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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
伍ノ舞

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厄災の蛇、誓いの剣③

 あふれ出た光が、薄闇に閉ざされた瓦礫の街を照らした。

 見つめる僕の視線の先で、マネキンみたいな供骸は立ち上がると同時に流れるように地を蹴った。


 ふわりと宙を泳いだ供骸が、大蛇の首と同じ高さまで浮上したところで静止する。無数の神符がつるりとした金属質の体表に次々に貼り付き、光る文字で編まれた複雑な紋様へと姿を変える。

 

 輝く紋様は幾つもの形状に次々に変化し、弾けて実体へと収束する。

 金属と水晶、それに光そのものを組み合わせたみたいな半透明の装甲が供骸の全身を包み込む。

 その姿はまるで宝石。

 淡青色に煌めくすらりとしたシルエットの背中で、尾羽みたいに鋭く突き出た一対の噴射装置スラスターが神性の光をたなびかせる。

 って、ちょっと待って。


「飛んでる!?」


 思わず叫んでしまう。いや、八百万やおよろずの神の中にはもちろん空とか鳥とかの権能を持ってる神様もいるから、その力を宿した供骸が飛行能力を得るのはわかる。

 だけど、先輩が卸したのは弓の神様「八幡神やはたのかみ」。空を飛ぶ逸話は無いはずだ。


「ああ、八幡神と御使みつかいの鳩だけでは難しいからね。少しだけ八咫烏やたがらすの神威を借りているんだ」

 先輩はちょっと得意そうにセーラー服の胸を張り、

複合神性ふくごうしんせいと言ってね、色々な神様のいいとこ取りをするんだ。特定の神様と血筋の結びつきがない選抜組の子たちが得意なんだけど、御厨君も覚えておくといいよ」


 遠くの空で甲高い異音。瓦礫の山の向こうに八つの首をもたげた八岐大蛇が、開いた喉の奥に黒い光を収束させる。

 迸る激流の砲撃。

 瞬間、先輩が両手の指に挟んだ神符をものすごい勢いで動かす。


 黒い虎の式神が強く地面を蹴りつけ、僕たちを乗せたまま大きく跳躍する。

 その姿がすぐに十メートルはある黒い鴉に変わり、翼を強く羽ばたかせて降り注ぐ激流を寸前ですり抜ける。

 同時に、頭上で鈴を鳴らすみたいな軽やかな音。

 宝石みたいな淡青色の供骸「八幡神」が、すらりとした両腕を大きく左右に広げる。


 先輩が神符を挟んだままの指で印を結ぶと、供骸の両腕が光に溶けて弾ける。その姿がすぐに槍みたいな形に再構成され、神性の光に鮮やかに煌めく。

 金属と水晶の組み合わせで構成された、未来的なデザインの二丁のライフル銃。

 立体映像で描かれた二つの赤い照準が、大蛇の首の一つ、その左右の目を正確に照らす。


 軽やかな射出音。放たれた二つの銃弾が、狙い違わず二つの目標を同時に貫通する。 

 初めて、大蛇の喉から悲鳴みたいな濁った音が漏れる。

 八岐大蛇は直撃を受けた首を大きくのけぞらせて一瞬だけ動きを止め、ゆっくりと首を元の位置に戻す。


 あふれ出る黒い神性の光。大蛇の全身が流れる川みたいに波打ち、その姿が見る間に変化する。

 砕けた両目が瞬時に元通りの形を復元し、血みたいな真紅の光を宿す。

 いかにも蛇っていう形だった八つの頭から輝く白いたてがみと木の枝みたいな二本の角が生える。

 まさしく神話にある「悪龍」の姿そのもの。

 より禍々しく、神々しい姿を獲得した八つ首の大蛇が、天に向かって咆吼する。


「おや、本格的に怒らせてしまったね」


 肩をすくめた先輩が素早く神符を動かすと、八幡神の周囲に両腕と同じ形状のライフル銃が次々に出現する。都合十二丁の銃が次々に引き金を引き、飛び出した銃弾が放たれると同時に大蛇の目を直撃する。

