表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
伍ノ舞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/79

厄災の蛇、誓いの剣④

 噴き上がった黒い神性の光が、瓦礫の街を漆黒に塗りつぶした。

 息を呑む僕と先輩の見つめる先で、八岐大蛇は消えかかった巨体を這いずるようにゆっくりと蠢かせた。

 邪龍の全身からあふれた黒い光が、数万の鱗に変化して少しずつ元の姿を取り戻していく。頭上に開いていた大きな穴が絡まり合う尾に閉ざされて、模擬都市に降り注いでいた陽光が完全に遮られる。


『……氷川さ……宗一……聞こえ……』

 

 目の前に立体映像の画面が浮かぶけど、副会長の姿はノイズにまみれてすぐに消え去ってしまう。


「逃げるよ御厨君──!」

 

 先輩の強張った声。

 え、って顔を向けるより速く、強引に手を引かれて走り出してしまう。


 先輩が瓦礫の山を駆け下りながら神符を投げ放つけど、鴉の式神は実体化する寸前で光に溶けて消えてしまう。「くっ!」って呻いた先輩が別な符を後にかざすと、生み出された小さな盾が同じく小さな水流の槍をかろうじて弾く。

 振り返った先、瓦礫の向こうには、ゆっくりと首をもたげる八岐大蛇の姿。

 まだ無効化フィールドの影響が残ってるんだろう。巨大な姿を半透明に揺らめかせた八つ首の邪龍は、それぞれの顔の前に黒く淀んだ水塊を少しずつ、少しずつ生み出し始める。


「この……!」


 叫ぶと同時に神符を空に投げ上げるけど、符はただ宙を舞って瓦礫の上に落ちてしまう。

 自分の中にある火之迦具土神との繋がりに意識を集中しようとして愕然となる。

 いつもは燃えさかる炎みたいに感じられる輝く神性が、ものすごく遠い。


 ……なんで……!


 思わず目を見開くけど、すぐに当たり前なんだって気付く。

 競技祭でさんざん術を使った上に供骸まで起動して、ただでさえ力が足りなくなってるところに神術の無効化フィールドで体の中に残ってた神性を一回消されてしまった。

 先輩が式神すら呼べないのに、僕が神卸が使えるはずがない。


 もちろん神性を消されて苦しんでるのは八岐大蛇も同じはずなんだけど、あいつが完全に消える前にフィールドは停止してしまった。あれだけの化け物なんだ。きっとまだかなりの神性が残ってる。その力であいつは再び僕たちを閉じ込め、ああやって体を再生して攻撃を繰り出そうとして──


「御厨君! 危ない──!」


 いきなり切羽詰まった先輩の声。我に返った途端に強く手を引かれ、強引に地面に引き倒されてしまう。

 何を、って驚く間もなく甲高い風切り音。

 直前まで僕が立っていた場所に人の身長ほどもある水流の槍が突き立ち、


「痛っ──!」

 

 初めて聞く先輩の悲鳴。

 転げるみたいにして倒れる細い足、槍に裂かれた太もものあたりから、みるみるうちに血があふれ出す。

 慌てて駆け寄って助け起こし、肩を貸して必死に足を進める。崩壊を免れたビルの陰にどうにかたどり着き、二人で崩れるみたいに座り込んでしまう。

 背後の遠くで断続的に響く、水流の鋭い音。

 コンクリートのビルが軋んで、時折、壁が砕ける小さな音が聞こえる。


 ……どうしたら……!


 思わず歯を食いしばり、拳を握りしめる。僕はもちろん先輩も、神卸どころか式神や符術さえまともに使えない。使えたってこの場をどうにか出来るとは思えないのに、使える武器が何もない。八岐大蛇は少しずつ力を取り戻しつつあって、このビルだっていつまで保つかわからない。

 なんとか、せめて先輩だけでも逃がすことは出来ないだろうか。

 たとえば、僕が一人で飛び出して囮になって──


「参ったね……これは」

 

 不意にため息交じりの声。

 驚いて顔を向ける僕に、先輩は困ったみたいに肩をすくめ、


「どうだろう御厨君。ここはひとつ、天鳥船の時みたいに須佐之男命を呼んでみるというのは。……私はあまり詳しくはないけれど、古い漫画とかアニメとかゲームなんかだと定番の展開なんだろう? 追い詰められた時にこう、潜在能力がぴかっと光ってっていうのはさ」

