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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
参ノ舞

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17/59

噂と波乱の学園生活⑤

「──新一年生の諸君、ようこそ高等部へ。これから三年間、君たちの実戦演習を担当する篠村しのむらだ」


 本当にギリギリ滑り込みで、授業の開始には間に合った。

 集合場所に指定された校庭の端っこ。クラスメートの列の一番後ろにこそこそと紛れ込む僕たちに、教科担任の先生は射抜くみたいな鋭い視線を向けた。


「新しい季節の始まりということで気が緩むのはやむを得ないことではあるが、高等部を卒業すれば君たちの何人かは実家を継ぎ、神職として実戦に赴くことになる。私の授業においては、君たち全員が常在戦場の心得を持って欲しい」


 思わずひえっと首をすくめる僕の隣で、水瀬さんと彩葉さんが揃って「うえぇ」って顔をしかめる。

 

「指導教官、篠村かよ。やべーな」


 後ろから賀茂君の声。

 思わず肩越しにちらっと振り返り、


「厳しい先生なの?」

「厳しいというか、まあ軍隊式だな」


 よくわからない。

 首を傾げる僕に、賀茂君の隣の黒川君がふんわりと笑い、


「篠村先生、退役軍人なんだよ。東方神域戦争でたくさん功績を上げた有名な人なんだけど、十年前に軍をやめたあとで学園長にスカウトされたんだってさ」


 へー、って感心。高天原の先生ってそんな人もいるんだ。

 言われてみれば確かに、黒を基調にした篠村先生の式服は革のベルトとかがついててどことなく軍隊っぽい。

 ちなみに僕の格好は学園指定の白い式服。他のみんなも男子は式服、女子は白と赤の巫女装束で統一。高天原学園ではこの服は体操着みたいなものらしくて、屋外の授業はだいたいこの格好に着替えることになってる。

 

 実戦演習は僕の一年C組と隣のD組の合同で行うから全部で八十人。その全員が見習いとはいえ神職の正装を身にまとってるわけだから壮観──って言いたいところだけど、こんなに白い布がひらひらしてると病院の洗濯物干し場っぽい。

 なんてことを考える僕の前で、篠村先生が一つ手を叩き、


「早速だが初回の授業では君たちの技量を見極めるために神式駆動の実習を行う。供骸の初期起動、簡易操作。その後、一対一の模擬戦だ」

「……えっ」


 思わず声を上げる僕の隣で水瀬さんが「そう来たかー」って顔をする。さらに隣の彩葉さんはやる気に満ち溢れた顔で、巫女装束の袖をまくってふんすと鼻を鳴らしている。


 待って、実戦演習って神卸とか式神とか符術とかで模擬戦やる感じじゃないの?

 いきなり供骸って、僕、昨日まで見たこともなかったんだけど。


「言うまでもないことだが、供骸の制御は神卸、式神操作、符術、その全ての基礎を前提とする総合技術だ。故に、まず君たちのレベルを判断し、次回以降で個別の指導を行う」


 淡々と告げる篠村先生の声。

 いかにも軍人って感じの節くれだった指が光る文字で空中に描かれた学籍簿をめくり、


「今年は編入生が一名いると聞いている。記録では『供骸操作は未経験』となっているが……」


 言葉が切れる。

 思わずびくっとなる僕を鷹か狼みたいな目が見据え、


「実際の力量は本人でなければ判断できない。戦場では記録も経歴も当てにはならないからな。……私の授業では、自分の限界を正しく申告できない者は戦力外と見なす。供骸が起動できない者、不慣れな者、自信のない者は自ら名乗り出るよう」


