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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
肆ノ舞

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33/79

絢爛怒涛の競技祭⑧

 かすかな踏み込みの音が、大歓声の中にはっきりと響いた。

 息を呑む僕の視線の先で、日本刀を真正面に構えた九条君はそのままの姿勢で滑るように一歩目を踏み出した。


 とっさに手元に浮かぶプラズマナイフを叩きつけようと意識を集中する僕。だけど、荷電粒子で構成された十二本のナイフが動き始めた瞬間、機先を制した九条君が足の運びをわずかに変化させる。


 するりと半身になった体は、全てのナイフの軌道を正確にすり抜ける姿勢。

 慌ててナイフの動きを変化させようとした瞬間、日本刀の刃が青白い雷をまとう。


 たぶん僕のナイフと同じように神卸によって生み出された武器──実戦演習で見た青い供骸と同じく九条君が祭る神「建御雷神たけみかづち」。

 ほとばしった電光が十二本のナイフを撃ち、一瞬だけ動きを止める。


 同時に踏み込んだ九条君の刃の切先は、中段の構えのまままっすぐに僕の目と鼻の先。

 とっさに体を左に傾けて刃をかわし、祖父ちゃん直伝の古武術の動きで掌底しょうていを繰り出そうとした瞬間、初めて九条君の両腕が動く。


「うわっ!」


 ほとんど勘だけで掌底を止め、大きく後ろにのけぞる。半瞬遅れて風切り音が空を裂き、本来なら僕が腕を突き出していたはずの場所を、そこにあったはずの手首を両断する。


「危ないですわ──!」


 ようやく状況に追いついたらしい彩葉さんの叫び。同時に僕は雷のショックから解放された十二本のプラズマナイフを今度こそ走らせる。

 

 六本は僕と九条君の間に割り込む軌道。残る六本は三本ずつに分かれて九条君の背後をそれぞれ右と左から襲う位置。

 超高温の荷電粒子が空気を焦がす匂い。貼り合わされた神符を柄に見立てた灼熱のナイフが低い唸りと共に空中にねじ曲がった複雑な軌跡を描き──


 ガラスを砕くみたいな澄んだ衝撃音。

 大きく後方に退いた九条君が流れるように刃を走らせると、十二本のナイフが一つ残らず跳ね返る。


 弾かれたナイフのうち三本がまっすぐに僕の顔に迫る。右手で素早く印を結ぶと、輝くナイフの切っ先は僕の肌の数ミリ手前で静止する。

 その時にはもう、九条君は鋭い足音と共に踏み込む姿勢。

 日本刀は胸の前で中段に構えたまま。やっぱり攻撃の兆候は見られない。


 ……やっぱり……


 実戦演習で見た時も思ったけど、九条君の剣術は不思議だ。こんな至近距離で、しかも自分から突っ込んで来てるのに、その動きの基本はどこまでも「後の先」。自分からは出来るだけ仕掛けず相手の方を先に動かして、その動きのさらに「せん」を取る。

 たぶん手に構えてる日本刀──「建御雷神」すら九条君の武器じゃない。

 九条君が本当に使ってるのは、僕の動きそのものだ。


「──九条! お膳立てはやったからな! 後は好きにしな!」


 少し離れた広場の方から声。派手な白銀の供骸と一緒に巫女装束の女子生徒が突っ込んで来る。確か九条君と同じD組。後ろにはチームメイトらしいもう二人の男子生徒と女子生徒も見える。


「恩に着る!」

「いいさ、あんたのチームだ。その代わり、晩飯五回奢る約束忘れんなよ!」


 叫ぶと同時に地を蹴る九条君に、叫び返した女子生徒が素早く神符を払う。

 地響きと共に駆け寄る白銀色の供骸。

 その姿を視界の端に、僕は吸い込まれるみたいに顔に迫る日本刀の切先を三本のプラズマナイフを交差させて受け止める。

 

「待って九条君! 試合じゃなくて僕が優先!?」

「当然だ御厨宗一郎。言っただろう、お前は面白いと!」


 九条君は日本刀をあくまでも中段の防御に構えたまま、渾身の力で刃を押し込んで来る。とっさに反撃に転じようと周囲に浮かぶ別なナイフに意識を向けた瞬間、その呼吸を読んだみたいに九条君が日本刀の刃をわずかに動かす。


 刀を受け止めていた三本のナイフが弾かれて、鋭い切先が僕の鼻先に突き込まれる。

 慌てて大きく後方に飛び退き、十二本のナイフを手元に引き寄せて呼吸を整える。


 ……すごい……


 僕と真逆だ、ってふと考える。僕は誰かを守りたい。祖父ちゃんとか、氷川先輩とか、目の前の誰かを守る力が欲しい。だけど、僕の「火之迦具土神ほのかぐつちのかみ」は攻めるためにしか使えない。


 だから僕の戦いの基本は先制攻撃。相手に何もさせないために、「守るために攻める」。 

 だけど、九条君の動きは正反対。

 守りを基本としながらもその意思は百パーセント相手を倒すことだけに向いてる。言ってしまえば「攻めるための守り」だ。

 

