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神式駆動カーニバル【第二幕開幕】  作者: 三枝零一
弐ノ舞

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ようこそ高天原学園へ④

 押し開かれた重厚な扉の向こうは、何となく想像していた「生徒会室」とは全然別の空間だった。

 壁一面の古い祭具や額縁入りの古文書の数々に彩られた博物館の展示室みたいな室内を見回し、僕は思わず感嘆のため息を吐いた。


「御厨一年生、掛けたまえ」


 視線で来客用のソファーを示した秩父生徒会長が、自分は部屋の真ん中、漆塗りの立派な会議机の奥に座る。

 黒い会議机には二年生の徽章──つまりは氷川先輩と同学年の証を制服の胸元に付けた男子生徒と女子生徒が座っている。

 気安い所作で軽く手を振る男子生徒の隣で、女子生徒が黙々とノートに万年筆を走らせる。


 うっ、てちょっと緊張しつつソファーに腰を下ろすと、氷川先輩が隣に座って巫女装束をぴたっと寄せてくる。

 途端に生徒会長が顔をしかめ、


「……氷川執行役員。君の席はそこじゃない、こちらだ」


 黒縁メガネの奥の視線が会議机の一角、執行役員の札が置かれた席を示す。

 だけど、先輩は澄ました顔で肩をすくめ、


「硬いことを言わないで欲しいな、生徒会長殿。私は御厨君の保護者だからね。隣に座るのが当然さ。そうだよね?」

「せ、先輩! ちょっと!」


 わざとらしく僕の首に両腕を回す先輩にどぎまぎしてしまう。やっぱりなんだけど、巫女装束からは甘いっていうか、花畑みたいな良い匂いがする。


 びきっ、って音がしそうな顔で、額に青筋を浮かべる生徒会長。

 会議机の男子生徒が「あーあ」って言いたそうな顔で明後日の方を見上げ、女子生徒の方が万年筆を動かす手を一瞬だけ止めて、ぷっ、っと小さく吹き出し、


「お待たせしました。……あらあら大変、もう始まっていますわよね?」


 音もなく開かれる生徒会室の扉。

 とっさに振り返る僕の目の前をしずしずと横切って、さっき生徒会長と演舞をやっていた茶色い髪の女子生徒が会長の隣に優雅に腰を下ろす。


「遅いぞ、押見」

「文句を言いませんの。演舞の後なんですもの。殿方と違って女には色々と身支度がありますのよ」


 澄ました顔で言い返す女子生徒に、生徒会長が「まったく」と頭をかいて、


「御厨一年生、紹介しよう。彼女は生徒会副会長……」

押見澄葉おしみすみはと申します。よろしくお願いしますね、御厨宗一郎さん」


 たおやかに微笑む押見副会長。

 と思ったら、何だか意味ありげな視線を僕と氷川先輩に向けて、


「それにしても、今日出会ったばかりというお話ですのにずいぶん仲がおよろしいんですのね。なんだか妬けてしまいますわ」

「え……!」


 慌てて先輩から離れようとした途端、細い腕にぎゅっと抱きしめられてしまう。

 ちらっと横目にうかがうと、日本人形みたいな端正な顔には「何もしていないよ」みたいな澄ました笑み……なんだけど、どうしてだか頬がほんのり赤い。


「御厨君をからかわないで欲しいな、副会長殿。彼はとても純真な少年なのだからね」

「あら失礼。そんなつもりはありませんの。……ただ、氷川さんが殿方に執心するお姿なんて初めて見たと思いまして」


 ふふっと笑う副会長に、先輩がどうしてだか明後日の方に視線を泳がせる。

 と、生徒会長がわざとらしく咳払いし、


「押見、話を脱線させないでくれ。……えびす中臣なかとみ、自己紹介を」


 会議机の残る二人、男子学生と女子学生に視線を向ける。

 それぞれにうなずいた二人が椅子から腰を浮かし、

 