「それは……」


 思わず唇を噛んで、視線を逸らしてしまう。そんな都合の良いことが起こらないかって心のどこかで考えてはいたけど、あの時感じた神様の存在は自分の中のどこにも見当たらない。

 そもそも、どうして須佐之男命が僕に応えたのかもわからない。高天原で暮らすようになって三週間、いろいろな事を学んで出来なかったことがたくさん出来るようになったけど、結局、あの強大な神性を感じることはなかった。

 やっぱりあれは一度きりの奇跡。何かの偶然だったのかも知れない

 と、先輩が「冗談だよ」って小さく笑い、


「……すまないね。御厨君」


 急に、沈んだ声。

 先輩は両腕で抱えた膝に自分の頬を押し当て、


「わざわざ八岐大蛇なんて物を用意したからには、敵の狙いは須佐之男命なんだ。たぶん、天鳥船の事件のことを知った誰かが御厨君とスサノオの関係を疑った。……氷川の血と無関係な君が須佐之男命の力を使えるなら、その力を奪うことが出来るかも知れないって考えたんだろうね」


 ふう、って小さなため息。

 先輩はちらっと僕に横目を向け、なんだか寂しそうに笑って、


「だからね、これはたぶん私のせいなんだ。私が一人できちんと依代の役目を果たすことが出来ていたら、君を巻き込むことはなかったんだよ」

「そ……」

 

 そんなこと、って喉まで出かかった言葉が、声にならない。

 見たこともないくらい頼りない先輩の姿に、泣きそうになってしまう。

 先輩は強い人なんだってずっと思ってた。神職の世界で一番有名な三名家の跡取りで、式神術の達人で神卸も符術も超一流で、料理も上手で優しくて親切で、みんなに天才って呼ばれてて、だから、須佐之男命が呼べないことはこの人にとってきっとすごく小さな、取るに足らないことなんだろうって……

 そんなはず、ないのに。

 自分のやるべき事が出来ないのがどれだけ辛くて苦しいか、僕は知ってるのに。

 

「こういうことが起こるかもしれないって思っていたから、御厨君には強くなって欲しかったんだ。自分で自分の身を守れるようにって。……だけど、上手くいかなかった。いつもいつも、私は一番大切なところで失敗ばかりなんだ」


 もう一度ため息。先輩が一つうなずき、いきなり首元のスカーフをするりと解く。

 目を丸くする僕の前で、細い指が白いシャツのボタンを上から順に外していく。


「せ、先輩!? 何を──」

「私の奥の手、最後の手段だよ」


 たおやかな手が、シャツの襟元をそっと開く。

 真っ白な胸元には、光る文字で編まれた精緻な紋様。

 息を呑む僕の前で、先輩は体のあちこちに続いているらしい紋様を指先でそっとなぞり、

 

「初めて会った日に教えてあげたのを覚えているかい? 須佐之男命につながる扉の役目を果たすために、私の体にはこの紋が刻まれているって。……私は出来損ないだから本来の用途には使えないけれど、それでも神性の塊であることに変わりはないからね。取り出して燃やせば、なんとか御厨君だけでも外に逃がすことは」

「出来損ないなんて言わないでください──!」


 反射的に叫んでしまう。

 先輩は言葉を呑み込み、きょとんと目を丸くして、


「いや、今はそこは良いんだよ御厨君。どうやってきみを助けるかっていう……」

「良くありません!」

 先輩の腕をぐいっと掴み、ついでにはだけた胸元もささっと直して、

「僕は嫌です。先輩がそんなこと言うのも、自分だけ助かるのも」


 祖父ちゃんが死んで一人になって、高天原に行けって言われて僕は旅立った。知っている人なんか誰もいない学園に入って、道しるべは「毎日積み上げろ」っていう遺言だけで、本当はどうしたら良いんだろうってものすごく不安だった。

 そんな最初の日に、テロリストに占拠された船で出会った先輩。

 それからの暮らしは、毎日がお祭り(カーニバル)みたいだった。

 

 先輩は僕に色んなことを教えてくれて、いつも大丈夫だよって励ましてくれた。みんなに尊敬されてて、だけど時々うっかりしてて。先輩が作ってくれるご飯は美味しくて、夕日に照らされた部室の畳は祖父ちゃんと過ごした居間の匂いがした。

