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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
伍ノ舞

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厄災の蛇、誓いの剣⑤

 春の花畑みたいな柔らかな風が、頬を撫でた。

 瞬きする僕の前で、世界を満たす白い光は急速に収束して、一面の葦の野原を形作った。


 静かな夕日に照らされて、見渡す限りの緑の穂がそよそよと揺れる。足下でかさりと音がして、意識だけで存在しているはずの体がしっかりと地面を踏みしめてるのに気付く。

 目の前には白い狩衣かりぎぬと袴──最高位の陰陽師の戦装束をまとった、艶やかな黒髪の、僕と同い年くらいの少年。

 その姿を見たことがある気がして、瞬きした途端に思い出す。


「そうだ! 夢の中で──」


 思ったことがそのまま口に出てしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。

 けど、間違いない。

 天鳥船でこんを倒した後、先輩に高天原まで運んでもらう途中で見た夢。

 白と赤の鎧を纏う機械の巨人を従えて、百万の機械天使の軍勢に立ち向かった、あの少年だ。


「びっくりした? 今のきみは意識だけの存在だからね、気をつけていないと何でも喋ってしまうよ」

 

 くすくす笑った少年が手のひらをかざすと、僕の周りを光る文字で編まれた紋様が取り囲む。紋様は何かを探るみたいに複雑に動き、少年の手のひらに吸い込まれて消える。

 と、「おや」と小さな声。

 少年が何やら深くうなずいて僕の顔をしげしげと眺め、


「そうか、きみは『御厨』なんだね? ……なるほど、天鳥船できみに届いたのは、そういう絡繰からくりだったわけだ」

「え……」


 目を丸くしてしまう。

 いや、薄々わかってはいたんだけど、天鳥船で()()()っていうことはやっぱりこの人は須佐之男命──


「ああ、違う違う」


 なんて考えた途端、苦笑交じりの声。

 少年は葦の野原の向こう、僕の背後を見上げ、


「きみの考えは半分当たってて、半分ハズレ。……ここはね、三機神『スサノオシステム』の中だよ」


 ほら、っていう少年の言葉に振り返り、息を呑む。

 夕日を浴びてそびえる、とてつもない大きさの白と赤の巨人。

 夢の中で見た──そして、僕がこんとの戦いで呼び出して、肘から先だけを顕現させることが出来た、あの途方もない神性の塊。

 だけど、今ならわかる。

 巨人の胸の奥、心臓にあたる場所で鼓動する巨大な祈願炉の存在が、はっきりと感じられる。


「これは……供骸、なんですか?」

「そうだよ。三貴人みはしらのうずのみこ──天照大御神あまてらすおおみかみ月読命つくよみのみこと須佐之男命すさのおのみことを宿すために三体だけ作られた、歴史上最大の三百メートル級供骸。……高天原が、いや人類が生み出した最強の兵器さ」


 少年が軽く手を払うと、巨大な供骸の姿が無数の細かな光の粒子に溶ける。

 光は少年の手の周りに集まり、複雑な紋様になってゆっくりと回転する。


「こいつの力はとにかく強大でね。存在その物が膨大な神性の塊だから、ただ『在る』だけで世界のあり方そのものを歪めてしまうんだ。だから高天原の技術者は供骸を量子化して、『在る』と『無い』が半分ずつ混ざった不確定状態で空間の裏側に格納することにした。……おかげで三機神は依代がいる場所なら世界のどこにでも顕現できる。替えが効かない一点物の特注品だからね。そういう意味でも都合が良かったんだ」

「それで、天鳥船の時は腕だけが?」


 無言でうなずく少年の前で、僕は自分の両手をじっと見る。専門的なことはわからないけど、量子力学の基礎はちゃんと勉強したからなんとなくは理解出来る。

 たぶんスサノオシステムっていう供骸は、普段は存在確率っていうか、実体がないふわふわした状態なんだ。

 僕はたまたまそこに繋がったけど、供骸の扱いとか須佐之男命との繋がりとか僕自身の神性とかとにかく色んな物が足りなくて、全身を「在る」状態で固定することが出来なくて腕だけが実体化することになってしまった。


