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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
陸ノ舞

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太陽の巫女①

 生徒会室の分厚い扉を開くと、いつものメンバーはとっくに集まってそれぞれの席に着いていた。

 掛けたまえっていう秩父伊織ちちぶいおり会長の言葉にうなずいて、僕と氷川先輩はコの字型の会議机に座った。


 向かいの席で会計の戎蓮司えびすれんじさんが軽く手を上げ、中臣真白なかとみましろ書記がちらっと視線だけをこっちに向ける。日曜の緊急の呼び出しだっていうのに、生徒会らしくみんなきっちり制服。もちろん先輩もセーラー服だし、僕も大急ぎで学生寮に帰って着替えてきた。

 おかげで、どういうことなのか先輩に聞く時間が全然なかった。

 確か「度会梨玖わたらいりく」だっけ。度会って言ったらもちろん三名家の一つ、天照大御神あまてらすおおみかみを預かるあの「度会家」の人なんだろうけど、復学ってどういうことだろう。


「本当に申し訳ありませんわ。せっかくの二人きりのお休みでしたのに、お邪魔してしまって」


 先輩の隣に座った押見副会長がそっと頭を下げる。からかうみたいな口調はいつも通りだけど、目が笑っていない。

 何だかすごく緊張してしまう。

 副会長から会長、会計の戎さんに書記の中臣さんと順に視線を巡らせ、


 ……あれ……


 気がつかなかった。

 会議机の手前、来客用のソファーに、いかにも上品な黒いドレスの老婦人が座っている。


「学園長!?」

「ええ。お久しぶりね、御厨宗一郎さん」

 つば付きの帽子を脱いだ学園長が優雅に一礼し、

天鳥船あめのとりふねの事件以来かしら。その後の活躍も全て見させていただいているわ。特に、先日の八岐大蛇退治は見事だったわね」

「え……あ、はい」


 うなずき、穏やかに微笑む顔をまじまじと見つめてしまう。

 高天原学園長、八雲真矢やくもまや

 量子神道研究の第一人者で、当代随一の符術の達人だっていうのは、入学式の後で調べて初めて知った。

 

 この人には、実は一つ聞かないといけないことがある。天鳥船で初めて出会った時、この人は僕の名前を見た瞬間に、僕が祖父ちゃんの──「秋葉直哉」の孫だって気がついた。

 あの時はすぐ後にテロ事件が起こってうやむやになってしまったけど、よく考えなくても変だ。

 僕は祖父ちゃんに拾われて孫になったから血も名前も繋がりはない。祖父ちゃんは僕を連れて東北の田舎に引きこもって、その後は昔の知り合いとかとは全然連絡を取ってないみたいだった。


 この人は祖父ちゃんとどんな関係で、どうやって僕のことを知ったんだろう。

 と、学園長が急に柔らかな笑みを浮かべて、


「本当はあなたのお祖父さまの思い出話を聞かせてもらいたいところだけど、でもダメね。今日は『度会梨玖』さんの話が優先」


 黒手袋に包まれた両手がぱんっと柏手を一つ打つと、ポケットから飛び出した神符が一枚、生徒会室の扉に貼り付く。分厚い扉の表面に複雑な紋様が一瞬だけ浮かび、何本もの鎖になって扉を固く閉ざす。

 誰かがかすかに喉を鳴らす音。

 学園長は急に表情を改め、生徒会室の全員をぐるっと見回して、


「話は伝わっていると思いますが、彼女は本日付で高天原学園に復学します。学年は中等部一年。休学していた半年間の授業内容については、度会家での家庭学習と修練によって十分に補完されていると判断しました」

「ずいぶん急な話だねぇ、学園長」

 先輩が大げさに肩をすくめ、

「梨玖君は一年は静養すると聞いていたのだけれど、復学の申し出は度会家から?」

「ええ。先日の競技祭の後で、御当主から是非にと」


 八雲学園長の指が複雑な印を次々に結ぶ。

 と、生徒会室の真ん中に光で編まれた幾つもの書類が浮かび上がり、


「これは、梨玖さんが先日行った神卸の結果よ。状態は安定、制御も申し分なし。学園としても反論の余地がないわね。──少なくとも、記録上は」


 何だかよくわからない。

 と、置いてけぼりの僕を氷川先輩が「おっと」って振り返り、


「すまないね御厨君。きみにもきちんと説明しないといけなかった。……つまりね、梨玖君は度会家の、天照大御神あまてらすおおみかみとアマテラスシステムの依代なんだよ」

「だが、度会梨玖の神卸には少々問題があってな」

 秩父会長が後を引き継ぎ、

「そのために半年前から度会の家に戻っていたんだが、『無我化』の処置が安定したことで復学の申し入れがあったというわけだ」

「そうなんですか」


 またわからない言葉が出てきたけど、とりあえずうなずく。先輩の近くにいてなんとなく分かったけど、三名家の依代っていう立場はほんとに大変で、それが上手くいかなかったら休学して実家に帰るみたいな話になるんだ。

