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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
参ノ舞

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噂と波乱の学園生活③

 たぶんだけど、大変なことになってしまった。

 僕は自分の席にちまっと座り、口元が引きつりそうになるのを必死にこらえた。

 

「さあ! それでは早速お聞かせくださいまし。あなたが見聞きした事、その一部始終を!」


 見事な縦ロールのお嬢様が隣の席でふんぞり返る。どこから取り出したのか金ピカの扇子を広げて口元を隠してる。たぶん上品な仕草なんだろう。

 押見彩葉おしみいろはさん。「押見さん」だと副会長と一緒でややこしいから「彩葉さん」かな。

 とにかく、その彩葉さんはさっきから目を輝かせて、僕の話を今か今かって待ち構えている。


 ……確かに似てるなあ……


 こうやってあらためて向かい合ってみると、間違いなく押見副会長の妹だ。目元とか鼻筋とか髪の色合いとか、他にも色んなパーツがそっくり。

 だけど、雰囲気はだいぶん違う。

 副会長は空気が透明っていうか捉え所がなくていかにも「澄葉」って感じだけど、この子は華やかで騒々しくて、どう見ても「彩葉」だ。


「何をぼんやりなさっていますの! 御厨宗一郎さん!」

「ご、ごめん! ……でも話すっていってもどこから……」

「もちろん一部始終ですわ!」

 彩葉さんは自分のじゃない机の水晶板を手のひらでばんっと叩いて、

「夏乃様がどのようにして天鳥船あめのとりふねに駆けつけたのかから、どのようにして化け物を退治なさったのかまで。もちろん須佐之男命すさのおのみことを召喚なされるくだりはハイライトなのですから、そこは特に入念に! 詳細にお願いいたしますわ!」


 教室のあちこちで足音とか椅子を動かす音とかとにかく色んな音。なんだろって視線だけでこっそり様子を伺い、ぎょっとなる。


 僕と彩葉さんの周りには、いつの間にか人だかり。

 何十人っていうクラスメートが近くの席に移動したり机の端に腰掛けたりして、僕の言葉に聞き耳を立ててるのをもう隠そうともしない。


 慌ててぐるっと見回すと、水瀬さんと賀茂君はいつの間にかちょっと離れた場所で他の生徒の集団に巻き込まれてる。

 両手を合わせて必死にぺこぺこする水瀬さんの隣で、賀茂君が「健闘を祈る」って感じで敬礼する。二人ともここから僕を助けるのは無理みたい。


 ……どうしよう……


 彩葉さんが「さあ!」って顔を突き出してくる。覚悟を決めて深呼吸。とにかく須佐之男命の事さえ誤魔化せればいいんだから、天鳥船の中での流れはそのまま話していいはずだ。


