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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
参ノ舞

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16/65

噂と波乱の学園生活④

 ──拝啓、村のみんな。僕が高天原に旅立ってもう三日が経ちましたね。そちらはお変わりなく、元気にお過ごしでしょうか。


 祖父ちゃんの墓掃除とか神社の手入れとか、何から何まで引き受けてくれてありがとうございます。代理の宮司さんが高天原から派遣されるまでよろしくお願いします。


 村田のおばあちゃんは膝の具合はどうですか? 散歩の時は面倒くさがらずに杖を使うようにみんなからも言ってあげて下さい。あと、裏の松沢さんがお酒を飲み過ぎないように気をつけて下さい。


 僕は、すごくダメです。

 もちろん何でもかんでも上手く出来るって思ってたわけじゃないけど、さすがにショックです。

 

 祖父ちゃんにあんなに教わってもちっとも出来るようにならなかった式神の操作は、高天原では遅くても初等部の低学年のうちにみんなが身に着けてしまう技術だそうです。


 もちろんその後で編入してきた選抜組の子は少しは苦労するらしいですが、そういう子も中等部の一年が終わる頃には立派に犬とか猫とか童子とかの式神を呼び出せるようになるみたいです。


 高等部の一年生にもなって式神が本当に一つも扱えない生徒なんて、学園の歴史はじまって以来だそうです。

 入学初日にして、僕は早くも落ちこぼれになってしまいました。

 もちろん「少しずつ積み上げろ」っていう祖父ちゃんの言葉は忘れてないし、諦めたわけでもないけど、こんなすごいところでこの先やっていけるか早くも不安です。

 ……るーるるるーるるるるるるー。


「御厨君どんまい! 大丈夫! だれでも苦手なことの一つや二つや三つや四つはあるから!」


 きんこんかんこーん、っていうチャイムと同時に駆け寄ってきた水瀬さんが背中をばんばん叩いて励ましてくれる。セーラー服の肩の上には手のひらくらいの童子の式神が乗ってて、ご主人様の真似をして僕の頭をぺしぺしと叩いてくれる。


「式神操作Ⅰ」の授業がやっと終わって、僕は自分の席で水晶板に突っ伏してすっかりダメになっている。

 本当に黒川君の言ってた通り。僕の他には式神が呼べない子なんて一人もいない。


 それも「一応呼べます」とかじゃなくて、高等部の一年にもなったら小型のやつの一体や二体、手足みたいに操れて当たり前だなんて。

 入学初日にして、早くも学園の歴史に名前を刻んでしまいました。いや、ほんとにどうしよう、これ。

 ……あ、統計力学の授業はなんとかなりました。「ほんとにこんなのいるの?」って逃げようとする僕を鍛えてくれた中学の山野先生ありがとう。


「美羽さんの言う通りだよ。宗一郎くんは高天原の教育を受けてきたわけじゃないんだから、出来ないことがあっても仕方ないよ」


 隣の席に座った黒川君も慰めてくれる。白っぽいふわふわの髪の上には、同じくらい白い狐の式神がちまっと乗っかってる。

 あと、ちょっと前から気がついてたんだけど、黒川君は誰が相手でも下の名前で呼ぶ。

 僕は「宗一郎くん」だし、水瀬さんは「美羽さん」だし、賀茂君のことは「陽真はるまくん」だ。


「……いや、流石にだろ」


 その賀茂君は、僕の斜め後ろの席。

 自分の鴉の式神を神符に戻してポケットにしまい、ストレートの髪をわしわしとかいて、


「ここまで出来ないやつ初めて見たぞ? 編入試験よく通ったな」

「うん……まあ、なんとか」


 そもそも試験なんか受けてないんだけど、入学許可証の話になるとややこしいので誤魔化す。

 と、遠くの席で誰かが僕の名前を囁く気配。

 何人かの生徒が集まって、こっちをちらちらと盗み見ている。


 教室の別の場所からは「大丈夫なのか? あれ」なんて小さな声も聞こえる。他にも世間話のふりをしてる人とか、全然無関心なふりをして友達同士で式神を遊ばせてる人とか。

 反応は色々だけど、なんていうか、馬鹿にされてるとかじゃなくて本気で心配されてるのがびしびし伝わってくる。

 るーるるるーるるるー。

 

「賀茂君、そういう言い方しないの」

 

