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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
肆ノ舞

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絢爛怒涛の競技祭⑫

 何が起こっているのかわからなかった。

 目を見開く僕の前で、真っ黒な結界はそびえる壁となって見渡す限りの街路を完全に閉ざした。

 

 慌てて壁伝いに視線を上に走らせ、息を呑む。

 模擬都市の上空、一番高いビルよりもさらに上には、半球型の漆黒の天井。

 街路を隔てる結界だけじゃない。模擬都市全体を包み込んでいた透明な障壁までもが同じく漆黒に染まって、向こうにあるはずの青空とか観客席とかが完全に見えなくなってしまっている。


 太陽の光が完全に届かないはずなのに、閉ざされた街は夕暮れ時くらいの明るさ。その事を不思議に思う間もなく、周囲で新たな変化が生まれる。

 そびえる黒い壁の表面に蠢く紋様。

 とっさに身構える僕の見つめる先で、巨大な壁が荒れ狂う川みたいに波打ち、神性の光をまき散らして前後に不規則に動き始める。


『うわぁっ! なに? なにこれ──!?』


 手元の小さな画面で水瀬さんの慌てた声。その姿がノイズに歪んで見えなくなり、一瞬遅れて立体映像の画面そのものが消失する。

 最後の瞬間に見えたのは、作戦室でみんなが使っていた模擬都市の立体地図。

 円形の街の中心から螺旋を描いて伸びる、結界を表す八本の赤い線。

 それが、ぐるぐるととぐろを巻いて模擬都市の中心を──つまりは僕が立つこの場所を周囲から締め上げようとしている。


彩葉いろはさん! 陽真はるま君! 気をつけて!」

「な、なんですのこれは──!」

「押見! ……くそ! 御厨下がれ!」


 背後の遠くで黒川君たちの叫び。振り返った視界の先に三人の姿が映るけど、駆け出そうとした途端に巨大な黒い壁がものすごい速度で行く手を遮る。

 とっさに放ったプラズマナイフが壁に吸い込まれて音もなく消える。

 ゆるやかに波打つその姿は符術で編まれた結界っていうよりほとんど生き物──巨大な蛇そのものだ。


「……心配には及ばない。彼らは安全だよ。他のお客様にだって傷一つ付けてはいない。こちらも立場上、怪我人や死人が出るのは少し問題があってね」


 耳元で再び囁き声。振り返ると同時にのばした手が空を切り、黒い鴉の羽根が一枚宙を舞う。

 見上げた先、街路樹の上には一羽の鴉。

 灰色のくちばしが、くわ、と一声鳴くと、喉の奥からくぐもった男の声が飛び出す。


「すまないね、こんな面倒な真似をして。……そう怖い顔をしないでくれたまえ。何も事を荒立てようというんじゃない。我々はただ、君が我々の探している人物か否かをテストしたいだけ──」


 言い終わるより速く鳴り響く足音。瞬きする僕の視界を両断して青白い刃が翻る。

 式服をたなびかせて街路樹の幹を駆け上がった姿はすでに鴉と同じ太い枝の上。

 神卸によって生み出された日本刀が横薙ぎに一閃、鴉の首を問答無用で斬り飛ばす。


「九条君!」

「知り合いか、御厨──」

 

