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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
幕間

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25/59

幕間──亡国の影

 ──()にとって、人生とは呪いだ。

 全ては俺が生まれる前に始まり、俺が物心ついたときには終わって、目の前にはたった一本だけのレールが敷かれていた。


 ほんの何十年か前、量子神道技術が広まった頃に、世界のあちこちで小さな宗教国家が乱立した時期があったらしい。

 アジアでももちろんそういう動きがあって、少数民族の仏教徒たちが軍事力を盾に自治と独立を勝ち取って国を興した。


 周辺国との軋轢が小競り合いに発展して、気がついた時には生まれたばかりの国は世界を呑み込む大戦に巻き込まれていた。

「東方神域戦争」──そう呼ばれた、人造の神の激突。

 国王であった建国の英雄は、味方すべき相手を間違えて、たったの数十年で国は滅んだ。


 全ては俺の手の届かない場所で始まって終わった話だ。散り散りになった国民は日本という戦勝国への復讐を誓い、組織を作り、テロを起こして捕らえられた。

 追い詰められたかつての国民には旗印が必要で、それが今は亡き建国の英雄の息子──つまりは俺だった。


 あらかじめ敷かれたレールをなぞるだけの人生。だが、外れることは出来ない。とうに失われた夢を追いかけて無惨に死んでいく者たちを、俺は守り、導かなければならない。

 

 量子神道という光がこの世界に刻んだ無数の爪痕の一つ。

 そいつらは今、「神格解放戦線」と名乗っている。


       *


 がちゃりと乾いた音を立てて、自室の扉が閉じた。

 照明を落とした暗い部屋の中、俺はベッドの端に腰掛け、小さく一つ息を吐いた。


 高天原学園には幾つか学生寮が存在するが、俺の部屋は高等部の校舎に近い場所に位置している。

 良家のご子息、ご令嬢が暮らすのに相応しい広々とした部屋。ベッドの他には学習机と衣装ダンスと術を練習するための簡易な結界があって、贅沢にも個人用の浴室までもが備わっている。

 閉ざされた奥の窓は高天原の大部分を覆う鎮守の森に面していて、はるか遠くではこの人工島の主祭神、永久機関「国之常立神」プラントが煌々と輝いている。


 この部屋で暮らすようになって数年。来客に備えて最低限の小物やポスターは置いたが、いつしか人と深く付き合わない術が身についた。

 立ち上がり、机に歩み寄って神符の束を取り出す。

 飛び散った神符は部屋の四方の壁と天井と床に貼り付き、防音に偽装に術弾き、ありとあらゆる類いの結界を張り巡らせる。


『──では、御厨……郎は……大佐の?』


 机の右隅からかすかな声。神符をかざして封印を解除し、天板に隠された小さな蓋を開いて中からイヤホンと小型の水晶板を取り出す。

 片側だけのイヤホンを耳にはめ、水晶板の上で印を結ぶ。

 音声がクリアになる。

 この学生寮から数キロ先、教務棟の学園長室から発せられた声に神経を集中する。


『ええ。あなたもよくご存じの、秋葉直哉大佐のお孫さんですよ。篠村先生』

『大佐は独り身だったと記憶しているが』

『軍を退いた後で御厨君を引き取ったそうです。十年前のことだと』


 深みのある女性の声は学園長の物。相手の男は軍事教練担当教官の篠村誠一教諭らしい。

 話題は高等部の編入生、御厨宗一郎について。

 

『それで、どうですか? 彼は』

『神卸の技に大佐の気配を感じた。同門の血筋にしても似すぎだと不思議に思っていたが、直接師事したのなら納得がいく。……しかし……そうか、亡くなられたのか、大佐は』


 こうやって学園長室の盗聴を始めてからもう二年。足が着く気配はまだないが、時折うすら寒いものを感じることがある。

 学園長は高天原の歴史でも五指に入る符術の達人。初めの頃は深く考える余裕が無かったが、よく考えてみれば、そんな人物が俺の拙い術に気がつかないはずがない。

 おそらく盗聴に気付いた上で泳がされているのだろう。

 だが、その事実に対処すべきなのは俺のスポンサーであって、俺ではない。


「──どうかね。学園内の動きは」

 

 不意に、窓の方から声。危うく神符を取り落としそうになり、振り返る。

 いつの間にか開かれた窓の枠には、一羽の黒い鴉。

 吹き込む春の風が、レースの白いカーテンを揺らしている。


「……何度も言っているが、ノックをしろ」

「ひどい言いようだね、大切なスポンサーに向かって」


 くぐもった男の声を返した鴉が軽やかに飛び立って机の端に止まる。窓がひとりでに閉じて鍵がかかる。

 まっすぐにこっちを見上げる、ビー玉みたいな黒い瞳。

 鴉は、くわ、と一声鳴き、嘲るように首を傾げて、


「それで? どうかね」

「……学園長と篠村教諭は編入生にご執心だ。御厨宗一郎──スサノオシステムを起動した例の学生だ。今は奴の祖父について話している。篠村の軍属時代の知り合いらしい」


 言いながら神符を数枚を放つと、輝いた神符は狐の面の形を取って顔に貼り付く。素顔を隠すためではない。仮面もなしにこの不愉快な存在と向き合っていると神経が保たない。


「他には? 御厨宗一郎と高天原市長の関係については何か話してはいないかね?」

「市長?」


 何の話だ、と視線を向けると、鴉は肩をすくめるように翼を少し広げる。

 その姿に俺は強い苛立ちを覚え、


「……そんなことより、釈明はないのか」

「はて、釈明とは?」

「昨日の天鳥船あめのとりふねの件だ!」


 静かに放ったはずの声が思いがけなく強く防音結界を叩く。

 俺は深呼吸してどうにか心を落ち着け、


「目的は乗客を人質にした政府との交渉だったはずだ。天鳥船にこんの神格を宿らせて国之常立神くにのとこたちのかみに突っ込ませるなど俺は聞いていない。まして、そのために俺の部下を贄に使うとは……!」