「三機神は供骸であると同時に、三貴人みはしらのうずのみこに呼びかけるための通路、というかフィルターの役目も果たすんだ。依代が神様と直接接触して、強すぎる神性に焼かれてしまうのを防ぐためのね」

 少年は腕の周りの紋様を左右にゆらゆら動かし、肩をすくめて、

「だけど十年前にちょっと問題が起こってね。スサノオシステムは機能に異常をきたしてしまった。おかげで夏乃は須佐之男命の声を聞くことさえ出来なくなってしまった。……本当に、ずいぶん迷惑をかけたよ」

「そうだ! 先輩!」


 先輩の名前が出た途端に思わず叫ぶ。しまった。予想外の展開で気が動転してたけど、現実では今まさに先輩の上にビルが降ってきてる最中なんだった。


「大丈夫。何しろ意識だけの世界だからね、時間の流れも外とは段違いなんだ。じゃなければ、ぼくもこんなにのんびり話してはいないよ」

 少年はくすくすと笑い、急に脅かすみたいな口調で、

「だけど、ゆっくりしてはいられない。まだまだ話したいことはあるんだけど、スサノオシステムの高速演算にあまり長く付き合うときみの脳が焼き切れてしまうからね」


 えぇっ、と思わず声。

 それに、黒髪の少年はまたしても少しだけ笑い、


「さ、そろそろ帰る時間だ。……これで、きみとぼくの間には神縁しんえんが結ばれた。きみが夏乃を守ろうとする限り、スサノオシステムは君を通して世界に干渉することが出来る。そうすれば夏乃は、きみが顕現させたスサノオシステムを通して須佐之男命に呼びかける事が出来る。きみと夏乃は二人で一つ。決して離れてはいけないよ?」


 答える間もなく視界が真っ白に染まる。夕暮れ時の葦の野原が光の粒に溶け、空に向かって滝みたいに噴き上がる。

 微笑んだ少年の姿が急速に遠ざかる。

 

「あの! あなたの名前は──!」


 必死に叫び、無理を承知で手を伸ばす。

 最後の瞬間。

 少年は、先輩によく似た笑みで、ゆっくりと唇を動かした。


「──氷川冬哉ひかわとうや。また会おうね、御厨宗一郎君」


       *


 噴き上がった爆発的な神性の光が、瓦礫の街を眩く照らした。

 僕は息を呑み、目の前の光景を見つめた。


 ほんの数メートル先、崩れかかったビルの傍には立ち尽くす先輩の姿がある。傷だらけのセーラー服の先輩は足から血を流したまま、自分の頭上を呆然と見上げている。

 視線の向かう先には、落下の途中で静止した巨大な岩塊。

 その行く手、岩塊を食い止める位置で、三メートル級供骸のマネキンの素体が煌めく。


 供骸の全身からあふれた光が瞬時に物質化して形を成す。煌めく白と赤の装甲が押し寄せる黒い神性を弾き返す。

 優美な右腕が手のひらで受け止めた岩塊を軽く払うと、数十メートルの岩塊は瞬時に彼方まで吹き飛んで街を閉ざす邪龍の尾の壁に激突する。


 ゆったりと地面に降り立った供骸が、両手を下げて無造作な構えを取る。

 輝く全身からは無数の細い糸。

 薄闇を貫いて伸びたその糸は、いつの間にか僕の両手に構えられた神符へと繋がっている。


「先輩──!」


 駆け寄るなり先輩を正面から抱きしめ、細い体を支える。

 氷川先輩は恥ずかしがることも忘れて「御厨君……?」って呟き、


「これはいったい……きみ、何をしたんだい……?」


 彼方で激しい地響きの音。八岐大蛇が八つの胴体で瓦礫の山を踏み砕いてゆっくりと僕たちの方に迫る。八つの龍の首が白と赤の供骸を凝視する。十六の真紅の目に濁った憎悪の光が宿る。

 

「……力を貸して下さい。スサノオシステムを起動します!」


 先輩をかばう格好で両腕を広げ、迫り来る邪龍をまっすぐに睨む。

 背後で一度だけ、泣きそうな吐息。

 先輩は「よし!」と僕の背中に手を押し当て、


「任せたよ御厨君! 私の力、全てきみに預ける!」 

「はい!」


 勢いよくうなずき、神符からのびる無数の糸を指でたぐる。

 かすかな風切り音。

 須佐之男命の神性──その欠片を宿した白と赤の供骸が、優雅に地を蹴って瞬時に八岐大蛇の頭と同じ高さにまで到達する。

 