 だけど、ただそれだけ。

 八岐大蛇の赤い目の表面で透明な膜が瞬くと、確かに命中したはずの銃弾が水に溶けるみたいに消え去ってしまう。


瞬膜しゅんまくだね。眼球を保護する第三の瞼。そういう所はしっかり爬虫類──っと!」


 背後で寒気がするような風切り音。僕たちを乗せた鴉の式神が瞬時に身を翻して急降下し、一瞬遅れて無数の水流の槍が頭上を走り抜ける。

 慌てて鴉の背中にしがみつき、振り返った空に、巨大な水塊が揺らめく。

 眼下からごうごうと激しい水音。瓦礫の街はいまや完全に水没して、嵐の海──いや、豪雨の大河みたいに荒れ狂っている。

 落ちたら間違いなく助からない。

 逆巻く黒い水面からは小さなビルくらいもある水塊が次々に浮かび上がり、内部から無数の水流の槍をゆっくりと突き出す。


「さて、これはピンチだね」

 

 言葉とは裏腹に、なんだか楽しそうな声。

 先輩は僕を振り返って片目をつぶり、


「あと二分くらい。私と供骸だけでは手が足りそうにないけれど──御厨君、いけるね?」

「……はい!」


 僕なんか役に立つのかな、なんて言葉が一瞬頭に浮かぶけど、すぐに自分の声がその考えを打ち消す。先輩はすごく強いけど、僕だって神卸でサポートくらいなら出来る。

 式服の袖から神符の束をつかみ出し、空に向かって投げ上げる。

 懐でスマホを操作して祝詞の高速詠唱アプリを起動。

 胸の前で柏手を一つ、力一杯叫ぶ。


「火之迦具土神!」


 光で編まれた半透明の砲身が空中に顕現し、瞬時に重厚な金属の実体をまとう。放たれた光の奔流が正面に浮かぶ水塊を三つまとめて貫通し、おびただしい量の蒸気を噴き上げる。

 くすりと笑った先輩が両手の神符を複雑に動かす。

 僕たちを乗せた鴉の式神が素早く旋回して降り注ぐ水の槍をかわし、同時に頭上の遠くで輝く淡青色の供骸「八幡神」がすらりとした淡青色のシルエットを翻す。

 

 尾羽みたいな噴射装置スラスターに虹色の神性をたなびかせて、八幡神が八つの龍の首めがけて突進する。

 その姿はまるで鏡に跳ね返る光。

 超高速の直進とほとんど直角に近い方向転換を繰り返しながら、輝く供骸は瞬く間に巨大な龍の間をすり抜け、ビルよりも巨大な怪物の全身に銃弾の雨を絶え間なく降り注がせる。

 

 嵐のように鳴り響く金属音。数千の銃弾を黒い鱗に受けて、八岐大蛇の巨体は小揺るぎもしない。八つの首が思いがけない素早さで宙を薙ぎ、生み出された無数の水流の槍が八幡神の装甲すれすれをかすめる。

 その凶悪な顔目がけて、僕は荷電粒子砲をぶっ放す。

 いつもの砲撃じゃない。銃口を細く絞って威力と熱量を限界まで収束した砲撃。

 柏手と共に心の中で引き金(トリガー)。放たれた熱線の槍は狙い違わず八つの首の一つ、赤く輝く右目を直撃し──


 耳をつんざく邪龍の絶叫。

 神性の光を散らした摂氏一万度の熱線が、八岐大蛇のまぶたを覆う鱗を、内部の瞬膜とさらにその内側の眼球を、何もかもを貫通して巨大な頭部の後ろへと突き抜ける。


 龍の頭部がぐらりと大きくよろける。八幡神が空中に数十のライフル銃を展開し、その首目がけて無数の銃弾を降り注がせる。

 残る七つの首の半数が怒りに燃える目を目の前の供骸に、残る半数が僕の方に向ける。

 噴き上がる黒い神性の光。負傷した八つ目の首がゆっくりと元の位置にまで持ち上がり、眼窩に穿たれた穴が沸騰したみたいに泡立って瞬く間に再生し──


『お待たせしましたわ。氷川さん、宗一郎さん』

 

