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神式駆動カーニバル【第二幕完結】  作者: 三枝零一
壱ノ舞

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神話の空で君に出会う②

 広い通路に足音を響かせて僕は走る。テロリストのリーダーを追って展望デッキの螺旋階段を駆け下りた先、天鳥船あめのとりふねの船首に向かう通路はいかにも軍艦らしい白塗りの簡素な内装で、神社の拝殿みたいな古めかしい意匠があちこちにさりげなくあしらわれている。


「やはり警備システムが乗っ取られているね!」

 

 隣を並んで走る巫女装束の少女──氷川夏乃先輩の声。バイトの申し出を勢いで引き受けた僕は、この人と一緒にさっきのテロリストのリーダーを追っている。


「そうなんですか!?」

「そうとも! 見たまえ」


 叫び返す僕に、先輩は金属質の壁に目立たないように刻まれた精緻な紋様を示す。

 僕たちが使う神符によく似た、極小サイズの神の名を繋いだ細い線で描かれた紋様。

 そのあちこちが強引に削り取られたり新しい線が刻み込まれたりして、形が変わっている。


「その紋様は招かれざる客を発見すると自動的に式神を生成する仕掛けになっているんだけれどね、連中、強引に術式を反転したらしい。今の防衛システムは正しい乗船許可を持つ者だけを狙う。……つまり、私たちの周りは敵だらけというわけさ!」


 先輩の声と同時に通路の先で光が走り、揺らめく人型の黒い影が壁の紋様から飛び出す。

 陽炎みたいな体を奈良時代とか平安時代っぽい鎧に変化させながら、素早い動作で飛びかかってくる人型。

 とっさに身構える僕の隣で、先輩がくすりと笑う。


「──八幡神やはたのかみ!」


 叫んだ先輩が袖から取り出した一束の神符を目の前に放り投げると、光をまとった符が互いに縒り合わさって細い筒を形成する。

 生み出されるのは腕くらいの長さの、確かショットガンって呼ばれるタイプの銃。

 細い指が無造作に引き金を引くと、轟音と共に吹き飛んだ人型が光に溶けて消える。


 ……これが先輩の神卸かみおろし……


 八幡神やはたのかみっていえば弓の加護で名高い神霊。どうやら氷川先輩はその神威を「飛び道具全般」っていう形に拡大解釈して銃として操ってるらしい。


 量子神道の神卸は周囲のありとあらゆる物質を神に見立てて制御する技術だけど、どんな神をたてまつるかは術者によって相性があるし、一柱の神を正しく扱えるようになるだけでもとんでもない修行が必要になる。


 たとえば僕が使うのは荷電粒子を司どる「火之迦具土神ほのかぐつちのかみ」。

 たぶんそれと同じように、先輩が得意にしているのが銃を操る「八幡神やはたのかみ」なんだと思う。


 ……あれ……


 でも何か引っかかる。

 例えば「火之迦具土神ほのかぐつちのかみ」は、僕の祖父ちゃんが宮司を務めていた秋葉神社のご神体だ。

 だけど先輩の名字、氷川って言ったら、八幡神やはたのかみじゃなくて確か──


「全く、この天鳥船のシステムはそれなりには重要な機密のはずなんだけどね。誰に情報を提供されたのやら」

 なんて考える僕の隣で先輩は肩をすくめ、

「防衛システムの修復は私が引き受ける。御厨みくりや君、前衛任せた!」

「は、はい!」


 我に返ってポケットの神符をつかみ、全力で前に飛び出す。

 同時に行手の壁に幾筋もの光が走り、次々に飛び出した数十体の黒い影が太古の鎧と剣を帯びて津波みたいに押し寄せてくる。


 手の中に生み出したプラズマナイフで、最初の一体の首を掻き切る。風切り音と共に振り抜かれる赤銅色の剣を流れるようにかいくぐり、続く三体をまとめて消し飛ばす。


 こいつらは式神──つまり、量子神道によって生み出される神性の中でも、実体を持って自律稼動するタイプだ。

 与えられた名前とか神格とかによって性能にかなり幅があるけど、たぶん一番低位の、簡単な命令をこなすだけのタイプ。

 特徴はあんまり強くなくて頭も悪い代わりに、とにかくたくさん作れること。

 何十、何百と溢れる黒い兵士をぶつかる端から斬り倒し、通路の照明の下を全速力で駆け抜ける。

 

