絢爛怒涛の競技祭⑦
「──おおっとォ!!! なんという番狂せ! 最初の撃破スコアを飾ったのは一年C組! 押見彩葉選手の狙い澄ました狙撃が炸裂だぁァァァァッッ!!!!」
中臣書記のハイテンションな絶叫が、高天原第一層の模擬都市に響き渡った。
窓越しに見上げる僕の頭上、大写しになった複数の立体映像の向こうで、光の矢の直撃を受けた四体の供骸が動作を停止した。
仁王立ちになった供骸の顔を覆う仮面の表面に光が収束して「撃破」の文字を形作る。模擬都市全体に張り巡らされた安全対策の結界によって、選手がお互いに放つ攻撃は命中する直前で打ち消される。
その代わりに、攻撃を受けた相手にはダメージに相当するペナルティが「神術の出力低下」という形で課され、限界を越えれば供骸なら神卸が解除されるし、人間なら拘束されてその場から動けなくなる。
撃破された四体の供骸を包む装甲が次々に光に溶けて、マネキンみたいな素体の状態に戻る。
一瞬の静寂。
次の瞬間、割れんばかりの歓声が観客席を激しく揺さぶる。
「さあ、とんでもない幕開けとなりましたが! 副会長、今の攻防は!」
「素晴らしい作戦ですわね」
空を覆うスクリーンの向こう、興奮し切った中臣書記の隣で押見副会長がたおやかに微笑み、
「最初に現れた緑の供骸は符術で作られた幻。そこに神卸による砲撃を重ねることで本物の供骸に見せかける。釣られた他のチームが姿を現してしまった所に遠距離からの狙撃を一刺し。一年C組、お見事ですわ」
スタンド席の歓声がさらに大きくなる。撃破された供骸に生徒が駆け寄って神符の束を取り出す。
「さあ、撃破された四チーム、すぐさま次の神卸を始めます!」
「供骸の再起動のためにチームに与えられる時間は三十秒。この間に供骸を起動できなかったチームは失格となりますけれど、逆にこの期間の供骸に攻撃を加えたチームにはペナルティが科せられます。この休息時間をどのように使うかも競技祭の重要なポイントですわ」
淡々とルールを解説する押見副会長。その間に僕は賀茂君と一緒にビルの窓から通りに飛び出す。
「やったな御厨!」
「うん!」
二人で一度だけ顔を見合わせてハイタッチ。賀茂君が呼び出した狼の式神の背中に一緒に飛び乗って、街路樹の陰を全速力で走り出す。
同時に頭上の空を眩く染める幾つもの光。
見上げる高層ビルの屋上、弓を放ち終えた無防備な体勢で佇む彩葉さんの豊受大神目掛けて、複数の砲撃が次々に飛来する。
「彩葉さん! 来たよ!」
『心得ておりますわ!』
手元に映る通信用の立体映像の向こうで彩葉さんが胸を張る。後ろで神符を構えた黒川君が右手を払うと、符術によってビルのコンクリートから生み出された盾が降り注ぐ光の槍を一瞬だけ受け止めて着弾を遅らせる。
そのわずかな時間に退いて体勢を立て直した豊受大神は長弓に光の矢をつがえて素早く第二射。
轟音と共に放たれた矢が別な角度から襲いかかった無数の銃弾と正面から激突し、陽光の下に激しい爆発を巻き起こす。
弾けた光が模擬都市内を遮る結界に激突し、透明な壁に一瞬だけ複雑な文様が浮かぶ。反対側の広場で見上げる何十人かの親子連れが手を叩いて歓声を上げる。
大丈夫だってわかっていても、やっぱりおっかない。
もし安全対策の結界がうまく働かなかったら──なんて考えた途端、背筋がぞくっとなる。
『うわぁ! 出てきた! 賀茂君、御厨君! ほんとにみんな出てきたよ!』
通信用の小さな画面の向こう、作戦室から水瀬さんの慌てた声。隣に立体映像で表示された模擬都市の全体図の上に、敵チームの現在位置が次々に描き込まれる。
全部で十二チーム、四十八人分の小さな点と、供骸を表す十二個の大きな点。チームごとに色分けされた点は模擬都市の全体に分散していて、幾つかは僕たちがいる場所からも直接視認できる。
