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第33話:徒労の帰路と無慈悲な財布

 旧王都ロストリアでの滞在は、想定よりも長引くことになった。


 『皇帝薔薇カイザー・ローゼ』が故郷の瘴気を十分に吸収し、満足げに葉を震わせるようになったのは、翌日の夕方のことだった。


「……よいしょ。相変わらず、重いな」

「ふふ、昨日はゆっくり休めたみたいですね。つたの艶が全然違います」


 夕闇が迫る中、私とリナは馬車への積み込み作業に追われていた。


 数は多くないとはいえ、相手は意思を持ってうねる魔植物だ。機嫌を損ねないよう丁寧に扱うには、それなりに神経を使う。


 依頼人代理であるヘンリック氏は、少し離れた場所で作業の様子を静かに見守っていた。


 その時だった。

 カゴに収まった薔薇の一本が、戯れるようにシュルリと蔦を伸ばした。


「ひゃっ!?」


 リナが可愛らしい悲鳴を上げる。

 蔦の先端がリナの足首を捉え、そのままスカートの裾をふわりと捲り上げたのだ。


「あ……」


 薄暗い光の中、健康的な太腿と、その奥にある純白の布地が目に飛び込んでくる。


 無防備に晒されたその光景に、私の視線は吸い寄せられる。


 作業で少し上気した肌と、白のコントラスト。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、ヘンリック氏が興味深そうにこちらを眺めていた。そして、スカートを押さえるリナもまた、潤んだ瞳で私を見つめ返している。


(……いかん)


 脳裏に、以前ヘンリックさんからそれとなく指摘された『ロリコン』という疑惑が蘇る。


 ここで鼻の下を伸ばしていては、またあの生温かい視線を向けられかねない。ましてや、ご本人の目の前だ。


 私は慌てて視線を逸らし、努めて冷静さを装って手元の薔薇へ向き直った。


「……むぅ」


 リナの口から、どこか残念そうな、不満げな吐息が漏れたのが聞こえた気がした。



 †



 積み込みを終えるとすっかり日は落ちていた。


 私たちは旧王都を出発し、街道を少し進んだ広場で野営を張ることにした。


 幸い、この日は魔物や盗賊の気配もなく、静かな夜が過ぎていった。


 翌朝、私たちは商工ギルドがある街を目指して再出発した。


 今回の帰路は、最短ルートではなく、西側の街道を経由する迂回ルートだ。


 道は往路よりも明らかに荒れており、馬車の車輪が石を噛むたびに激しい振動が伝わってくる。


「……あと、どれくらいかかるんですか?」


 御者台で手綱を握りながら、私は焦燥感を滲ませて尋ねた。


 迂回することで盗賊のリスクは減らせるが、その分、移動時間は伸びる。それはつまり、私の『将来利息プール』が余計に削られることを意味していた。


「そうですね。このペースなら、昼過ぎには見えてくるはずですよ」


 隣に座るヘンリック氏は、揺れる馬車の中でも涼しい顔で地図を広げている。


 その言葉通り、太陽が天頂を過ぎ、少し傾きかけた頃だった。


 荒れた街道の先に、石造りの防壁に囲まれた街影が姿を現した。


「おや、見えてきましたね。あれが経由地の『ベルガ』です」

「ベルガ……」

「ええ。これといった特徴もないありふれた街ですが、先日申した通り、商工ギルドの支部は置かれていますよ」


 ヘンリック氏の説明に、私は安堵の息を吐いた。


 視界に入ったその街は、確かに何の変哲もない地方都市といった風情だ。だが、以前立ち寄ったリブル村よりは大きく、人の営みもそれなりに感じられる。


 何より重要なのは、商工ギルドがあるという一点のみだ。


「よし、到着ですね。まずはギルドに向かいましょう」


 私は逸る気持ちを抑えながら、馬車をギルドの前につけた。


 今回の依頼報酬、その残り半分を受け取り、この場のギルドですぐさま借金の返済に充てる。それが、わざわざ遠回りをした最大の理由だ。


「ヘンリックさん、無事に中継地点まで戻ってこれましたね」


 馬車から降りてきた老紳士に、私は声をかけた。


「ええ、カイトさんたちの護衛のおかげです」

「それで、早速なんですが……今回の依頼の報酬、残り半分をいただけますか? ここで返済を済ませておきたいので」


 私は掌を差し出す。

 しかし、ヘンリック氏はきょとんとした顔で小首を傾げた。


「報酬? ……ああ、そういうことですか」

「はい。手付金として半分はいただいていますが、残りを」

「いやはや、申し訳ないですが、私は持ち合わせがありませんよ」


 さらりと言われた言葉に、私の思考が停止する。


「……はい?」

「今回の依頼主はあくまでエリーゼ様です。支払いの権限も、財布の紐も、すべて彼女が握っております。私はあくまで代理人として同行しているだけですので」

「えっ、でも、現地の経費とかは……」

「それはあくまで旅の必要経費として預かっている分です。報酬のような大金を、私が勝手に動かせるわけがありません」


 ヘンリック氏は困ったように、しかし悪びれる様子もなく肩を竦めた。


「報酬の残金は、メルテに戻ってエリーゼ様に報告を済ませてから、彼女より直接支払われる手はずとなっております」


 私は呆然と立ち尽くした。

 血の気が引いていくのがわかる。


 つまり、エリーゼと合流しない限り、報酬は一銭も入らないということか?


 わざわざ時間をかけて、遠回りをしてまでこの街に寄った意味は?


 ここには商工ギルドの端末がある。だが、入れる金がない。


「カイトさん……?」


 リナが心配そうに私の顔を覗き込む。

 私は乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


 ここから拠点の街メルテまでは、まだ数日の距離がある。


 その間、増え続ける利息をどうすればいい?


 もし、メルテに辿り着く前にプールが尽きれば……。


(……また、生命力で支払うしかないのか?)


 商工ギルドの看板を見上げながら、私は鉛のような絶望に包まれていた。



【現在の借金状況】

 借金総額:54,921,437円

 (※魂の限界まで残り:897,919円)

 将来利息プール:897,919円

 次回、生命力徴収開始予測:あと約39時間(1日と15時間)

 現在の利息:毎秒 約6.36円

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