 傍に浮かぶ立体映像の画面から声。

 振り返る僕に、押見副会長はたおやかな笑みで地下第一層の青空を示し、


『フィールドを展開いたします。お二人は身の安全の確保を』


 画面の向こうから切羽詰まった大人たちの声。先輩が素早く式神を操作し、八岐大蛇に背を向けて全速力で飛翔を始める。

 心の中で安堵の息を吐き、振り返って目を見開く。

 背後には、雄叫びを上げる八つ首の邪龍。

 その前に、見たこともないくらい巨大な水塊が出現する。


 地表を覆う大河からものすごい量の水が滝みたいに噴き上がり、水塊へと吸い込まれていく。

 黒く濁った水が邪龍の八つの頭どころか胴体までを完全に覆い隠す。

 淀んだ水の向こうに、黒い神性の光が輝く。

 水塊が瞬時に形を変え、数百メートルはある水流の剣を形成する。

 まずい。あんな物を振り抜かれたらどう動いたって回避しようがない。

 僕は袖から神符の束を取り出し、無理を承知で荷電粒子砲を形成しようとして──


 その行く手に飛び込む淡青色の輝き。

 神性の光の尾を引いて巨大な剣の前に立ちはだかった「八幡神」が、両腕のライフル銃を胸の前で交差させる。


 半透明な二丁の銃と周囲に浮かぶ数十の銃、全てが光に溶けて一つに集まる。

 生み出されるのは数十メートルの銃身を持った、戦艦の主砲みたいな一丁のライフル銃。

 供骸の全身を覆う半透明の装甲の表面で、光る文字で編まれた眩い紋様が走り抜ける。


「さあ! 諸々《もろもろ》の禍事まがごと、罪、けがれ有らむをば、はらたまい清め給え──!」


 耳をつんざく轟音。煌めく半透明の銃身が瞬時に粉々に砕け散り、同時に放たれた銃弾が薄闇の空を走り抜けて巨大な水流の刀身に突き刺さる。衝撃波が数百メートルの刀身を半ばで砕き、さらに後方、八つの頭の一つを首の付け根から根こそぎ吹き飛ばす。

 弾けた巨大な頭部が空中で黒い水に溶け、雨になって地上の大河に降り注ぐ。ちぎれた首の断面がごぼごぼと泡立ち、邪龍の頭部が少しずつ再生を開始し──


『緊急安全プロトコル発動』 

 頭上の遠く、絡み合って空を覆う尾の向こうから声。

『高天原地下第一層A1からA32地区、競技祭会場全域の神術を強制終了します。三、二、一、──発動』


 最後の声が響いた瞬間、曇天の雲みたいに蠢いていた尾が動きを止める。

 その姿がゆっくりと光に溶けて、端から少しずつ消失していく。


 差し込む暖かな太陽の光。体からふっと力が抜け落ちて、火之迦具土神との繋がりが遠のく。たぶん無効化フィールドの効果だ。

 先輩が「おっと」と慌てた声を上げ、鴉の式神を大きな瓦礫の上に下ろす。

 ほとんど同時に、式神が神符の束に解けて消え去る。

 僕は慌てて両腕を広げ、よろめく先輩の体を抱きしめてどうにか着地する。

 

 遠くで鈴を鳴らすみたいな音。供骸の全身を覆う装甲が神符に姿を変えて、役目を終えたマネキンみたいな素体が地に落ちる。

 瓦礫の街を覆っていた大河は、もう影も形も無い。

 邪龍の首が地響きと共に地に落ちて、少しずつ光に溶けていく。


「終わった……みたいですね」


 呟いた瞬間に、その場に座り込んでしまいそうになる。

 僕は慌てて先輩の体を支え直し、よいしょ、と瓦礫の上に立たせて、


「ありがとうございました。本当に、先輩が来てくれなかったら……」


 声が途中で止まる。

 氷川先輩は耳たぶまで真っ赤。

 日本人形みたいな端正な顔が恥ずかしそうにうつむき、


「……み、御厨君。ずいぶん前に言ったと思うのだけど……君の方から抱きしめられるのは、その、恥ずかしいというか……」

「ご、ごめんなさい──!」

 

 慌てて両腕を放す。途端に僕も恥ずかしくなってしまい、視線を逸らす。


「す、すまないね……嫌というわけではないんだよ……? ただ、こう、心の準備がだね……」

「はい……。あの、気をつけます……」


 どんな顔をしたらいいのかわからなくて、指先で頬をかいてしまう。

 と、ふわりと頭に柔らかい感触。

 先輩は赤い顔のまま僕の髪をそっと撫で、


「よく頑張ったね、御厨君。本当に無事で良かったよ」

「先輩のおかげです。僕一人じゃとても……」

「何を言うんだい。君の働きだって大したものさ」

 先輩はふふっと笑い、光に消えていく八岐大蛇の巨体を見渡して、

「これが何なのか調べるのは骨が折れそうだけど……うん、まずはお祝いをしよう。御厨君の競技祭での大活躍も褒め称えないといけないしね」


 行こうか、って柔らかい声。

 僕はうなずき、その手を取ろうとして、


「困るねえ。これでは実験が終わらないじゃないか」 


 耳元で、くぐもった男の声。

 消えかかっていた八岐大蛇が、赤い目をゆっくりと開いた。


『──システムに異常発生。神術無効化フィールドを緊急停止します』


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