噂と波乱の学園生活⑥
舞い散る無数の神符から放たれた光が、校庭の芝生に複雑な文様を描いた。
篠村先生が柏手を一つ鳴らすと、紋様から垂直に立ち上った光が一瞬で三十メートル四方くらいの立方体型の結界を形作った。
先生が袖から取り出した神符の束をばら撒くたびに、校庭には次々に同じ結界が構築されていく。
輝く立方体が全部で八つ。
周りの見学組の生徒がこそこそ囁き合ってる話によると、この結界は実戦演習のために開発された最新式で、中で戦ってる生徒が怪我をしないように危ない攻撃を自動で打ち消してくれて、ついでに勝敗まで判定してくれる優れものらしい。
だけど、僕はそんなことに感心する余裕なんかない。
三角座りでちらっと顔を上げた先には、黒髪を短く刈りそろえた厳つい顔。
篠村先生が模擬戦のための結界を張ってる間も、九条君は一瞬たりとも目を逸らさずにまっすぐ僕を睨み続けている。
『──わきまえろ九条。ここはお前一人の舞台ではない』
先生のそんな言葉で一度は引き下がってくれた九条君だけど、それからも自分の青い供骸の隣でD組の仲間と話し合いながら、視線だけは確実に僕を突き刺したまま。
刃の切先を喉に押し当てられてる──そんな錯覚。
え、なに? 僕、なにかした?
「御厨君お待たせー」
「うわ!」
いきなり頭の上から声。格納庫の方に行ってた水瀬さんが、両手くらいの箱を抱えてぺたんと僕の隣に座る。
ふたのテープをべりべりっとはがして野球ボール大の黒い球を取り出し、
「見てるだけとか退屈でしょ? 篠村先生に頼んで借りてきたよ、初等部の子が使う練習用の祈願炉……」
言葉を切り、不思議そうに首を傾げて、
「って、どしたの? 顔色悪いけど」
「うん、まあ……」
なんて言えばいいのか、しばらく迷う。
遠くでこっちを睨んだままの九条君をちらっと視線で示し、
「落ち着かないっていうか、なんか嫌われてるみたいでさ」
「あー! そっち系ね!」
あははは、って元気な笑い。
水瀬さんは僕の背中をばんばん叩き、
「大丈夫大丈夫! 九条君って強そうな子見るとだいたいあんな感じだから!」
えっ、て思わず声。
今にも襲いかかってきそうな九条君の顔をもう一度うかがい、
「そうなの……?」
「そうそう! 初等部の三年で編入して来たときは初日から賀茂君のこと思いっきり睨んでたし、六年で黒川君が来たときもおんなじ顔してたから」
編入?って首を傾げる。じゃあ九条君って名家の出身じゃなくて、水瀬さんや黒川君と同じ選抜組なのか。
「違う違う。九条君の家ってちょっと変わっててね」
と、考えが伝わったらしい水瀬さんが祈願炉を握ったままの手を振り、
「元々は神職でも何でもなかったんだけど、お父さんが鹿島神流っていう剣術の道場やってて、鹿島神社の先代の宮司さんに腕を見込まれたんだって。……それで、お父さんと九条君の二人でその宮司さんに弟子入りして、九条君が小学三年の時に分社っていう形で新しく小さい神社を興したらしいよ」
「あ、それで編入?」
そうそう、ってうなずく水瀬さんの顔と遠くの九条君の姿を見比べる。
妙な親近感。神社出身なのに編入生って、ちょっとだけ僕に似てる。剣術っていうのも良い。僕も祖父ちゃんに古武術を習ったから、そういうの興味がある。
と、水瀬さんが「はい」って小さな祈願炉を僕の手に握らせ、
「そんなことより練習! 御厨君、ぜったいわたしより上手く出来るから!」
*
「そう! 御厨君良い感じ! そうやって集中して。神性の流れを感じて……あーおしい! もうちょっと!」
黒い球の表面を走り抜けた光が、細かな粒子に溶けて消えた。
手のひらの上で動かなくなった小型祈願炉を見つめ、僕はため息を吐いた。
これで三回目。水瀬さんは「もうちょっと」って言ってくれるけど、まだまだ全然なのは自分で分かる。
というか、僕は祈願炉の起動のやり方を勘違いしていた。
うちの田舎では山向こうの発電プラントに一基あるだけで実物なんか見たことなかったし、天鳥船とか供骸とかを続けて見たばっかりだったから、無意識に祈願炉っていうのは神様を直接卸すための器なんだって思い込んでた。
だけど水瀬さんによると、祈願炉と神をいきなり直結させるのは「小さい焚き火に液体燃料をぶっかけるみたいな物」でものすごく危ないらしい。
だから、最初は小さな神性で最低出力で炉を動かして、そこに神卸で呼び出した神性をちょっとずつ接続することになる。
この「小さな神性で」っていうのが僕が苦手な式神術とか符術とかに近い。
いちおう力の流れは感じられるから出来そうな気はするんだけど、なかなか上手くいかない。
「おぉ!? 御厨君、今のけっこう良かったんじゃない?」
「そ、そうかな」
祈願炉の表面に刻まれた筆文字みたいな紋様にぽわっと光が走る。今までで一番はっきりした神性の光。確かに、ちょっとだけコツが掴めてきたかも知れない。
僕は大きく深呼吸し、両手に捧げ持った黒い球に意識を集中して、
「──それでは組み合わせを発表する」
篠村先生の声。
慌てて顔を上げる僕の見上げる先、澄み渡った青空を背景に、光る文字で編まれたトーナメント表が大きく描き出される。
ずらりと並んだ参加者の名前に、見学組から大きなどよめきの声が上がる。