 八つ首の龍が全身をたわめ、雄叫びと共に供骸目がけて襲いかかる。開かれた巨大な口が、自分の目玉ほどの大きさしかない敵を丸呑みにしようと迫る。

 その姿を地表から見上げ、僕は両手の神符を素早く払う。

 同時に自分の内側、神性に繋がる細い糸に意識を集中する。

 

 白と赤の供骸が右手を拳の形に握りしめ、弓をつがえるみたいに後ろに引き絞る。 

 間近には、洞窟みたいに黒々と開いた龍の口、その最初の一つ。

 自らの数十倍、ネズミと象ほども違うその巨大な敵に向かって、供骸は優美な細い腕を真っ直ぐに突き出し──

 腹の底に響くみたいな衝撃音。

 巨大な金属の拳に殴打された邪龍の頭が、地面に叩きつけられて深くめり込む。


 白と赤の装甲に包まれた輝く金属の腕を僕は見る。三メートル級供骸の細い腕に沿うように、およそ百倍、ビルよりも巨大な腕が空中に忽然と出現し、供骸と全く同じ姿勢で拳を正面に繰り出したまま動きを止めている。

 

 巨大な腕はすぐに砕け、光に溶けて消失する。残る七つの首がたじろいだように動きを止め、二つがすぐさま身を翻して供骸目がけて襲いかかる。

 二つの首は胴体を複雑にくねらせ、一つが左、もう一つが下から回り込むように供骸に迫る。僕は素早く神符を払い、空中に浮遊する供骸をほんの少しだけ後に引く。

 そうすることで、二つの攻撃の間にタイムラグが生まれる。

 白と赤の供骸は流れるように身を翻し、回転の勢いに任せて右足を横薙ぎに振り抜き──


 すさまじい殴打の音。

 空中に出現した百メートル以上もある巨大な金属の足が、目前に迫った龍の首を真横から蹴り飛ばす。


 返す刀で振り下ろした巨大なかかとが、真下から襲いかかる龍の鼻先に激突する。

 ガラスを叩き割るみたいな金属音。砕けて光に溶ける巨大な足の向こうで、二つの首がそれぞれの方向に吹き飛んで轟音と共に土煙を立ち上らせる。

 

 続けざまに襲い来る首を、左右の拳と両足の蹴りで次々に吹き飛ばす。最初に地面に叩きつけた首がようやく身を起こし、小さな供骸目がけて水流の砲撃を放つ。

 自分自身よりも遙かに大きな水塊を素早くかわして、供骸は上へ、絡み合って空を覆う邪龍の尾のドームへ。

 突撃の勢いに任せて右の拳を繰り出した瞬間、その動きに合せて空中に出現した巨大な腕が黒い鱗に覆われた尾を力の限り殴打する。


 無数の鱗が砕けてちぎれ飛び、裂けた皮膚から紫色の血が飛び散る。

 同じく砕けた巨大な右腕が光に溶け、それより速く繰り出した左の拳が尾の壁に深々と食い込む。


 続けざまに左右の拳を繰り出し、八岐大蛇の尾に向かって凄まじい連打を見舞う。一つ拳が砕ける度に細い糸を通して膨大な神性が僕の中に流れ込み、意識が塗りつぶされそうになる。

 視界の端が白く染まる。

 歯を食いしばってそれを堪え、生じたドームの隙間に巨大な両腕を突っ込んで同じくらい巨大な尾を抱える。

 ありったけの力を込めて尾を振り回し、枝分かれした無数の細い尾を引きちぎって、模擬都市を覆うドームから強引に引き抜いていく。


 差し込む暖かな太陽の光。八つ首の龍が狂ったように雄叫びを上げ、ドームの傍に浮遊する小さな供骸へと凄まじい勢いで迫る。僕は神符を素早く動かし、次々に放たれる激流の砲撃をかいくぐりながらいっそう強く尾を引き抜く。


 名状しがたい不快な音。絡まり合う尾のドームがとうとう完全に裂け、生じた隙間の向こうに模擬都市を取り囲むスタンドの観客席がのぞく。引きちぎれた無数の細い尾から紫色の血が同時に噴き出し、雨になって瓦礫の街に降り注ぐ。

 僕は供骸を通して巨大な両腕を動かし、抱えた尾を目前に迫った龍の首に叩きつけ──

 

 指先の神符に灼け付くような衝撃。

 放たれた水流の槍の一つがとうとう供骸の右足を直撃し、白と赤の装甲が粉々に砕ける。


 ……しまった……!