「生徒会会計、戎蓮司えびすれんじだ。名前の通り恵比寿神社の出でな、金勘定は得意だが神卸だの何だのの腕はさっぱりだ! よろしくな、御厨少年」

「……書記の中臣真白なかとみましろです。押見副会長の発言は八割が戯れ言ですので聞き流して下さい。それと、秩父会長は怒っているのではなく何事に対しても過剰に真剣なだけですのでご心配なく」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 先輩に押さえられたままどうにかうなずく。正直、そんなにいっぺんに名前を言われても覚えられそうにない。

 何だっけ。秩父生徒会長に押見副会長。会計の戎さんに、書記の中臣さん──

 

 あれ? っていきなり気付く。

 会議机の向こうで微笑む副会長の顔をまじまじと見つめ、


「あの……『押見』って、三名家の」

「まあ、よくお勉強なさっていますのね」

 感心感心、ってうなずいた押見副会長がセーラー服の胸に手のひらを当て、

「ご想像の通り。月読神社の創祀者、押見宿祢おしみのすくねを祖にいただく由緒正しき家名ですわよ。付け加えますと、秩父会長は八意思兼神やごころおもいかねのかみを奉る秩父神社の跡取り。戎会計は先ほどご本人がお話し下さった通りで、中臣書記は天児屋命あめのこやねのみことにゆかりの方。……ええ、本当に。皆さま生徒会に相応しい素晴らしい家格をお持ちの方ばかりで、わたくしも鼻が高いですわ」


 優雅に微笑む副会長を、僕はまじまじと見つめてしまう。ものすごい肩書きが次から次へと飛び出してきて、田舎の小さな神社で育った自分には想像も出来ない世界に来てしまったんだなあってあらためて感心する。

 だけど、同時にちょっとだけ違和感。

 確かに副会長の話とか態度とかは「由緒正しい貴族のお嬢様」って感じなんだけど、目が全然笑ってないっていうか、すごくつまんなそうっていうか、「だからどうした」って言いたそうっていうか……


「押見、冗談はそのくらいにしておけ。話を戻すぞ」


 と、割って入る声。

 生徒会長はくたびれた顔で深々とため息を吐き、急に真面目な表情に戻って、


「早速だが、天鳥船の事件についてだ。……御厨一年生、氷川執行役員。学園長からも一通りの話は伺っているが、もう一度、君たちの口から説明が聞きたい」


        *


「……なるほど、話はわかった」


 詳しい話をするのに、一時間くらいかかった。

 天鳥船にテロリストが乗り込んできてから、僕があの機械の腕でこんを倒すまで。全部の顛末を聞き終えた生徒会長は黒縁眼鏡を外し、指先で両目を押さえて、ふー、って息を吐いた。


「しかし、神格解放戦線にこんな思い切った行動に出る余力があったとは想定外だな」

「良いスポンサーでも見つけたんっしょ。……や、スポンサーじゃないか。体よく利用されたわけですし」

 会計の戎さんが頭の後で両手を組んで天井を見上げ、

「天鳥船のセキュリティ抜くのも、祈願炉を上書きするのに使ったこんの因子を調達するのも、あの人たちじゃ無理っすよ。銃が山盛りに補充の人員もです。……ダメ元で金の流れとか追ってみます?」

「頼む」


 へーい、って答えた戎さんが学生服のポケットから神符を何枚か取り出して後ろに放り投げると、それぞれの符が光る文字で編まれた大きな鯛に姿を変える。

 空中でくるりと輪を描いた鯛が、生徒会室の壁をすり抜けてどこかに消える。


「『恵比寿鯛』ってな。我が家に代々仕えてくれてる式神だ」

 

 目を丸くする僕に、戎さんがにやって笑う。

 と、副会長が面白くてたまらないっていう顔で会議机に頬杖をついて、


「まあ、連中のことはいいですわ。それより早く本題に入りましょう? 天鳥船がこんに変成して、氷川さんが大ピンチになって、それを宗一郎さんが颯爽と助けたんですわよね? ──須佐之男命の力を借りて」