C組とD組からちょうど八人ずつの参加者が残ったことで、模擬戦はすっかりクラス対抗戦みたいな雰囲気。
もちろんトーナメントだから仲間同士がぶつかることもあるし最後に残るのは一人だけなんだけど、みんなそんなことお構いなしてどっちが勝つかっていう話をしてる。
「やっぱうちの九条だろ」
「待って、賀茂君のこと忘れてない?」
「いやいやお前、やっぱ黒川だろ!」
囁き声がすぐに大きなどよめきに変わる。見学組のみんなが口々に好き勝手なことを言い始める。
一方で、模擬戦に出場するみんなの顔は険しい。
賀茂君の表情が硬いのはまあそうかなって感じだけど、彩葉さんも自分の供骸を真剣に見上げているし、黒川君までちょっとぴりっとした顔をしてる。
そんな中、九条君の視線はやっぱり僕の方。
それに気がついたらしい黒川君がにこやかな表情を作って歩み寄り、
「隼人君、久しぶり。去年の秋の祭典以来だね」
「……久しいな黒川。高等部に上がれば授業で供骸の立ち会いができると聞いてはいたが、まさかこんな早々に再戦の機会が得られるとはな」
意外にも静かに答えた九条君が自分の供骸と黒川君の供骸を交互に見上げ、
「いつまでも引き分けのままでは収まりがつかん。決着といこうか」
「それはどうも、お手柔らかに」
刀その物って感じの九条君の言葉に、ふんわりと応じる黒川君。
と、大股に歩み寄った賀茂君が「おい」って声を投げ、
「勝手にライバル面で黒川と盛り上がんなよ九条。お前はその前に俺のリベンジマッチだろ」
む、と眉間に皺を寄せる九条君。
厳つい顔がなんだか困ったみたいに崩れ、鋭い視線が急にそっぽを向いて、
「賀茂。お前の神式駆動は……その、つまらん」
「はあ!?」
目を見開いた賀茂君がものすごい勢いで九条君に詰め寄り、
「なんだそりゃ! 俺は敵じゃないってか!?」
「そうではない。やれば悪くない戦いになる。……ただ、お前はどうも堅実すぎて、俺の刀が飽きる」
ぐるっと、九条君の視線が動く。
獲物を狙う鷹みたいな目がまず黒川君、それからなぜか僕を捉え、
「そういうわけで今の俺の獲物は黒川と……あの編入生だ。何が飛び出すかわからんからな」
……ええっ……!?
周りの見学組の生徒が一斉に僕を振り返る。隣の水瀬さんも笑っていいのかどうか分からない、って顔で口元をひくひくさせてる。
いや、あの? 僕のなにがそんなに気に入ったの? 見ての通り、まだ初等部の子が使う祈願炉もまともに動かせないど素人なんですけど!
「ああっ?」
ドスが効いた賀茂君の声。額に青筋が浮かんでるのが遠目にもわかる。
と、まあまあ、って割って入った黒川君がこっちもちらっと僕に横目を向け、
「隼人君らしくないね。宗一郎君は昨日高天原に来たばっかりだよ?」
「いずれわかる」
初めて、九条君が口元に笑みを浮かべる。
鷹が飛翔する寸前みたいな、うっかり手を出したら食いつかれそうな笑み。
「お前たちも気をつけることだ。優れた神職の資質を見誤らんようにな」
面白くなさそうな賀茂君の隣で、黒川君が「かもね」ってふんわり笑う。
不思議な色合いの瞳が、まっすぐに僕を見つめる。
見学組からなんだかよく分からないどよめき。
いや、あの。黒川君までそういうことするのほんとにやめて?
「貴方たち、何を呑気におしゃべりなさっていますの!」
いきなり飛び込む彩葉さんの声。縦ロールの長い髪が勢いよく揺れる。
振り返る九条君たちの周りで、色鮮やかな供骸が次々に動き始める。
「もう試合は始まりますのよ! さっさと準備なさいませ!」
頭上の対戦表をびしりと指さす彩葉さんに黒川君がにこやかにうなずき、賀茂君が面白くなさそうに頭をかく。
無言で僕に一瞥を投げた九条君が、背中を向けて歩き出す。
その動きに合わせて足音を響かせる、鎧武者みたいな青い供骸。
雷の紋様をまとった三メートルの機体が、透明な光の壁を抜けて、立方体型の結界に覆われた舞台へと上がる。
九条君を外に残した供骸が結界の中に完全に収まると、結界の表面を走った光が収束して雷光みたいな紋様を形作る。
同じ結界に反対側から乗り込むのは彩葉さんの輝く金ピカの供骸。
九条君の時と同じように、「月に照らされる稲穂」の紋様が透明な結界の壁に浮かぶ。
「押見、お前では役者が不足だ。早々に降参しろ」
「あら、あまり見くびるものではありませんことよ? わたくしがこの一年でどれほどの修練を積んだかお見せいたしますわ!」
おーっほっほっほ、って笑う彩葉さん。
やれやれって感じで首を左右に振った九条君が両手で印を結ぶ。
賀茂君と黒川君もそれぞれ別の結界に入り、それぞれの相手と向かい合う。
全部で八個の戦場に十六体の供骸がちょうど収まり、
……あれ……?
視界の遠くで、かすかな違和感。
対戦者の最後の二人、まだ名前をちゃんと覚えてないC組の生徒と初対面のD組の生徒の供骸が揃って結界を通り抜けた瞬間、光の壁が一瞬だけざらっと波打ったような気がする。
かすかに肌が粟立つ感触。何度か瞬きしてもう一度目を凝らしてみるけど、結界には何の異常もない。
「御厨君、どうかした?」
水瀬さんの不思議そうな声。僕はなんでもないって首を振り、
「それでは、一回戦始め──」
静かな合図の声と共に、篠村先生が右手を振り下ろした。