 素早く神符を動かして追撃から逃れようとするけど間に合わない。見上げる視界の遠く、豆粒みたいな供骸に向かって八頭の邪龍が次々に殺到し──


 輝く冷たい光。

 今にも供骸を噛み砕こうとしていた八岐大蛇の八つの首が、同時に動きを止める。

 空に輝く丸くて大きな月を僕は呆然と見る。ドームの向こうに広がるのは間違いなく昼の青空。なのに、その一画だけが夜の星空の色に染まって、舞い降りた月明かりの帯が八岐大蛇を絡め取っている。


「あれは……」


 先輩の声に振り返り、目を見開く。

 ドームの裂け目の向こう、模擬都市を取り囲むスタンド席の前。

 数百メートルはある漆黒の巨人が、同じく漆黒の杖を両手に構えている。


『──氷川さん! 宗一郎さん! ご無事ですわね!』


 いきなり手元に立体映像の小さな画面。大写しになった押見副会長がぱっと顔を輝かせる。

 疲労が色濃く浮き出た顔には玉のような汗がびっしり。

 副会長は指先でその汗を優雅に払い、たおやかな笑みを浮かべて、


『お待たせしましたわ。学園長、高天原市長、内閣総理大臣──三者の承認が下りました。ツクヨミシステムを使用します』


 光の帯が八岐大蛇の体を締め上げるけど、邪龍は激しく身をくねらせてそれに抗う。巨体がのたうつたびに光の帯が強く引き絞られ、一つ、また一つとちぎれていく。


『やはり夜と闇のことわりでは相性が悪いですわね。完全に祓うには神話を再現しませんと』

 呟いた副会長が僕と氷川先輩に向かって片目をつぶり、

『とどめはお任せしますわよ、宗一郎さん。フィナーレですわ──!』


 光の帯がさらに数を増し、八つの首を上へ、ドームの外へと引きずり出していく。

 スタンドの観客たちからどよめきの声。

 僕は深く息を吐き、一度だけ、肩越しに背後を振り返る。


「先輩! お願いします!」

「心得たとも! さあ、やろう御厨君──!」


 叫んだ先輩が神符の束を取り出し、僕の背中に叩きつける。爆発的な神性が僕の体を通り抜け、まとめて頭上の供骸へと流れ込む。

 高く掲げた供骸の右手の先に、光が収束する。

 現れるのは刃渡り二メートルほどの、輝く剣。

 尊いその御名を、僕は力の限り叫ぶ。


「天羽々あめのはばきり──ッ!」


 白と赤の供骸が優雅に宙を駆け、ドームを飛び出して邪龍の目の前に到達する。陽光に煌めく両手が流れるように剣を構えると、百倍ほどもある両腕が頭上に出現する。

 その手に輝くのは、およそ二百メートル、観客席を一またぎにする巨大な塔のような龍殺しの神剣。


「……諸々の禍事まがごと、罪、けがれ有らむをば……」


 細く、深く、息を一つ。

 裂帛の気合いと共に、僕は指先の神符を横薙ぎに振り抜く。


はらえ給い、清め給え──!」


 閃く一筋の光。天と地を水平に裂いて、走り抜けた刃が邪龍の八つの首を同時に断ち斬る。

 音もなく、衝撃もなく、ただ虚空を駆けるように弧を描いた刃が澄み渡った青空の下に静止し、光に溶けてこの世界から退去する。

 八つの首が同時にかしいで、地に落ちる。

 巨大な頭部が、胴体が、尾が──八岐大蛇を構成していたあらゆる物が光に溶けて、瞬きの内に消失する。


 瓦礫の街に下りる静寂。

 倒れそうになった体を、先輩の腕が背中から強く抱きしめた。


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