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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
参ノ舞

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13/59

噂と波乱の学園生活①

 神楽笛が奏でる優しい音色が、講堂の静寂に流れた。

 僕は周りの新入生と同じように椅子から立ち上がり、頭を垂れて祭祀の清浄な空気に身を任せた。


 高天原学園の入学式は僕が田舎の学校で見たのとは全然違って、全体が一つの神事になっている。

 神社の御社殿を模した専用の広い講堂には太い朱塗りの柱が整然と並んでいて厳かな雰囲気。しかも、さすがに量子神道の最先端だけあって、柱にも天井にも光る文字の糸で編まれた精緻な紋様が浮かび上がっている。


「──これなる若人たちを守りたまえ、導きたまえと、かしこかしこみも申す──」


 宮司姿の学園長──つまりは天鳥船の中で出会ったあの老婦人が、正面の祭壇に向かって祝詞を奏上する。

 祭壇は高天原の真北を向くように設計されていて、奥の壁のずっと先は島の端、主祭神である祈願プラント「国之常立神くにのとこたちのかみ」に通じている。


 溢れ出た神性が、煌びやかな祭壇をいっそう眩く輝かせる。

 ほとんど物理的な圧力に、肌が粟立つ感触。

 うちの小さな神社の祭事なんかとは比べものにならない厳粛な空気に、無意識に一つ喉を鳴らしてしまう。


 学園長が神前に一礼して脇に下がり、代わって生徒会役員の人たちが進み出る。

 シャラシャラっていう神楽鈴の軽やかな音。

 神職の正装に身を包んだ十人くらいの役員が、新入生一人一人の頭の上を順に清めていく。


 上目づかいにちらっと様子を覗う。秩父生徒会長に押見副会長、会計の戎さんも書記の中臣さんもきりっとした顔で、所作に一分の隙も乱れもない。

 他にも昨日は出会わなかった人が何人かいるけど、たぶん他の役職とか、先輩と同じ執行役員とかなんだと思う。

 全員がうちの祖父ちゃんにも引けを取らないくらい完璧な手捌き足捌きで、やっぱり生徒会に入る人はちゃんとしてるんだなって僕はますます緊張し──


 くすっとかすかな笑い声。

 顔を伏せたまま視線だけ上に向けると、巫女装束の氷川先輩とばっちり目が合ってしまう。

 先輩は僕に向かってこっそりと片目をつぶり、澄ました顔で次の生徒の前に行ってしまう。体の余分な力が抜ける感触。先輩の白と赤の装束を視線で追い、周囲の生徒の不思議そうな顔に気付いて慌てて真面目な顔を作る。


 お清めの後は生徒会長の祝詞と新入生へのあいさつ、それから来賓の偉い人たちの紹介。最後に高等部の学長が祝詞を奏上し、一同が祭壇に向かって礼をする。

 

 高天原学園高等部、二〇九九年度入学式、これにてつつがなく終了。

 生徒たちのざわめきが、和やかな空気の講堂を満たした。

 

        *


「──以上でガイダンスを終わる。繰り返すが、大学に進学せず家を継ぐ者にとってはこの三年間が最後の学生生活だ。悔いの残らんよう、実りのある日々を過ごしてくれ」


 長い説明を終えた担任の先生が一つ手を叩くと、教室の空気がぴしっと引き締まった。

 それぞれの顔で背筋をのばす同級生たちを、僕は自分の席からこっそりうかがった。

 

 高天原学園高等部の教室は僕が東北の田舎で通ってたのとは全然違って、先生が立つ真ん中の円形のステージを扇形の机がぐるっと三重に取り囲む構造になっている。

 チョークと黒板の代わりに先生が使ってるのは三六〇度表示の立体映像で、軽く指を動かす度に予定表とか注意事項とかが光る文字で描き出される。


 一方で僕たち生徒の机には水晶板の入出力端末が埋め込まれていて、先生が描いてるのと同じ内容をこっちも小さな立体映像で表示できるようになっている。

 この水晶板はペンとか指とかで操作する以外にも、術で直接制御できるらしい。


 机には他にも神符を差し込むためのスロットが取り付けられてたり全体にうっすらと結界みたいなものが描き込まれてたりする。たぶん訓練用なんだろうけど、どう使うのか今ひとつ見当がつかない。


 周りを見ると戸惑ってるのは僕一人だけ。クラスメートはそれぞれ立体映像の予定表に何かを書き込んだり、片手で印を結んで別な表や手続き書類なんかを次々に呼び出したりしてる。


 中には鳥とか猫とか狩衣姿の童子とかの式神に作業を肩代わりさせて、隣の生徒とこそこそ何かを話してる子もいる。

 みんな、ものすごく手慣れてる。

 びっくりしてるのは僕一人だけで、ちょっと恥ずかしい。


「さて、例年なら今さら自己紹介もないんだが、今年は特別でな。……なんと高等部一年になって編入生だ」

 

