噂と波乱の学園生活⑩
地鳴りのような足音が、大気を激しく鳴動させた。
両手の指先に神符を構える僕の見つめる先、紅蓮の炎のような神性の光の尾を引いて、「火之迦具土神」は白い供骸目がけて一直線に突撃した。
神符からは幾筋もの細い糸が伸びて、真紅の供骸の全身に結びつけられている。
神性の光とも違う、意識の中にしか存在しない操り人形の糸。それが、火之迦具土神と僕をつなぐある種のシステム、プログラムみたいな物なんだろうって瞬時に理解する。
……跳べ……!
左右の神符を複雑に動かすと、それに対応して火之迦具土神のすらりとした両足に力が満ちる。いや、本当は神符は補助的な物で実際には僕の意識と供骸の動きが直結してるんだろうけど、とにかく三メートルの金属の巨体が僕の考えた通りに動く。
踏みしめた足が力強く地を蹴る。
降り注ぐ陽光に煌めく、優美な赤と白のシルエット。
凄まじい衝撃音と共に跳躍した火之迦具土神の体は白い供骸が放った回し蹴り──どころかその頭上を軽々と飛び越え、ゆるやかな弧を描いて背後に降り立ち、
「うわっ──!」
地響きと共にもうもうと立ち上る土煙。
着地した爪先が地面を捉え損ねて折れ曲がり、真紅の供骸があらぬ方向へと横転する。
慌てて神符を動かして火之迦具土神を立ち上がらせ、襲い来る白い供骸の蹴り足を大きく左に跳躍してかわす。
瞬間、またしても凄まじい足音。
紙一重で蹴り足をかわしたはずの真紅の機体が瞬時に十メートル近い距離を吹き飛んで、自分から地面に突っ込んでしまう。
……待って! なんだ、なんだこいつ……!
さっきの言葉、訂正。何が意のままに動くって?
こいつ、パワーもスピードもめちゃくちゃ過ぎてぜんぜん言うことを聞かない。小さい頃に祖父ちゃんが村で一番の暴れん坊だっていう馬を連れてきて僕を無理やり乗せたことがあるけど、あいつの何十倍もひどい!
「宗一郎さん! 足の力を抜きなさいませ! もっと軽やかに! そんなに強く踏み込んでばかりでは自分で供骸を傷つけてしまいますわ!」
「か、軽やかに──!?」
遠くで彩葉さんがぶんぶん両手を振る。言われた通りになんとかパワーを抑えようとするけど、火之迦具土神はまるで意のままにならない。
一つ手足を動かす度に、真紅の供骸は僕が思ってるよりはるかに大きな力で自分自身を振り回して、右へ左へと吹き飛んでしまう。
……くそっ……!
両手の神符を細かく動かして機体のバランスを取った次の瞬間、寒気がするような風切り音が響く。
滑るように地を蹴った暴走供骸の姿は、いつの間にか火之迦具土神の目の前。
かろうじて防御に掲げた右腕を、歪な装甲に包まれた蹴り足が側面から直撃する。
指先の神符にかすかな衝撃が跳ね返るけど、真紅の供骸は小揺るぎもしない。一瞬安堵の息を吐きかけて、それがとんでもなくおかしいことだってすぐに気付く。
当たり前の話なんだけど、真紅の供骸の胸には「安全装置起動中」の文字が表示されている。対して、暴走供骸の胸の文字はもうほとんど見えなくなっていて、白い機体はとんでもない神性の光で直視できないくらい輝いてる。
続けざまに襲い来る手足の連撃を右腕と左の荷電粒子砲の砲身で次々に受け止める。
暴走供骸が放ったとんでもない威力が込められているはずの攻撃をまともに受けて、火之迦具土神の体は吹き飛ばされるどころかまるでダメージを受けていない。
わからない。僕のこの供骸は、いったいどうなって──
「宗一郎君! 下がって!」
叫び声と共に背後から駆け寄る足音。同時に僕の頭上を大きく飛び越えて、黒い獣の供骸が青空に俊敏な弧を描く。
空中で華麗に一回転した黒川君の供骸「大口真神」が数十メートル先、対峙する火之迦具土神と暴走供骸の間に飛び込む。
