絢爛怒涛の競技祭②
「──いいかい? 御厨君。いくら回線を開いたと言っても、君と火之迦具土神との結び付きはとても強い。だから、せっかく作った式神との繋がりも、注意していないと簡単に塗りつぶされてしまうんだ」
「はいっ!」
夕日が差し込む放課後の料理部の部室。座卓は脇に押し除けられて、僕は先輩と向かい合って正座している。
胸の前に構えた指には神符が一枚。
二人のちょうど真ん中では、子猫の式神「たま」が尻尾を丸めて欠伸をかいている。
「では始めよう。今から私がたま君の制御を奪う。きみはそれに出来るだけ抵抗するんだ」
はい、ってうなずく僕の前で、巫女装束の先輩が神符を取り出す。花びらみたいな唇が祝詞を紡ぐと、光の糸が一本、たまの小さな体に絡みつく。
「うわっ!」
途端に頭の中にあった式神の存在が遠くに引っ張られそうになって、慌てて意識を集中する。
だけど、これが難しい。
僕の中には常にものすごく大きな火之迦具土神の気配があって、どうしてもそっちの輝きに気を取られてしまう。
「落ち着いて。自分の中にある神性の流れを──神縁の形を注意深く観察するんだ。どんなにわかりにくくても、きみと式神をつなぐ回線は必ずある。その回線に色を付けて、神卸のために使っている回線と区別するんだ」
「は、はい──っ!」
言われた通りに意識を集中して、自分の中にある神性との繋がりを慎重により分けていく。そうすると確かに、いつもはなんとなくしか認識出ていなかった神様と自分との繋がりが細い糸の集まりみたいに見えてくる。
無数の糸をより合わせたものすごく太いロープは、火之迦具土神に向かう物。
その陰に隠れて、確かに、子猫の式神に向かう細い細い糸がのびている。
……これを、こうして……!
慎重に糸に手を伸ばし、端から少しずつ指でなぞっていく。
と言っても本物の指じゃない。心の中にあるイメージだけの指。その指を使って、元々は真っ白に輝いていた糸を子猫の毛並みと同じ茶色に染めていく。
もう少し。あとほんの少しで、僕と子猫の存在が完全に繋がって──
「……あ……」
うっかり指が滑った──そういう感覚。
ぴょーんと飛び跳ねた子猫が、先輩の膝に飛び乗って丸くなってしまう。
思わずため息。もうちょっとだったのに上手くいかなかった。
先輩がっかりしたかな、なんて思いながらおそるおそる顔を上げ、
「上出来だよ、御厨君」
目の前には、先輩の優しい顔。
瞬きする僕の頭を白い手がよしよしと撫で、
「初日からこんなに正しく自分の中の神性を把握出来るなんて大した物だよ。御厨君は本当に良い修行を重ねてきたんだね」
「あ、ありがとうございます!」
思わず大きな声でお礼を言ってしまう。自分だけじゃなくて祖父ちゃんのことを褒められたみたいで嬉しい。
と、ふふっと笑った先輩が僕の膝に子猫を乗せて立ち上がり、
「大丈夫だよ。焦らずゆっくりやろう。……それより、御厨君はお腹が空いていやしないかい? 実はピザを焼く準備が出来ているのだけど」
「ピザ、ですか?」
「……もしかして、ピザは嫌いかい?」
「あ、いえ、そうじゃなくて」
先輩の不安そうな顔に僕はぶんぶんと首を振り、
「その……うちの田舎ってそういう店なかったから、ピザって映画とかの中でしか見たことなくて」
途端に、ぱあっと花が咲くみたいな笑顔。
あははは、って笑った先輩が意気揚々と台所に歩き出した。
「それじゃあ今日が初めての経験だね? 任せてくれたまえ。御厨君もきっと気に入るよ!」
*
「──実はね、初等部とか中等部とかの子が初めて神卸を覚えると、一時的に他の術が使えなくなってしまうことがあるんだ」
「そうなんですか!?」
それから数日後。やっぱり放課後、料理部の部室。
目を丸くする僕に、先輩は「そうなんだよ」って微笑んだ。
「御厨君ほど極端ではないけど、症状としては同じだね。神卸の光に眩まされて、それまで見えていた式神操作とか符術とかのための回線が見えなくなってしまうんだ」
なるほど、ってちょっと安心。もちろん程度は違うんだろうけど、僕だけじゃないんだ。
「きみにやってもらっているのは、そうなってしまった子のリハビリメニューなんだよ。先生役が少しずつ引っ張る力を強くして、自分の中の回線をはっきり認識出来るようにするんだ」
先輩が神符をさっと払うと、子猫に絡まる光の糸が一本から二本に増える。たちまち、僕の頭の上にのっていたたまが先輩の胸に飛び込んでしまう。
思わず「あ」って声。
