絢爛怒涛の競技祭⑩
噴き上がった神性の光が、陽光に照らされた模造の街をなお眩く照らした。
光は一瞬だけ炎と雷の姿をまとって揺らめき、二体の供骸それぞれの胸に激突した。
マネキンみたいな供骸の表面に無数の光る文字で編まれた紋様が浮かぶ。紋様は瞬く間に赤と青の装甲に変化して供骸の全身を覆う。
軽やかな金属音と共に、二体の供骸が立ち上がる。
僕の「火之迦具土神」と九条君の「建御雷神」、二体の供骸は一度だけお互いの腕を強くぶつけ合わせ、その反動で一気に数十メートルを飛び退ってそれぞれの術者の隣で静止する。
鎧武者みたいな青い装甲をまとった建御雷神が、腰の鞘から自分自身と同じくらい長大な日本刀をすらりと引き抜く。
その動きに合わせて僕も火之迦具土神の優美な左腕を持ち上げ、肘から先に突き出た荷電粒子砲を大きく横に払う。
人造の機械人形同士の戦いでありながら、神像を祭る儀礼みたいな光景。
九条君とまっすぐ見つめ合って、どちらからともなく一礼する。
周囲で複数の足音。賀茂君たちが僕の背後に回り込み、大きく距離を取って符術で光の盾を展開する。
反対側では九条君の仲間も同じように、遠巻きになって観戦に徹してる。
みんなは供骸は起動できなくても普通の神卸とか符術とかでサポートできるんだけど、そういうのはやめようっていう雰囲気らしい。
軍事演習っていう意味だとあんまりよくないのかも知れないけど、なんかすごくお祭りっぽくてちょっと楽しくなってしまう。
『御厨君! いっけぇ────っ!!!』
手元の画面から水瀬さんたちの声援。その声に押されるみたいに、神符を構える両手が自然に動く。
二枚の符が目の前の空間をなぞると、たどった軌跡が複雑な文様を形成する。
その動きに呼応して強く地を蹴る火之迦具土神。
赤を基調に白を配した優美な右手が印を結ぶと、駆ける装甲の周囲で炎が揺らめいて全部で三十六本のプラズマナイフを次々に生成する。
対する建御雷神は日本刀を正眼に構えたまま微動だにしない。
九条君の剣術──「後の先」。
構わず火之迦具土神を全速力で突っ込ませながら、全てのプラズマナイフを同時に解き放つ。
唸りをあげて空を貫いたナイフが青い鎧武者の供骸に襲いかかる。
十二本を真っ直ぐ正面、十二本を左、残りを右。太陽よりもなお眩いナイフは一秒の百分の一にも満たないわずかな時間に数十メートルの距離を駆け抜け、完璧にタイミングを合わせて目標に同時に着弾し──
瞬間、閃く青白い刃。
九条君が裂帛の気迫と共に柏手を一つ打つと、建御雷神の両腕がぶれる。
波打つ波紋を煌めかせた刀身が僕の視界から一瞬だけ消失し、複雑な軌跡の残像を周囲に描いてまた正眼位置に出現する。
同時に踏み出す青い供骸の周囲で、幾つもの甲高い衝撃音が同時に鳴り響く。高速で突き立てたプラズマナイフが弾き返されて、火之迦具土神目がけて一直線に襲いかかる。
その弾幕を盾に防御の構えのまま滑るように踏み出す建御雷神。
だけど。
「ぬ──!」
驚愕の声は九条君のもの。一つ残らず弾き返されたはずのナイフの一本が青白い刃の表面を滑り、くるりと回転して建御雷神の背後に回り込む。
……よし……!