流れるように繰り出されたナイフみたいな爪の連撃が暴走供骸を次々に襲う。
けど足りない。
暴走供骸は黒い獣の供骸の何倍ものスピードで白い両腕を縦横に払い、全ての攻撃を容易く弾いてしまう。
手の中の神符に、とん、と軽い衝撃。跳ね返される反動を利用して空中でくるりと回転した大口真神が、後ろ足で火之迦具土神の胸をそっと押す。
慌てて神符を動かし、真紅の供骸を一気に十メートルくらい後退させる。
同時に鳴り響く鈍い打撃音。
拳の一撃で真横に吹き飛ばされた大口真神が、地面に手を突く反動で流れるように立ち上がる。
……あれって……
黒い獣の供骸の動きに目を凝らすうちに、不思議なことに気付く。
暴走供骸は強すぎる神性の光に塗りつぶされて細かい部分が見えなかったけど、黒川君の供骸は神性の量が少ない分だけ内部の微細な動きがよくわかる。
大口真神の内部を巡る神性の動きは、僕の火之迦具土神とはぜんぜん違う。黒い供骸の四肢には確かに神性が駆け巡ってるけど、それは全身をくまなく覆ってるんじゃなくて、心臓である祈願炉の隣にある輝く白い球体から血管みたいに広がっている。
祈願炉は光る文字の紋様にぐるりと取り囲まれていて、隣にある神性の塊とは直接は接触できないようになってる。
さらによく見てみれば、供骸の全身には血管である大口真神の神性とは別に、無数の細い糸が神経みたいに張り巡らされている。糸は僕の隣に立つ黒川君の手の神符に繋がっていて、供骸の全身の動きを細かく制御している。
……そっか……!
やっと理解出来る。
水瀬さんが言ってた通り、供骸の操作は本当に、神卸と符術と式神操作の複合なんだ。
神卸は供骸に神性を与える。神性っていうのはつまり供骸を動かすエネルギーの塊だけど、そのエネルギーは大きすぎて、祈願炉に直接流し込むと全く制御が効かなくなってしまう。
だから、卸した神様の神性を符術で適量ずつだけ祈願炉に流し込んで、出力を調整する。その出力っていうのは旧式のガソリン自動車で言うならアクセルとブレーキみたいなものだから、右に曲がったり左に曲がったり手足を細かく動かしたりするには全然別系統の技術が──つまりは式神操作が必要になる。
そうやって全ての技を組み合わせた物が「神式駆動」。
僕はそれを全部神卸だけで──供骸の中を流れる神性の精密制御だけで無理やり真似してる。
本来は式神操作っていう制御システムの力を借りてやるべき作業を、供骸の中に満ちる神性に場所ごとの濃淡を作ることで強引に肩代わりしてる。神性の薄い場所は動きが遅く、濃い場所は速く。そうすることで手足を動かして、飛んだり跳ねたりを実現してる。
おかげで全部の動きが大味で、まるで思い通りにならない。おまけに、祈願炉に神様を直接流し込んでしまったせいで出力調整が出来なくて、どんな細かい動きもフルパワーになってしまう。
だめだ。自分で言いたくないけど下手くそ過ぎる! いくら出力が大きくたって、こんな動きじゃ──
「落ち着け、御厨宗一郎」
いきなり、後から声。
大きな手が、僕を背中から支える。
「……九条君?」
「俺の目に狂いはなかった。やはり、お前は面白い」
かすかな笑いを含んだ声。
九条君は射貫くみたいな視線を暴走供骸じゃなく僕の火之迦具土神に向け、
「いいか? お前がやっているそれは『神威解放』という神式駆動のいわば奥義だ。供骸に卸した神を祈願炉に直結させ、機体の限界を超越した出力を発揮する。安全装置が起動しているお前の供骸があの暴走供骸の出力に押し負けないのはそのためだ」
目を見開く。
待って、奥義?
基本も応用もすっ飛ばして、いきなり奥義!?