 と、腰に手を当てる水瀬さん。

 ご主人様の代わりみたいに、童子の式神が賀茂君の頭をぺしっと叩く。


「けど困ったよね。来月には中間試験あるし、そこでも式神呼べなかったら御厨君、放課後は毎日補習だよ?」

「ええっ……」


 顔が引きつりそうになる。いや、補習を受けるのはいい。良くないけどまあいい。だけど、毎日先生に付き合ってもらって、それでも式神が使えるようにならなかったらどうしたら良いんだろう。


「……けど、不思議だよね」


 と、黒川君の声。

 色素の薄い不思議な色合いの目が僕の顔を覗き込むみたいにして、


「宗一郎くん、家ではちゃんと修行してたんでしょ? それで神卸の技は身についたんだよね? 天鳥船あめのとりふねでは、それで氷川執行役員を助けたって」

「うん、火之迦具土神ほのかぐちのかみ。荷電粒子砲とかプラズマナイフとかさ。六歳の時からやってる」


 それだけは自分よりもずっと上手いって、祖父ちゃんも褒めてくれたっけ。

 なんて、ちょっと懐かしい気持ちになったところで、みんなが変な顔をしてるのに気づく。


「え、どうしたの?」

「……六歳?」

 真っ先に口を開いた水瀬さんが僕にぐいっと顔を近づけ、

「御厨君、それ本気? 本気で、六歳の時から神卸やってるの?」

「そうだけど……」


 なんだろ。別に変なこと言ったつもりは。


「御厨。お前、だいぶおかしいこと言ってるぞ」

 賀茂君が真剣そのものの顔で僕を見つめて、

「確認するけど……お前、実家じゃ式神とか符術とかの修行も真面目にやってたんだよな?」

「うん。だけど全然出来るようにならなくてさ」

「なのに、神卸だけは六歳の時からやってた?」

「そうだけど……変?」

「変だ。というかあり得ない」


 はあ、ってため息。

 賀茂君はわしわしと頭をかいて、


「いいか? 量子神道ってのは素粒子一つ一つに仮の名前を与えて神に見立てる技術だ。で、そうやって神性を得た物質を集めてロボットみたいなのを作るのが式神術で、何かの物理現象に変えるのが符術。ここまでいいな?」


 一息。


「で、さらにその『小さい神』を山ほど集めて一つにまとめて、その神性を使って神話に名前を刻まれてるちゃんとした神を卸すのが『神卸かみおろし』だ。……なあ御厨、小さな神様の力を借りるのと、その上にさらにでかい神様を卸すのと、お前、どっちが難しいと思う?」


 あ、って思わず声。

 これまで考えたことなかったけど確かに変だ。というか、なんで考えたことなかったんだろ。


「お前の祖父さんはその辺どう思ってたんだよ。何か言ってなかったか?」

「何かって……祖父ちゃんは『お前は細かいことが苦手なんだな』って」

「いやさすがに適当すぎでしょ御厨君のお祖父さん」


 横から水瀬さんが突っ込む声。

 大きな瞳がさりげなく教室中を見回し、


「高等部には式神が呼べない子は御厨君しかいないけど、神卸が出来ない人は時々いるの。……っていうか、わたしも苦手。うちの学年はいちおう大丈夫だけど、年によっては卒業するまでどこの神様も呼べなくて、実家の神社を継ぐのを諦める人とかいるし」

「そうなの!?」


 これにはびっくり。式神とか符術とかとは逆で、神卸なんて高天原の生徒はみんな出来るものだと思ってた。


 ……じゃあ、僕は応用だけできて、基礎ができないってこと……?


 わけがわからない。思わずうーんって腕組みしてしまう。

 と、黙って聞いていた黒川君が「そうだ」って手を叩いた。


「宗一郎くん。もう一回、ぼくたちの前で式神召喚やってみてくれないかな」


     *


「えっと……じゃあ始めるよ?」


 机の天板に埋め込まれた水晶板が、ほのかな神性の光を放った。

 まっすぐ背筋をのばす僕の向かいで、黒川君と賀茂君と水瀬さんがそろってうなずいた。


 こくん、って誰かが喉を鳴らす音。教室中の視線が集まるのを感じる。次の時間は校庭での実戦演習だからそろそろ式服に着替えないといけないはずなんだけど、出ていく生徒は一人もいない。