「ああ済まないね。あれは手違いだ」


 事も無げな答え。

 ぎりっ、と奥歯を噛み締める俺に、鴉は欠伸をするみたいにくちばしを大きく開け、


「そう、手違いだよ。こんを起動するためのにえには乗客を使うよう命じていたのだけど、どうも意図が上手く伝わっていなかったらしい。……やはり一山いくらの傭兵は良くないね。もちろんこちらの不手際だから、損失の補填は」


 鴉が言い終わるのを待たずに指先の神符を弾く。神符は鴉の顔に張り付くと同時に燃え上がり、声を上げる間も与えず黒い体を焼き尽くす。


「……まったく、ひどいじゃないか」


 部屋の奥から声。燃え尽きた鴉から零れた灰がベッドの枕元に集まって、元通りの形を取り戻す。

 肺に溜まった空気を絞り出す。

 意味がない。これはただの式神。これを操る誰かの顔も、名前も、本当の声すらも、俺は何も知らない。


「だけどまあ、コミュニケーションは悪いことじゃない。我々は大切なビジネスパートナーだからね」

 鴉はビー玉みたいな目で何度も瞬きし、

「君たちは我々の手足となり、我々のために働く。その代償に我々は君たちに必要なあらゆる物を提供し、君たちの王国の再興に尽力する──そういう契約だ」


 くそ、と小さく毒づく。

 それに、鴉は高く一声鳴いて応え、


「ともあれ、国之常立神と高天原への直接攻撃はもうやめだ。より重要な目標が出現した。……我々は御厨宗一郎について早急に調査を進めなければならない」

「スサノオシステムのためか」


 三機神、スサノオシステム。日本と高天原が保有する三体の究極兵器の一つ。

 もし、俺たち「神格解放戦線」がその力を手にすることが出来たなら──


「まあ、そう考えておいてくれ。彼が我々の求める人材なら、その資質は我々にとってとても重要だ」

 鴉はくちばしをかちかちと鳴らし、

「今日の演習はどうだったね? 何かを感じなかったかね。……例えば、御厨宗一郎が火之迦具土神を供骸に卸した瞬間、他の神性の気配があったなんてことは」

 

 思わず仮面の奥で眉をひそめる。何を言っているんだこいつは。

 御厨宗一郎が使った神卸は火之迦具土神だけ。それ以外には式神や符術すら使えない。

 あの情けない姿が全て芝居なのだとしたら大した物。

 天鳥船でスサノオシステムが反応したのはおそらく近くに本来の依代である氷川夏乃がいたからで、宗一郎自身は本当に自分の祭神以外の存在にアクセスする能力が著しく低いのだろう。

 いや、そんなことよりも──


「やはり、暴走供骸にあの『影』を仕込んだのは貴様らか」

「そうだよ。と言ってもこのために準備をした物ではなかったのだけど、ただの実戦演習では彼の実験には不十分だからね」

 言葉を切った鴉が翼の一羽ばたきで衣装ダンスの上に飛び渡り、

「おや、なぜ不満そうなのかね? そもそも、高天原の学生に被害が出たからなんだというんだ。彼らは君の敵だろう」

「……次からは事前に情報をよこせ。巻き添えで俺が死ぬのはともかく、遺品から余計な物が見つかれば貴様らも困るだろう」


 死か、と心の中で呟く。わかっている、俺は無駄死にが許される立場じゃない。もし本当に死ぬとしても、それは祖国を再興し、同胞を救った後でなければならない。

 レールは最初から敷かれている。外れることは許されない。


 と、そんな考えを見透かしたように鴉の口から笑い声。

 黒い翼が優雅に羽ばたくと、窓の鍵が自然に外れる。

 

「ともあれ、次の実験だ。指示はあらためて送る。しばらくは御厨への監視を継続してくれたまえ」

「……どうするつもりだ」

「なに。祝祭に事故は付き物。模擬都市での競技祭となれば、大がかりな準備も隠しやすいというものさ」


 音もなく飛び上がった鴉が、開かれた窓の隙間をすり抜けて闇の空に消える。俺はその姿を為す術なく見送り、窓を閉ざして狐面を外す。

 机の上には、去年撮ったクラスの集合写真。

 わかっている。ここは高天原。祖国を滅ぼし父を奪った、憎むべき敵の巣窟だ。


「……競技祭、か……」


 呟き、窓の向こうを見上げる。

 夜空には冴え冴えとした月明かり。

 眩い光は、胸の奥の闇を晴らしてはくれない。

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