太陽の巫女②
スキップを踏むみたいな軽快な足音が、生徒会室を駆け抜けた。
女の子はぽかんと口を開ける僕の前を全速力で通り過ぎて、氷川先輩の膝の上にぴょんと飛び乗った。
「度会梨玖、ただいま帰って参りましたっ! 夏乃姉、元気だった? ボクがいなくて寂しかった? 聞いたよ、スサノオが呼び出せたんでしょ? 良かったねぇ。ボクも妹分として鼻高々だよ!」
「おおおお、落ち着きたまえ梨玖君!」
先輩があたふたと手を伸ばして女の子の小さな体を支える。女の子はすっかりご満悦の顔で先輩のセーラー服の胸に顔をすりすりさせる。
いいかげんに着崩してる上にどう見ても指定の色とデザインじゃないセーラー服。両耳には太陽の形をした校則違反の大きなピアス。女の子にしては短めの髪は自然な茶色だけど、端のところをちょっとだけ赤く染めてる。
一目でわかる。
この子、不良だ。
「まあまあ、いけませんわよ梨玖さん。氷川さんが困っていらっしゃいますわ」
「あ、澄葉姉! ちーっす!」
先輩に抱きついたまま肩越しに元気よく手を振る女の子──梨玖ちゃん。
ようやくちょっと体を離し、会議机をぐるっと見回して、
「戎っちに真白ちゃんにいおりんも! 元気してた?」
「お……おう」
「ひさしぶり」
ちょっと引き気味に挨拶する戎会計の隣で中臣書記が手首から先だけをひらひら振る。なるほど、真白ちゃんって中臣さんのことか。
って、待って。最後の「いおりん」って?
「……度会。何度も言っているが、そのあだ名はやめたまえ」
「えー、なんでよ。良いじゃん可愛くて」
ねー、ってもう一度先輩に抱きつく梨玖ちゃん。秩父生徒会長の額に青筋が浮かぶ。
なるほど、いおりん。
秩父伊織生徒会長だから、いおりん。
だめだ、笑っちゃいけない。
顔を逸らして必死に笑いを堪えてると、来客用のソファーで成り行きを見守ってた学園長が、ぷっ、と吹き出し、
「相変わらず元気そうね。安心したわ、度会梨玖さん」
「……うげ」
心底嫌そうな梨玖ちゃんの声。
小さな体が先輩の膝からぴょんと飛び降り、スカートの裾をいい加減に整えて、
「……中等部一年、度会梨玖。本日から学園にお世話になりますー」
完全に嫌々言ってる声。
くすくすと笑った学園長が残骸になった生徒会室の扉にちらっと視線を向け、その視線を副会長に移して、
「それで、どうかしら澄葉さん。梨玖さんは大丈夫そう?」
「……問題なさそうですわ」
返るのはなんだか安心したみたいな声。
押見副会長はいつの間にか取り出した神符を左右に払って飛び散る光の粒子を見つめ、
「度会家ではきちんと処置が行われたようですわね。この神卸なら問題ないかと」
「ないんですか!?」
思わず叫んでしまう。いや、この子さっき力づくでドアを吹っ飛ばしたけど、それはいいの?
「うん?」
なんて考えた途端、梨玖ちゃんの声。
お日様みたいな色合いのオレンジの瞳が初めて僕を凝視する。どうやら部屋に入ったとたんに氷川先輩に抱きついて僕に背中を向ける格好になったから、本当に今の今まで気がついてなかったらしい。
「誰? あんた」
「え! だ、誰って言われても……」
「御厨宗一郎さんとおっしゃいますわ」
しどろもどろに答える僕に割って入る声。
副会長がすっくと椅子から立ち上がり、なぜかものすごく嬉しそうな顔で、
「高等部一年、生徒会役員補佐。氷川さんの……そうですわね、許嫁と言えばよろしいかしら」
「副会長!?」
「澄葉さん──!?」
慌てて叫ぶ僕の隣で、同じく叫んだ先輩の顔がみるみるうちに真っ赤になる。慌てすぎて、呼び名が「副会長」から「澄葉さん」に変わってしまっている。
「……いいなづけ?」
と、呆然とした女の子の声。
ぎいっと音がしそうな動きで、梨玖ちゃんが先輩と僕を順番に見比べ、
「……こいつが、夏乃姉の、未来の旦那さま?」
「い、いや。待ちたまえ梨玖君、それはだね」
「だめ──っ!!!」
この世の終りみたいな叫び。
梨玖ちゃんはものすごい勢いで何度も床を踏み鳴らし、
「だめだめ! 絶対だめ! 夏乃姉の旦那様はもっとすらっと背が高くて、超絶イケメンで、優しくてお金持ちでIQ180で、それでボクよりも夏乃姉よりも澄葉姉よりもずーっと強くないとだめなの!!!」