 言葉を切った篠村先生がその場の全員をぐるっと見渡す。生徒たちの間にかすかなざわめきが生まれる。

 と、おそるおそる手を挙げる十数人の生徒。

 うなずいた篠村先生が校庭の隅を視線で示し、


「君たちは見学だ。……良いか? 下がることは恥ではない。たが、供骸は扱いを誤れば自分自身と味方を殺す。肝に銘じろ」

「……な? 軍隊式だろ?」


 後ろから賀茂君の声。

 振り返る僕の肩を意外と大きな手がぽんと叩き、


「御厨は供骸使ったことないだろ? 大人しく見学しとけ」

「だね。ぶっつけ本番っていうわけにもいかないし」

 隣の黒川君もふんわり笑い、

「大丈夫、後でちゃんと補習があるよ。篠村先生、そういうとこまめだから」

「そう……だね」


 仕方なしにうなずくけど、ちょっと落ち込んでしまう。

 式神操作の授業に続いてここでも良いところなし。「実戦演習」っていうから祖父ちゃんに習った神卸を披露できるって思ったのに、まさか供骸を使った演習だなんて。


 とはいえ、確かに危ないのは間違いない。

 僕は供骸どころか普通の祈願炉もまともに触ったことがないんだから、うっかり大事故なんてことになったら大変だ。


 大人しく列を外れて邪魔にならないところで三角座りする。水瀬さんがちょっと心配そうに手を振ってくれる。

 と、ごうん、と重苦しい金属音。

 驚いて顔を上げる僕の視線の先で、祭殿を模した格納庫の扉がゆっくりと開いていく。


 ちょうど昨日の今頃、氷川先輩に案内されて初めて高等部を訪れた時に見かけた格納庫。

 三階建ての家くらいもある扉の奥にはマネキンを大きくした感じの金属人形が並んでいて、等間隔に置かれた灯籠の灯りにぼんやりと輝いている。


 こうやって近くで見ると格納庫の中は外から見た建物の大きさより圧倒的に広くて、量子神道技術で中の空間を拡張されてるんだろうっていうことがわかる。

 氷川先輩が改造した料理部の部室と同じ。

 ずらりと並んだ供骸は一番小さいので身長が三メートルくらい。奥の方には六メートルとか十メートルとかの大きいやつも隠れていて、それが何百体も列をなしてる姿は古代の墳墓みたいな神々しさを感じさせる。


「では各人、供骸の起動を。使用するのは三メートル級。対戦の組み合わせは起動状態を見て決定する」


 篠村先生の合図でみんなが格納庫の前に集まる。生徒たちが袖から取り出した神符の束を次々に放り投げると、格納庫の中に飛び込んだ神符が供骸の胸のあたりに折り重なって貼り付く。

 三メートルの金属の巨体が、ゆっくりと歩き出す。

 一体、また一体と、鈍い足音が陽光の下に進み出る。

 一つ歩くたびに神符から溢れた光が供骸の体の表面に集積し、金属の装甲を形成していく。生み出される装甲は供骸によって様々で、白くてほっそりした女性的なシルエットを備えた機体もあれば、いかにもごつい真っ赤な装甲で元の供骸の何倍にも膨れ上がった機体もある。