豊受大神を狙撃しようとする供骸、それをさらに別な場所から狙撃しようとする供骸、それらの供骸に襲い掛かろうとする供骸──全てのチームがそれぞれの思惑で同時に動き出す。
『どうしよ! ねえどうしよこれ!』
「水瀬落ち着け! 一番近い敵を教えろ!」
『う、うん! って、北東百メートル! さっき倒した二年A組が今度は近接型呼んで──!』
通信を遮って鳴り響く金属質の凄まじい足音。僕と賀茂君の頭上を一またぎに飛び越えて、鮮やかに煌めく青い供骸が豊受大神が立つ高層ビルの壁面に素早く取り付く。
さらに後を追って駆け抜けるのは、それぞれに大きな鳥の式神に乗った二年A組チームの四人。
供骸を操っているらしい男子生徒がすれ違う一瞬に僕たちを見下ろしてにやりと笑い、
「やるな一年! 誰に教わった!」
叫ぶと同時にビルの壁面すれすれを急上昇した鳥の式神が、青い供骸と共に瞬時に屋上に飛び上がる。
鳴り響く軽やかな金属質の足音。西洋甲冑めいた供骸の手に煌めく細剣が神速の踏み込みで空を貫き──
「おおっと! これは────!」
行く手に閃くナイフみたいな爪。
寸前で神卸を解除した彩葉さんと入れ替わりに黒川君が神符を振り上げると、漆黒の供骸「大口真神」がしなやかな動作で細剣をかいくぐって青い供骸の脇をすり抜ける。
『よしゃぁ────っ!』
小さな画面の水瀬さんが拳をぐっと握りしめ、
『大成功! 押見さんの供骸はどうせすぐ狙われちゃうんだから、倒される前に自分から誰かと交代すれば良いんだよね!』
作戦室の他のみんなからも口々に歓声が上がる。
事前に決めた作戦通り。遠距離型の豊受大神が一番性能を発揮できるのは最初の狙撃で、それが終わったら高機動な近距離型の供骸の的にされてしまう。
だったら、その前にさっさと神卸を解除してしまえばいい。
供骸は倒されれば相手のポイントになるけど、自分で終わらせる分には何の問題もない。氷川先輩にも確認済みだ。
「見事!」
青い供骸を操る二年生が叫びと共に神符を払うと、振り返りざま放たれた細剣の突きがすれ違う大口真神の背中を襲う。
同時に翻る黒い脚。
宙返りと共に繰り出した蹴りで刃の切っ先を弾いた大口真神が、その勢いのまま高層ビルの壁面を全速力で駆け下り始める。
後に続いて跳躍する白い犬の式神。背中に座った彩葉さんがめいっぱい腕を伸ばし、駆け寄る黒川君を引き寄せて自分の後ろに乗せる。犬の式神は素早い跳躍で黒い供骸に追いつき、背中にしがみついて地表目がけて突き進む。
同時に高層ビルの屋上で剣戟の響き。周囲のビルを飛び渡ってたどり着いた別な紫の供骸が、両手に構えたナイフを青い供骸の頭上に振り下ろす。
瞬時に閃いた細剣が二振りのナイフと交差する。
動きを止める二体の供骸。その足下に、双方のチームのメンバーが放った神卸の炎や巨大な岩塊が降り注いですさまじい爆発を巻き起こす。
「黒川君! 押見さん! ナイス!」
「どういたしまして! 賀茂さんと宗一郎さんも見事な働きでしてよ!」
賀茂君が操る狼の式神にしがみついたまま、大口真神の着地点にたどり着く。着地の寸前で黒い供骸の背中から跳躍した白い犬の式神が、彩葉さんと黒川君を乗せたまま宙に一転して優雅に着地する。
供骸が一体と式神が二体──全員で一塊になって大通りをまっすぐに駆け出す。
途端に行く手に轟く爆音と雷鳴。長大な鉾を構えた二体の供骸が、もつれ合いながら通りの真ん中に飛び出す。
双方の手から放たれた炎と雷が空中で激突し、飛び散った神性の余波が周囲のハリボテの家屋を薙ぎ倒す。
地面を覆うアスファルトがクレーター状に吹き飛び、無数の石つぶてになって僕たちの方に襲いかかる。
黒川君が素早く印を結ぶと、瞬時に身を翻した大口真神が砲弾みたいに降り注ぐアスファルトを一つ残らず打ち払う。
「これはすさまじい戦いッ!!! もはや誰と誰がぶつかっているのかも分かりません! 十二チーム入り乱れての大混戦だァ──────ッッッ!!!!」