「とにかく今は機体の制御に集中しろ。普通に動こうと思うな。手足に重りをぶら下げて、その重りに振り回されていると思いながら動け」
唖然となる僕に九条君はまっすぐ前を見据えたまま、
「荷電粒子砲は撃てるな? 呼吸を合わせろ。歩法はすり足、決して跳ぶな。真っ直ぐ前に進んで、俺が合図したら『一』で重心を低く、『二』で砲を突き出し、『三』で関節を止める。──黒川、いけるな?」
隣に進み出た黒川君がうなずいて両手の神符を素早く動かす。「大口真神」の黒い機体が暴走供骸の周囲を文字通り獣みたいに駆けて、背後に回り込むと同時に黒い爪を振り下ろす。
甲高い金属音。爪の一撃が輝く手のひらにあっけなく弾かれる。暴走供骸は大口真神が繰り出す嵐のような連撃を羽虫でもあしらうみたいに軽々と受け流し、拳の一撃で黒い機体を弾き飛ばす。
そのほんの数秒の間に、僕は火之迦具土神を前へ。
焦らず、確実に、一歩ずつ。真紅の足が大地を踏みしめる度に、左腕に取り付けられた荷電粒子砲の内部に爆発的な神性が膨れあがる。
行く手には暴走供骸の白い機体。輝く神性の塊が腕を振り抜いた勢いのままに振り返り、白い仮面をぐるりと回す。
火之迦具土神との距離は、ほんの三メートル足らず。
瞬間、九条君が僕の背中を強く押す。
「──今!」
考えるより速く両手の神符が動く。
重心は低く、槍みたいに突き出した砲身の先端はちょうど暴走供骸を胸を貫く位置。
轟音と共に地を蹴った白い機体が前へと動き始める。
激突の瞬間に一瞬だけ全身の関節を固定し、頭の中で荷電粒子砲の引き金を引き──
すさまじい衝撃音と共に、迸る光。
暴走供骸の体が水平に吹き飛び、地面に数十メートルの深い溝を抉って動かなくなる。
空気が焦げる匂いが周囲に充満する。余波の熱を含んだ風が数十メートル離れた僕たちの所まで押し寄せる。
とんでもない威力。砲身も赤熱して煙を噴いてるし、僕が普通の神卸で使う荷電粒子砲の比じゃない。
「やったか!」
「だめだね、しぶとい」
九条君の呟きに黒川君の声。それに応えるみたいに暴走供骸が跳ね起きる。
胸に空いた大穴の中には、ひび割れて火花を散らす祈願炉。
その周囲に、墨みたいな黒い染みが蠢く。
神性の光が薄れたことで染みの動きがよく分かる。黒い染みは祈願炉とその隣に浮かぶ光の塊──供骸に宿ってる神性の本体の周りをもやもやと漂い、そこから張り巡らされた式神操作の糸伝いに体の内側を上へ上へと進んで……
「あ……」
今度こそ、はっきりと見える。
供骸の三メートルの巨体の上、顔の真ん中。
輝く神性の中に穿たれた、たった一つの黒い点。
「見えるか、御厨」
いきなり後から声。同時に飛び出した灰褐色の二体の供骸が、暴走供骸を左右から押さえる。
さらに飛び出した無数の光の鎖が、白い機体の四肢を絡め取る。黒川君が慌てた様子で神符を動かし、大口真神を飛びかからせて暴走供骸をさらに上から抑え込む。
「篠村先生……」
「君にはあれが見えているのか? 御厨」
重ねて問う声。
とっさにうなずくと、先生は「良い目だ」と小さく呟く。
九条君と黒川君が怪訝そうに顔を見合わせる。どうやら二人には何のことだかわからないらしい。
篠村先生はそんな二人と僕にぐるりと視線を巡らせ、
「ならば仕掛ける。御厨、必ず一撃で仕留めろ。……他の者は全員、御厨のサポートに回れ! 狙いは頭だ!」
不意に飛んできた神符の束が、火之迦具土神の左腕の周囲に光の紋様を描く。舞い落ちた無数の氷の粒が、赤熱した砲身をゆっくりと冷却していく。
符の出所を視線でたどった先には、両手で印を結んでうなずく水瀬さんと、ものすごく偉そうな顔で同じく印を結ぶ彩葉さん。
