絢爛怒涛の競技祭③
なんだか思わぬ展開になってしまった。
僕は会議机の上に展開された模擬都市の立体映像を眺めつつ、部屋の隅の氷川先輩をちらっと振り返った。
先輩は自分が呼び出した黒い虎の式神に腰掛けて、周りに光で描かれた競技祭の資料をいくつも浮かべてる。
腕には「競技祭運営」の立派な腕章。
資料を繰る手をふと止め、クラスのみんなに向かってにこやかに手を振る。
「ああ、私のことは気にせず続けてくれたまえ。監督官と言ってもそんなに面倒な話じゃない。ただ、君たちが他のチームの編成に関する情報をこっそり仕入れていやしないか確認するだけなんだから」
先輩の話によるとそういうことらしい。この競技祭では「実戦を意識した大会」っていう面を強調するために、各チームが自分たち以外のチームの編成について事前に情報を仕入れるのが禁止されている。
と言っても、一年生だと供骸を実戦レベルで動かせる生徒の数は限られてるから、各クラスから誰が出てくるかはだいたいバレバレになってる。
だけど、二年生や三年生になると結構な数の生徒が供骸を自由に操れるわけで、まして「高等部一年に上がりたての新米を相手にする」ってなったらそれこそ誰が出場してもいいから、本当にどんなチームが出てきてもおかしくない。
つまり、僕たちはどういう人のどういう供骸と戦うかがわからないまま試合を始めることになる。
「ねえねえ、御厨君」
なんて考えていると、急に隣から声。
水瀬さんが顔を近づけ、ひそひそと声を潜めて、
「せっかく氷川執行役員来てくれたんだしさ。いいよ、わたしたちに気兼ねせず、もっと近くに行ってくっついても」
「えっ!」
思わず大声を上げる僕に、周りの何人かが「確かに」ってうなずく。入学初日の件から三週間、先輩と僕が許嫁だっていう噂は今もあちこちで飛び交い続けてる。
先輩はあの後で秩父生徒会長に「頼むから状況をややこしくしないでくれ」って叱られて、次の日からは料理部の部室以外では少し僕と距離を取ってくれるようになった。
だけど、一度広がった噂は勝手に膨らみ続けて、今では「先輩が僕を見初めた」派と「僕が先輩に猛アタックした」派で水面下の争いが続いてるらしい。
いちおうみんなには僕の口から「たまたま天鳥船事件で先輩を手伝って、その縁で新入生の僕に良くしてくれるんだ」って説明したんだけど、どうしてだか全然信じてもらえない。
おかしい。僕と先輩は「須佐之男命に関する秘密」を共有してるだけで、あとは毎日ご飯をご馳走になったり神術を教わったりしてるだけなのに。
「と……とにかく、話を戻すぞ」
咳払いした賀茂君が印を結ぶと、会議机の上に光が集まる。立体映像装置によって描かれた光が、緑、金、黒、紅の四種類の供骸を小さく描き出す。
見上げる僕たちの前で、まず緑の供骸が大きく拡大。
鮮やかな色彩の装甲には、上賀茂神社のシンボル、双葉葵の紋様が描かれている。
「賀茂別雷大神。俺の供骸だ。得意な距離は中距離。素手の格闘もある程度はこなせるが、メインの攻撃手段は雷や電気の制御だ。電磁射出砲を生成して撃つことも可能だが、御厨や押見の供骸ほどの威力は出せん」
「そういう説明だと、僕の大口真神は完全な近距離型だね」
と、後を引き継ぐのは黒川君。
緑の供骸が小さくなり、代わりにほっそりした黒い供骸が大写しになる。
「武器は両手と両足の爪だけで、特別な武器や神威は無し。その代わり、普通の供骸よりかなり速く動けるし、この爪は並の装甲なら紙みたいに裂いてしまうよ」
この三週間で僕もなんとなくわかってきたけど、供骸はただのロボットっていうより「自分で動いて殴り合いができる神術の増幅装置」って考えた方が良いらしい。
たとえば火之迦具土神の左腕についてる荷電粒子砲がわかりやすい例で、あれは僕の普通の神卸がそのまま強くなった物。
他にはもちろんプラズマナイフも生み出すことが出来るけど、逆に言えばそれ以外の、供骸ならではの新しい技なんかがあるわけじゃない。
僕以外の三人は式神や符術を供骸を経由して行使することで、威力や効果範囲を拡大することも出来る。こっちは色んなことに使えて便利だけど、供骸に決定的なダメージを与えるにはやっぱり神卸を使うか直接手足や武器で打撃を命中させる必要がある。
「わたくしの豊受大神は遠距離型ですわ。攻撃手段は弓を使った多段のホーミング射撃。残念ながら威力は皆さんの神卸に少し劣りますけれど、命中精度と射程距離には自信がありますし、同時に複数の目標を狙うことも出来ます」
続けて口を開いた彩葉さんが金色の供骸を拡大し、
