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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
参ノ舞

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噂と波乱の学園生活②

 とっさに「え」なんて声を上げるのが精一杯だった。

 面食らって瞬きする僕の目の前、水瀬美羽みなせみうって名乗った女子生徒は掴んだ時と同じくらい唐突に手を離すと、満面の笑みで自分の隣の席を振り返った。


「ほら、賀茂君もあいさつ! こういうのは最初が肝心っていっつも言ってるでしょ」

「え、いや、俺は……」


 面倒くさそうに顔をしかめる男子生徒の腕を水瀬さんが強引に掴む。ずりずりと引きずられてきた男子生徒が机に身を乗り出す格好にされてしまう。

 こっちは水瀬さんとは対照的に落ち着いてるっていうか、線が細い感じ。

 やれやれなんてため息を吐き、僕に向かって苦笑して見せる。

 

賀茂陽真かもはるまだ。よろしく頼む」

「よ、よろしく!」


 ぺこって頭を下げると、賀茂君の口元に薄い笑みが浮かぶ。

 よし、ってうなずいた水瀬さんがちょっと首を傾げて、


「それでどしたの? 御厨君。なんか落ち着かないっていうか、悩みでもある系?」

「え、いや、なんていうか」

 視線だけで教室を見回してこっそりため息を吐き、

「……あの。正直に教えて欲しいんだけど……僕、浮いてる?」


 たちまち、あー、って顔を見合わせる二人。

 困ったみたいに肩をすくめる賀茂君の隣で水瀬さんが「ちょーっと違うかなー」ってなぜか声を潜め、


「そういうのじゃなくてね。みんな、御厨君が()()()かわかんないから困ってんの」


 話がわからない。

 首を傾げる僕に、賀茂君がやれやれって感じで頭をかく。


「水瀬、それじゃ通じないだろ」


 賀茂君は自分の席に手を伸ばし、水晶板を取り外して僕の目の前に持ってくる。知らなかった。それ、そういう風に使えるんだ。

 なんて感心する僕の前で賀茂君は指先で小さな印を組み、水晶板の上に立体映像で小さな校舎の模式図を幾つも描いて、


「簡単に言うとだな……御厨、お前が『名家』と『選抜』のどっちかって話だ」

「『名家』と『選抜』……?」


 そう、ってうなずいた賀茂君の手元で、校舎の模式図の上にそれぞれ「幼稚園」から「大学」までの言葉が順に表示される。


「高天原学園には全国の神社とか有名な神職とかの跡取りが集まってるってのは知ってるよな? まあ本当に千年も二千年も続いてる由緒正しい神社の跡取りばかりじゃなくて、この五十年の間に分社だなんだで増えた神社もかなりあるんだが、とにかく、そういう『ちゃんと継ぐ家がある』連中は幼稚園の頃には高天原に入って、少なくとも高校を卒業するまではここで過ごす。──これが、俺みたいな『名家』だ」


 なるほどって納得。確かに「賀茂」って言ったら、賀茂別雷命かもわけいかづちのみことを奉る京都の有名な神社だ。


 その賀茂君が指を動かすと、簡単な漫画で描かれた立体映像の子供たちが幼稚園にわぁって集まる。なんか賀茂君の第一印象に合わないっていうか、すごく可愛い。


「けど、それだけじゃ神職の数が足りなくなっちゃうよね?」


 と、後を引き継ぐ声。

 漫画の幼稚園児を指でつついて遊んでた水瀬さんが声を潜めたまま、


「特に東方神域戦争では色んな名家の跡取りの人が戦死しちゃったりして、大変なことになったの。そこで、学園は全国の普通の幼稚園とか小学校とかで適正検査をやって、神職の才能がある子に奨学金を出して高天原で育てることにしたってわけ。──立派な血筋がない代わりに、才能と努力でぶっちぎる! それが、わたしみたいな『選抜』組」