「う、うわ! ちょっと!」


 水瀬さんの悲鳴。格納庫の扉をくぐって出てきた丸っこくて可愛らしいデザインの機体が、バランスを崩して前のめりに倒れる。

 近くで見ていた篠村先生が両手で素早く印を結び──

 それより早く差し伸べられる機械の腕。

 賀茂君のすらりとした緑色の供骸が、水瀬さんの供骸を両腕で抱き抱えて支える。


「大丈夫か水瀬!」

「う、うん……大丈夫!」


 失敗失敗、って笑った水瀬さんが自分で自分の頭をこつんと叩く。呆れたみたいに首を左右に振った賀茂君が、水瀬さんの供骸を格納庫の扉の前からどかす。


 と、後ろでさらにまた一体、足をもつれさせる誰かの供骸。

 賀茂君がとっさに動こうとするけど、それより早く空中に出現した光の投網が人間の倍くらいある供骸の体を受け止める。


「不合格。……水瀬、君もだ。見学者の列に加われ」


 両手の指で印を結んだ篠村先生が淡々と告げる。水瀬さんが供骸を格納庫に戻し、しょぼーんとした感じでこっちに歩み寄ってくる。


「御厨君……えっと、お久しぶり」

「え……あ、うん」


 なんて言えばいいのかわからず、隣にぺたんと座る水瀬さんを横目にうかがう。

 格納庫の方ではまたしてもがっしゃんっていう甲高い音。

 他にも何人もの生徒が、見学を命じられて次々にこっちに下がってくる。


「難しいんだね、供骸の操作って」

「まあ、ほら! わたしとか去年やっと起動出来るようになったばっかりだし!」

 僕の言葉に水瀬さんは、あはは、って笑い、

「賀茂君なんかは初等部の五年生の頃にはもう起動出来てたから慣れてるけど、わたしみたいな選抜組は三年や四年じゃなかなかねー」

「え」


 思わず目を丸くしてしまう。

 三年や四年、って?


「待って。供骸を使えるようになるのってそんなに時間かかるの?」

「うん! まず神卸が出来なきゃいけない上に、呼び出した神様を供骸の中の祈願炉に同調させないといけないでしょ? だから、みんなすっごい苦労して……」


 声が止まる。

 あっ、ていう感じで口を押さえた水瀬さんが視線を逸らして、


「だ……大丈夫だよ御厨君は! 式神使えなくても神卸は出来るんだし。……まあ、篠村先生が言ってた通り式神術も符術も全部使うんだけど、でもでも結局一番大事なのは神卸だし!」


 水瀬さんは色々言ってくれるけど、正直、半分も頭に入らない。

 起動できるようになるだけで三年も四年も?

 僕、高等部の一年なのに? 高校生活って三年しかないのに?


 ……どうしよう……


 どんよりした気持ちでうつむく僕の後ろで、また一人別な生徒が三角座りする。見学の列はどんどん増えて、いつの間にか生徒全体の六割くらいになってる。

 ポケットから何となくスマホを取り出して、氷川先輩の連絡先を探してしまう。


『──先輩、供骸の起動って』


 メッセージを書きかけた指が止まる。

 ふう、ってため息。スマホをポケットに仕舞って、代わりに両手で自分の顔をぺちっと挟む。

 

 確かに先輩は「何かあったら連絡するんだよ」って言ってくれたけど、だからってこんな初日から甘えてどうするんだ。

 まず最初に、自分にできることをちゃんとやらなきゃ。

 祖父ちゃんも言ってただろ。「毎日少しずつ積み上げろ」って。


「とうっ──!」


 格納庫の方でなんだか可愛らしい掛け声。飛び出してきた金ピカの供骸が芝生の上で華麗なダンスのステップを刻む。

 どやって感じで腕組みするのは彩葉さん。

 隣の賀茂君が呆れたって感じで首を振り、


「押見、あまりはしゃぐな」

「あら! こういうのは最初が肝心ですのよ。D組の皆さまに今年のC組の実力をしっかりお見せしませんと」


 おーっほっほっほ、って笑う彩葉さんの後ろでまた一体、別な供骸が登場する。今度の機体は真っ黒で、なんていうか飾りが一切ない。

 だけど、動きがものすごくしなやかで、機械っていうより生き物。

 にこやかに歩み寄る黒川君に、彩葉さんがどうしてだかぷぅっと頬を膨らませる。


「すごいね、黒川君の供骸」


 思わず呟いてしまう。たぶん神性の量で言ったら彩葉さんとか賀茂君の供骸の方が上なんだと思うけど、なんて言うか、あの黒い供骸は動きが違う。

 初めて黒川君を見た時の印象と同じ。

 足の運びっていうか、立ち方に隙がまったくない。


「でしょー! 黒川君はほんとにすごいんだよ。選抜組の期待の星!」

 水瀬さんがうんうんってうなずき、

「供骸の練習って長い時間がかかるし、まず神卸が出来なきゃいけないから式神とか符術よりもっと名家の子が有利なの。だけど黒川君は初等部の六年で編入して、たった一年で供骸が使えるようになって。……ほんとに何なんだろうねー。才能ってあるのかなー」


