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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
陸ノ舞

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ショッピング・オン・高天原④

 駆け寄ろうとした足が、寸前で止まった。

 光の中に佇む女の子の姿に、僕は息を呑んだ。


「梨玖ちゃん……?」


 おそるおそる名前を呼んでみるけど、女の子はただまっすぐに天窓の向こうの空を見上げている。

 先端を赤く染めた薄茶色の髪が太陽の光に揺らめく。

 間違いなく、梨玖ちゃん。

 その足元に、無数の神符が散っている。


「何、あれ……」

「え? イベント? あんなのあったっけ」


 周りのお客さんたちが口々に声。その場の全員が梨玖ちゃんと同じように空を見上げる。

 僕も同じ方向に目を凝らし、やっと気づく。

 違う。みんなが見てるのは空じゃない。

 天窓の内側、降り注ぐ陽光の中で、不定形な何かが陽炎かげろうみたいに揺れる。


「梨玖ちゃん──!」


 慌てて駆け寄ろうとした途端、つま先にバシッと強い衝撃。ばら撒かれた神符の一枚が靴の先っぽに接触した瞬間、迸った光が靴の先端を焼き焦がす。


 結界とかそういうのじゃない。強すぎる神性がダダ漏れになってる──そんな感じ。

 とっさに立ち止まる僕の前で、揺らめく陽炎が少しずつ人の形を帯びていく。

 揺らめく薄絹みたいな装束をまとった、大人の女の人っぽい半透明の姿。幽霊みたいな陽炎がゆっくりと降りてくる。


 梨玖ちゃんは逃げない。それどころか、陽炎に向かってゆっくりと両手を差し伸べる。

 細い指先からは、供骸を操る時に似た数本の細い糸。

 その糸が頭上の陽炎じゃなく梨玖ちゃんの足元に向かって垂れ下がってるのに気づいた瞬間、目の前が真っ暗になる。

  

 ……なんだ……!


 糸を伝う神性の流れに意識が引きずられる。白塗りの床から地面を通って高天原の巨大な地下構造へ。闇の中に幾つもの光景が次々に浮かんでは消える。

 競技祭の舞台になった演習場、緑の稲穂が揺れる農業区画。広大な山林と人工の海。無数の式神が規則正しく動く工場区画──


 無数の蝋燭と電子機器の灯りに照らされた、厳かな祭壇。

 四角い立方体型の巨大な祈願炉が、ゆっくりと回転する。

 祭壇の中央に浮遊する祈願炉の周りには標縄しめなわが巻かれ、光る文字で編まれた結界がそのさらに外側を幾重にも取り囲んでいる。

 だけど、その厳重な封印も、祈願炉からあふれる神性の全てを閉じ込めることは出来ない。

 祈願炉が脈打つみたいにかすかな揺らめくたびに、あふれた橙色の光が細い糸を伝って地上へ、梨玖ちゃんへと駆け上っていく。


 ……これで……!


 考えるより早く動いた手が、ポケットから数枚の神符を掴み出す。投げはなった符が空中で一振りのプラズマナイフを形成し、瞬時に宙を薙いで細い糸を断ち切る。


 小さな体が、ぐらりとよろける。

 慌てて駆け寄って両手を差し伸べ、細い体を抱き止める。


「梨玖ちゃん! 大丈夫? しっかり!」


 揺らさないように気をつけて呼びかける。

 と、かすかな吐息。

 梨玖ちゃんはオレンジの瞳でぼんやりと天窓の方を見上げ、

 

「……ママ……」 


 驚いて振り返る僕の頭上で陽炎が揺らめく。薄絹をまとった半透明の女性──って言っていいのかわからないけど、とにかく正体不明の存在が梨玖ちゃんをまっすぐに見下ろす。

 その姿が太陽の光に溶けて、消失する。

 暖かで穏やかな神性の煌めき。

 小さくうなずいた梨玖ちゃんが、今度こそ目を閉じた。


      *


「……簡単に言ってしまうとね、梨玖君には神卸の才能があり過ぎたんだよ」


 西の空に沈みかけた夕陽が、窓の向こうに広がる鎮守の森を赤く照らした。

 中等部の近くにある女子寮の二階、梨玖ちゃんが使ってる部屋。可愛らしいぬいぐるみが置かれたベッドに、僕は眠ったままの小さな体をそっと下ろした。


 あの後は色々あって大変だった。氷川先輩や他のみんなと合流して、それから生徒会に連絡を取って。眠ったままの梨玖ちゃんは大学附属の病院で検査を受けたけど、すごく疲れてるだけで異常はないっていう話だった。

 先輩と二人で梨玖ちゃんをここまで運んで、時計の針はもうすぐ夜。

 病院の入り口までで別れた賀茂君たちからはたくさんメッセージが来てるから、後でちゃんと説明しなきゃ。


「梨玖君のお母様──先代のアマテラスシステムの依代だった方は梨玖君が物心つく前に亡くなられてね。東方神域戦争が終わった直後で度会の御当主もやらなければならないことだらけで、梨玖君はほとんどお手伝いさんに育てられたんだ。……それが寂しかったんだろうね。依代を引き継いだ梨玖君はアマテラスシステム、いや、天照大御神の中にお母様の姿を追い求めるようになった」