 はいはい、ってうなずいた賀茂君が指を動かす。幼稚園児の集団が初等部、中等部って双六すごろくのコマみたいに進み、それに合わせて外からどんどん別な子の集団が入ってくる。

 はー、って思わず感心。

 全然知らなかった。学園の中って有名な神社の跡取りばっかりじゃなくてそんなことになってたんだ。


「えっと……その名家と選抜って、だいたい何人ずつくらいなの?」

「高等部まで来ると概ね半々だな。幼稚園の頃はほとんどが名家出身で、そこに選抜組が段階的に追加されて中学までに追いつく感じだ」

 賀茂君が立体映像に簡単な数字を書き足しながら、

「もちろん、表向きは名家と選抜の間に軋轢があるってわけじゃない。同じ学校で育ってきた仲間だし、どんな出身だろうと最後は本人の実力次第だからな」


 一息。

 賀茂君は視線だけで教室をぐるっと見回し、


「ただ、どうしたって壁はある。継ぐ家がある名家と違って、選抜は大学に進んだり軍に入ったりするのがほとんどだから将来の進路も別れるしな。……だから、名家は名家、選抜は選抜でつるむことが多い」


 そうそう、って水瀬さんがうなずき、


「それに、やっぱり選抜組だと名家の本当にすごい人には勝てなかったりするしねー。三貴人みはしらのうずのみこみたいなすっごい神様を卸せるのは先祖代々その神様を祭ってる家の人だけだし、それ以外の神様呼ぶのでもやっぱり縁の深い家の子の方が強いし、生徒会役員だってほとんど名家の人ばっかりだしね」


 最後の言葉にはちょっとだけ面白くなさそうな響き。

 水瀬さんは大袈裟に首を振って、


「もちろん結局は人それぞれなんだけど、中には自分は選ばれた家の出なんだー、みたいな感じで選抜組を見下す人もいてね。逆に選抜組でも名家の人をめちゃくちゃ敵視して『俺が実力であいつらを黙らせてやる』なんて言ってる人もいるし。……あ、他にも、上手く名家出身の彼氏つかまえて結婚して玉の輿に乗ってやるんだなんて言ってる選抜の子とか!」


 あはははって笑う水瀬さんの隣で、賀茂君がびくって体を硬直させる。「名家出身の彼氏」って言葉を聞いた瞬間にちらっと水瀬さんを見てからものすごい勢いで視線を逸らした気がするけど、どうしたんだろう。

 

 ……って、あれ……?


 なんて考えたところでいきなり気づく。

 高天原の状況はわかったけど、結局、僕は()()()なんだ?