 書記の中臣さんがぴたっと万年筆を止め、隣で戎さんが椅子にきちんと座り直す。

 生徒会室の温度が急に下がったみたいな錯覚。

 さすがに僕にもわかる。この人たちにとってはもう解決した天鳥船の事件より、スサノオが僕に応えたことの方が遙かに重要な問題なんだ。


「氷川執行役員、心当たりは?」

「わかれば苦労はしないよ」


 生徒会長の問いに先輩が肩をすくめる。細い両腕は僕の体を抱きしめたまま。解放してくれるつもりはないらしい。

 

「顕現したのは『腕』だけという話だが」

「御厨君が接続できたのは『手』までだね。手首から肘までの部分は私が補強したよ。とはいえ、彼が重要な鍵なのは間違いないみたいでね。後で私一人でも神卸が出来ないかと試してみたのだけど、うんともすんとも言いやしない」


 ぽんぽんと飛び交う言葉を僕は黙って聞く。知りたいことは山ほどあるんだけど、さっき「きみはまだ知ってはいけない」って釘を刺されたばっかりなので我慢する。

 と、ふむ、ってうなずいた生徒会長が黒縁眼鏡をまっすぐ僕に向け、


「御厨一年生、君には何か思い当たる節はないのか? スサノオを呼び出した際の状況は先ほど説明してもらったが、例えば何か声を聞いたとか、過去に須佐之男命にゆかりの神社で修行をしたことがあるとか」

「何かって言われても……あの時は必死で、何が何だかわからなくて……」

 しどろもどろに答えたところでふと気がついて、

「でも、そういえば夢を見ました」


 夢?ってその場の全員の声。氷川先輩もちょっとびっくりした顔で僕を見つめ、


「御厨君、夢っていうのは?」

「展望デッキで気絶して、先輩に運んでもらってる途中で見た夢です。……どこかの平野で天使の大軍が攻めてきて、僕と同い年くらいの誰かがいて、それで、その誰かが何百メートルもある巨大ロボットみたいなのを呼び出して……」

「そこまでだ、御厨一年生」


 鋭く遮る生徒会長の声。

 驚いて顔を上げ、生徒会室の空気がおかしいのにやっと気がつく。

 さっきまでの冷たさなんかまるで比べものにならない。秩父生徒会長や戎さんや中臣書記はもちろん、押見副会長までもが強張った顔で視線を逸らしている。

 わけが分からない。ただの夢の話なのに、どこにそんな問題が──


「御厨君、その話もしばらくは禁止だ」

 

 と、氷川先輩の静かな声。

 驚いて見つめる僕に、夜の星空みたいな瞳がぎこちなく笑い、


「夢の内容はもちろん、見たっていうこと自体も誰にも話してはいけない。約束出来るね?」

「え? は、はい!」

「よろしい。……大丈夫、きみは何も心配しなくても、私が上手くやるから」


 慌ててうなずく僕に先輩は微笑むけど、巫女装束に包まれた体がはっきりと強張ってるのがわかる。

 背中に回された手が、ぎゅっと制服を握りしめる感触。

 僕は無意識に指をのばし、細い腕に触れようとして、


「実は問題はもう一つある。……御厨一年生、君の入学許可証を出してくれるか?」


 生徒会長の声。

 僕は慌てて指を引っ込め、ソファーの端に放り出したままの鞄に手を伸ばす。

 取り出した紙の手紙をおそるおそる差し出すと、歩み寄った中臣書記が「お預かりします」って受け取って会議机の真ん中に広げる。

 たちまち、また一段冷たくなる生徒会室の空気。

 会議机を囲む会長以外の三人の表情が、今度こそ完全に凍り付く。


「『高天原学園高等部への入学を許可する。天空神学研究都市「高天原」市長、菅原天命』……」


 あらまあ、って小さな呟き。

 文面を読み上げた押見副会長が、唇に人差し指を当てて小首を傾げた。


「宗一郎さん……あなた、面白いものを持っていらっしゃいましたのね」


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