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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
弐ノ舞

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ようこそ高天原学園へ⑤

 会議机の全員の視線が集中した。

 息を呑む僕の前で、押見副会長は困ったみたいな視線をゆっくりと隣の氷川先輩に移した。


「氷川さん、あなたこの事は」

「御厨君が気絶している間に学園長からね。……つまり、学園長もご承知だよ」


 うわマジか、なんて戎さんの呟き。

 僕はわけがわからずにその場の全員を見回して、


「え? えっと、僕、何か……」

「大丈夫、きみが悪いわけじゃないんだよ」

 先輩が僕の体を強く抱き寄せ、

「だけど、この問題は複雑なんだ。……高天原学園の生徒が市政府の警察や軍隊よりずっと強いっていう話を天鳥船の中でしたのを覚えているかい? その事は地上の日本政府もよく理解していてね。彼らは高天原が日本から離れて勝手な事を始めるんじゃないかって常に目を光らせているんだ」


 一息。

 細い指が僕の髪をそっとなぞり、


「この高天原の行政を司る市政府は、日本政府の直轄の組織だ。これは空の上で私たち神職を野放しにしないためのくさびのようなものでね。高天原学園の学園長と市政府の市長とでは、名目上、市長の方が立場が上ってことになっているんだよ」

「だが、それはあくまでも名目だ」

 生徒会長が言葉を引き継ぎ、

「市政府は学園の運営に干渉せず、学園は行政に口を挟まない。それが高天原設立以来、四十年の不文律だ。市長には学園に生徒を推薦し入学を許可する権限が与えられているが、その権限が行使されたことはこれまで一度もない。──御厨一年生、君が第一号だ」

 

 思わずぽかんと口開けてしまう。

 今日は本当に色んなことがあって驚きっぱなしだけど、これはその中でも特大だ。


 ……な、なんでそんな……


 祖父ちゃんは死ぬ間際に「自分が死んだら高天原に行け」って言い残した。それからしばらくして招待状が届いて、だから僕はこれが祖父ちゃんが言ってた「天命」なんだろうって思って、こんな空の上まで一人でやってきた。

 そんな政治だのなんだの、陰謀みたいな話に自分が巻き込まれてたなんて初耳。

 しかも、問題はたぶんそれだけじゃない。


 氷川先輩は世界で最高の神職、三名家の跡取りだ。だけど氷川家が司る「須佐之男命」は十年前の東方神域戦争を最後に呼びかけに答えなくなって、先輩は依代としての役目を果たせずにいた。

 その須佐之男命を僕が呼び出してしまった。

 学園と潜在的な敵対関係にある高天原市長の入学許可証を持ってきた、僕が。


 ……もしかして、これ、めちゃくちゃややこしい状況なんじゃ……


 心臓がばくばくと音を立てる。冷たい汗がべったりと背中を濡らして気持ち悪い。

 どうしたら良いのかわからない。

 祖父ちゃんはなんで、僕に高天原に行けって──


「あらあら。生徒会長、そんなに宗一郎さんをいじめるものではありませんわよ」


 いきなり、からかうみたいな声。 

 驚いて瞬きする僕に、押見副会長がくすりと笑い、


「事情はどうあれ、彼が悪意を持ってここに来たなんて私にはとても信じられませんわ。そもそも、氷川さんの命の恩人を粗略に扱うだなんて、信義にもとるのではありませんこと?」

 

 生徒会室を包んでいた冷たい空気が和らぐ。

 深々とため息を吐いた生徒会長が眼鏡を外して両目を強く押さえ、


「その通りだな。……御厨一年生。何よりもまず、氷川執行役員の件について礼を言うべきだった。あらためて謝意を伝えると共に、最初に伝えるべき言葉を欠いた件について謝罪する」

