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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
伍ノ舞

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厄災の蛇、誓いの剣②

 蠢く大蛇の尾に閉ざされた空から、光が差した。

 見上げる僕の頭上、一筋の陽光に照らされて、長大なライフル銃の銃身が煌めいた。

 

 重なり合って鳴り響く銃声。無数の神符が花吹雪みたいに空を覆い、数百の銃に姿を変えて一斉に引き金を引く。放たれた銃弾はビルよりも巨大な大蛇の八つの頭に豪雨みたいに降り注ぎ、黒い鱗に次々に爆ぜて火花を散らす。

 同時に、僕の周囲に展開される光の盾。

 飛来した数枚の神符が複雑な紋様を描き、銃撃の余波から守ってくれる。


 八つ首の大蛇が全ての頭を同時に空に向け、威嚇するみたいに喉の奥から息を吐き出す。無数の鱗がこすれ合う異音が模擬都市全体に響き渡り、街を覆うドームから振り下ろされた巨大な尾の先端が閉ざされた空を次々に薙払う。

 応えるのは力強い翼の羽ばたきの音。

 次々に襲い来る尾の一撃を華麗にすり抜けて、十メートルはある黒い鴉が宙を舞う。

 

 風にたなびくセーラー服。たおやかな手が素早く印を結ぶと、鴉は瞬時に黒い虎へと姿を変える。虎は振り下ろされた尾の表面をほとんど垂直に駆け下り、ビルの残骸を次々に飛び渡って僕の目の前に降り立つ。

 声を上げる間もなく、ぎゅっと柔らかい感触。

 気がついた時には細い両腕に強く抱きしめられてしまっている。


「無事かい!? 無事だね! よし──っ!」

「先……輩……?」


 春のそよ風みたいな、花畑みたいな甘い香り。 

 呆然と呟く僕に、氷川先輩は熱くなった頬を何度もすり寄せて、


「すまないね。出来るだけ急いで来たのだけれど、この化け物の体が一種の結界になっていて。こじ開けるのに時間がかかってしまったんだ」


 先輩は片腕で僕を抱きしめたまま、もう片方の手で素早く背後を払う。セーラー服の袖から飛び出した神符が光の盾を形成し、降り注いだ水流の槍を残らず防ぎ止める。

 神符がさらに動くと、黒い虎の式神が音もなく跳躍する。虎は自分よりも遙かに巨大な蛇の頭部に飛びかかり、ナイフみたいな爪を振りかざして八つの首を威嚇する。


 と、僕たちのすぐ傍に浮かび上がる立体映像の小さな画面。

 大写しになった押見副会長が初めて見る焦った顔で、

 

『氷川さん! 状況の報告を。宗一郎さんのご無事は確認──』


 言葉が途切れる。

 まあ、って呟いた副会長がからかうみたいに人差し指をくるくる回し、


『お気持ちはわかりますけれど、そういうことは救助が完了した後になさいませ』

「ち、違うんだよ! これは!」

 あたふたと体を離した先輩が咳払いして真面目な顔を作り、

「ご覧の通り、御厨君を確保した! 脱出経路は?」

『残念ですけれど、そう簡単には逃がしていただけそうにありませんわ』

 