 言いかけた九条君が「ぬ!」と目を見開く。首を失った鴉の姿が黒い塵になって風に流れ、別な木の枝に集まって元通りの姿を形作る。


「九条──なるほど、鹿島神宮の分家ぶんけか」

 灰色のくちばしが()()()()と高い音を立て、

「見事な立ち合いを見せてもらったことには礼を言うけどね……ここから先は君の出る幕はない。少し寝ていたまえ」


 くぐもった声で告げた鴉が翼をばさりと羽ばたかせると、空中に出現した無数の黒い羽根が九条君を包み込む。

 青白い刀が素早く縦横に走るけど、それより早く溶けた羽根が黒い投網に姿を変えて九条君の全身に絡みつく。


 木の枝から落下した体が、街路の彼方へと吹き飛ばされる。

 追いかけようとした瞬間、街路樹の陰から進み出る足音。

 高天原にいるはずがないその姿を、僕は信じられない思いで見る。


「あなたは……神格解放戦線の……!」

「久しいな、御厨宗一郎」


 低い声で応えた狐面の男が、腰の鞘から不思議な形の直刀をすらりと引き抜く。

 間違いない。初めて高天原に来たあの日、天鳥船あめのとりふねの中で出会ったテロ組織のリーダー。

 あの時のボディースーツと違って簡素な黒い服に包まれた肩に、翼を羽ばたかせて飛び渡った鴉がぴたりと止まる。


「寄るな、馴れ馴れしい」

「おや、スポンサーに向かって随分な言いようだね」


 心底不快そうな男の声に内心で首を傾げる。スポンサーって言うからには鴉はこの人の仲間のはずだけど、仲が良いわけじゃないらしい。

 落ち着け、って心の中で深呼吸。

 困った時ほど周りをよく見ろって、祖父ちゃんも言ってた。


 黒い壁になった結界は僕の周囲百メートルくらいを取り囲んでいて、どこにも脱出できそうな場所は見当たらない。蠢く壁は空を覆う結界と繋がっていて、そっちから逃げるのも不可能だ。

 

 周りにいるのは僕たちだけ。九条君は一番近くにいたから一緒に取り残されてしまったけど、賀茂君たちとか上級生のチームとか九条君の仲間とかは脱出できた──って言うより結界の外に押し出されたらしい。


 この鴉の狙いはどうやら僕。理由はついさっきまで見当もつかなかったんだけど、ここに神格解放戦線のリーダーが現れたことで急に納得がいった。


 ……須佐之男命……!


「そもそも、これほどの大仕掛けとは聞いていないぞ。ここには三名家の当主を初め、高天原の重鎮が揃っている。後始末をどうするつもりだ」

「仕方がないんだよ。何しろ、御厨君と火之迦具土神の神との接続が強すぎてね」

 押し殺したみたいな狐面の声に鴉は軽薄な口調で答え、

「接続を弱めるには彼に神威解放クラスの神術を使ってガス欠になってもらわなきゃいけないし、スサノオシステムの反応を見るには相応しいアトラクションが必要だ。ここなら国之常立神くにのとこたちのかみの動きもモニタリング出来る。──打ってつけなのさ。この競技祭はね」


 狐面のリーダーがかすかに舌打ちする音。それに、鴉は小首を傾げて見せる。

 ばさりと羽ばたく黒い翼。

 男の肩から飛び上がった鴉が、瞬時に神符に姿を変えて空中に燃え落ちる。


「それじゃあ、あとは任せたよ。……心配しなくても脱出経路は確保するとも。君が捕えられて困るのは我々も同じだからね」


 残るのは嘲るみたいな鴉の声。狐面の奥で男の奥歯がぎりっと音を立てる。

 と、かすかなため息の音。

 神格解放戦線のリーダーは仮面越しにまっすぐ僕を見つめて、


「謝罪はせん。こちらにもやるべき事がある」

 黒い手袋に包まれた指がポケットから神符の束を掴み出し、

「恨むなとは言わん。せいぜい派手に戦って、『スポンサー様』を楽しませてくれ」

「な──」


 思わず声を上げようとするけど、それより早く動いた男の手が神符を頭上高くに投げ上げる。

 飛び散った神符が周囲の黒い結界に貼り付く。

 瞬間、噴き上がる爆発的な神性。

 結界の表面が沸騰したみたいに激しく蠢き、一瞬だけ無数の鱗を形作る。


 ……そうか、これ……!


 ようやく理解する。

 模擬都市の中心から八方向に伸びてとぐろを巻いた結界。

 黒く変容して蛇みたいに蠢くその姿。

 神性を吸い込むたびに表面に浮かんでいた、荒れ狂う川みたいな紋様。

 その意味するところは、つまり──


「ではな。──死ぬなよ、御厨宗一郎」


 独り言みたいに呟いた狐面の男が手にした直刀を振り上げる。

 周囲の結界が凄まじい速度で蠢きながら、互いを重ね合わさって少しずつ実体を獲得し始める。

 凄まじい地響きと共に、無数の鱗が擦れ合う高い音。

 息を呑む僕の見つめる先で、神格解放戦線のリーダーは叫びと共に直刀を振り下ろした。


「さあ目覚めろ! 八岐大蛇やまたのおろち──!」


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