絢爛怒涛の競技祭⑨
何だろうって考える暇もなかった。
僕は狼の式神の背中に踏ん張ってどうにかバランスを取り、喉元目がけて水平に走る日本刀の青白い刃を寸前でかわした。
同時に放った十二本のプラズマナイフが一つ残らず空を切り、九条君を乗せた鴉の式神が急カーブして離れる。ほとんど同時に空気を引き絞るみたいな射出音が鳴り響き、飛来した弾体がアスファルトの道路に小爆発を起こす。
見上げた視界の遠く、ビルの屋上には電磁射出砲か何かを構える男子生徒の姿。
まずい、狙われてる。慌てて式神の背中にうつぶせに倒れて身を伏せ、前で神符を構える式服の背中に叫ぶ。
「黒川く……!」
言いかけた声を途中で飲み込む。式神を操る黒川君の視線が、九条君たちでも遠くで狙撃しようとしている上級生でもなくさっきの結界を捉えたままなのに唐突に気付く。
供骸の攻撃の余波を受けた瞬間、透明な壁に走った激流みたいな揺らぎ。
もしかして黒川君も同じ物を見たのかもしれない──そう思った途端、問題の結界の表面でこれまで見たこともない複雑な紋様がめまぐるしく動き始める。
……待って! なに……!?
息を呑む僕の視界の先で結界が動き始める。模擬都市全体を試合用のエリアと観客用のエリアに分割している結界が、なぜか僕たちの方に──つまり戦場を狭める方向に動き始める。
「──さあ皆さまお待たせしました!」
僕の疑問に応えるみたいに頭上のスクリーンで中臣書記が叫び、
「試合もいよいよ終盤戦! ここからは、時間経過と共に戦闘エリアが縮小されていきます!」
「毎年恒例ですわね」
隣の押見副会長がたおやかに微笑み、
「全てのチームが否応なく激突するクライマックスですわ。選手の皆さま、どうぞ最後まで全力を尽くしてくださいまし」
観客席から、うおおおおお、って大歓声。だけど僕はそれどころじゃない。
「え、待って! そういうルールなの!?」
『そういうルールなの!』
思わず叫ぶ僕に手元の小さな画面で水瀬さんが声を張り上げ、
『動ける人数が少なくなったから、それに合せて戦場も小さくしないと、チーム同士がぶつかりにくくなるでしょ!?』
画面の中に映し出される模擬都市の立体地図を見つめ、思わず「うわ」と声を漏らす。赤い線で描かれた結界は模擬都市の中心から放射状に広がり、複雑に曲がりくねったり枝分かれしたりまたくっついたりしながら、今はだいたい均等に八方向に伸びている。
結界は端に向かうに従って大きく螺旋を描き、直径一キロの都市の外周より一回り小さな円を形成している。まるでとぐろを巻いた蛇みたい。
その円が少しずつ狭まって、戦闘エリアを今この瞬間にも内側へ内側へと押し込めている。
遠くの空で弾ける幾つもの光。大きな翼を生やした赤と白の二体の供骸が、互いの剣を激しく打ち合わせながら真っ直ぐこっちに飛んでくる。
空中で絡み合って激しくきりもみ回転。弾かれた赤い方の供骸が地面に叩きつけられ、大通りを猛スピードでスライドしてビルの壁に激突する。
いかにも重厚な装甲が光に溶けて、供骸がマネキンみたいな素体に戻る。結界の向こうで見守る観客のどよめき。頭上に浮かぶ点数表の中で、3年C組の表示が全滅を表す赤に切り替わる。
「賀茂君! 上!」
とっさに叫ぶ僕の見上げる先で輝く金属の翼が大気を強く叩く。残った方の白い供骸は青空の下にくるりと弧を描き、長大な剣を構えて賀茂君の供骸、「賀茂別雷大神」の頭上に突っ込んでくる。
彩葉さんが操る式神の上で唖然と振り仰ぐ賀茂君。その姿を視界の端に、僕は両手の神符を素早く動かして十二本のプラズマナイフを操作する。六本は飛んでくる白い供骸の顔、残る六本は鴉の式神の上で構えて二十メートル先から突っ込んで来る九条君。
荷電粒子のナイフが呻りを上げ、それぞれの目標目がけて一直線に襲いかかる。
一瞬遅れて同時に鳴り響く二種類の金属音。
白い供骸と九条君、二つの標的はそれぞれに手にした剣と日本刀で全てのナイフを弾き返し、高速で走り続ける僕たちに向かって一直線に突っ込んで来る。
「来ましてよ! 迎撃を!」
「わかってる!」
彩葉さんの叫びに応えた賀茂君が素早く神符を動かす。ナイフの牽制が功を奏して、白い供骸の突撃速度はほんの少しだけ弱まってる。そのわずかな隙に賀茂別雷大神は手の中に輝く紫電の鉾を形成。振り下ろされた剣を間一髪で受け止める。
だけど九条君の方はそうはいかない。青白い日本刀「建御雷神」に弾かれたナイフは呻りを上げて一直線に僕の方に舞い戻り、同時に鴉の式神の背を蹴った九条君が放たれた矢みたいに跳躍する。
神性の光に包まれた足の裏が捉えるのは、よりによって九条君自身が弾き返したナイフ。
はためく白い式服が、飛翔するナイフを足場に、ナイフと同じ速度で空を駆けて一直線に突っ込んで来る。
「ああもう! 器用だな隼人君は!」