「……それにしても、高等部に新入生とはね」


 耳元で涼やかな声。舞いを踊るみたいな軽やかな足取りで同じく通路を駆け抜けた先輩が、ふわりと僕の隣に追いつく。

 両手に一丁ずつ構えた小銃で周囲の壁に次々に新しい傷を書き足し、ふと思わせぶりな流し目を僕に向けて、


「おかしいと思ったんだ。この私が、きみみたいなチャーミングな後輩を見逃すはずがないからね。この機会にぜひお見知りおき願うよ」

「え! あ、あの……!」


 どぎまぎしてよく分からない声を返してしまう。氷川先輩はすらっと背が高くて、こうやって並ぶと僕の方がちょっとだけ見上げる格好になる。

 ちらっと視線を動かすと、胸の辺りには巫女装束でも隠し切れないふんわりとした膨らみ。

 いきなり恥ずかしくなってしまう。色々ありすぎて忘れてたけど、そもそも自分と同い年くらいの女の人と話すのなんて生まれて初めてなのだ。


「て……展望デッキの人たちは大丈夫でしょうか!」

「ん?」

 思わず話題を逸らす僕に、先輩は分かっていない様子で少し首を傾げ、

「心配は要らないよ。階段には結界を張ったし、私の式神も置いてきたからね」


 先輩が乗ってた大きな鴉──途中で虎に変形したあいつは式神だったんだって納得。テロリストのリーダーが生み出した大蛇の神性も一撃で倒していたし、きっとかなり高位の存在なんだろう。

 ちょっと安心。

 途端に色んなことが気になってくる。勢いでついてきたけど、自分の置かれた状況はいまいちわかっていない。


「ああ。すまないね、説明が足りていなかったよ」

 なんて考えが伝わったのか、先輩はくすりと笑い、

「事の起こりは三日前だ。さる有力な筋からの情報提供で、神格解放戦線が『国之常立神くにのとこたちのみこと』を狙った大規模なテロを計画していることが判明した。……ああ、国之常立神は知っているかい? 高天原の全てのエネルギー供給と物資生産を担っている主導力炉の」

「はい。それはもちろん」


 さすがに知ってる。日本神話における天地開闢で最初に現れた神「国之常立神」──その神性を宿し、世界創世の原理でエネルギーどころか物質そのものを「無」から生み出す第三種永久機関。

 量子神道技術が扱える中では一番強大な神性なんだけど、そこまでいくともう神卸でどうこうってレベルじゃなくて、専用のものすごく大きな祭殿プラントで管理されてるんだって何かの動画で見た。


「とにかく、事態を重く見た高天原学園生徒会はプラントの警備にあたることにした。だけど私はどうも気に入らなくてね。これは陽動作戦なんじゃないかと睨んで高天原の周辺宙域に目を光らせていたんだけど、案の定というわけさ。……たぶんだけど、天鳥船の乗客を人質にして、収容施設に捕まっている仲間の解放を要求するつもりだったんじゃないかな」

「あの、そこがよくわかってないんですけど」


 僕はプラズマナイフを一振りしてさらに二体の式神を吹っ飛ばし、


「先輩は……っていうか、生徒会って学生ですよね? なんで学生がテロリストの対処なんかするんですか? 高天原市政府は自前の警察も軍隊も持ってるんだから、そういう人たちの仕事なんじゃ」


 高度二万五千メートルに浮かぶ天空都市「高天原」は地上から切り離された半分独立国家みたいな街だから、その行政を司どる市政府は立派な警察組織に加えて小規模な軍隊も持ってるってガイドブックで読んだ。


「良い質問だね、御厨君」

 先輩は巫女装束の袖から取り出したものすごい数の神符を目の前にばら撒き、

「だけど答えは簡単。つまりね、高天原の学生は普通の警察や軍隊なんかより遥かに強いんだよ」


 細い手が柏手かしわでを一つ打つと、全ての神符が小さな銃に姿を変える。

 重なり合って鳴り響く銃声。放たれた銃弾が壁の紋様に無数の小さな傷を刻むと同時に、通路の向こうから迫っていた何百体っていう式神が動きを止める。

 

 古代の兵士みたいな式神たちが黒い影に溶けて壁の中に戻っていく。

 たぶん防衛システムを壊したんじゃなくて、小さな傷で紋様を書き換えて本来の機能を修復したんだと思う。

 ちょっと、いやかなりすごい。火之迦具土神ほのかぐつちのかみ以外ろくに扱えない僕が言うのもあれだけど、この人、天才なのでは?

 なんて目を丸くする僕の隣で、先輩は全ての銃を神符に戻して空中に掴み取り、


「高天原学園は全国の名家や由緒ある神社の跡取りを集めた養成機関だ。東方神域戦争で活躍した英雄のご子息なんかも数多い。……わかるかい? 量子神道技術で強化された兵器をいくら配備したって、神卸かみおろしも使えない普通の人じゃ、私たちには束になっても敵わないんだ」

「あ……」


 そっか、って納得。確かに、軍隊が使う銃とか戦車とかがいくら神性を付与されてるって言っても、それは神卸を普通の人が扱えるレベルまで落として再現しただけの物だから、見習いとはいえ本物の神職に敵うはずがない。

 まして、高天原は国内外から最高の才能だけを集めた養成機関。

 ……そんな場所にどうして僕が呼ばれたのかは、とりあえず置いておく。

 

「だから学園生徒会は警察や軍隊とは別に独自で高天原の防衛を担っている。……『高貴なる者(ノブレス・)の務め(オブリージュ)』というやつだよ。神職の名家というのは、現代の貴族みたいな物だからね」