 よし、って気合いを一つ。

 机の横に取り付けられたスロットに神符の束を押し込む。


 この机は実は超小型の祭壇になってて、生徒は席についたままで式神の召喚とか作成とか、符術の実技練習なんかが出来るようになってる。

 水晶板の上にスマホをセット。こうすると机がスマホのデータを読み取って、神符を起動するための高圧縮の祝詞を仮想実行エミュレートしてくれる。


 そうやって術の全体を机の内部の装置に一度通すことで、仮にとんでもない失敗をやらかしたとしても天板に描かれた結界が被害を完全に防いでくれる仕掛けになってるらしい。

 さすがは高天原。ものすごい技術なのが僕でもわかる。


「てか御厨、祝詞唱えるのスマホじゃなくて、売店で専用のレコーダー買った方がいいぞ? 精度が違うからな」

「え、そうなの?」


 賀茂君の何気ない言葉にびっくり。祖父ちゃんもスマホ使ってたからそういう物だと思ってた。

 なんて考えつつ、胸の前で柏手を二つ。

 水晶板の表面に、神符に似た複雑な光の紋様が浮かび上がる。


かしこかしこみ──」


 呟く声に応えて、光が水晶板から抜け出る。細い糸に解けた光が机の上で複雑に絡み合って、小さな猫の姿を形作っていく。

 おお、って賀茂君の声。教室のあちこちからも、いいぞ、とか、いけっ、なんて囁きが聞こえる。

 だけど──


「あ……」


 出来かけの式神と僕を繋ぐ線が急に切れたみたいな感覚。

 光で編まれた猫の輪郭が弾けて、細かな粒子に変わってしまう。

 

 胸の奥に生まれたざらっとした違和感が机を覆う透明な結界に吸い込まれる。神符を収めたスロットが開いて、黒く変色した符の束が押し出される。


 教室のあちこちでため息。立ち上がった生徒たちが、たぶん着替えのために次々に教室から出ていく。

 僕は苦笑交じりに息を一つ。

 小さい頃から何万回も見た光景だけど、やっぱりがっかりしてしまう。

 

 本当に、あと少しなんだと思う。集まった光が猫の耳の形とかつやつやの毛並みを再現して、仮初かりそめの命を吹き込むまであとほんの一手。

 その一手がどうしても越えられない。

 どうしたらいいのかな、なんて考えながら顔を上げ──


 目の前には、ぽかんとした三人の顔。

 黒川君も賀茂君も水瀬さんも、目をまん丸にして僕の顔と机の水晶板を見比べてる。


「……水瀬、黒川、見たか?」

「見た……見たよ賀茂君! ばっちり見た!」

「面白いね。こういうのはぼくも聞いたことがないよ」


 ……え、なに……?


 予想外の反応。

 首を傾げる僕の前で三人が顔を見合わせる。


「あー、なんて言うかだな、御厨」

 代表する格好で口を開いた賀茂君がわしわしと頭をかき、

「結論から言うと……お前の式神召喚。たぶん上手くいってる」

「……え?」

「だよね! やっぱりそうだよね!」

 水瀬さんも肩の上の童子と一緒にぶんぶんうなずき、

「猫ちゃん生きてたよ! 体はほとんど出来てたし、魂も半分くらい入ってた。っていうかどうやったらあそこから失敗するの?」

「何かが邪魔した、って感じだよね」


 黒川君の静かな声。

 僕は思わず水瀬さんと賀茂君と顔を見合わせる。


「邪魔って?」

「そのまんまだよ。美羽さんも陽真はるまくんも感じたんじゃない?」

 黒川君は綺麗な小麦色の手で頭の上の白狐を撫で、

「出来かけてた式神を、宗一郎くんの中にある『何か』が無理やり打ち消した──ぼくにはそういうふうに見えたかな」


 何だそれ。

 僕は思わず、自分の胸に両手を当てる。

 もちろん心当たりなんかない。っていうか、本当に僕の中に原因があるんだったら祖父ちゃんが気付いてなんとかしてくれたはずだ。


「黒川君、それって──」


 僕はもっと詳しく話を聞こうと椅子から腰を浮かし、


 ばーん、って教室の扉が開かれる音。

 驚いて振り返った視線の先で、見事な縦ロールの髪が揺れる。


「みなさま! 何をやっていらっしゃいますの!」

 

 ずんずんと近寄ってくるのは赤と白の華麗な巫女装束。

 すっかり着替えを終えた彩葉いろはさんが、仁王立ちで壁の時計をびしりと指さした。


「急ぎませんと実戦演習が始まってしまいますわ! クラス委員長がついていながら初日から遅刻だなんて、お叱りを受けても知りませんわよ!」


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