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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
肆ノ舞

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絢爛怒涛の競技祭④

「──本日はお忙しい中、新入生歓迎競技祭にお越しいただきありがとうございます」


 学園長の朗々とした声が、澄み渡った人工の青空に響いた。

 僕は入場ゲートの鳥居の前で背筋を伸ばし、頭上の遠く、大きな立体映像の画面に映し出される老婦人の姿に目を凝らした。


 隣の賀茂君と黒川君、それに彩葉さんが同じように気をつけの姿勢で空を見上げる。競技祭の舞台である円形の模擬都市には外周を等分する形で十二個の鳥居が設置されていて、僕たちはその一つ、真東の方角から入場することになる。

 

 傍にはマネキン人形みたいな三メートル級の供骸が一体。競技祭では全てのチームがこの一番小さいサイズの供骸を使う。

 これより大きな六メートル級以上の供骸を使うには試験に合格する必要があって、一年生のほとんどは資格を持ってないからっていうのが理由らしい。


 動かしているのは彩葉さんだけど、もちろんまだ神卸はやってなくて、今はまだ祈願炉だけで稼働してる状態。

 頭上の遠くには学園長が映ってる以外にも幾つもの画面があって、他のチームの姿もちらほら映るけど、どのチームも同じく供骸はマネキンのまま。みんな、自分たちの初手がばれないように気をつけている。


「それでは来賓の方々をご紹介いたします。──押見家御当主、押見行忠(ゆきただ)様」


 スタンド席の真ん中あたり、専用の貴賓席で、いかにも厳しそうな神職姿の男の人が立ち上がって一礼する。

 彩葉さんがちょっと嬉しそうに、お父さま、って声。

 この競技祭には生徒の親族が招かれてるけど、中でも名家の当主は高天原で重要な役目を担ってるから当然お客様として紹介されることになる。


『うわぁ、押見さんのパパ、かっこいいねー』


 手元に浮かぶ小さな画面の向こうで水瀬さんの声。彩葉さんがぴくっと耳を動かし、澄ました顔をちょっとだけ上に向ける。

 作戦室に残ったみんなとは符術で構成されたこの画面を介してやり取りする。と言っても僕の術ではこんなの作れないから、この画面は賀茂君から借りてる物だ。

 僕はそういう方面の役には立たないんだから、その分、供骸の操作と神卸で頑張らなきゃいけない。

 

『ねえねえ、あれ賀茂君のママじゃない!? うわー、すっごい美人!』


 水瀬さんの歓声に、賀茂君が視線を逸らして指先で頬をかく。

 来賓として紹介されるのは全部で十人くらい。三名家の中でも天照大御神を祭る度会わたらい家とか、秩父生徒会長の実家の秩父家とか。いかにも神職の世界の重鎮って感じの人たちが次々に立ち上がって一礼する。


 だけど、三名家の最後の一つ、氷川家の姿は無し。

 うちの両親はめったに外に出てこないからね、って先輩が言ってた通りだ。


 ──母の体調が悪くてね。もう十年になるよ──


 先輩のそんな言葉にあらためてひっかかりを覚える。十年前って言ったらちょうど東方神域戦争が終結した頃。先輩も「須佐之男命は十年前の戦いを最後に呼びかけに応えなくなってしまった」って言ってたはずだ。


 なんだかもやもやする。頭上の画面とか遠くのスタンド席とかに視線を巡らせていると、来賓客を映す大きな画面の隅っこに見慣れたセーラー服が映り込む。

 先輩はスタンド席の一番目立つ場所、学園長とか来賓のお客さんとかが座ってる場所の下にある生徒会役員席の端っこ。

 符術で視力の強化とか出来たらいいのにな、なんて考えながら、僕はそっちの方向に手を振ろうとして──


「ではここで、高天原市政府代表、菅原天命市長様よりご挨拶を賜ります」


 学園長の声。

 思わず動きを止める僕の頭上、大きな立体映像の画面の中で、すらっとしたスーツ姿の男の人が立ち上がる。

 

「ご紹介に預かりました菅原です。今日、このめでたき日に──」


 ……あれが……?


 僕に入学許可証を送って高天原学園に導いてくれたその人の顔を見上げる。

 市長っていうくらいだから年配の人を想像してたんだけど、すごく若い、っていうか時々見かける大学生の人とあんまり変わらない。

 中途半端な長さの黒髪に、理知的っていうかちょっと冷たい感じの風貌。五芒星の印が入った黒い手袋を両手にはめている。


『おおー、ほんとに市長だ。わたし初めて見た』


 手元の画面から水瀬さんの声。作戦室のみんなも口々に似たようなことを言ってるのが聞こえる。

 ちょっと不思議。

 先月この島に来たばっかりの僕はともかく、みんなは何年もいるんだから顔を見る機会くらいあったんじゃ?