「よし、少し休憩しようか」
先輩がふふっと笑って子猫の茶色の毛並みを撫で、
「ところで御厨君は大福餅は好きかい? とても良い小豆餡が手に入ってね」
*
「──式神はずいぶん上達したからね、そろそろ符術に取りかかろう。大丈夫、基本は同じ。神卸に使うのとは別の回線を探して色を付けるんだ」
「こうですか? ……うわ! せ、先輩これ!」
そんなこんなでまた何日かあとの料理部部室。
僕がおそるおそる神符を振ると、手のひらくらいの小さな光の盾が出現する。
「良いよ。式神操作で基礎が出来ているから、こっちは早そうだね」
先輩はうんうんとうなずき、
「御厨君は符術にも向いていないんだけど、これは供骸の操作に必要な神性の扱いを覚えるための修練だからね。大切なのはその盾の大きさや丈夫さじゃない。それより、盾を好きな形に変形させて、その状態をいつまででも維持できるように練習するんだ」
「はい!」
「良い返事だね。……さ、今日は麻婆豆腐だよ。御厨君、好きだって言っていたよね?」
*
「符術の扱いもずいぶん上達したし、今日は式神と符術の同時操作をやってみよう。本当はその先の『神卸を組み合わせる』部分が一番難しいのだけど、御厨君はもうそれは出来ているみたいなものだからね」
「こうですか? ……あ、あれ? 先輩、これ本当に難しいですね」
「焦らなくて大丈夫だよ、まだ時間はあるから。……ほら、今日は食べながら練習できるようにクッキーを焼いておいたんだ」
*
「ありがとうございます! 今日の授業、ばっちり供骸の起動が出来ました!」
「それは良かったねえ。私も鼻が高いよ。さ、今日も練習をやっていこうか」
「はい! ……あれ、なんか良い匂いですね。なんですか? これ」
「よく気付いたね御厨君。実はビーフシチューを作ろうと思ってね。昼休みの間に仕込みをやっておいたんだ」
*
「よく頑張ったね御厨君。ほら、今日のおやつはティラミスだよ」
「うわぁ! これがティラミス! 僕、アニメでしか見たことないです!」
「それは良かった。りんごのシャーベットも添えてあげよう」
「ありがとうございます。……わぁ、これ本当に美味しいですね!」
「そうだろうとも! 良かったらおかわりもあるよ」
*
「……御厨、おい御厨。どうした」
「えっ」
賀茂君の声で我に返る。クラス中の視線が集まってるのにやっと気付く。
慌てて見回す僕に、水瀬さんがものすごく心配そうに、
「大丈夫? 特訓ってそんなに大変だった?」
「……いや、まあ……」
どうしてだろう。先輩との特訓の日々を思い返したはずなのに、「ご飯美味しかった」と「おやつ美味しかった」で話が終わってしまった。
なんてことを正直に話すわけにもいかないので、もっともらしくうなずいて見せる。
途端に、クラス中から「おおー」っていうどよめきが沸き起こり、
「さすが氷川執行役員だな。御厨相手でも容赦なしか」
「でもおかげで御厨君が式神も符術も使えるようになったのよね。感謝しなきゃ」
あちこちから聞こえる話し声。
頭に子猫のたまを乗せた彩葉さんが僕の肩をぽんと叩き、
「よく努力なさいましたわね。夏乃様のご指導あってのこととはいえ、大変でしたでしょう」
ものすごい誤解をされてる気がする。
思わず視線を逸らして頬をかく僕。
と、横で黙って見ていた黒川君が「まあまあ、みんなその辺で」ってふんわり笑い、
「そろそろ作戦の確認始めようよ。時間もないしさ」
和やかだった作戦室の空気が急にぴりっとする。一年C組の四十人が真ん中の会議机を取り囲む。
「何から始めようか、陽真君」
「こっちの戦力確認からだな。俺と黒川と押見と御厨、それぞれ何が出来て何が出来ないか意識合せしとこう」
答えた賀茂君が神符をかざすと、机の真ん中に立体映像で描かれた模擬都市の地図が浮かび上がる。
よし、ってうなずいた彩葉さんが身を乗り出す。僕も合せて椅子から立ち上がり、
「──やあ、やってるね。感心、感心」
いきなり、廊下の方から声。
慌てて振り返り、思わず「えっ」って声を上げてしまう。
艶やかな長い黒髪を華麗になびかせて、見慣れたセーラー服が颯爽と作戦室に入ってくる。
一瞬の静寂に続いてものすごいどよめき。男子生徒が揃って目を丸くし、女子生徒が甲高い悲鳴を上げる。
「せせせ先輩!?」
「ななな夏乃様!?」
彩葉さんと一緒に声。
ふふっと笑った先輩が、スカートの裾をくるりと翻した。
「私も見学させてもらえると嬉しいのだけど、良いかな?」