「えっと……」


 神格解放戦線が展望デッキを占拠したところとか僕が戦ったところとかを詳しく説明すると「話が長い」って怒られそうなので、その辺は適当に端折る。

 時間は一気に、大鴉の式神に乗った氷川先輩が颯爽と駆けつけたところまで。

 途端に教室中の空気が変わる。


「まあ……まあ!」

 彩葉さんが金ピカの扇子を両手で抱きしめて、

「それでは、悪漢どものリーダーが召喚した大蛇の神格実体をたったの一撃で? さすがは夏乃様の式神。素晴らしい力ですわ!」


 周りの生徒からも「やっぱりすげーな、氷川執行役員……」なんて囁き声。

 そんな反応を聞いてるうちに、僕はふと気になって、


「彩葉さん、ちょっと良い?」

「なんですの? 手短にお願いいたしますわよ。お聞きしたいことはまだまだ……」

「氷川先輩の式神って、やっぱりすごいの?」


 教室中の空気がぴしっと固まる。

 何かまずいこと言ったのかも、って僕が慌てるよりも早く、彩葉さんがまなじりを釣り上げ、


「何を当たり前のことをおっしゃっていますの!? 貴方は──」


 声が途切れる。

 彩葉さんは、やれやれ、って言いたそうな感じで首を左右に振り、


「まあ、高天原の外から来られたばかりの方には、その辺りの機微はお分かりになりませんわよね」

 扇子をぱちんと閉じ、僕の鼻先にびしっと突きつけて、

「よろしくて? 夏乃様はこの高天原学園始まって以来の天才と呼ばれるお方。神卸かみおろしも符術もとびきりお上手ですけれど、中でも式神作成と操作の技は学内で随一! あの大鴉と黒虎の姿を併せ持った式神は、軍用品すら遥かにしのぐ最高級の作品として有名ですのよ!」


 なぜか得意満面の顔で腕組みする彩葉さん。周りの生徒たちも「お前見たことある?」「俺ある! 研究所でも再現できないんだろ? あれ」なんて小声で話し合っている。

 なんだかちょっと嬉しい気持ち。

 口元が緩むのを我慢できない。


「やっぱりすごいんだね、氷川先輩って」


 もしかしたら僕が式神が使えないからびっくりしただけで高天原では普通なのかも、ってちょっと思ってたけど、先輩はやっぱり特別らしい。露店で鯛焼き焼いてたあの式神もすごかったし。

 八幡神の神卸とかこんの攻撃を防いだ結界とかも、きっととんでもない技術の賜物なんだろう。

 本当に、初日から大変な人と知り合ってしまった。


「ええ、ええ! もちろんですわよ!」

 彩葉さんは嬉しそうにうなずき、

「澄葉姉さまも常日頃よりおっしゃっていますわ。『あなたも氷川執行役員を見習って、彼女のような素敵な女性になれるよう日々精進なさい』って」

「え、そうなの?」


 これはちょっと意外。昨日の生徒会室でのやり取りももちろん仲が悪いって感じじゃなかったけど、副会長ってそんなこと言うタイプだっけ?


「そうですわよ!」

 なんて考える僕の態度には全然気がつかなかったみたいで、彩葉さんはものすごく嬉しそうに、

「そんな夏乃様がとうとう……とうとうご自身の祭神であられる須佐之男命のお力をお借りすることが出来たんですもの。これぞ鬼に金棒! 怖いものなしですわ!」


 うっとりした顔で教室の天井を見上げる彩葉さん。

 と思ったらいきなり僕に顔を向け、正面から目を覗き込むみたいにして身を乗り出し、


「さあ、御厨宗一郎様! そろそろ佳境の場面についてお話しくださいませ! 須佐之男命はどんなお姿でしたの? いえ、もちろんこの世のものとは思えないほど美しいお姿なのはわかっておりますけれど、直接目にした貴方の言葉で──!」

「……いや、それなんだけど……」


 ゆっくりと、心の中で深呼吸。

 僕は前もって用意しておいた言い訳を口にする。


「実は……僕、化け物になった天鳥船から放り出されたところで気絶しちゃって、須佐之男命の姿は直接は見てないんだ。だから、どういう感じだったかは全然知らなくて」

「……………………え〝っ」


 お嬢様感ゼロの、地の底から響くみたいな声。

 ぴたっと動きを止めた彩葉さんが、ぶるぶると震え始める。


 周りの生徒たちから「あ、やばい」なんて声。遠くで見ている水瀬さんが両手をあわあわさせ、隣の賀茂君が「逃げろ! 逃げろ!」みたいな感じで口を動かす。

 と──


「……いえ……」


 急に、ふぅ、っていう小さなため息。

 彩葉さんはまだちょっと震えてる自分の手をもう片方の手に握った扇子でぱしっと叩き、

 

「仕方ありませんわ。貴方は外から来られた方ですもの。初日にそんな恐ろしい目に合って、きちんとお手伝いが出来ただけでも大したものです。……ええ、夏乃様ならきっとそうおっしゃいますわ」