「なんという目まぐるしい攻防! 御厨宗一郎選手、九条隼人選手。どちらも一年生とは思えない素晴らしい動きです!」


 中臣書記の実況に鳴り響く大歓声。

 僕は頭上を覆う立体映像のスクリーンにちらりと視線を向け、その視線をふと隣、大きく表示された各チームの点数表に移し──


「え……」


 目を見開く。

 ずらりと並んだ三学年、十二チームのうち、すでに七つが「全滅」を表す真っ赤な文字。

 残った五チームも全てが供骸を数回撃破されて、それぞれがあと一回か二回しか起動回数を残していない。


「さあ、すでに試合は佳境! ここからは高ポイントを獲得しているチーム同士の直接対決だァ──!!!」


 気が付かなかった。残ってるのは僕の一年C組と九条君のD組に、二年が一クラスと三年が二クラス。ポイントはみんなだいたい互角で、つまりここからの戦いで出来るだけポイントを稼いだチームが優勝になる。


「待たせたな! 行けるぞ!」


 背後で賀茂君の叫び。緑の装甲をまとった僕たちのチームの供骸──「賀茂別雷大神かもわけいかづちのおおかみ」が、立ち上がりざま地響きと共に走り出す。

 輝く両手の間に光が収束し、紫電の塊が脈動する。雷撃の槍。だけど僕たちが競技祭の最初に使った幻じゃない。今度のは正真正銘の本物だ。


 賀茂君の右手が素早く神符を払い、左手が印を結ぶ。

 轟く雷鳴。放たれた紫電の光は大通りの上を貫いて百メートル先、D組の白銀色の供骸に正面から突き立ち──


 ぎちりと、金属が軋むみたいな異音。

 いきなり空中に出現した氷の壁が、目も眩むような雷撃を残らず受け止めて砕け散る。


 飛び散った無数の氷の粒が陽光に煌めく。弾かれた雷撃が通りの向こう、透明な結界にぶつかって一瞬だけ複雑な文様を浮かび上がらせる。

 湧き起こる大歓声。

 興奮し切った中臣書記がとうとう机に片足を乗せて立ち上がり、隣の押見副会長がにこやかな笑顔のまま指先でちょいちょいとスカートを引っ張る。


『三島さんの大山津見神おおやまつみのかみ! 強いよ!』


 手元の画面から水瀬さんの叫び。三島さんっていう名前は初めて聞いたけど、大山津見神の方はわかる。

 全国の神社で祭られる山の神。同じ神様でも広く信仰されてると卸した時の性能は術者によって変わるものらしいけど、あの白銀色の供骸はたぶん雪山のイメージなんだろう。


 とにかく、水瀬さんの言う通り強敵だ。ここまで生き残ってるんだから当たり前かもしれないけど、光とほとんど同じスピードで飛んでくる雷の攻撃に対して一瞬で氷の盾を展開するなんて普通じゃない。


「宗一郎君! こっち!」


 いきなり背後から声。振り返る間もなく体を何か大きなものにすくい上げられ、そのまま柔らかい毛皮の上に座らされてしまう。

 自分が大きな狼の式神に乗ってるのに、すぐに気づく。前に座る黒川君が神符を素早く払うと、狼の式神が流れるように走り出す。


 同時に鳴り響く轟音。直前まで僕が立っていたその場所に、放物線を描いて飛来した無数の光の矢が降り注ぐ。たぶん供骸じゃなくて人間の神卸による物。

 同じく仲間の式神にすくい上げられた九条君が駆け出す後ろで、回避し損ねたD組の男子生徒が「撃破」の文字を貼り付けて光の鎖で拘束される。

 

「周りを広く見て! 敵は隼人君だけじゃないんだ! 足を止めたら二年や三年に狙い撃ちされるよ!」

「う、うん! ごめん!」


 彩葉さんが白い犬の式神を呼び出し、賀茂君を後ろに乗せて走り出す。緑の供骸が身を翻して後に続き、C組全員が一塊になって再び大通りを走り始める。


「逃さんぞ御厨!」


 ようやく息を吐いた瞬間、立ち並ぶ街路樹の向こうからものすごい勢いで迫る叫び声。慌てて狼の背中に立ち上がり、ほとんど勘だけでプラズマナイフを六本、胸の前に交差させる。

 ほんのわずかに遅れて、背筋が寒くなるような風切り音。

 まっすぐに押し込まれる日本刀を受け止めたナイフの表面に、ぶつかり合った神性の輝きと共に青白い電光が散る。


「ああもう! なんてしつこい方なんでしょう!」


 前を行く犬の式神から彩葉さんの悲鳴。僕たちの隣にはこっちの式神の倍も大きな黒い鴉が超低空飛行で飛んでいて、背中には白銀の供骸「大山津見神おおやまつみのかみ」を操る女子生徒と、式神を操ってるらしいもう一人の女子生徒、それから仁王立ちで日本刀を構える九条君の姿がある。


 黒川君が神符を炎に変えて鴉の式神にぶつけようとするけど、式神を操ってる女子生徒が光の盾を生み出してその攻撃を弾いてしまう。

 同時に行手の先で鳴り響く金属音。

 高速で走りながら繰り出した緑の供骸「賀茂別雷大神」の手刀の一撃を、白銀の供骸「大山津見神」が手のひらで難なく受け止める。


 ほっそりした装甲の表面を霜が覆い、手の中に集まって氷の剣を形作る。緑の装甲の表面に紫電が走り、鉾の形に収束する。

 互いに一歩退きざま、唸りをあげて振り抜かれる双方の武器。

 激突した膨大な神性が、轟音と共に眩く輝く。

 一合、二合、三合目をぶつけ合わせた瞬間、氷の剣と雷の鉾が諸共に砕ける。吹き飛んだ破片が光に溶けて観客を守る結界に激突する。


 透明な壁に浮かび上がる複雑な模様。

 その姿が一瞬だけ、荒れ狂う川みたいに揺らめいた。


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