女の子は先輩の胸にしがみつき、首だけでぐるっと僕を振り返ってがるるるるって威嚇する。なんかライオンの子供みたいだ。
「まったく……」
ため息を吐いた先輩がふっと柔らかく笑い、
「大丈夫だよ、梨玖君。後で説明するけどこれには深い事情があってね。私と御厨君はただの『お友達』だよ」
「……へっ?」
お日様みたいなオレンジの瞳がぱちっと瞬き。
梨玖ちゃんは先輩から腕をほどき、僕をじとっと睨んで、
「ほんとに? ほんとにただのお友達?」
「うん、そうだけど」
こくこくとうなずく。先輩とこの前「お友達から始めよう」って約束したばっかりだし、それで合ってる。たぶん。
「……ふーん、そっかー」
梨玖ちゃんはなんだか納得行かなそうな顔。
と、副会長がおかしくて仕方ないっていう感じでくすくす笑い、
「梨玖さんは相変わらず氷川さんにべったりですのね。うらやましいですわ」
意味深な流し目を秩父会長と学園長に向け、
「先日のお話ですけれど、やはり氷川さんと宗一郎さんにお任せするということでいかがでしょう」
ん?と思わず先輩と顔を見合わせてしまう。なんだかすごく嫌な予感がする。
「あの、話って?」
「そんなに警戒しなくても大した話ではないの。……ただ、梨玖さんは素行不良で半年ほど停学していてね。復学にあたっては彼女が悪いことをしないように、上級生が面倒を見ないといけないの」
さらっと告げる学園長。
秩父会長が後を引き継いで「そこでだ」って眼鏡を押し上げ、
「氷川執行役員、並びに御厨役員補佐。二人を度会梨玖の生活指導員に任命する」
「……………………はい?」
意味がわからない。指導員? 僕と先輩が、この子の?
「……ちょっと待ってほしい、学園長」
先輩がおそるおそるっていう感じで手をあげ、
「梨玖君の問題は生徒会、ひいては高天原学園全体に関わる重大な事案のはずだ。私は三名家の一人とはいえただの執行役員、御厨君にいたっては役員補佐。そんな重大な案件に私たち二人が責任を負うというのはいかがなものかと思うんだ。……御厨君もそう思うよね? ね!?」
「は、はい!」
振り返る先輩に全力でうなずく。生活指導って言ったら普通は朝遅刻しないようにとか宿題やるようにとかいう話だと思うんだけど、先輩の態度からすると絶対にそれだけじゃすまない。これ、関わっちゃだめなやつだ。
と、秩父会長が小さくため息。
眼鏡の奥の黒い瞳がきらーんと光り、
「……時に氷川執行役員、料理部の予算は足りているか」
先輩の動きがぴたっと止まる。
ぐるんと顔を向ける先輩に、会長はあくまでも真面目な顔で、
「御厨一年生の入学以来一ヶ月。厳選した食材をずいぶんと買い込んでいるようだが、帳簿の管理は大丈夫か?」
「そ、それは……」
あからさまに動揺した顔で視線を逸らす先輩。そういえば、料理部は学園に公認されてない先輩の個人的な活動で、予算は先輩が稼いだバイト代で賄われてるんだっけ。
僕は何も考えずに毎日ご馳走を食べてたけど、よく考えたら食い扶持が一人から二人に増えるのって大変なんじゃ。
なんて考える僕の前で、先輩はちょっと無理のある感じで胸を張り、
「も、もちろん完璧だとも! 春の祝祭の屋台で稼いだ分もあるしね。生徒会に心配されるようなことは」
「予算二割増額」
「ぐっ──!!!」
先輩がセーラー服の胸を手のひらで押さえてうめく。なんかすごいダメージが入ったぞ!?
「……ひ、卑怯だよ生徒会長。金品で人を従わせようなんていうのは下賎の輩の」
「秋の祝祭の予算は別途計上」
「はぅっ──────!!!」
今度こそ机に突っ伏す先輩。
その顔がゆっくりと起き上がり、絹糸みたいな黒髪を何事もなかったみたいに払って、
「まあ、大船に乗ったつもりで任せたまえ。梨玖君が模範的な生徒として振る舞えるよう、私と御厨君が導こうじゃないか! ねえ御厨君!」
「え!? は、はい!」
ほとんどヤケクソでうなずく僕。
今ひとつ話についてこれない様子の梨玖ちゃんが、うん?って首を傾げ、
「えっと……要するに、今日からは夏乃姉とずっと一緒ってこと?」
「まあそういうことだね。私と、御厨君と一緒だ」
先輩に促されて「よろしく!」って頭を下げる。
じとっとした視線を返した梨玖ちゃんが、僕にむかってべーっと舌を出した。




