第28話:焚き火越しの否定と、燃える恋心
パチパチと、焚き火が爆ぜる音が静寂な夜に小さく響く。
リナは規則的な寝息を立てており、すでに夢の中だ。夜の見張りは交代制。今夜は私が先に見張ると、リナとの話し合いで決めていた。
今は私と、何故かまだ寝ていないヘンリック氏が焚き火を囲んでいる。
他愛のない話が途切れ、しばらく沈黙が続いた後、ヘンリック氏が眼鏡の位置を直しながら、穏やかな口調で切り出した。
「……ふむ。カイトさんは、リナさんのことがお好きなんですかな?」
「ぶっ……!?」
私は飲んでいた水を危うく吹き出しそうになった。
何だその直球すぎる質問は。
ヘンリック氏は焚き火を見つめたまま、しかしその知的な瞳は、何かを確信しているかのように私を見据えている。
(ま、まさか……バレてるのか?)
先ほどリナが寝返りを打った際、めくれた毛布から覗く無防備な太腿や、その奥に見え隠れする純白の布地に目を奪われていた瞬間があった。
この旅に出る前に新調した、清潔な木綿の下着。その白さが、健康的な肌との対比で妙に艶かしく見えてしまい、つい凝視してしまったのだ。
いや、まさか。あのほんの数秒の熱視線に気づかれたわけではないだろう。だが、このタイミングでの質問は心臓に悪い。
私は慌てて居住まいを正し、必死に平静を装った。ここで誤解(あながち誤解でもないが)を解いておかなければ、私の、ひいては社会人としての尊厳に関わる。
「ヘンリックさん、どうか誤解しないでいただきたい。確かにリナは可愛らしい。それは認めます。ですが、私が彼女を女性として見ているかと言えば、答えは断じてノーです!」
私は身を乗り出し、言葉に熱を込めた。
「私はですね、『ロリコン』ではないんです。彼女のような年端も行かない少女を、性的な対象として見る趣味は持ち合わせていません。リナに対する感情は、もっとこう……純粋な庇護欲に近いものです」
ヘンリック氏が口を挟む隙を与えず、私は畳みかける。
「妹とか、娘とか、あるいは愛玩動物を愛でるような、一点の曇りもない潔癖な感情なんですよ! 彼女は優秀な護衛であり、命を預け合う相棒です。その信頼関係は絶対ですが、そこに男女の湿っぽい感情が入り込む余地はありません」
「は、はあ……」
私の勢いに、ヘンリック氏がたじろぐ。だが、ここで止まるわけにはいかない。
「私が彼女の寝顔を見ていたとしたら、それは『今日も一日頑張ったな、ゆっくり休めよ』という慈愛の眼差しであって、決して彼女の肢体が眩しいとか、無防備な唇がどうとか、チラチラ見える下着が素晴らしいとか、そんな不埒なことを考えていたわけじゃないんです!」
一息ついて、私は力説した。
「私は健全な成人男性として、もっと大人の、成熟した女性に魅力を感じるタイプなんです。だから、私がリナに対して抱いているのは、あくまで健全な、清廉潔白な仲間意識です。そこだけは信じてください!」
一気に言い切った私は、ぜえぜえと肩で息をした。
酸欠になりそうなほどの熱弁。これだけの言葉を費やせば、私の潔白は十分に証明されたはずだ。
しかし、ヘンリック氏はきょとんとした顔で私を見つめ、やがてくすりと笑った。
「ほう……。女性として見ていない、と」
「そ、そうですよ。わかっていただけましたか?」
「ですが、お二人は端から見ていると、随分と距離が近く見えますよ? カイトさんがリナさんの頭を撫でる手つきや、食事の際に肩を寄せ合う距離感……どう見ても恋人同士か、あるいは長年連れ添った夫婦のように親密に見えましたが」
「えっ」
私は言葉に詰まった。
そ、そうなのか?
自然にやっていたが、頭を撫でたり、狭い馬車の御者台で密着したり……あれは周囲から見れば、その、イチャついているように見えていたのか?