「え、でも先輩、バイト代って」

「おやおや、口は災いの元だよ? 御厨君」


 くすくすと笑った先輩が、いきなり表情を改める。

 目の前、通路の突き当たりには閉ざされた分厚い扉。

 立体映像で書かれた「操縦室」の文字が不規則に明滅を繰り返す。


「御厨君」

「はい」


 先輩の言葉にうなずいてプラズマナイフを構える。

 神格解放戦線のリーダーは「操縦室とエンジンルームを押さえた」って言っていた。

 ここまでの通路では結局あの狐面の連中には遭遇しなかったわけで、つまり、敵はこの中で待ち伏せしてる可能性が極めて高い。

 

「行きます!」


 小さな掛け声と同時にプラズマナイフを一閃。溶断した扉を蹴破って中に飛び込み、

 

「……は?」


 目の前には、複雑そうな機械やモニターが並ぶ広い部屋。

 中央には立派な革張りの椅子が二つ並んでいて、パイロットとサブパイロットらしい二人の男の人がそれぞれ縛られている。


 それは……まあ、あんまりよくはないんだけど、とりあえず置いておく。

 問題はその周り。

 操縦室の白い床の上には、狐面の男女が全部で七人、アサルトライフルを抱えたまま血まみれで倒れ伏している。

 

「これは……さすがに予想外だね」


 進み出た先輩が狐面たちのそばにしゃがみ込んで様子を確認し、すぐに首を左右に振る。僕はしばらく呆然となってから、我に返ってパイロット二人の拘束を解く。


「ともかく、貴方たちが無事で何よりだ」

 立ち上がった先輩がパイロットに歩み寄って、

「高天原学園生徒会執行役員、氷川夏乃だ。助けに来た」

「あ、ありがとうございま……」


 言いかけた男の人が目を見開く。

 僕の祖父ちゃんより少し若いくらいの初老のパイロットは隣のサブパイロットと顔を見合わせ、

 

「氷川……まさか、氷川家のお嬢様でいらっしゃるのですか……!? 三名家の!」

「そうだけど……って、やめたまえ! 今はそんな事をしている場合じゃないだろう!」


 いきなり床に膝をつこうとする二人を、先輩が慌てた様子で押しとどめる。うんざりした顔で長い黒髪をわしわしする先輩を、僕はこっそり横目に見つめる。


 ……やっぱり……


 八幡神やはたのかみなんて言うから勘違いかと思ったけど、間違いない。

 ありとあらゆる神性の中でも、術者が神卸っていう形で扱える中では最高位の「三貴子みはしらのうずのみこ」──つまり、太陽神「天照大御神あまてらすおおみかみ」、月神「月読命つくよみのみこと」、そして軍神「須佐之男命すさのおのみこと」。


 その三柱の神をそれぞれ従える、東方神域戦争の英雄、三名家。

 氷川家って言ったらその中の一つ。須佐之男命すさのおのみことを奉る、世界で最高の神職の一族じゃないか。


「先輩、あの……」

「御厨君、その話題は禁止だ」


 氷川先輩がゆっくりと振り返る。

 これまでの気さくで陽気な態度が嘘みたいな、冷たい眼差し。

 息を呑む僕に、先輩は我に返った様子で瞬きして、


「ほ、ほら! 今は緊急事態だからね。込み入った話は後にしよう!」


 たった今のやりとりは無かった、っていう顔でパイロットたちを椅子に座らせ、


「それで、何があったんだい? この状況は?」

「それが……私どもにもわからんのです」

 初老のパイロットは困惑しきった顔で、

「当初はただのハイジャックと判断し、大人しく従いつつ反撃の機会をうかがっていたのです。……ですが、途中で連中が仲間割れを始めまして」


 最終的に、狐面の集団の半分が残りの半分を射殺し、パイロットの人たちを残して出て行ってしまったのだという。

 わけがわからない。

 思わず先輩の隣から身を乗り出して、


「こいつらのリーダーが来なかったですか? 似たような狐面で、真っ直ぐな刀を持った」

「先ほど、それらしい男が。ですが状況を見てすぐに出て行きました。……確か、『コン』がどうのと、そんなことを言っていたはずです」


 なんだそれ、わけがわからない。

 と、先輩が小さく「『コン』……?」って呟く。


「……なるほど、そう来たか」


 氷川先輩は神符を一枚掴み出し、操縦室の壁を走る配管に押し当てる。細い指が複数の印を次々に形作ると、符の表面に描かれた紋様が生き物みたいに動き始める。

 形作られるのは、翼の生えた大きな魚。

 目を丸くする僕の前で、神符はすぐに真っ黒に染まって崩れ落ちる。


「先輩? 今のは……」

「急ごう、御厨君。どうも、思ったよりかなり厄介な状況だよ」


 緋色の袴を翻した先輩が操縦室の扉に向かって駆け出す。

 僕は慌ててその後を追い、


 ──耳をつんざく警告音。

 天鳥船を構成する神性の異常を告げるメッセージが、操縦室のあらゆるモニターを埋め尽くした。

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