 一人でうんうんとうなずき、ものすごく偉そうに胸を張って、

「それにしても、貴方も本当にもったいないことをなさいましたわね! せっかくの夏乃様の勇姿を見逃すなんて! わたくしが聞いたお話では、顕現した須佐之男命は何百メートルもある輝く巨人で、魚の化け物に変わった天鳥船を殴るは蹴るは、とどめに彼の名高き神剣『天羽々斬』で!」

「え? いや、出てきたのは須佐之男命の腕だけで……」


 あ、って思わず声。

 首を傾げる彩葉さんを前に、血の気が引くのを感じる。


「……貴方、先ほどは『気を失っていた』とおっしゃったのではなくて?」

「う、うん! だから、後で氷川先輩に聞いたんだ!」

「夏乃様が貴方にそんな大切なことをお話になったんですの? 昨日初めてお会いしたばかりの貴方に!」

「えっ!? いや、それは……」


 しまった、もっとちゃんと考えとけばよかった。須佐之男命のことは氷川家の大問題なんだから、もし僕が本当に気絶してたなら先輩が教えてくれるわけがない。

 どうしよう、どうやって誤魔化して……


「いや、でも俺、昨日聞いたぞ? 氷川執行役員が高等部の編入生と仲良く大鳥居の近く歩いてたって。あれ、御厨のことじゃねーの?」


 周囲の誰かから無責任な言葉。

 たちまち、教室中にものすごいどよめきが走る。

 

「御厨君!? そうなの? え、待って、あの氷川執行役員と!?」

「御厨! お……お前すごいな!」


 水瀬さんと賀茂君が血相を変えて大声。他の子たちも顔を見合わせて好き勝手なことを言い始める。

 まずい。話が須佐之男命から逸れたのはいいけど、これはこれでまずい。

「二人きりですき焼き食べて、別れ際にほっぺたにキスされました」なんて言ったらどうなるかなんて考えなくてもわかる。


「宗一郎様……貴方、夏乃様とどのようなご関係ですの?」


 彩葉さんが閉じた扇子の先端をゆっくりと僕に突きつける。

 ごごごご、って音がしそうな迫力。

 僕は無意識に喉を鳴らし、どうしようって視線を逸らし、


「……まあまあ。彩葉さん、そのくらいで」


 やんわりとした男子生徒の声。

 横合いから突き出た手が、金ピカの扇子をそっと押さえた。


       *

 

 話声が渦巻いていた教室が、一瞬で静まりかえった。

 目を丸くする僕の前で、男子生徒はゆっくりと彩葉さんに笑顔を向けた。


「宗一郎くんもちょっとわけがわからなくなっただけかも知れないよ。高天原に来た初日からとんでもない目に遭ったんだからさ」

 ふんわりと笑った男子生徒が僕の方に顔を向け、

「だよね? 宗一郎くん」

「う……うん! そう!」


 なんでいきなり下の名前で呼ばれてるのかわからないけど、これぞ天の助け。

 大慌てでうなずき、男子生徒のにこにこ顔を見つめてしまう。

 

