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第36話:赤錆の悪名と、消えた狐獣人

 冒険者ギルドの裏口から、男たちがこっそりと抜け出していく。


 彼らの中心には、大柄な男の肩に担がれた、ぐったりとした小柄な少女、リナの姿があった。


 薬の効果は覿面てきめんで、彼女はピクリとも動かない。


「おい、ヴァーク。誰にも見られてねぇだろうな?」

「ああ、ギルドの連中は奥で酒盛りだ。真面目ぶった連中も今は出払ってる」


 このパーティのサブリーダーであるヴァークは、担いだリナの重みを感じながら、ニヤリと笑った。


 路地裏を抜けていく最中、数人の一般市民や酔っ払いとすれ違う。


 彼らはヴァークたちが担いでいる少女を見て一瞬ぎょっとした顔をしたが、ヴァークが「あーん?」と凄むと、関わり合いになるのを恐れて足早に去っていった。


 あえて隠しすぎず、かといって騒ぎにはしない。この街の暗部に慣れた市民たちの「見て見ぬふり」を利用し、一行は街外れにある廃倉庫のような小汚い小屋へとたどり着く。


「へへ、じゃあ俺たちゃ外で見張っとくぜ」

「おう、急げよヴァーク。俺たちもおこぼれに与かりてぇんだからな」

「わかってらぁ。そう急かすな」


 仲間の冒険者たちは下品な笑い声を残し、小屋の外へと出て行った。


 静まり返った小屋の中、埃っぽい長椅子の上に、ヴァークはリナを乱暴に放り出した。


 薄暗いランプの灯りが、無防備に横たわるリナの姿をぼんやりと照らし出す。


 ヴァークはその幼い肢体を、獲物を品定めするような粘着質な視線で舐め回した。


 整った顔立ちに、あどけなさの残る寝顔。

 そして何より、髪の間から覗く銀色の狐耳と、ぐったりと力の抜けたふさふさとした尻尾が、ヴァークの嗜虐心をこれ以上なく煽り立てる。


「へっ、上玉じゃねぇか。獣人ってのが気に食わねぇが……ま、だからこそいい」


 この国において、獣人は人間族よりも下位に見られる傾向がある。


 表向きの法律では、他者の所有奴隷でない限り、知性ある種族を物のように扱うことは禁じられている。


 だが、法の目が行き届かぬこのような場所では、そんな建前など紙切れ同然だ。


 目の前にいるのは、抵抗すらできない小柄な獣人。

 ただ、己の欲望をぶつけるのに手頃な「肉」がそこにある。


 ヴァークが手を伸ばすと、眠っているはずのリナの狐耳が、本能的な恐怖を感じ取ったのか、ぴくりと震えた。

 その小動物的な反応が、たまらなく彼の加虐心を刺激する。


「いい反応だ。泣き叫ぶ時はもっといい声を出すんだろうなぁ」


 ヴァークは舌なめずりを一つすると、震える手でリナの衣服に手をかけた。

 荒い息遣いと共に、ヴァークの手がリナの軽鎧の留め具を外していく。


 革のベルトが床に落ち、上着が剥ぎ取られる。

 露わになった白い肌と、その下で慎ましやかに身体を覆う木綿の肌着。


 それはまだ新しく、汚れ一つない純白さを保っていた。


 薄暗く汚れた小屋、下卑た自分たち、そしてそこに横たわる無垢な白。

 その対比が、ヴァークにとってはこの上ないスパイスとなる。


これをこれから自分色に染め上げ、汚してやるのだという背徳感が、彼の理性を完全に焼き切った。


 まだ、リナは目を覚まさない。



 †



 ――少し時間を遡る。

 深夜の静寂が街を包んでいた。


 ふと目が覚め、何気ない予感に突き動かされるようにして、私は馬小屋の藁の中から身を起こした。


「……リナ?」


 返事はない。隣を見ても、彼女が丸くなって寝ていたはずの場所の藁が、冷たく窪んでいるだけだ。


 トイレだろうか。いや、それにしては気配がない。

 私は馬小屋の隅々まで、干し草の裏や飼い葉桶の陰まで確認した。


 いない。

 書き置きがあるはずもない。そもそも、紙もペンも持っていないのだから。


 嫌な汗が背中を伝う。ただの夜風に当たるだけの散歩にしては、時間が遅すぎる。それにリナは、何も言わずにいなくなるような性格ではない。


 私は枕元に置いてあった錆びた剣を掴み、腰に差した。


 こんな錆びた鉄塊が何の役に立つかはわからない。だが、もしリナが何らかのトラブルに巻き込まれているのなら、丸腰で行くわけにはいかなかった。


 私は馬小屋を飛び出した。


 深夜の街を走り回る。

 まずは私たちが普段使っているスラムへの道。そして、日中歩いた大通り。


 夜の闇に沈んだ市場の屋台の陰や、酔っ払いがたむろする路地裏まで、息を切らせて探し回る。


「はぁ、はぁ……どこだ、リナ……!」


 胸を焼くような焦燥感と、悪い予感が頭から離れない。


 あいつは責任感が強すぎる。私が金策に行き詰まったのを見て、何か馬鹿なことを考えているのではないか。


 どこにもいない。

