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神様なんて、と思うのなら。  作者: REINA


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第二章 『光と影』


中学2年の冬。


放課後の教室には、冬の白い光が差し込んでいた。

窓際の机に反射した光がゆらゆら揺れて、

粉雪のように舞う埃がきらきらと見える。


その静かな風景とは裏腹に、

教室はクリスマスの話題でざわめきに満ちていた。


「クリスマスどうする?」

「昨日のドラマ、めっちゃおもしろかった!」

「スーファミの新しいソフト買ってもらうんよ!」


楽しげな声が、あちこちで弾んでいた。

その輪のどれにも、澪奈は入れない。


会話に混ざろうとする以前に、

自分が“そこにいない人間”みたいに扱われているのを、はっきり感じていた。


(1人でいるのには、もう慣れた)

(でも──クリスマスだけはほんまに嫌い)


澪奈の家では、クリスマスはただの「冬の日」だった。

飾りつけもケーキも、家族で囲む食卓もない。

道代の仏間から聞こえる祈りの声と、冷たい廊下の匂いだけが、毎年の記憶に残っている。


だから、教室を満たす浮かれた話題は、

澪奈には遠い国の出来事のように思えた。


良い子にしてたらサンタクロースは来るんだって!


小学生のころ、何度も耳にしたそんな言葉がよみがえる。


誰がそんな残酷なことを言い出したのか、それによって深く傷つく子供がいるということを世間は気にもしないんだろう。



キラキラした目で喋るクラスメイトたちを見ていると、ふとそんな思いにかられ、


(……気楽でええな)と、胸の奥がざらついた。



カバンを肩にかけ、澪奈は教室を出た。

廊下は外気で冷えていて、冬の風が頬を刺す。


階段を降り靴箱のほうへ向かうと、人の流れが途切れた角に、ひとりの女の子がいた。


白い息をふっと吐いて、

上履きをそっと揃えて脱ぎ、ローファーを丁寧に履く。

どこか頼りなげで、静かな仕草。


澪奈はその背中に、自然と足を向けていた。


「……咲良ちゃん!」


呼びかけると、咲良はびくっと肩を揺らして振り返る。


「あ、澪奈ちゃん..」


控えめで、申し訳なさそうな優しさがにじむ声。


「一緒に帰ろう?」


澪奈が言うと、

咲良は一瞬まばたきして、小さく笑った。


「うん……ええよ、行こ?」


その“遠慮した頷き”が、澪奈には心地よかった。


冷たい玄関の空気の中、

咲良のやわらかい声だけが澪奈のそばに寄り添う。


──


歩きながら、澪奈は思い出す。

初めて咲良の家へ行った日のこと。


玄関を開けた瞬間、

温かい空気がふっと頬を撫でた。

夕日がさし込むリビング。

整えられた勉強机。

鍵盤の蓋がきちんと閉じられたグランドピアノ。


「おかえり、咲良。お友達?」

優しい声といっしょに、ロールケーキと紅茶が運ばれてきた。


大切にされている匂い。


澪奈には、まるで“幸せのお手本”みたいに見えた。


(咲良は私がほしいもの全部もっとるんやなぁ)

(いいな……私は何ひとつない)


胸の奥で黒い波がざわっと立つ。


来週コンクールがある、と咲良は無邪気に笑った。


(1日でいい。半日でもいいから、咲良と変わりたい)


その願いだけが胸の底に沈んだまま腐らず残っていた。


──


沈黙を破るように澪奈は言った。


「……昔話のアニメの最後に流れる歌あったやん。

 帰ったらあったかいご飯食べて、お風呂入って、

 ふかふかの布団で寝る……みたいな」


咲良は「うん」と柔らかく笑う。


澪奈は俯き、声を落とした。


「うちさ……皆みたいに誕生日もクリスマスもないし。

 あったかいご飯も、お小遣いも……なーんにもないんよね」


冬の風がふたりの間をすり抜けていく。

木の影が足元で揺れた。


「だから咲良が羨ましいわ。

 咲良みたいな家で産まれたかった」


初めての本音だった。


「私な……ずっと思っとる。

 ――自分って人間以下なんかなって。

 どれだけ頑張っても、認められたことなんて一回もない」


咲良は立ち止まり、澪奈の横顔を見つめた。


「そうやったんや……

 うちもおばあちゃんはガミガミうるさいけどな」


小さく笑ってから、真っすぐに言う。


「澪奈ちゃん。

 うち、何もできんかもしれんけど……

 できることあったら言うてな?」


その声は、胸に痛いほど優しかった。


(なんでそんなふうに言えるん)

(あんたみたいに大事にされとる子には私の気持ちなんて絶対わからんやろ)


そう思いながらも、その優しさが

澪奈の心のいちばん奥に、小さな灯りをともしていく。


嫉妬と温もりと寂しさが混ざり、胸の奥がぐちゃぐちゃに揺れた。


冬の冷たい風の中でも、ふたりの足音は並んで響いた。


──


休みの日。

ふたりはよくコンビニに寄った。


「うちお金ないけど、咲良ちゃん持っとるん?」


「うん。お小遣い使ってないから。

 私が澪奈のも買うよ」


咲良は笑って言う。

その笑顔すら、澪奈には憎たらしく嫌味にみえた。

咲良のほうが上で、自分は下かのように思えたからだ。


「何買う?」


澪奈はパンやお菓子をかごに入れた。

焼きそば、パン、チョコ菓子。


三回目の同じ光景のあと、

咲良の笑顔は少し固くなった。


「ありがとう」と言えれば楽だった。

けれどその言葉は喉を通らない。


代わりに出たのは、違う言葉だった。


「お金持ちなんやから……これくらい当たり前やろ?」


自動ドアが開き、冷たい風がふたりの髪を揺らす。

咲良の表情が少しだけ陰る。


「……うん」


その笑顔は弱々しく、

冬の光に溶けるみたいに頼りなかった。


「なに笑っとん。

 ほんま、咲良みたいにのほほんと生きてる人、嫌いやわ」


その言葉は、胸の奥の黒い波が一気に吹き上がって

勝手に形になったものだった。


咲良は言葉を失った。

悲し顔が、冬の色と同じように淡く沈む。


誰かを傷つけるとき、

人はこんなにも静かなんだと知った。


“お前なんて”と吐き捨てた道代と、

自分が重なった気がした。


(あんなふうにはなりたくないのに)


その心の声に、澪奈は気づかないふりをした。


胸の奥で揺れる黒い影だけが、

ゆっくりと大きくなっていくのを感じながら。


咲良と別れ、家に向かう途中、澪奈は心の中で叫んでいた。


(嫌いだ。何もかも!


親も、幸せそうに笑う咲良も、それを妬む自分も!


自分なんて…いなくなってしまえばいいのに!)



田んぼに囲まれた細道で


溢れてきた涙がこぼれないように澪奈は空を見上げた。


ゆっくりと流れていく雲を見ていると心が落ち着くのを感じた。


ふっと心に落ちてくる言葉が


澪奈を戒めていた。




──憎しみや悲しみは膨らんで連鎖していく。


その連鎖はどこで断ち切られるのだろう。

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