「豊穣の権能で他の供骸の治癒も行えるのですけれど、競技祭では使い道がありませんわね。……あとは、光を操って幻を生み出す技を多少使える程度ですわ」
そこまで言って一息。
彩葉さんは自分の供骸の隣に僕の真紅の供骸を拡大表示して、
「宗一郎さんの火之迦具土神も遠距離型ですけれど、わたくしほど射撃の小回りが効かない分、威力は絶大ですわね。プラズマナイフを使えば中距離や近距離でも動けますから万能型と言うべきかもしれませんわ。『神威解放』という切り札もあることですし」
クラス全員の目が僕に集中する。神威解放──祈願炉に神性を直接送り込んで出力を爆発的に向上させる神式駆動の奥義。今のところ、チームであれが使えるのは僕一人だけだ。
とにかく、これで四人それぞれの供骸の性能が揃った。
賀茂君の「賀茂別雷大神」が中距離型。
黒川君「大口真神」が近距離型。
彩葉さんの「豊受大神」が遠距離型。
そして、僕の「火之迦具土神」がバランス型、兼チームの切り札だ。
「なら、やっぱり大将は御厨だな」
賀茂君が腕組みしてうなずき、
「この前決めた通りでいこう。最初が俺、倒されたら次は押見、その次が黒川で最後が御厨──これで決まりだな」
「ええ。……賀茂さんも黒川さんもお気を付けなさってくださいましよ? チームは四人でも供骸は一体だけ。最後の宗一郎さんに渡る前に機体が破損してしまえば、それでわたくしたちの負けは決まってしまうんですもの」
だね、ってうなずいた黒川君がふんわり笑う。水瀬さんがガッツポーズし、他のみんなも「よっしゃー」なんて気合いを入れてる。
僕も真似してぐっと拳を握りしめようとして──
視界の端にちらっと映る先輩の思案顔。
いかにも何か言いたそうなその表情に、胸の奥にもやっとした感覚が生まれる。
「御厨君、どうかした?」
「あ、いや」
不思議そうな水瀬さんに首を振る。先輩はいつの間にか楽しそうな表情に戻って、競技祭の資料をあれやこれやと眺めている。
なんだろう。
分からない。会議机の上に表示された模擬都市と僕たち四人の供骸を何度も見比べ、
「……ねえ、この競技祭なんだけど、実際に始まったらどんな感じになると思う?」
「どう?」
おそるおそる尋ねる僕に賀茂君が眉をひそめ、
「そうだな、まず式神を斥候に放つなり作戦室から観測してもらうなりして別なチームを発見し、そのチームに攻撃を仕掛けることになるだろう。……もちろん供骸の相性があるから相手構わず攻撃を仕掛けるわけにはいかないが、そのためにどんな距離でもそれなりに動ける俺の賀茂別雷大神を先鋒に選んだわけだし」
だよね、ってうなずく。それでそのチームと戦って、どっちかが勝って、負けた方の供骸は神卸を解除される。
やられたチームはすぐに誰か別のメンバーの神卸で供骸を再起動して、また戦ってどっちかが勝ってどっちかがまた負ける。
そうやって最終的に四人全員が負けたチームは試合から脱落するわけだけど、勝った方もメンバーの何人かを失って、その状態でまた別な対戦相手を探して、それで──?
「ねえ、みんなは去年の競技祭も観たんだよね? その時はどんな感じだったの?」
「どう、とおっしゃれましても……」
彩葉さんが眉間にしわを寄せ、
「何しろみなさん動きがとても早くて、試合開始の合図と同時に半分くらいが吹き飛んでしまわれて……」
クラスのみんなからも次々に賛同の声が上がるけど、賀茂君と黒川君だけが何かに気づいた様子で顔を見合わせる。
ちらっと作戦室の隅に顔を向ける。
氷川先輩は我関せずって感じで資料に目を落としたまま。
だけど、花びらみたいな唇の端っこが、すごく嬉しそうな形をしてる。
「……先輩、あの」
「……ん? どうかしたかい? 御厨君」
私は何も聞いていないよ?っていう雰囲気で応える先輩。
僕はクラス全員の視線を一身に受けつつその目の前に歩み寄り、
「えっと……良かったらなんですけど、アドバイスとかもらえたら嬉しいなって」
「……御厨君。私は公正中立の監督官だよ? そのことはわかっているよね?」
「それは……そう、なんですけど……」
「どうしても、かい?」
「……はい」
お願いします、って頭を下げようとした途端、おでこを人差し指に押さえられてしまう。
目の前には、花が咲くみたいな笑顔。
しょうがないなあ、って口元を綻ばせた先輩が、黒い虎の背中から軽やかに飛び降りた。
「他ならぬ御厨君のお願いだし、そもそもこの競技祭は不公平だからね。……みんな、こっちに集まっておいで。今から君たちに、去年の優勝者からの助言を授るよ」