 なんて言うか、不思議な雰囲気の人だ。外国の血が入ってるのか肌の色が濃いめの小麦色で、なのに髪は白っぽい。

 背は僕と同じくらいだけどほっそりしてる。優しいっていうか物腰柔らかっていうか、とにかくものすごくふんわりした空気。

 だけどただ柔らかいんじゃない。風になびく柳っていうか、どんなに力を込めても簡単に受け流されてしまいそう。


 ……そっか……


 何だろう、って考えてすぐに気がつく。

 古武術を教えてくれた時の祖父ちゃんと同じ。この人、立ち方に全然隙がないんだ。


「それより宗一郎くん。先生が呼んでたよ。入学手続きで足りない書類があるんだって」

「そうなの?」


 それは一大事。慌てて立ち上がり、男子生徒に続いて歩き出す。

 途端に彩葉さんが目を白黒させて、


「お、お待ちになってくださいまし! わたくしの話はまだ……」


 慌てた声がだんだん小さくなる。振り返った男子生徒が「ごめんね」っていう感じで両手を合わせて見せると、彩葉さんは困ったみたいに視線を逸らす。

 教室のみんなからも、仕方ないなあ、っていう空気。

 水瀬さんと賀茂君が顔を見合わせて肩をすくめてるのがちらっと見える。


「ほら、急いで急いで」

「う、うん」


 男子生徒に続いて教室を後にし、職員室がある方に廊下を進む。

 と、角を曲がったところで急に止まる足。

 なんだろ、って首を傾げる僕を男子生徒がくるっと振り返って、


「さて、この辺でいいかな?」


 笑いを含んだ声。

 瞬きする僕に、その人は「ごめんごめん」って笑い、


「先生が呼んでるっていうの、あれ嘘。なんか困ってるみたいだったからさ」


 え、って思わず声。

 そんな僕に、男子生徒は右手を差し出して、


「あらためて、初めまして。御厨宗一郎君。クラス委員長の黒川です。黒川日向くろかわひなた。よろしく」

「よ、よろしく!」

 

 とっさにこっちも手を差し出したところで思い出す。そうだ、さっきのホームルームの時間に「起立、礼」って号令をかけてた人だ。

 自然な感じでお互いに握手。

 嬉しそうにうなずいた黒川君がちらっと教室の方を振り返って、


「彩葉さんのこと、悪く思わないであげてね。普段は明るくて良い人なんだけど、氷川執行役員のことになると、ね?」


 慌ててうなずく。それはよくわかる。というか隠し事があるのは僕の方だから何だか申し訳ない。


「氷川先輩って、そんなに人気あるの?」

「そりゃもう。学園きっての才媛であんなに美人な上に、誰にもなびかず我が道を行く人だからね。男子も女子も、告白して振られた人は数知れずだよ」

 黒川君はふんわりと笑い、ふと視線を上に向けて、

「けど、宗一郎くんもすごいね。途中で気絶したって言っても、そこまでは氷川執行役員についていけてたんでしょ? 普通じゃないよ、それ」

「そ、そうかな……」


 ちょっと照れてしまうけど悪い気はしない。神卸の修行、真面目にやってて良かった。

 なんて考える僕の前で、黒川君がふふっと笑い、


「宗一郎くんって、先月まで普通の中学に通ってたんだよね? 修行とかどうやってたの?」

「祖父ちゃんに教わったんだ。うちの祖父ちゃん、秋葉神社っていう神社の神職でさ」


 へー、って感心したみたいに黒川君がうなずき、


「けど、高天原以外の場所だと大変じゃない? 供骸の操作とか祈願炉の制御とか」

「……あー」

 

 それを言われるとちょっと恥ずかしい。

 僕は視線を逸らして頬をかき、


「実は……供骸って昨日まで聞いたこともなくてさ。祈願炉の操作もやったことないんだ」

「……そうなの?」

 黒川君はちょっとびっくりした顔で、

「じゃあ神卸は? 式神の召喚とか、符術とかは?」

「神卸はいちおう自信あるかな。けど、それ以外は全然。式神も術も、祖父ちゃんにけっこう習ったんだけど全然身につかなくてさ……」

「……なるほど」


 呟いたきり、難しい顔で黙り込んでしまう黒川君。

 僕はなんだか不安になって、


「え、どうしたの?」

「……ええっとね。午後の授業って何か覚えてる? 統計力学の次のやつ」

「『式神操作Ⅰ』だよね、確か」


 僕が全然出来ない式神の扱いを最初から教えてもらえるんだって、実はちょっとわくわくしてる。

 と、小さなため息。

 ものすごく言いにくそうに、黒川君が首をすくめた。 


「実はさ……高天原では式神関係の基本の授業は初等部まででほとんど終わってて、中等部から上は全部、応用と実戦演習の時間なんだ」

「……え?」


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