 この気持ちが何なのかは分からない。

 だけど、僕が本当にすごい人だと思った先輩がそんなことを言うのは、何だかすごく嫌だ。


「……きみは、こんな状況でもまず()()に怒るんだね」


 困ったみたいに笑った先輩が、ほわりと僕の頭を撫でる。

 その笑顔が、うん、と強くうなずき、


「そうだね。やっぱり、君を死なせるわけにはいかないよ」


 え?って瞬きした途端、頭上ですさまじい崩落の音。水流の砲撃に吹き飛ばされて、ビルが半ばでへし折れる。

 逃げなきゃって考える間もなく、強い衝撃。

 先輩の両手が、僕を思いっきり突き飛ばす。


「先輩──!」

「しゃべらないで。舌を噛むよ」

 氷川先輩は立ち上がりざま両手に神符の束をつかみ出し、

「街の外周まではほんの何百メートルかだからね。君をそこまで吹き飛ばして、同時に砲撃で壁に穴を開ける。大博打だからね、上手くいったら褒めて欲しいな」


 セーラー服の白いシャツの内側で神性の光が輝く。先輩の体に刻まれた紋様に沿って、光る文字が次々に浮かび上がる。

 一際大きな崩落の音。

 微笑む先輩の頭上に、砕けた巨大な岩塊が迫った。


        *


 息をすることを忘れた。

 僕は声にならない声で叫び、先輩に向かって駆け出そうと全力で地を蹴った。

 時間がものすごくゆっくり流れる感覚。体がちっとも前に進まなくて、手を伸ばすこともままならない。

 

 ……ダメだ……!

 

 岩塊は少しずつ、少しずつ先輩に近づく。先輩は逃げる素振りも見せずに、真っ直ぐに僕を見つめている。

 間に合わない。いや、たとえ間に合っても僕には先輩を助けられない。

 じゃあどうする?

 頭の中でスイッチが切り替わる感覚。

 初めて会ったあの日、先輩をかばって飛び出した時のことを思い出す。


 あの時は無我夢中で、気がついたら須佐之男命が顕現していた。その奇跡は今は起こらなくて、救いの手はどこからともなく現れてはくれない。

 じゃあどうする? そんな決まってる。

 もう一度、今度は自力で、あの強大な神性をたぐり寄せる。


 ──考えろ、考えろ考えろ考えろ──!


 僕の中には、神様とつながるためのたくさんの「糸」がある。

 その糸は元々はほとんどが火之迦具土神と結びついてたんだけど、先輩のおかげで少しだけ端が解けて、おまけに今はあの炎の神性を感じられなくなってるからすごく自由な状態になってる。


 その糸を須佐之男命の方にのばす。

 どうやって? わからない。だけど手がかりが本当に全然ないってわけじゃない。

 入学式の日の模擬戦、暴走供骸を止めるために初めて供骸に火之迦具土神を卸したあの時。

 どうして僕は、あの操作を「須佐之男命と同じだ」って思った?


 ……そうだよ、あの時……


 偶然でも何でも、僕は須佐之男命と接続した。その方法は祈願炉に直接神を卸す「神威解放」と近いやり方で、だから僕の中にはその時の感覚が残った。

 

 なら、あの時、須佐之男命と僕を結びつけていた糸は、今も僕の中にちゃんと残ってる。

 普段は火之迦具土神の神性に隠れて見えなくなってるその細い糸を、慎重により分けてすくい上げる。

 細くて頼りなくて、今にもちぎれてしまいそうな糸に、他の糸と見分けが付くように端から慎重に色を塗っていく。

 

 一つ呼吸を刻む度に一つずつ糸の上に色を乗せていく。

 先輩に教わった式神操作の基礎の基礎。特別なことはしない。奇跡みたいな偶然にも頼らない。

 ただ、毎日少しずつ積み上げる。

 何度も繰り返し練習したことを、ただその通りにやり遂げる。


 細い糸をたどるに従って、意識の彼方に少しずつ神性の輝きを感じるようになる。進むほどに輝きは強くなり、とうとう光が何もかもを塗りつぶす。

 

 世界の果てみたいな、真っ白で空っぽの空間。

 陰陽師の正装をまとった黒髪の少年が、驚いた顔で瞬きした。

 

「すごいね、きみ。自力でここにたどり着くなんて」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