珍しく大声で叫んだ黒川君が僕たちの足場である狼の式神をさらに加速して行く手の小さなビルの陰に飛び込ませる。だけど間に合わない。
神速で駆け抜けた九条君の体はすでに僕の目の前、つまりは狼の式神の上。
着地と同時に踏み出した草履の裏が灰色の毛並みを滑るようにこすり、斜めに構えた日本刀が防御の型のままで僕に突っ込んで来る。
頭の中が一瞬だけ真っ白になり、すぐにスイッチが切り替わる。自然に動いた右手が舞い戻ってきたプラズマナイフを掴み、そのまま顔の前で逆手に──つまりはこっちも防御の姿勢を取る。
九条君の唇が、ほう、っていう形に動く。青白く輝く日本刀が刃の間合いを踏み越え、僕のナイフの間合いも踏み越えて、お互いの体が触れ合う寸前の位置にまで迫る。
互いに防御に構えた刃が、その型のままで接触する。
火花みたいに爆ぜる神性の光。
瞬間、僕たちの行く手で複数の金属音が同時に鳴り響く。
触れ合ったナイフを瞬時に引き戻し、退くと同時に視線を動かして一瞬だけ状況を確認する。僕たちを乗せた狼の式神はいつの間にかビルの陰から大通りに飛び出し、目の前には鍔迫り合いの形に互いの武器を激突させた賀茂別雷大神と白い供骸の姿がある。
白い供骸のさらに背後には、氷の剣を振り下ろした姿勢で動きを止める白銀の供骸「大山津見神」の姿がある。白い供骸は輝く金属の翼を盾みたいに広げ、ガラスみたいな淡青色の剣を完璧に受け止めている。
その姿が光に溶けて、マネキンみたいな供骸に戻っていく。
白い供骸の仮面に突き立つのは、螺旋が刻まれた円錐形の弾体。
遠くのビルの屋上、さっき電磁射出砲を放った生徒の隣に出現した重装甲の黒い供骸が、手にした巨大な銃の方向から神性の光を噴き上げる。
一瞬遅れて鳴り響く衝撃音。賀茂別雷大神と大山津見神、緑と白銀の供骸が放った電撃の槍と氷の槍が、黒い供骸の仮面と胴体に同時に突き刺さる。黒い供骸が倒れてビルの屋上から落下し、鳥の式神に飛び乗った男子生徒が慌てて後を追う。
同時に閃く光。倒れ行く白い供骸の体を踏み越えて、大山津見神が地響きと共に賀茂別雷大神に襲いかかる。
横薙ぎに振り抜かれた氷の剣が神性の光の尾を引く。対する賀茂君の反応は一瞬遅い。紫電の鉾の防御が間に合わない。閃いた刃が正確に緑の供骸の首筋に吸い込まれ──
轟く雷鳴。
瞬時に鉾の形を失った紫電の塊が、白銀の供骸の胸を直撃する。
賀茂別雷大神と大山津見神、双方の装甲に同時に「撃破」の文字が浮かぶ。二体の供骸がもつれ合うみたいにして地面に倒れ、緑と白銀の装甲が光の粒子に溶けて消える。
光は街を区切る結界に吸い込まれて、透明な壁が激流みたいに一種だけゆらめく。まただ。もしかすると、この模擬都市には解除された供骸の神性を取り込んで再利用するみたいな機能があるのかもしれない。
「おおっとォ! これは大変なことになりました!」
中臣書記の叫びと共に、頭上に浮かぶ点数表の表示がめまぐるしく書き換わる。
競技祭参加チーム十二のうち十チームがすでに全滅。
つまり、最後に生き残ったのは──
「残るチームは一年C組とD組の二つのみ! ポイントは互角、選手は双方共に一人、供骸の起動回数も残り一回! ──すなわちッ! この一対一の真っ向勝負を制した者が本年度の競技祭の覇者となります──ッッッ!!!!」
割れんばかりの大歓声が模擬都市の空に響き渡る。黒川君が神符を動かして式神の動きを止め、僕は九条君と一度だけ視線を合わせてから同時に大通りに飛び降りる。
「後は任せたよ、九条。きっちり美味しいところ持っていきな」
D組のメンバーが九条君に歩み寄って声を掛ける。その間に僕と黒川君は賀茂君と彩葉さんの傍へ。四人で顔を見合わせ、なんとなしに全員で笑う。
「頼むぞ御厨。きっちり優勝さらってくれ」
「まさにフィナーレですわね。主役の座はお譲りいたしますわ」
「がんばってね宗一郎君。……無理は禁物だよ」
手元の小さな画面から「うおおおお!」ってよく分からない叫び。顔を真っ赤にした水瀬さんの後ろで、C組のみんながものすごい勢いで拳を振り上げてる。
一回だけ大きく深呼吸。
新入生歓迎競技祭、いよいよ決着だ。
「競技祭三十年の歴史の中でこれほど劇的な展開があったでしょうか──! 押見副会長、一言お願いします!」
「素晴らしいですわね。竜虎相打つとはまさにこのこと。一年生のお二人には、幕切れに相応しい戦いをお願いいたしますわ」
生徒会席を映すカメラがゆっくりと動き、一番端に座る氷川先輩の姿を一瞬だけ捉える。鳴り止まない喧噪の中、先輩は白い頬をかすかに紅潮させて静かに僕を見つめている。
花びらみたいな唇が一度だけ、がんばって、という形に動く。
僕は小さくうなずき、ゆっくりと供骸の隣に進み出て九条君と向かい合う。
「やるか、御厨」
「うん」
交わす言葉は一度だけ。
投げ放たれた神符の束が、澄み渡った青空に花吹雪みたいに舞った。
「──火之迦具土神!」
「──建御雷神!」




