絢爛怒涛の競技祭①
吹き抜ける暖かい風は、少しだけ初夏の匂いがした。
僕は目の前に広がる清潔感あふれる街並みを見渡して「おおー」と声を上げた。
高天原の地下第一層に設営された戦闘訓練用の模擬都市は直径一キロの完全な円形で、高層ビルやリニアモーターカーの駅、住宅地や公園なんかが敷き詰められてる。
交通整理をする式神やビルの壁に映し出される祝詞なんかがリアルですごく地上の普通の街っぽい──って賀茂君や水瀬さんは言うんだけど、僕は十五年暮らした田舎から高天原に来る途中でその「普通の街」をちらっと見ただけだから、全然実感がない。
頭の上には一面の青空。映像とかじゃなくて、実際に地上部分に降り注いでる陽の光を量子神道技術でそのまま透過してるらしい。空間自体も拡張されてるから圧迫感なんか全然なくて、ここが地面の下だなんて信じられない。
振り返ってぐるっと見回せば、模擬都市を取り囲んでそびえる巨大なスタンド席。歴史の教科書に乗ってたスポーツの競技場を五倍くらいに大きくしたらこんな感じかも知れない。
「あっちのスタンド席から見るだけじゃなくてね、中に入って近くからも見学できるんだよ、この模擬都市」
「そうなの!?」
水瀬さんの説明に目を丸くしてしまう。今は試合開始前だからわからないけど、この街の中は幾つもの結界に区切られてる上に危ない攻撃を自動で打ち消す術も掛けられてるから、観客は試合が行われてる最中でも好き勝手に歩き回れるらしい。
そういえばさっきから、歩道とか公園とかで大人の人たちが屋台の準備をしてるのを見かける。たぶん学園の職員とか先生とかだと思うけど、符術でぴかぴか光る幟なんかも飾って完全にお祭りの雰囲気だ。
「ママー、お姉ちゃん勝てるかなー」
「そうね、応援しましょうね」
楽しそうに歩く親子連れとすれ違う。今日の競技祭には生徒の親族も招待されていて、後で校舎の見学なんかもあるらしい。
他にも日本政府の関係者とか高天原市政府の関係者とか、とにかく色んな偉い人がくる。
あんまり分かってなかったけど、僕が思ってたよりかなり大きなイベントみたいだ。
「──よし、全員集合」
賀茂君がぱんぱんと手を叩く音。一年C組四十人の生徒がぞろぞろと集まる。
僕は賀茂君に手招きされて前へ。
クラスのほとんどが制服姿なのに対して、競技祭の出場者である僕と賀茂君、黒川君と彩葉さんの四人だけは式服と巫女装束を着込んでいる。
「本日、我々は決戦に赴く! では委員長、一言!」
「はいはい」
賀茂君に促されて進み出た黒川君がその場の全員をぐるっと見回す。
いつもと同じふんわりとした笑顔。
黒川君は胸の前で小さく一つ柏手を打ち、
「それじゃあみんな、怪我せず無理せず、楽しくいこう」
「……黒川、そこはもうちょっとだな……」
ああもう、と頭をかいた賀茂君が式服の袖から大きな巻物を取り出す。
えっへんと咳払いした賀茂君は「出場者」って書かれた巻物の結び紐を素早く解き、両手で大きく広げてクラスのみんなに示す。
──賀茂陽真──
──黒川日向──
──押見彩葉──
──御厨宗一郎──
達筆な筆文字で書かれたメンバー表に、みんなが「うおおおお」って歓声を上げる。今さら驚く所じゃないと思うんだけど、こういうノリは何だかすごく楽しい。
「後方支援の皆さまもよろしくお願いいたしますわね! 勝利の美酒、わたくしたちが必ずいただきますわよ!」
「任せといて! ばっちりサポートするから!」
彩葉さんの声に応えた水瀬さんが両手をぶんぶん振る。周りの子たちからも次々に頼もしい声が上がる。
競技祭はバトルロイヤルのクラス対抗戦。実際に戦うのは僕たち四人だけど、他のみんなは応援するだけじゃなくて、戦場である模擬都市全体を俯瞰して「どこに行ってどのチームとどう戦うか」の戦略を考えるっていう大事な役目がある。
この競技祭は神術の競い合いであると同時に、軍事訓練の側面も持っている。
そういうところはいかにも高天原らしい。まあ、僕は入学してまだ一ヶ月しか経ってないんだけど。
「さて、それじゃあ行こうか」