 副会長が画面から距離を離し、背後の様子を示す。スタンドの観客席では秩父会長が学園長や他の先生たちと真剣な顔で話し合ってる。

 画面の向きがゆっくりと回転すると、映し出されるのは模擬都市があるはずの一帯。

 僕が中から見てるのと同じ。円形の都市は絡み合った大蛇の尾に完全に取り囲まれて、入り込む隙間なんかどこにも見当たらない。


『氷川さんがこじ開けた穴もすぐに塞がってしまいましたわ。わたくしも先生方も試してはみたのですけれど、どうにも強情なお方みたい──氷川さん!』


 副会長の叫びと同時に鈍い衝撃音。吹き飛ばされた虎の式神が僕たちの前で一転、身構えて唸り声を上げる。

 見上げた先、大きく開かれた八岐大蛇の喉の奥に輝く爆発的な黒い神性。

 先輩が素早く印を結ぶと、虎は僕と先輩の体を器用にすくい上げて背中に乗せ、砕けて瓦礫の野原になった模擬都市の大通りを全速力で走り始める。


「やれやれ、本当に八岐大蛇みたいだね。もしかすると、私だけが結界に入れてもらえたのも氷川の血に反応したかな?」

『詮索は後回し。今はこの場を乗り切る算段ですわ』

 副会長が地下第一層の青空をちらっと見上げ、

『神術無効化フィールドの起動はすでに始まっていますけれど、模擬都市全体を巻き込むとなると少し時間がかかりますの。……あと五分、お二人だけで持ち堪えることは出来まして?』


 空気が軋むみたいな甲高い異音。八岐大蛇の八つの口から迸った神性が、空中で黒く濁った水の塊へと姿を変える。次々に鳴り響く倒壊の音。すさまじい速度で放たれた激流の砲撃は行く手の瓦礫やビルの残骸をことごとく粉砕し、走り去る僕たちの頭上に容赦なく叩きつけ──


「──火之迦具土神ほのかぐつちのかみ!」

 

 考えるより速く叫ぶ。

 頭上に生み出した荷電粒子砲を抜撃ちに一撃。放たれたプラズマの奔流が黒い水流と正面から激突し、炸裂した蒸気が瓦礫の通りに巨大なクレーターを穿つ。

 

「もちろん楽勝だとも。ねえ、御厨君?」


 こんな状況なのに、楽しくてたまらないっていう感じの先輩の声。

 僕は「はい!」ってうなずいて神符を構え、ふと画面の副会長に横目を向けて、


「あの、副会長。他の人たちはみんな逃げられたんですか? 出場者とか、観客の人とか!」

『え? ──ええ、まだ所在が不明な方が何人かいらっしゃいますけれど、ほとんどの方の無事は確認出来ましてよ』

 

 虚を突かれたみたいに瞬きする副会長。

 と、どうしてだか小さなため息。

 副会長は何だか困ったみたいな笑みを氷川先輩に向け、


『宗一郎さんはそこが気になる方ですのね。……氷川さん、あなたがしっかりしないと大変ですわよ?』

「良いんだよ。それが御厨君のチャームポイントだもの」

 くすりと笑った先輩が両手の神符を素早く動かし、

「とはいえ、さすがにもう少し戦力が欲しいね。首一つであれとなると、八つ同時に襲いかかられでもしたらさすがに対処しきれない」


 地響きと共に背後で次々に倒壊の音。激流の砲撃がビルの残骸を片っ端から薙ぎ倒し、模擬都市を広々とした瓦礫の荒野に変えていく。

 駆ける黒い虎の足下には、いつの間にか重苦しい水音。

 見渡す限りの地面には真っ黒な水がどこまでも広がり、少しずつ水かさを増している。


「先輩、あれ!」


 慌てて巡らせた視線の先、建物の残骸の陰に金属質の鈍い輝きを発見する。

 競技祭で使われた三メートル級の供骸。この状況で瓦礫の下敷きにならず踏みつぶされもせずに残ってるなんて奇跡だ。


「良いよ御厨君! お手柄だ!」

 叫んだ先輩が僕を振り返ってくすりと笑い、

「そうえいば、君には供骸の扱いの基本を色々教えたけれど、まだお手本を見せてあげたことはなかったね」

 

 黒い虎の背に立ち上がった先輩が、左手に式神を操るための神符を構えたまま右腕を振り抜く。飛び出した符の束が宙を舞い、マネキンみたいな供骸の心臓のあたり貼り付く。


「──神式駆動、開始」


 凛とした声が、大蛇の尾に閉ざされた瓦礫の街に響き渡る。

 鋭い柏手の音が一つ。

 先輩は指先で流れるように複雑な印を結び、叫びと共に振り下ろした。


「来たまえ! 八幡神やはたのかみ──!」


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