 田舎の小さな学校でのんびり過ごしてた僕とは全然違うな、ってちょっと遠い目。

 と、押見副会長が呆れたみたいに肩をすくめ、


「何を他人事みたいなお顔をなさっていらっしゃいますの。これはたぶん、宗一郎さんにも関係のあるお話しですのよ?」

「え?」


 意味が分からない。いや、確かに僕はスサノオシステムと接続できるから三名家に関わりはあるけど、その梨玖っていう子は全然知らないし度会家とも別に面識とかないし……


「ああ、それはそうか。迂闊だったよ」


 なんて考えた途端、隣で声。

 思わず見上げる僕に、先輩は困ったみたいに指先で頬をかいて、


「良いかい? 三名家はお互いに交流もあるし親しくているけれど、決してお友達というわけじゃないんだ。政治的な立場もあるし、お互いに他の二家に負けないように存在感を示す必要もある。……だからね、副会長のツクヨミシステムだけならともかく、私までもが呼べないはずのスサノオシステムを顕現させたことで、度会家もいよいよ黙ってはいられなくなったんだ」

「ええ……?」


 思わず顔をしかめてしまう。そういう話は苦手だ。僕がスサノオシステムを呼ぶのは先輩のためで、神卸の力は誰かを守るため。それだけの単純な話じゃなくなるのは、なんだか恐い。

 とはいえ、その梨玖っていう子は気になる。

 どんな子なんだろう。三名家の跡取りで天照大御神あまてらすおおみかみの依代っていうくらいだし、やっぱり氷川先輩や押見副会長みたいなすごくしっかりしたお嬢様なのかな。


「そういえば、先輩はよく知ってるんですか? その梨玖っていう子」

「え──!?」


 なにげなく聞いただけなのに、返ってくるは予想外の反応。

 先輩は急に挙動不審になり、生徒会室の天井に視線を右往左往させて、


「ま、まあ知っている、かな。小さい頃から氷川家にもよく遊びに来ていたし──」


 いきなり、生徒会室の外からものすごい音。誰かが全力で扉を叩いてるらしい。

 先輩がびくっと身をすくませ、ちょっとずつ扉から離れる方向に椅子をずりずりさせる。

 待って、何?


「……あれ? っかしーなー。開いてないじゃん何これ壊れてんの?……」


 扉の向こうからはいかにも甲高い独り言の声。口調はずいぶんぞんざいだけど、音の響きっていうか、舌足らずな感じがなんだか可愛い雰囲気。

 続いてまたしてもどんどんと扉を叩く音。

 何だかわからない。

 思わず視線で問う僕に氷川先輩が引きつった顔を左右に振り、隣の押見副会長が諦めきった顔で天井を仰ぐ。


 扉の向こうでは何やら不満そうなうなり声。学園長が来客用ソファーから立ち上がり、神符の束を取り出して扉に放り投げる。符はすぐに無数の光の鎖に姿を変えて、扉を内側からがっちりと抑え込む。

 と、急に、ふう、っていうため息の音。

 部屋の外の誰かがたぶんポケットをがさごそと漁り


「あーもーいいや。面倒くさいし吹っ飛ばしちゃお」

「えっ」


 思わず声。

 慌てて立ち上がる僕の後ろで、秩父会長と戎さんと中臣さんが次々に神符の束を扉に投げつけ、


「──お願い! 『天照大御神あまてらすおおみかみ』──っ!!!」


 目が眩むような閃光。

 太陽がそのまま地上に降りてきたみたいなものすごい光と熱が一瞬だけあって、生徒会室の扉の真ん中がまん丸の形に文字通り消滅する。

 燃えたとか吹き飛んだとかいう話じゃなくて、本当に一瞬で消し飛んで塵一つ残ってない。僕の荷電粒子砲で吹っ飛ばすのよりもっと綺麗で容赦がない。丸い断面はマグマみたいに赤熱して、そのさらに外側は真っ黒に焦げてしゅうしゅうと煙を噴いてる。


 残骸になった扉がゆっくりと傾いて、生徒会室の床にばたーんと倒れる。何かを悟り切った顔で微笑む押見副会長の隣で、秩父会長が握った拳をぶるぶると震わせる。

 鳴り響く火災報知の警報音と、氷川先輩のため息。

 そんな先輩に向かって、僕の胸くらいの背丈の女の子がものすごい勢いで両手をぶんぶん振った。


「夏乃(ねえ)ひさしぶり──!!!」


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