その前で、僕と先輩は並んで正座している。


「どーいうことなのっ!」

 小さな拳がお皿が残ったままの座卓をどんっと叩き、

「なんで!? なんで夏乃姉の部室にそいつがいるのっ!」

「おおおお落ち着きたまえ梨玖君!」


 両手を広げて、どうどう、となだめる先輩。

 その手がさりげない所作で中華皿とかスプーンとかを梨玖ちゃんの攻撃範囲から取り除ける。


「そもそも、梨玖君はどうしてここに? 御厨君がここにいるのにどうやって気がついたんだい?」

「たまが教えてくれたんだよ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ梨玖ちゃんの頭の上で茶色い子猫が「にゃん!」って答える。

 そっか。こいつは梨玖ちゃんと僕の両方に繋がってるから、神縁をたどれば僕がどこにいるかバレバレになってしまうわけだ。

 裏切り者めってこっそり睨むと、たまは涼しい顔で自分の前足をぺろぺろ舐める。


「ボクだってずーっと前から料理部入りたかったのに! なんで宗一郎は良くてボクはダメなんだよ! 夏乃姉の嘘吐き! 宗一郎とはただの『お友達』だって言ってたじゃんか──!」

「「いや、それは本当」」

「ええっ!?」


 同時に答える僕と先輩に梨玖ちゃんが目を丸くする。そこは大事なところなのではっきりさせておかないと、うん。


「お友達……そ、そっか。お友達……」

 梨玖ちゃんはどうしてだかものすごく何か言いたそうな顔で僕と先輩を見比べ、

「と! に! か! く! 説明して! なんで宗一郎がここにいるのか!」


 オレンジ色の瞳が壁の部員名簿をぎろっと睨む。半紙の名簿には先輩と僕の名前がしっかりと書かれている。下手な誤魔化しは通じそうにない。

 と、こほんと咳払いの音。

 先輩がまっすぐ背筋を伸ばして梨玖ちゃんを見つめ、


「こうなったら隠しておくのも難しいね。……梨玖君。きみも度会家わたらいけの依代である以上は知っておくべきだ」

「な、なに?」

「……つまりだね、私がスサノオシステムを起動できるようになったのは御厨君のおかげなんだ」

 横目にちらっと僕に目配せし、

「詳しくは説明できないけど、御厨君は特殊な修行を受けていてね。スサノオシステムの機能を安定させる手助けをしてくれたんだ」

「そう、なの?」


 驚いた顔の梨玖ちゃんに僕は慌ててうなずく。なるほど。「スサノオを召喚したのはあくまでも氷川先輩だけど、それには御厨宗一郎の協力が不可欠だった」ってことにするわけか。

 確かにそのくらいの理由がないとこの状況は説明できないし、ぎりぎり嘘も吐いてない。たぶん。


「おかげで私は須佐之男命すさのおのみことの声を聞くことが出来るようになったんだけど、まだ安定していなくてね。彼とは出来るだけ一緒にいて、神性を同調させ続けないといけないわけさ。……納得したかい?」


 いかにももっともらしい説明を流暢りゅうちょうに語る先輩。向かいの梨玖ちゃんが、むむむむ、って腕組みする。

 頭の上のたまが「にゃあん?」と不思議そうな顔。

 と、梨玖ちゃんは深々とため息を吐き、今ひとつ納得してない顔で、


「……なんか微妙だけど、わかった」

 たまの背中にそっと手を乗せ、ぷいっと顔を背けて、

「まあ……宗一郎は良いやつだし? 仕方ないから我慢する……」


 ……やった……!

 