 最後の言葉はちょっと寂しそうな雰囲気。

 僕はなんて言ったらいいのかわからずに視線を逸らし、


「そ……そういえば、ずいぶん減ったね! 模擬戦のメンバー」


 格納庫の前に残った供骸は全部で十九体。C組とD組がだいたい半分ずつだ。

 残る生徒のほとんどは僕と同じ見学者の仲間入り。

 みんながっかりしてるかと思いきや、意外と元気に残った仲間に頑張れー負けんなーなんて応援を飛ばしている。


「まあ、篠村先生が厳しいっていうのもあるけど、模擬戦が出来るレベルまで供骸が使えるってなったらこのくらいだよ」

 水瀬さんは半分諦め顔でぎゅっと膝を抱え、

「次からは歩くだけとか腕動かすだけみたいな練習もあると思うけど……御厨君はまず祈願炉の制御から──」


 言いかけた声を急に飲み込んで、水瀬さんが格納庫を見つめる。見学組の他の生徒たちも応援をやめて、同じ方向を凝視する。


 なんだろ、って思った途端、強い足音。

 進み出た一人の男子生徒が、神符の束を無造作に放り投げた。


     *


 稲妻が落ちた、と思った。

 目を丸くする僕の見つめる先、神符から迸った爆発的な神性が、供骸の金属質の体表を一瞬で走り抜けた。


 流れるように動き始めた供骸の三メートルの体が格納庫を飛び出す。豹みたいに身を屈める動作から素早く跳躍。宙に弧を描いた金属質の体の表面を、輝く装甲が瞬時に包み込む。

 

 鎧武者を思わせる青い装甲に雷を模した紋様が走ると、溢れた神性が稲光となって地面を撃つ。

 腰には鞘に収まった刀が一振り。

 音もなく着地した供骸が爪先を軸に一転すると、瞬時に鞘から引き抜かれた刀が降り注ぐ陽光の下に複雑な螺旋を描く。


 透き通るような風切り音に続いてかすかな金属音。輝く軌跡を残して鞘に収まった刀がかちりと音を立てる。

 見学組と格納庫の前の生徒たち、両方から拍手の音。

 篠村先生が無表情のまま、供骸を操った男子生徒の前に歩み寄る。


「九条。今は演舞の時間ではない」

「失礼しました」


 完璧な角度で頭を下げた男子生徒が、また完璧な角度で姿勢を戻す。

 その顔を、僕は思わず凝視する。

 黒くて硬い髪を短く刈りそろえた、ものすごく厳しい顔つきの人だ。僕より頭ひとつ背が高くて、腕とか足とか何もかもがとんでもなく鍛え込まれてる。

 だけど、何よりすごいのは身に纏ってる雰囲気そのもの。

 一目でわかる。

 この人は、刀だ。


「……いやー、相変わらず九条君は迫力が違うねー。流石は操演部の元部長」


 不意に、冗談めかした水瀬さんの声。

 驚いて顔を向けると、冷や汗混じりの顔が、あはは、ってぎこちなく笑う。


「水瀬さん、操演部って……?」

「供骸を使って演舞する部活。九条隼人君って言ってね、先月までその中等部の部長をやってたの。……たぶん、わたしたちの学年で一番、供骸の操作が上手いんじゃないかな」

 

 道理で、ってうなずく。供骸が使えない僕にも、これは別物だっていうのが一目でわかる。

 すごい人は本当にすごいんだなあ、なんて感心。

 と、急に周りの見学組がざわめく声。

 何だろって顔を上げようとした途端に、がつん、と硬い靴音が耳を叩く。


 音はまっすぐ、迷いなく僕へと向かってくる。

 人間の足じゃなくて抜き身の刃が地面を突いてる──そんな錯覚。

 ざわめきが小さくなる。

 周りの生徒が離れていくのを感じる。


「御厨君……!」


 水瀬さんの声に、ようやく視線を上に向ける。

 目の前には、刀そのものみたいな人影。

 いつの間にか歩み寄った九条君が、静かに僕を見下ろしていた。


「天鳥船で大暴れしたという編入生──御厨宗一郎とはお前か」


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