 深々と頭を下げ、ゆっくりと顔を上げて眼鏡をかけ直し、

「その上で、高等部生徒会としての決定だ。……まず、君と須佐之男命の関係についての調査は学園長の判断を待たなければならない。そこで当面、天鳥船で須佐之男命を召喚したのは氷川執行役員であったこととし、君は事件に巻き込まれて共に解決に当たった協力者とする。いいな」

「え? あ、は──」


 はい、って言いかけて、氷川先輩の顔をちらっとうかがう。

 うなずいた先輩がようやく僕を抱きしめる腕をちょっとだけゆるめ、


「私の実家への説明は?」

「事実をありのままに伝えるべきだろう。君が本当に須佐之男命を呼び出したなどと信じられてしまっては大事だ」

 そう言って生徒会長は僕に視線を戻し、

「天鳥船の事件の詳細と、入学許可証の件についても口外は謹んでくれ。念のために誓約をかけさせてもらう。──中臣」


 はい、って立ち上がった中臣書記が神符を一枚放り投げると、光る文字で編まれた細い鎖が僕の腕に巻き付いて肌の内側に吸い込まれる。

 冷たい何かが骨に直接触れた感覚。正直、ちょっと気持ち悪い。


「事実を口外出来ないよう術を施しました。会長が今おっしゃった事実を誰かに伝えようとした場合、あなたはほんの数秒、自分が何を話そうとしていたのかを思い出せなくなります」

 規則正しい動作で椅子に座り直し、ノートに何かを書き留めて、

「効果は三日ですが、その頃には体の方が覚えますので、意図して誰かに秘密を明かそうとしない限り『うっかり口にしてしまう』ということはなくなります。どうぞ安心を」

「ええっ……」


 そういう術をかけるなら先に言って欲しい──なんて抗議の声を上げる間もなく生徒会長が一つ手を叩き、


「では、これで本件に関する討議はいったん終了とする。氷川執行役員、御厨一年生、くれぐれも言動に注意を払ってくれ」

「もちろん可能な限り気を付けるとも。……さあ、行こうか御厨君」

 

 先輩が一度だけ僕の体をぎゅっとしてからするりと腕をほどく。細い手に引かれてどうにか立ち上がる。

 途端にどっと疲れが押し寄せて、先輩の体にもたれてしまう。

 喉がからからで、自分がとんでもなく緊張してたんだってようやく気付く。


「まあ、いけない」

 副会長がわざとらしく目を丸くして、

「会長がいじめるからですわよ。反省なさってくださいまし」

「押見……」


 言いかけた生徒会長が深々とため息をつき、憮然とした表情で頭をかく。

 無表情のまま、ぷっ、と小さく吹き出す中臣書記。

 その隣で会計の戎さんが声をあげて笑った。


「ま、これに懲りず時々遊びに来てくれ。何しろ氷川執行役員はさっぱりこの部屋に顔を出さないからな。御厨少年が説得してくれれば少しは付き合いが良くなるかもしれん」

 

           *

       