 なんてことを考えてると、担任の先生の声。

 えっ、て顔を上げる僕を、祖父ちゃんよりちょっと若いくらいの先生は手招きして、


「御厨、来てくれ」

「は、はい!」


 慌てて立ち上がって教室の真ん中に進み出ると、全員の視線が僕に集中する。「誰だあいつ」「え、お前聞いてないの?」みたいなひそひそ声があちこちから聞こえる。

 

「紹介しよう。御厨宗一郎君だ」

 先生は立体映像のスクリーンに大きく僕の名前を書き、教室をぐるっと見回して、

「彼は先月まで一般の中学に通っていてな。神卸の修練は積んでいるが、分からないことだらけのはずだ。みんな、助けてやってくれ」

「御厨です! よろしくお願いします!」


 祖父ちゃんと見た古いアニメに出てきた転校生の真似をして、出来るだけ元気よく頭を下げる。

 すぐに教室中から返る大きな拍手の音。

 よろしく、なんて幾つもの声。良かった、上手くいった。僕は心の中で胸をなで下ろして顔を上げ──

 

 息を呑む。

 教室の空気がおかしい。

 いや、おかしいっていうのは言い過ぎかもしれない。この一年C組の教室の全員──僕を除いた三十九人の生徒は、少なくともぱっと見は僕を歓迎してくれていて、にっこり笑ったりひらひら手を振ったりしてくれてる。


 だけど、なんて言うか、空気が固い。

 単に新参者を値踏みしてるのとも違う。みんなが僕を警戒してるっていうか、距離を取りたがってるのをびしびしと感じる。


「よし、では昼休みまで自由時間だ。午後の授業に遅れるなよ」


 クラス委員長の号令で起立、国之常立神くにのとこたちのかみの方角に向かって礼、着席。

 担任の先生が教室を出て行った途端に、あちこちで雑談の花が咲く。

 生徒たちはそれぞれ何人かずつで集まって、春休みは何をしてただの高校の部活はどうしようだのと話し合っている。入学式が終わったばかりの初日でも、誰とすごそうかなんて困ってる生徒は一人もいない。たぶん中等部の時からの仲良しグループなんだろう。


 そうして、その全員が、自分たちの話をしながらそれとなく僕に注意を向けている。

 気まずい。

 そもそもこっちは高天原がどうのとか以前に、生徒が二人以上いる学校に通うこと自体が生まれて初めてなのに。


 ……どうしよ……


 なんだか心細くなる。たまたま先輩が通りかからないかな、なんて廊下に面した窓にちらっと視線を向けてしまう。

 ため息。

 気を取り直して机の水晶板を操作し、午後の授業を確認する。

 

 これはびっくりしたんだけど、高天原学園では入学式の日の午後からもう普通の授業が始まる。基本的には学年の全員が中等部からの持ち上がりで顔見知りだから、高等部に入ったって言っても学年が変わったくらいの感覚なのかも知れない。


 ……えっと、最初が'「統計力学」で、次が「式神操作Ⅰ」で、それから校庭で「実戦演習」……


 高天原で学生が学ぶ内容は本当に多岐にわたる。もちろん地上の普通の学校でも量子神道の基礎くらいは教わるけど、ここでの内容が量も質も桁違いなのは入学前に送られてきた教科書とか自習用の資料とかを見れば一目瞭然だ。


 そもそも量子神道は宗教と科学の混ぜ合わせだから、優れた神職になるにはその両方をきちんと基礎から学ばないといけない。

 加えて高天原は軍事技術の最先端でもあるわけだから、僕たちは神卸なんかの実技に軍事学、祈願炉工学や符術情報理論の初歩にも触れることになる。


 二年とか三年とかになるとそれぞれの進路に応じて専門の講義を受けるんだけど、一年生のうちは広く浅く、将来どんな道に進んでも良いように「色んな専門の基礎の部分」を一通りやらされることになる。


 ……いや、ほんとに何から手を付けたらいいの? これ……


 小学校や中学校で教わらない量子神道のあれこれは祖父ちゃんに習ったけど、祖父ちゃんの教え方って実戦的っていうか「習うより慣れろ」が基本だったから、ちゃんと授業について行けるか今ひとつ自信がない。

 早くも不安だらけ。

 放課後は料理部に顔を出して色々教わろう、なんて考えながら、僕はスマホを取り出して先輩の連絡先を開き、


「──ねえ!」

 

 いきなり、後から声。

 しばらく考えてから自分が呼ばれたのかも知れないって気付いて、おそるおそる振り返る。


「えっと、僕?」

「そう!」

  

 勢いよくうなずいた女子生徒が身を乗り出して、ぐいっと顔を近づけてくる。

 短めの髪に大きな目の女子生徒は元気溌剌って感じで笑い、僕の両手を強引に掴んでぶんぶんと上下に振った。


「わたし美羽みう! 水瀬美羽みなせみう。よろしくね、御厨宗一郎君!」 


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