「いや、あれは……その、コミュニケーションの一環というか、パーティメンバーの信頼の証で……」
「ふふっ。まあ、そういうことにしておきましょう。カイトさんがそこまで慌てる様子、なかなか新鮮でしたな」
ヘンリック氏は満足げに微笑むと、横に置いてあった毛布を手に取った。
「問いへの答えは聞けましたし、私はそろそろ休ませていただきますよ。……おやすみなさい、幼女趣味ではない保護者さん」
「うぐっ……お、おやすみなさい……」
ヘンリック氏が横になり、すぐに穏やかな寝息を立て始めてからも、私の心臓は早鐘を打っていた。
(周りからはそう見えていたのか……)
焚き火の向こうで眠るリナを見る。確かに、私たちは距離が近いかもしれない。無自覚だっただけに、指摘されると余計に意識してしまう。
悶々とした時間を過ごし、やがて交代の時間がやってきた。
私はリナの肩を揺する。
「……リナ、交代だ」
「……ん……。……カイトさん?」
眠い目をこすりながら起き上がるリナ。
その無防備な姿に、さっきの会話がフラッシュバックする。
『親密に見える』
私は必要以上にドギマギしてしまい、リナの顔をまともに見られない。
「あ、ああ。異常なしだ。……頼んだよ」
「? ……はい、おやすみなさい、カイトさん」
リナが不思議そうに首をかしげるのを尻目に、私は逃げるように毛布へと潜り込んだ。
背中にリナの視線を感じながら、私は自分の不甲斐なさに枕を抱きしめるしかなかった。
†
パチパチと、薪が燃える音が心地よいリズムを刻んでいる。
私は毛布の中で、呼吸を整え、深く眠っているふりを続けていた。
獣人にとって、気配を消すことも、眠ったふりをすることも造作もないことだ。だから、カイトさんとヘンリックさんが話し始めたときも、私は意識を覚醒させたまま、じっと耳を澄ませていた。
最初は、ただの雑談だと思っていた。
けれど、ヘンリックさんが私のことを話題に出した瞬間、心臓が大きく跳ねた。
『カイトさんは、リナさんのことがお好きなんですかな?』
その問いかけに、期待で胸が張り裂けそうになった。
カイトさんはなんて答えるんだろう。好きって言ってくれるかな。それとも、もっと情熱的な言葉をくれるかな。
鼓動がうるさくて、バレてしまわないか心配になるほどだった。
けれど、返ってきた言葉は、期待とは裏腹なものだった。
『女性として見ているかと言えば、答えは断じてノーです!』
『妹とか、娘とか、あるいは愛玩動物を愛でるような』
……嘘。
胸の奥が、すうっと冷えていくのがわかった。
必死に否定するカイトさんの言葉。一つ一つが、鋭い棘となって私に突き刺さる。
ロリコン? よくわからない言葉だけど、カイトさんが何を言いたいのかは痛いほど伝わってきた。
私は、カイトさんにとって女じゃないの?
ただの子供? 守るべき対象でしかないの?
わからない言葉を使ってまで、私との可能性を全否定しないでよ。
あんなに優しく頭を撫でてくれるのに。あんなに私のことを大切にしてくれるのに。
それは全部、ペットに向ける愛情と同じだったの?
私が獣人だから、恋人候補にもなれないって言うの?
悔しくて、悲しくて、目頭が熱くなる。
毛布の下で、拳をぎゅっと握りしめた。
でも――。
ヘンリックさんが『親密に見える』と指摘した後の、カイトさんの反応。
明らかに動揺していた。
言葉に詰まって、慌てふためいて。
もし、本当に私のことをただの子供だと思っているなら、あんなに慌てる必要なんてないはずだ。
『周りからそう見えていたのか』と気に病むのは、カイトさんの心の中に、少なからず私を意識する気持ちがあるからじゃないの?
女として見ていないと口では言いながら、周囲の目には恋人のように映っている。
その事実を突きつけられて、カイトさんはドギマギしていた。
……ふふ。
なんだ、全然脈なしってわけじゃないじゃないですか。
私がカイトさんを意識させて、カイトさんの理性を揺さぶっている証拠だ。
否定すればするほど、カイトさんが私を意識している裏返しに聞こえてくる。
カイトさんが私の肩を揺すって起こしたとき、カイトさんは私の目を見ようとしなかった。
その横顔が赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
悶々として、私のことで頭がいっぱいになっているであろうカイトさん。
ショックだった言葉は、もう気にならない。
むしろ、カイトさんをあんなに慌てさせたことが、今はたまらなく嬉しかった。
カイトさんがいくら「保護者」ぶっても、私は諦めない。
いつか必ず、その口から「好きです」って言わせてみせるんだから。
焚き火の炎を見つめながら、私は小さく微笑んだ。
今夜は、なんだかいい夢が見られそうです。
そんな恋バナにまつわるハプニングはあったものの、幸いにして魔物や盗賊の襲撃はなく、夜は静かに更けていった。
†
翌朝。
小鳥のさえずりと共に目を覚ます。
昨夜の悶々とした気持ちは、数時間の睡眠である程度リセットされていたが、リナの顔を見ると少しだけ気まずさが蘇る。だが、リナはいつも通り、いや、いつも以上に機嫌良さそうに微笑んでくれた。
「おはようございます、カイトさん! よく眠れましたか?」
「あ、ああ……おはよう、リナ」
私たちは手早く野営の跡を片付ける。
来た時よりも綺麗にするのが、元ではあるが日本人に染みついたマナーだ。焚き火の跡を埋め、荷物をまとめる。
「では、出発しましょうか」
ヘンリック氏が手綱を握る。
目的地である旧王都ロストリアまでは、今日中には到着できるはずだ。
私たちは朝日を背に、再び馬車を走らせた。
【現在の借金状況】
借金総額:54,921,437円
(※魂の限界まで残り:0円)
将来利息プール:2,042,719円
次回、生命力徴収開始予測:あと約89時間(3日と17時間)
現在の利息:毎秒 約6.36円