中臣書記の絶叫に応える観客の大歓声。結界を隔てた通りの先の広場で、何十人かの子供が「がんばれーっ!!!」と真っ赤な顔で手を振る。
その前を遮って飛び交う数百の小さな蝶の式神。
鮮やかな色彩の羽が光の粉を鱗粉みたいに振りまくと、透明化の符術で身を隠していた生徒が舌打ちと共に姿を現し、傍らに同じく隠していたマネキンみたいな供骸に灰色の装甲をまとわせる。
すぐさま飛びかかった優美なシルエットの供骸が、灰色の供骸目がけて燃えさかる剣を振り下ろす。供骸を操る以外の三人が神符を払うと幾重にも編まれた光の盾が空中に出現し、剣の一撃を受け止める。
どこかのチームが符術で自分たちと供骸を隠し、別なチームが式神や符術ですぐさまその符術を解除する。あらわになった供骸にまた別なチームが襲いかかり、無数の神性の光が模擬都市のありとあらゆる場所で乱れ飛ぶ。
そんな戦場のわずかな間隙を縫って、僕たちは大通りを高速で駆け巡る。
黒川君が神符を払う度に大口真神の黒い爪が閃き、すれ違う供骸の首を見事に刈り取る。
「最初の狙撃から一転、高速機動からの奇襲! 一年C組、素晴らしい動きです!」
頭上のスクリーンの向こうで中臣書記の叫び。
と、「ええ、本当に」と応えた押見副会長がくすりと笑い、
「ですけれど、ここからはどうでしょう。皆さま、そろそろ警戒なさっているようですわよ?」
その言葉が終わるより速く、すさまじい風切り音が僕たちの目の前で鳴り響く。あっと思った時にはすでに遅くて、閃いた長大な刃が大口真神の黒い仮面を直撃する。
「しまっ……!」
息を呑む黒川君の前で、黒い供骸の顔に「撃破」の文字が浮かぶ。瞬時に動きを止めた供骸の体から装甲が剥がれ落ち、光の粒子に溶けて消える。
すさまじい速度で走り抜けた煌めく銀色の供骸が、幻みたいに揺らめいて視界からかき消える。
『うそ! 姿隠しの反応なかったよ!?』
「空間を曲げてワープしたんですわ!」
水瀬さんの叫びに彩葉さんが青ざめた顔で、
「やられましたわね! 超上級の、最新式の軍事用符術ですわ!」
「ええっ!?」
思わず叫ぶ僕。なにそれ、符術ってそんなことまで出来るの!?
「ごめん陽真君! 油断した!」
「今のは無理だ! 代わるぞ! 援護頼む!」
黒川君に叫び返した賀茂君が式服の袖から神符の束を取り出す。彩葉さんが式神を解除して符術で光の盾を展開し、黒川君もそれに倣う。
供骸が一番危ないのは再起動が完了して休息期間が終わった瞬間。そこを乗り切るためには、供骸を操る以外のメンバーが守りを固める必要がある。
僕はいつでも神卸を使えるように神符を両手に構える。こういう時に一緒にサポートできないのがもどかしい。
一秒、二秒。じれったいほどゆっくりと流れる時間の中で供骸が少しずつ緑の装甲をまとい──
いきなり、目の前に閃く光。
考えるよりも速く投げ放った神符が、目の前にプラズマナイフを生成する。
ガラスを弾くみたいな甲高い音。ぶつかり合った神性が光の粒子になって弾ける。
翻るのは青い白い光をまとった日本刀。
供骸の武器じゃない。もっと小さな、人間サイズの刀がはためく式服と共にゆるやかな弧を描く。
「おおっと、これはいけません! 再起動中の供骸への攻撃は反則──」
「ではありませんわね」
中臣書記の叫びを遮る声。
慌てた様子で顔を向ける書記に押見副会長はたおやかに微笑み、
「供骸でもそれを操る術者でもなく他のメンバーへの攻撃。際どい範囲ですが、ルールの範疇ですわ」
頭上の解説の声を意識の端に、立て続けに幾つものナイフを生成する。荷電粒子を束ねて作られたナイフが目の前の敵に次々に襲いかかり、一つ残らず弾かれる。
宙に跳ね返ったナイフを残らず手元に引き戻し、身構える。
そんな僕の目の前で、日本刀を構えた九条君が獰猛な笑みを浮かべた。
「おあつらえ向きな状況だな。──嬉しいぞ、御厨宗一郎」