 途方に暮れかけた私の足は、藁にもすがる思いで、ヘンリック氏が宿泊している高級宿へと向いていた。


 深夜の訪問に、宿の主人は警戒心を露わにした。


「なんだお前は。もう夜分だぞ」

「お願いします! ここに泊まっているヘンリックさんという方に、どうしても急用があるんです!」

「常識を考えろ。いくら知り合いでも、こんな時間に……」

「連れの少女がいなくなったんです。心当たりがあるかもしれない。呼び出してもらうだけでいいんです、お願いします!」


 私の必死な形相と、なりふり構わない大声に、主人は渋々といった様子で頷いた。


「……わかったから騒ぐな! 少し待ってろ」


 長く感じる数分の後、不機嫌そうな主人に連れられて、ヘンリック氏が階段を降りてきた。寝間着の上にガウンを羽織り、眠い目をこすっている。


「……カイトさん? こんな時間に騒々しいですが、何事ですか」

「リナがいなくなりました。心当たりを探しましたが、どこにも」


 私の切迫した様子を見て、ヘンリック氏から眠気が消えた。


「あのような真面目な方が……。ふむ、落ち着いてください。すぐに着替えてきます」


 ヘンリック氏は部屋へ戻ると、数分とかからずに旅装に着替えて戻ってきた。長年のフィールドワークで慣れているのか、その手際は早かった。


「お待たせしました。彼女が黙っていなくなる理由に、心当たりは?」

「……私が、ヘンリックさんに前借りを断られたのを見ていました。彼女のことだ、自分でなんとかしようと、金策に走ったのかもしれません」

「なるほど、責任感の強そうな彼女ならあり得ますね。だとしたら、向かう先は商工ギルドですか?」

「そのはずです。まずはそこで仕事を探そうとしたはずです」

「ならば、まずはそこへ。行きましょう」


 商工ギルドの夜間受付へ向かう道中、私は走る速度を緩めずにヘンリック氏に言った。


「すみません、巻き込んでしまって」

「今は謝罪より捜索です。しかし、商工ギルドに仕事がなければ、彼女はどうするつもりでしょう」

「……考えたくありませんが、もっと手っ取り早く金になる場所へ行くかもしれません」


 商工ギルドに到着し、カウンターで事情を話す。


 対応した職員は首をかしげたが、奥から別の職員が慌てた様子で出てきた。


「あ、あの! その件でしたら、私が……」


 リナと話をしたというその職員は、申し訳無さそうに言った。


「高額な即金依頼を探しておられたのですが、当ギルドでは紹介できず……その、冒険者ギルドへ行くように案内したんです」

「冒険者ギルド……!」


 私とヘンリック氏は礼もそこそこに、冒険者ギルドへと走った。


 夜風が冷たく肌を刺すが、汗が止まらない。


「冒険者ギルド……カイトさん、この街の冒険者たちの評判は?」


 並走するヘンリック氏の問いに、私は首を横に振る。


「わかりませんが、どこの街だろうと、夜の冒険者ギルドにまともな連中はいないでしょう」

「……そうなんですか」


 メルテの街でも夜の冒険者ギルドは昼とは異質の騒がしさがあったが、あそこも似たようなものなのだろうか。



 †



 冒険者ギルドは、商工ギルドから思ったよりも遠くにあった。

 街の正反対に位置していれば当然だ。


 ギルドの中へ飛び込むと、深夜だというのに異様な熱気に包まれていた。いや、それは熱気というより、殺気立った不穏な空気だった。


 カウンターの前で、一人の市民が声を張り上げているのが見える。


「だから! 見たんだよ! 小さな狐の獣人の子が、ぐったりした状態で連れて行かれるのを!」


 私とヘンリック氏は、弾かれたようにその市民へ駆け寄った。


 私は市民の肩を掴み、問いただす。


「その獣人の子を連れて行ったのは誰だ!?」

「カイトさん! 乱暴はいけません!」


 横から伸びてきた手に肩を掴まれ、私は強くいさめられた。


 我に返り、手を離す私を尻目に、ヘンリック氏は市民に向き直り、穏やかに、しかし真剣な眼差しで問いかけた。


「驚かせて申し訳ない。ですが、緊急の事態なのです。どうか教えていただけませんか」


 私の剣幕と、ヘンリック氏の紳士的ながらも有無を言わせぬ空気に押され、市民は震える声で答えた。


「あ、ああ……間違いない。『赤錆あかさび』の連中だ……!」

「赤錆……?」


 聞き覚えのない名前に私が眉をひそめると、市民は顔を青くして続けた。


「お、お前、赤錆を知らないのか!? このベルガの街じゃ一番タチの悪い、札付きの連中だよ! 女子供だろうがなんだろうが、金になりそうな獲物は見境なく攫うって噂だ!」


 その言葉に、私とヘンリック氏は顔を見合わせ、血の気が引くのを感じた。


 最悪の事態が、すぐそこまで迫っていた。

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