 心の中でガッツポーズ。上手くまとまった。いや、僕は横で黙って話を聞いてただけなんだけど。


「わかってくれて嬉しいよ。……そうだ、プリンをごちそうしよう。冷やしてあるんだ。それを食べて、今日は大人しく帰りたまえ」


 立ち上がった先輩が台所に向かおうとする。僕も続いて立ち上がり、座卓に残った食器を片付け始める。

 と──


「やだ」

「梨玖君?」

「ボク、ここで夏乃姉と一緒に寝る!」

「梨玖君──!?」


 振り返った先輩の唖然とした顔。

 その前で、梨玖ちゃんは憤然と立ち上がり、


「納得したけど納得いかない! 宗一郎ばっかりずるい! ボク、ここで夏乃姉とお泊まりする! じゃなきゃ絶対、ぜーったい許さない!」


 思わず先輩と顔を見合わせてしまう。氷川先輩は「そう来たかー」っていう顔で、腕組みして唇に人差し指を当てる。

 そのままたっぷり十数秒。

 深々と息を吐いた先輩がふわっと柔らかく笑って、


「仕方ないね。特別だよ」

 生クリームとさくらんぼが乗った立派なプリンを冷蔵庫から取り出して梨玖ちゃんの前に置き、

「私が中等部の時に使っていたパジャマを貸してあげよう。……明日は朝一で起こすからね。覚悟するんだよ?」

「やった!」


 わぁい、って両手を上げる梨玖ちゃんの頭の上で、たまが「にゃん!」って尻尾を立てる。

 僕もなんだか嬉しくなってうんうんうなずき、


「じゃあ、僕はそろそろ帰ります。先輩、梨玖ちゃん、また明──」


 明日って言いかけた途端、ぐいっと袖を引っ張られる感触。

 梨玖ちゃんの小さな手が、僕の手をぎゅっと掴んだ。


      *


「……先輩、お風呂いただきました、けど……」

「ああ、お帰り御厨君。お湯は抜いてくれたよね? 掃除は式神が勝手にやるから」


 ふすまを開けて中を覗き込むと、いつもの座卓はすっかり片付けられて和室には布団が三つ並んで敷かれていた。

 僕はまだちょっと湿ってる髪を手のひらで撫で付け、布団と壁のちょっとの隙間を所在なくうろうろした。


 この部室にお風呂があるのはわかってたけど、まさか自分が使う日が来るなんて思わなかった。

 もちろん先輩も入ったし梨玖ちゃんも入った。二人は気にしてないみたいだけど、梨玖ちゃんはともかく先輩の後っていうのはものすごく落ち着かない。


「御厨君の布団はその右端のやつということにしよう。梨玖君が真ん中、私が左で良いよね?」


 枕を並べ終えた先輩が立ち上がってうなずく。いかにも上等そうな生地の青いパジャマ。湯上がりの長い髪は頭の上でまとめて、うなじの白さが眩しい。

 僕の前に歩み寄り、胸とか肩とかにぺたぺた手を当てて、


「シャツの大きさは大丈夫かい? すまないね、御厨君に合いそうなのがそれしかなくて」

「大丈夫です」

 

 シャツの裾を指でつまんで見せる。先輩が貸してくれたシャツは男女共用の白無地で、ちょっと襟元が窮屈だけど寝るのには問題なさそう。

 って──


「先輩。……この服、先輩も着るんですよね……?」

「そうだよ? 夏場なんかはそれ一枚で」


 声が止まる。

 見る間に真っ赤になる先輩の前で、僕もなんだか顔が熱くなってしまう。


「す……すいません先輩。変なこと言って」

「へ、変なことってなんだい!? い、いけないなあ、御厨君はえっちなことを考えて……」

「かかか考えてません!!!」


 お互いになんとなく顔を逸らして深呼吸。

 と──


「夏乃姉お待たせー! どうこれ! 可愛い? サイズぴったり!」


 奥の洋室から飛び出してきた梨玖ちゃんが布団の上でくるっと一回転する。

 桜の花びら模様をあしらったピンクのパジャマ。確かに可愛いしよく似合ってるんだけど、先輩が昔これを着てたんだって思うとまた色んなことを考えてしまう。

 梨玖ちゃんの頭の上のたまが、呆れたみたいに「にゃん」って声。

 いけない。先輩に見られないように両手を体の後ろに隠して、自分で自分の手の甲をぎゅーっとつねる。


「う、うん! よく似合っているよ。なんだか懐かしいね」

 軽く咳払いした先輩が柔らかく笑い、

「今夜は私が預かるということで、女子寮の方には連絡しておいたけど、明日からはちゃんと自分の部屋で寝るんだよ? 私はともかく御厨君まで引き留めてしまったなんてバレたら大事だからね」

「わかってるよ! 今日だけ特別!」


 頭の上のたまをひょいっと腕に抱える梨玖ちゃん。

 先輩は僕に向かって肩をすくめて見せ、


「御厨君もすまないね。付き合わせてしまって」

「いえ、楽しいです」


 先輩と二人きりって言われたら緊張してしまうけど、梨玖ちゃんもいるし安心。僕はやったことないけど、林間学校とか修学旅行とかってこんな感じなのかもしれない。

 うなずいた先輩が「よし」って手を叩き、


「それじゃあ消灯の時間にしようか。明日も早いことだしね」

「ええーっ!?」

 たちまち梨玖ちゃんが頬を膨らませ、

「ダメだよそんなの! ボク、夏乃姉と遊ぶ! ぜったい遊ぶんだから!」

「いや、そうは言ってもね。この部室にはトランプもないし」


 先輩が困り顔を向けるけど、僕も遊ぶ道具なんて持ってない。

 と、「ふっふっふっ」っていう意味深な笑い声。


「もちろん! ちゃんと用意してきたよ、このボクが!」


 ものすごいドヤ顔で胸を張った梨玖ちゃんが、どこからか取り出したゲームのコントローラーを僕と先輩にぽいぽいっと投げ渡した。

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