 祖父ちゃんは秋葉神社を代々受け継いできた立派な神職の家系だから、その跡取りの僕はいちおう名家って言えなくもない。

 だけど、そもそも僕と祖父ちゃんは血が繋がってないし、火之迦具土神を卸すのだって最初は全然できなかったから、そう言う意味だと選抜組の人に近い。

 っていう具合に考えていくと、今の僕はたぶん「どっちでもない」。

 これ、上手くやらないと、どっちのグループとも馴染めずにぼっちコース一直線なんじゃ……


「大丈夫大丈夫! とりあえず、わたしと賀茂君はそういうの全然気にしないから!」


 朗らかに笑った水瀬さんが僕の肩をばんばん叩く。

 と思ったら、急に大きな瞳を悪戯っぽく細め、


「ところでさ……噂に聞いたんだけど、御厨君って昨日、天鳥船あめのとりふねで高天原に来たんだよね?」

「え……」


 心臓がどきっとなる。この後に来る話題が何となく想像がつく。


「そう……だけど」

「それって、例のハイジャックされたっていう便だよね。神格解放戦線がどうのって」


 無言でうなずく。余計なことを話してしまうのが怖いけど、だからって誤魔化すのも難しそうだ。

 と、隣で聞いてた賀茂君が「はあ!?」って整った眉を吊り上げ、


「おい待て水瀬。俺、それ聞いてないぞ」

「そりゃそうよ、あたしだってさっき教えてもらったばっかりだもん」

 水瀬さんはどうしてだか自慢そうに胸を張り、

「なんかもうほんっっっとにすごかったらしいよ! 噂なんだけど、あの氷川執行役員が駆けつけて、その場で須佐之男命を呼び出しちゃったらしくて──」


 教室中の空気が凍りついたみたいな錯覚。

 あちこちから聞こえていた話し声が、一瞬で途絶える。


 その場の全員の意識が僕たちに突き刺さるのをびしびしと感じる。

 もちろん、誰もあからさまにこっちは見てないし、声をかけてきたりもしない。

 しないんだけど、誰も彼もが息を殺して、次に僕たちが何を言うかに全部の神経を集中させてるのがはっきりとわかる。


 ……まずい、かも……


 ちらっと自分の右手に視線を落とす。

 昨日、生徒会室で書記の中臣さんに術をかけられたあたり。これがあれば「実は僕がスサノオを召喚しました」なんてことは絶対に言わないはずだ。

 ……なんだけど、あんまり自信がない。

 天鳥船がこんに変わった後の事とか細々聞かれたら、絶対どこかで辻褄が合わなくなりそうな気がする。

 僕はどうにか話題を逸さなきゃって口を開きかけ、


「そのお話、ぜひ詳しくお聞きかせくださいまし──!」


 ばーん!って全力で机を叩く音。

 ものすごい勢いで立ち上がった女子生徒が、獲物を見つけた鷹みたいな顔でこっちを振り返った。


     *


 女子生徒は扇形の机を大きく迂回して、ずんずんと僕たちの方に近寄ってきた。

 目を丸くする僕の向かいで、水瀬さんと賀茂君が揃って「うわ」って声を上げた。


「ちょっと賀茂君どうすんのよ! 聞かれちゃったじゃないの」

「いやお前だろ! だから教室で氷川執行役員の話はやめとけって……」


 二人がひそひそ話し合う間にも、女子生徒は容赦なく迫ってくる。緩く波打つ茶色の髪を頭の左右で束ねた女の子。ボリュームのある髪は完璧な縦ロールで、金糸で縁取りされた大きな赤いリボンが見るからにおしゃれっていうか高級そうだ。

 祖父ちゃんと見た古いアニメに時々出てくる感じの、絵に描いたみたいなお嬢様。

 だけど、何だろう。この子の顔、どこかで見た覚えが……


「宗一郎! そうよ。貴方あなた、御厨宗一郎さんとおっしゃいましたわよね! ……ああまったく、わたくしとしたことが、どうしてそのお名前を伺った時にすぐに気がつかなかったのかしら!」


 なんて考えた時には、女子生徒はとっくの目の前。

 僕の両肩をがしっと掴み、前後に激しく揺さぶって

 

「聞きましたわよ! 貴方が天鳥船で氷川夏乃様のお手伝いをなさったという噂は! さあ、早くこのわたくしに教えてくださいまし! あの方が──夏乃様がどのように悪漢どもを退治なさったのかを!」

「わー待って待って! ちょっと待って押見さん!」

「おおおお、落ち着け押見! まずその手を離してだな!」

 

 水瀬さんと賀茂君が二人がかりで割って入り、女子生徒をどうにか引きはがしてくれる。

 僕はくらくらする頭を押さえ、さすがに文句くらい言わなきゃって口を開きかけ──

 

 待って。

 二人とも、今、なんて言った?


「……え? 押見……?」

「ええ、その通りですわ!」

 

 縦ロールの長い髪が勢いよく揺れる。

 今にも、おーっほっほっほっほ、なんて高笑いしそうな顔で、女子生徒が胸を張った。

 

「申し遅れました。高等部生徒会副会長『押見澄葉』の妹、押見彩葉おしみいろはと申しますわ。どうぞお見知りおき下さいませ!」


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