狙い通り。ナイフの攻撃が防がれるのも反撃に利用されるのも予想通り。
だからあの一本だけはほんの少し軌道を変えて、建御雷神には命中しないように、他のナイフと同じように弾こうとすれば後ろに逸れるように角度を付けておいた。
「おおっとこれは──ッ!!!」
頭上のスクリーンから中臣書記の絶叫。それを意識の端に両手の神符を目まぐるしく動かす。符からはイメージの細い糸が無数に伸びて、火之迦具土神を操り人形みたいに動かす。
優美さと力強さを兼ね備えた真紅の足がアスファルトを踏み砕いて大きく左に跳躍、眼前に迫るプラズマナイフを残らずかわす。
同時に左腕の荷電粒子砲を数十メートル先の建御雷神に照準。ありったけの神性を収束して心の中で引き金を引く。
放たれた熱線の奔流が、建御雷神の勇壮な仮面に向かって突き進む。同時に翻ったプラズマナイフが青い鎧武者を背後から襲う。
一秒の何十分の一の刹那の攻防。前後からの完全に同時の挟撃。左右に避ける暇なんかない。
取った、っていう思考。
だけど、次の瞬間、建御雷神はとんでもない動きを見せる。
鮮やかな青い爪先で流れるように地を蹴った供骸が、前進の勢いをそのままに上体をさらに前へと傾ける。
そうすることで前方の荷電粒子砲と後方のプラズマナイフ──同時に着弾するはずだった二つの攻撃にわずかな時間差が生まれる。その刹那のずれに滑り込んだ日本刀の刀身が眼前に迫る光の奔流に激突し、太陽そのものよりも高温の熱線を神性の光で真っ二つに裂く。
目標を大きく逸れた荷電粒子の光が彼方へと飛び去り、戦場と観客席を隔てる結界を直撃する。透明な壁に複雑な紋様が浮かび、一瞬だけのたうつ蛇みたいに波打つ。
そして、その瞬間には、身を翻した建御雷神は背後を振り返る体勢。
荷電粒子砲の衝撃を利用して自らの刀を大きく後方に吹き飛ばし、その勢いに乗って高速回転した体が、装甲に突き立つ寸前にまで迫ったナイフの側面を刀の柄で強打して大きく側方に弾き飛ばす。
透明な結界にまたしても迸る光。反対側で見上げる子供たちが喝采を上げる。
ぐるりと身を翻してこっちに向き直り、日本刀を構え直す建御雷神。
僕は火之迦具土神を自分のそばにまで退かせ、大きく深呼吸して神符を構え直す。
……強い……!
九条君の供骸操作──神式駆動の精度に改めて舌を巻く。
僕もこの三週間で色々なことを覚えた。式神の操作に初歩の符術、その複合技術としての祈願炉の扱い。三週間前に初めて供骸を起動した時とは違う。あの時は炉に神様を直接卸してしまったけど、先輩が特訓してくれたおかげで今では供骸の出力と動作を正しく制御できる。
だから──そうやって神威解放に頼らず安全な方法で供骸を使えるようになった今だからわかる。
九条君の技術は、本当にとんでもない。
神性の量とか出力で言ったらたぶん僕の方が上だと思う。だから単純な力比べなら火之迦具土神に分がある。
だけど、僕はあんなに精妙に供骸を操ることは出来ない。
術者自身が動いているのと何も変わらない、いやそれ以上の緻密さと繊細さで、九条君は建御雷神を文字通り自在に操っている。
「なんということでしょう──ッ!!! 両者の攻防は全くの互角!! 御厨選手の怒涛の攻撃も見事なら、それをことごとく防ぐ九条選手の供骸捌きもまさに見事の一言です──ッ!!!」
観客席から割れんばかりの歓声。一瞬だけ空のスクリーンに視線を向け、ふとおかしな状況に気づく。
試合の解説役の押見副会長と司会の秩父会長──二人の傍には、駆け寄って耳打ちする数人の生徒。
それだけじゃない。すぐ近くの教員席でも、学園長とか来賓のお客さんとかが顔を見合わせて何かを言い合ってる。
思わず目を凝らそうとした途端、鋭い刃鳴りの音。供骸の足でおよそ五十歩──それだけの距離を退いた九条君と建御雷神が同時に身構える。
鍛え抜かれた無骨な手が、式服の袖から神符の束を取り出して放り投げる。
高らかに宙を舞った無数の符が九条君の両手の中に収束して、建御雷神が構えているのと同じ形状の、おそらくは神卸によって構成された青白い日本刀を形作る。
「小手調べはこのくらいで良いだろう、御厨」
獲物を狙う鷹みたいな九条君の目。
その口元に、ふと涼やかな笑みが浮かぶ。
「出し惜しみは無しだ。本気で来い」
言いたいことをすぐに察する。僕も神符の束を取り出し、頭上高くに放り投げる。
花吹雪みたいに舞い散る数百の符の向こうに、空を覆うスクリーンが見える。大興奮で歓声を上げる観客の中で、生徒会役員たちがなぜか驚いた顔で立ち上がるのが見える。
模擬都市を隔てる結界が揺らめく。
降り仰いだ視界の端には、駆け出す氷川先輩の姿。
その意味を考える間もなく、僕は九条君と同時に叫んだ。
「「──神威解放──!」」