 氷川先輩の白い手が、熱に浮かされたみたいな梨玖ちゃんの頬をそっと撫でる。ん、と息を吐いた梨玖ちゃんがその手に自分の手を重ねて顔を押し当てる。

 寝息が穏やかになる。

 先輩は優しく微笑み、真面目な顔を僕に向けて、


「梨玖君が初めて天照大御神を呼んだのは五歳の時だ。澄葉さんよりも早いんだからとんでもない才能だけど、肝心なのはそこじゃない。──彼女が呼んだ神様はただの人間そっくりの姿で顕現して、おまけに自分の意思と独立した人格を持って、彼女が何も命じなくても勝手に動いてしまったんだ」

「え……」


 思わず、僕は先輩と梨玖ちゃんの顔を見比べる。

 僕たちが使う神卸では、普通は神様を武器とか道具とか、あるいは現象そのものみたいな扱いやすい形で呼び出す。もちろん神格解放戦線の人たちがやってるみたいに「いかにも神様」っていう姿で呼び出すやり方もあるけど、少なくとも人間そっくりっていうのは聞いたことがない。

 まして、それが自分の意思で動くなんて。


「ありえるんですか? そんなこと」

「普通はないよ。だから大問題になった」

 先輩は難しい顔で窓の向こうに広がる鎮守の森を見つめ、

「その時は度会の御当主と近くにいた神職が数人がかりで抑えたけど、学園に入ってからも同じことがたびたび起こってね。そのうちに梨玖君は修行を嫌がるようになって、すっかり不良娘になってしまった。……それでもなんとかなっていたんだよ。半年前まではね」

「……何があったんですか?」

「アマテラスシステムが起動した」


 息を呑む。

 三機神、アマテラスシステム。先輩のスサノオシステムや押見副会長のツクヨミシステムと並ぶ人類の最強の兵器。

 しかも、先輩のこの言い方なら、もちろんただ起動したんじゃなくて──


「……勝手に動いたんですか?」

「梨玖君自身にも制御できなかったそうだよ」

 先輩は小さな体にそっと掛け布団をかぶせ、

「幸い、場所が地下演習場の外れでね。授業中でもなかったから居合わせた数人の教員以外に知られることはなかった。駆けつけた澄葉さんがツクヨミシステムでどうにか抑えて、大惨事は免れたんだ」


 一息。

 先輩はすごく悲しそうな顔で梨玖ちゃんの茶色の髪を撫で、

 

「三機神は一騎で一軍を殲滅可能な究極の兵器だからね。もちろんそのままにしてはおけない。学園と市政府に日本政府まで交えた話し合いが行われて、最終的にアマテラスシステムの祈願炉を取り外して高天原の地下に封印することになったんだ。学園と市政府の共同管理でね。……きみが見たのはたぶんそれだ」


 そうして、梨玖ちゃんは半年の停学処分になった。

 度会の家に戻されて、呼び出した神が自我を持たないように入念な処置を施されて。

 

「御厨君が見た陽炎みたいな神性は、間違いなく天照大御神だろうね。梨玖君が高天原に戻ったことでアマテラスシステムの祈願炉が反応した。……さっき学園長から調査報告が届いたけど、自我を持って動いた形跡は見られないそうだよ。度会家の封印は上手く作用しているようだね」


 僕は何て言ったらいいのかわからなくなって、小さな寝顔を見つめる。

 わがままで、元気いっぱいで、からっと明るいお日様みたいな女の子。


「……先輩。梨玖ちゃん、本当に学園に戻ってきて大丈夫だったんですか?」

「難しいところだね」

 先輩は息を吐いて、

「もちろん度会家の政治的な事情もあるんだろうけど、梨玖君がこのままではいけないというのも確かなんだ。天照大御神を制御できなければ彼女はまた家に連れ戻されて、クラスの友達とだって会えなくなってしまう。問題を克服するにはアマテラスシステムの祈願炉があるこの高天原で修練を積むしかない。……度会の御当主にとっても、苦渋の決断というわけさ」


 さて、って小さな声。

 先輩が立ち上がって大きく伸びをし、


「私たちの役目は梨玖君にきちんとした学生生活を送らせることと、不測の事態に対処することさ。彼女が自分の神を正しく扱えるようになるまで見守る。……御厨君には苦労をかけるけど、よろしく頼むよ」

「はい。大丈夫です」

 ベッドに眠る小さな顔を見下ろし、

「僕、梨玖ちゃんのこと好きですから」

「……心強いけど、なんだか少し妬けてしまうね」


 え?って振り返った途端、細い腕にぎゅっと抱きしめられる。

 頬に、小さな唇がちょんと触れる感触。

 瞬きする僕に、先輩はふふっと笑って、


「さ、今日のところは帰りたまえ。ここは女子寮だからね。御厨君がうろうろしていると大問題だよ」


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