「菅原市長ってね、学園の行事どころか高天原市側が主催するセレモニーにも全く出てこないんだよ」

 と、僕の怪訝そうな気配を察したらしい黒川君がふんわりと笑い、

「先生たちは何年かに一回くらいは見る機会があるらしいんだけど、少なくともこの十年は見た目がぜんぜん変わってないらしくてね。謎の人だよ」


 へー、って感心すると同時にあらためて怖くなる。なんでそんな人が僕に直接? もしかして祖父ちゃんの知り合いだったりする?


 色々聞いてみたいことはあるけど、学園と市政府はあんまり仲が良くないらしいし、そもそもただの学生の僕が市長と直接話す機会なんてあるわけがない。

 ますますもやもや。

 なんてことを考える僕をよそに、市長の型通りの挨拶が終わる。

 

 学園長の祝詞の奏上に続いて、高らかなファンファーレの音が鳴り響く。作戦室のみんなや賀茂君に黒川君、彩葉さんが姿勢を正して、僕も慌ててそれに倣う。

 立体映像の画面の向こう、立ち上がった秩父生徒会長がきらっと眼鏡を光らせて柏手を一つ。


「これより、新入生歓迎競技祭、高等部の対戦を開始する!」

 

 スタンド席と模擬都市の中の観覧席、その両方から割れんばかりの大歓声が響く。

 と、大きな咳払い。

 カメラ目線の生徒会長が眼鏡をくいっと押し上げ、


「高天原学園創立以来の伝統に則り、本競技の一切は学生が主体となり運営する。各人、日頃の学びの成果を存分に発揮してもらいたい。……なお、司会はこの高等部生徒会長『秩父伊織ちちぶいおり』、試合解説は副会長『押見澄葉おしみすみは』、実況は生徒会書記『中臣真白なかとみましろ』が担当する」


 途端に湧き起こる大歓声。最後の名前が呼ばれた瞬間、割れんばかりの大歓声が会場全体を包む。

 初等部や中等部の生徒に保護者の大人たち。大学部や研究部の人たちにいかにも偉そうな来賓のお客さんまでもが拍手喝采で中臣書記の名前を叫んでいる。

 

 ……え、待って、なに……?


 わけがわからない。

 頭上の画面の向こう、生徒会席にちまっと座る黒髪おかっぱの女子生徒をまじまじと見つめてしまう。

 

 中臣書記とは高天原に来た初日に顔を合わせた。僕に「須佐之男命とか市長名義の入学許可証とかの話ができなくなる誓約」をかけたあの人だ。

 物静かで時々ぼそっときついことを言う人だなあって思ったけど、逆に言うとそれだけ。あんまり目立つタイプじゃないし、どっちかっていうと実況よりもうちょっと落ち着いた、司会とか解説とかの方が似合ってるんじゃ?


『くぅぅぅ! 今年も中臣先輩の実況聞けるんだ! テンション上がってきたぁ!』


 と、手元の画面で水瀬さんの嬉しそうな声。他のみんなもものすごく気合が入った顔をしてる。

 隣の賀茂君たちもなんだか嬉しそうにうなずき、


「いよいよだな。一年ぶりか」

「だね。あのマイクパフォーマンス聞くと、競技祭が来たんだなって感じがするよね」

「ええ! あの名調子が今年も聞けるなんて、わたくしたちも素晴らしい戦いを披露しなければ……って、宗一郎さん、どうかなさいまして?」

「いや、だって……」


 思わず口ごもる僕の頭上で、秩父会長がマイクを目の前の長机に置かれたスタンドに戻す。眼鏡越しの視線が促すと、中臣書記がこくっとうなずいて、自分のマイクにしずしずと手を伸ばす。


 と、手元の画面で水瀬さんが『あ、そっか』って手を叩き、


『御厨君は知らないんだっけ。中臣先輩って初等部の頃から有名でね』


 えっ、て思わず声。頭上を仰ぐ僕の見つめる先、立体映像の向こうで、いかにも繊細そうな指がマイクをそっとつまんで持ち上げる。

 生まれてこのかた大声なんて出したことありません、っていう雰囲気の唇がゆっくりと息を吸い込み、


『あの人、マイクを持つと()()()の』


 耳をつんざく甲高いハウリング。

 すさまじい絶叫が、高天原地下第一層の澄み渡った空に響き渡った。


「────会場ォにお集まりのみなさまァァァッッ!!!! 準備はよろしいでしょうかァァァァァァ──────ッッッ!!!!」


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