周囲の他の生徒たちも、それぞれの手に神符を構えて視線で僕に合図を送る。
何人かの生徒に助け起こされた賀茂君が、神符を手に立ち上がる。両腕を失った緑の供骸「賀茂別雷大神」が周囲に無数の光の紋様を展開する。
「始め──!」
篠村先生の号令。
それを合図にしたみたいに、暴走供骸が全ての拘束を吹き飛ばして跳ね起きる。
黒川君が素早く神符を動かすと、空中で一回転した大口真神が再び暴走供骸に飛びかかる。篠村先生が同じく神符を操ると、灰褐色の二体の供骸が地に一転して立ち上がる。
だけど、二体の供骸はすぐに攻撃に転じることはしない。
篠村先生が神符の束を周囲にばらまいて小さく祝詞を唱えると、灰褐色の供骸の周囲を光る文字で編まれた複雑な紋様が取り囲む。
暴走供骸は節足動物みたいな奇怪な動作で両手と両足を素早く走らせ、大口真神が放つ連撃を残らず弾いて完全に立ち上がる。
黒い染みがさらに密度を増す。眩い神性の光が白い機体からあふれだし、有り得ない速度で地を蹴った足が黒川君の供骸を無視して正面、僕の火之迦具土神目がけて走り出し──
行く手に迸る紫電の光。
賀茂君が片手で神符を操りながらもう片方の手で次々に複雑な印を結ぶと、「賀茂別雷大神」の周囲で生まれた無数の雷光が次々に暴走供骸目がけて降り注ぐ。
他の生徒たちが次々に式神を生み出し、暴走供骸にけしかける。苛立たしげに身をくねらせた供骸が両手を凄まじい速度で払い、無数の式神と紫電を残らず受け止め、薙払い──
重なり合って響くざらついた金属音。
突然飛来した無数の鎖が、暴走供骸の体に左右から絡みつく。
鎖の先はそれぞれ数十メートル遠く、篠村先生の灰褐色の供骸へと繋がっている。二体の供骸はそれぞれの鉾を振り下ろして数百の鎖を深々と大地に縫い止め、力尽きたように倒れ伏してマネキンの姿に戻る。
同時に、僕は真紅の供骸を操り、荷電粒子砲を構える。
冷却を終えた砲身の内部には、さっきの何倍もの、赤熱して爆ぜる寸前のプラズマが駆け巡っている。
九条君が素早く神符を放つと、荷電粒子砲の砲口と暴走供骸の頭を一直線につなぐ光の線が描き出される。光の線は同時に砲身を包み込み、正しい射撃位置と角度を示してくれる。
指先の神符を一振り、砲口を正しく微調整。
瞬間、暴走供骸の白い仮面が縦に裂けて左右に開く。
木の虚みたいな穴の内部に爆発的な神性が渦巻く。そのさらに奥で脈打つ小さな黒い点を僕は真っ直ぐに見据える。
「諸々の禍事、罪、穢有らむをば──」
祝詞の声は高らかに。
神符を構える右手と左手を、胸の前で強く打ち合わせる。
「祓え給い、清め給え────────!!!」
笛を鳴らすみたいな甲高い呻りと共に、荷電粒子が収束する。
放たれるのは火之迦具土神の神性をまとった真紅の輝き。
太陽より眩い光が大気を一直線に貫き、空間そのものを焼き焦がして突き進む。
同時に迸るもう一つの光。暴走供骸の顔の中で収束した膨大な神性が、光の槍となって空を穿つ。
荷電粒子の真紅の光と神性の白い光、二つの砲撃が互いの中間地点で正面から激突する。
双方の光が混ざり合い、押し合いながら均衡を形成する。
発射のタイミングも出力も、何もかもが互角。拮抗する二つの光の周囲では相殺し合った膨大な神性が無数の光る文字を散らし──
その均衡目がけて飛び込む一筋の光。
真紅の供骸ではなく僕自身の手から放たれたプラズマナイフが、荷電粒子の光をほんの少しだけ背中から押す。
均衡が崩れる。収束した荷電粒子が神性の光を槍の穂先のように穿ち、突き通す。
光の奔流が暴走供骸の顔を直撃し、黒い点を貫通する。
……一瞬の静寂。
倒れ伏した供骸の白い機体が、一度だけ痙攣してから動くのをやめた。