「……本当によく頑張ったね、御厨君。気分はどうだい?」


 風に吹かれた草のざわめきが、夕暮れ時の森の中に響いた。

 高等部の校舎を離れて少し歩いた小道の途中。僕は生い茂る木々の梢を見上げて、うーん、って勢いよくのびをした。


「だいぶ良くなりました。……ここはうちの田舎の山みたいで落ち着きます」


 空気がきれいっていうか透明っていうか、とにかく祖父ちゃんと過ごした神社と同じ気配を感じる。

 まあ、ここは高天原だから、藪からいきなり猪が飛び出しきたりはしないと思うけど。


 というか、今さらだけどこの島に普通に空気があるのって驚き。

 地上から二万五千メートルも離れてるってことはエベレストの山頂よりずっと気圧が低くてついでに寒いはず。

 量子神道でどうにかしてるんだろうけど、こんな広い島全体に空気を行き渡らせるなんてすごい技術だ。


「それは何より」

 先輩はつま先でくるっと振り返り、木々の向こうに遠ざかっていく校舎を見上げて、

「……生徒会のことだけどね、あまり悪く思わないであげて欲しいんだ。彼らは学園の代弁者としてやらなければならないことをやっているんだからね」


 わかってます、ってうなずく。特に生徒会長なんかは、あんまり言いたくないことを頑張って言ってるんだろうなあっていう空気が伝わってくる。


「それで先輩、僕たちどこに行くんですか?」

「心配ご無用。とても良いところだよ」

 巫女装束をくるっと翻した先輩が、軽快なステップで僕の前を進み、

「何しろ、私はまだ、きみにバイト代を払っていないんだからね」

「バイト代……?」


 しばらく首を傾げてから思い出す。天鳥船でも先輩はそんなことを言ってた。自分の仕事を手伝ってくれたらバイト代ははずむとか何とか。

 だけど──


「いいですよ、僕は別にバイト代なんて」


 真っ白な巫女装束の背中に声を投げる。先輩と一緒に戦ったのは成り行き半分、自分がやりたかったのがもう半分で、報酬のことなんか今の今まで忘れていた。

 それに、先輩を守ったんだっていうこの誇らしい気持ちがお金に変えられてしまうの何か違うっていうか、嫌っていうか……


「──御厨君」


 いきなり声。

 巫女装束の長い袖がふわりと揺らめいたと思った次の瞬間には、ぐいっと突きつけられた先輩の顔が目と鼻の先にある。

 微かな吐息が頬をくすぐる。

 目を丸くする僕の顔を、夜の星空みたいな瞳が真っ直ぐに見つめて、


「きみはわかっていないのかも知れないけどね……きみは私の命の恩人で、私は本当に嬉しかったんだよ?」


 心臓がどきっと音を立てる。何て言えばいいのかわからない。

 と、くすりと小さな笑い声。

 先輩は白くて細い指で僕の前髪をちょいっと整え、くるっと背中を向けて、


「そういうわけで、きみには是非ともお礼をしなければならないのさ。手間を取らせるけど、少しだけ付き合ってくれたまえ」

「は、はい!」


 軽やかに歩き出す先輩に続いて小道を進む。しばらく進むと周囲の木々が急に途切れて、ぽっかりと開けた広場みたいな場所に出る。

 目の前には四角いコンクリートの、建物とも言えないような古びた小さな倉庫。


「さ、着いたよ」

「ここ……ですか?」

 

 何だろうって首を傾げる僕の前で、先輩が数枚の神符を放り投げる。小さな符が錆びた金属の扉に貼り付くと、光る文字で編まれた五芒星が扉の表面に一瞬だけ浮かんで消える。


「見てくれなんてただの飾りさ。大切なのは中身だよ」


 重苦しい響きと共に開かれていくスライド式の扉。

 その向こうに現れる空間に、僕は目を丸くする。


 扉の向こうは狭いながらもきちんとした和式の玄関。正面には開け放たれた立派なふすまがあって、その先は畳敷きの立派な和室になっている。

 和室の右手側の障子はこちらも開けっ放しになっていて、広くてぴかぴかの台所が見える。いかにも最先端の調理道具を集めましたっていう雰囲気の台所には使い込まれた鍋とかお玉とか積み上げられていて、レシピ帳らしい手書きのノートが無造作に放り出されている。

 玄関からは和室をぐるっと迂回する形で左奥へと廊下が続いていて、そっちにもまた別な扉があるのがわかる。

 かなり広い……っていうか、どう考えても外から見た倉庫に収まるサイズじゃない。


 和室の壁に貼り付けられた半紙には、見事な達筆で書かれた「部員名簿」の文字。

 思わず、おお、って歓声を漏らす僕に、振り返った氷川先輩が照れたみたいに笑った。


「ようこそ高天原学園料理部へ。……御厨君、きみは我が部創設以来、最初のお客様だ」


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