黒川君の声にみんなで拳をあげて、おーっ、と掛け声。
二〇九九年四月二十九日水曜日、大安吉日。
新入生歓迎競技祭の始まりだ。
*
「ところで御厨、式神操作はどんな感じだ?」
一年C組のために用意された作戦室は教室の倍くらいの広さがあって、会場の模擬都市に面した大きな窓もあって、真ん中には全員が座れる会議机がでんっと置かれていた。
パイプ椅子の一つに座る僕に、隣に座った賀茂君がさっそく声を投げてきた。
「いちおう、それなりに動かせるようになったよ。……戦闘とかには全然役に立たないけどね」
そういえば入学式の後は座学ばっかりでみんなには見せてなかったっけ──なんて考えながら、袖から神符を一枚取り出してさっと胸の前で払う。
あふれた光が集積して、手のひらサイズの子猫の形を取る。
僕が初めてちゃんと呼び出せた式神。
最初のうちはいちいちスマホで高圧縮の祝詞を流さないといけなかったんだけど、何回もやってるうちに慣れて、今ではこんなふうに符だけで簡単に呼び出せる。
「可愛い〜〜〜〜!!!」
駆け寄ってきた水瀬さんが茶色の頭を指先でちょいちょい撫で、
「名前は付けた? 最初の式神は名前をつけてあげると主人を守ってくれるんだよ」
「うん。氷川先輩も言ってた」
僕はうなずき、興味津々のクラスメートをぐるっと見回して、
「たま」
「「「……たま……?」」」
作戦室のあちこちから、何だか怪訝そうな声。
ん?って首を傾げる僕に、賀茂君が全員を代表する感じで腕組みし、
「……御厨、お前の趣味をとやかく言うつもりはないんだが、もう少し神秘的というか、ご利益がありそうな名前はなかったのか?」
「え……でも、先輩は『良い名前だ』って言ってくれたし」
それに、って机の上で丸くなった子猫を見つめる。
せっかく自由に扱えるようになった式神だけど、残念ながら今のところ、この子の役目は「ただ可愛く和ませてくれる」だけ。
戦闘とか術の補助とか、そういう式神本来の役割には全然役に立ってくれそうにない。
式神は量子神道技術で神性を与えた素粒子を集めて仮の命を与えたロボットみたいなもので、近接戦闘をやらせたり自分や仲間を乗せて運ばせたり色んな役割がある。
たとえば氷川先輩が使ってるみたいな高機能な式神だと、術者が符術や神卸を遠隔で実行するための中継装置の役割を果たしてくれたり、式神自身が簡単な符術を使ってくれたりもするらしい。
だけど、「たま」にはそういう機能はさっぱり。
先輩によると「御厨君の特性だとこれ以上強い式神を呼び出すのは難しいだろうね」ってことで、そこはちょっと残念。
「あらあら、困りましたわ。それでは宗一郎さんに神卸以外の戦力を期待するのは難しそうですわね」
肩をすくめた彩葉さんがたまを両手でそうっとすくいあげ、膝の上に乗せて耳とか背中とかを指先でちょいちょい撫でる。
途端に、その指に両手で抱きついて先っぽをちろちろと舐めるたま。
彩葉さんが「まあ」って笑い、子猫のもふもふした頭に手を乗せて、
「ずいぶんお転婆さんですのね。それとも腕白さんかしら」
周りの生徒もわいわい集まってくる。戦力にならないってことでがっかりされるかと思ったけど、みんな楽しそうに「可愛い!」とか「触らせてくれ!」とか言ってる。
「懐かしいんだよ。初等部で最初に作った式神って、みんなこんな感じだったからね」
黒川君がふんわりと笑う。なるほどって納得。当たり前だけど、みんなにも「初めて式神を作った時」はあったんだ。
「でも、すごいね御厨君」
と、水瀬さんがうんうんとうなずき、
「たった三週間でこんなに安定した式神作れるなんて。やっぱり氷川先輩のおかげ? 特訓って厳しかった?」
「えっ」
「それはもちろんですわ!」
僕が答えるより早く彩葉さんがなぜか偉そうに胸を張って、
「あの夏乃様のマンツーマンでのご指導なんですもの。わたくしたちには想像もつかないようなものだったに決まっておりますわ! ねえ、宗一郎さん!」
「え……あ、うん……」
クラス中の視線が集まる気配。
僕はなんとなしに頬をかき、この三週間の日々を思い返した。




