第21話:人的資源の再利用(リソース・リサイクル)
商工ギルド・メルテ支部、4階の執務室。
私は、執務机に設置された『真実の石板』から視線を外し、手元の報告書を指先で弾いた。
「……王家筋の人間が介入した、か。予期せぬ『異物』ですね」
私の脳内にある『盤面』において、管理外の駒が動くことは好ましくない。
報告によれば、私の『重要資産』であるカイトたちに対し、元冒険者の無頼漢どもが強奪を働こうとしたらしい。
幸いにも、現場に居合わせた王家の関係者によって未然に防がれ、カイトたちは軽傷で済んだと聞く。だが、これは極めて由々しき事態だ。
私の許可なく債務者に傷をつけるなど、債権者である私への冒涜に等しい。彼らが死ねば、回収予定の利息も元金も、すべてが『消失』するのだから。
王家が介入したことで、襲撃犯である5名の冒険者は即座にライセンスを剥奪された。
本来、彼らの処遇は冒険者ギルドや司法の管轄だ。だが、今回は事情が異なる。
王家の人間を不快にさせたことに対し、冒険者ギルドは組織を守るため、彼らに「ギルド信用毀損に伴う違約金」および「王家への精神的慰謝料」という名目で、一人あたり『金貨1,000枚(100,000,000円)』という天文学的な懲罰金を課したのだ。
当然、そんな大金を彼らが払えるはずもない。
支払いが不可能な場合、その債権は自動的に、この国の経済を牛耳る我々「商工ギルド」へと移譲される。
つまり彼らは、その瞬間に「冒険者」から「借金総額1億円超の奴隷」へとジョブチェンジしたわけだ。
合計5億円の債権。
これを回収するためには、彼らを殺してはならない。短期間で使い潰してもいけない。
彼らには、死ぬよりも辛い環境で、しかし絶対に死なせずに、何十年もの時間をかけて元金と利息を搾り取る必要がある。
私は即座に裏の処理部隊を動かし、身柄が拘束された5名を、街外れにある商工ギルド管理下の『資材保管倉庫』へと移送させた。表向きは物流拠点だが、実態は不良債権となった生体資産の選別所だ。
私は執務室にいながらにして、机上の『遠見の水晶』を起動する。
空中に浮かび上がった映像には、縛り上げられた男たちの無様な姿が映し出されていた。
「法的保護を失った元冒険者など、ただの『未処理リソース』に過ぎません」
私は手元の『真実の石板』を操作し、彼らの個人データをシステムに登録、即座に「徴収執行」のコマンドを打ち込む。
同時に、現場の職員たちが持つ受信用の魔道具が同期し、彼らの目の前に突きつけられる。
†
1人目。リーダー格であった剣士のガレック。
水晶に映る彼は、「オレ様は実質Bランクだぞ! こんな扱いが許されるか!」と喚き散らしていた。だが、目の前の魔道具に「自身の破滅」が表示された瞬間、その表情が凍り付く。
【現在の借金状況】
氏名:ガレック・ヴォルグ
借金総額:金貨1,000枚
(※魂の限界値:金貨551枚)
状態:限界突破
ペナルティ:生命力徴収開始
「ひっ、あ、がっ……!?」
ガレックが心臓を鷲掴みにされたように胸を押さえ、蹲る。
契約書も血判も必要ない。私がここからシステムを更新し、彼を「限界突破」状態にした瞬間、遠隔で生命力の徴収が始まったのだ。
私は彼を北方の『魔晶石鉱山』へ送り込んだ。あそこは空気中に高濃度の魔素が漂っており、常人であれば1週間で廃人となる死の現場だ。
計算上、彼の肉体なら防護服なしでも20年は稼働する。高給取りの冒険者の代わりに彼が働くことで浮いた人件費は、すべて私の利益となる。
†
2人目。大柄な戦士ドーラン。
彼は懇意にしている薬師ギルドの研究室へ『生体培養槽』として貸与することにした。
「待ってくれ! 俺の体は資本なんだ! 薬漬けなんて御免だ!」
抵抗する彼にも、無慈悲な通知が届く。
【現在の借金状況】
氏名:ドーラン・マッスル
借金総額:金貨1,000枚
(※魂の限界値:金貨602枚)
状態:限界突破
ペナルティ:生命力徴収開始
「が……はっ……!」
屈強な戦士である彼ですら、魂から直接生命力を削り取られる激痛には耐えられない。白目を剥いて倒れた彼には、新薬の実験台になってもらう。
彼の並外れた生命力と再生能力を利用し、体内で高価な『抗体血清』を培養し続けるのだ。彼は死なない。死なせない。これから数十年、彼の血液一滴一滴が金貨に変わる。
†
3人目。斥候のピコ。
彼は地下下水道の最深部、『未踏査区域』のフィルター清掃員とした。
「嫌だ……あそこはBランク相当の危険地帯って噂じゃないか! 僕一人じゃ死ぬだけだ!」
泣き叫ぶ彼だが、システムは冷酷に時を刻む。
【現在の借金状況】
氏名:ピコ・ラット
借金総額:金貨1,000枚
(※魂の限界値:金貨488枚)
状態:限界突破
ペナルティ:生命力徴収開始
「あ、あぁぁぁ……!」
数値を見た絶望と、襲い来る虚脱感に彼は床を這いずり回る。
「勘違いしないでくださいね」
私は水晶越しに呟く。
「貴方に求めるのは戦闘ではありません。その小柄な体と隠密スキルで、戦闘を回避し、魔獣の目を盗んで詰まった配管を掃除する『単純作業』です」
魔獣と戦う力のないカイトたちには不可能な仕事だが、元冒険者の斥候である彼なら可能だ。
汚物にまみれて体臭を消し、物音一つ立てずに作業し続ければ、襲われることはない。常に死の恐怖に震えながら、ドブネズミのように生き延びてもらう。そうすれば、本来パーティに支払うべき高額な委託料はすべてギルドの懐に入る。
†
4人目。魔術師のファリウス。
彼は『生体熱源』として、王都の巨大温室施設の動力炉へ直結した。
「ふざけるな! 私の魔力は高尚な魔術のためにあるんだ! 暖房器具代わりなんて……!」
プライドの高い彼も、システムの前では無力だ。
【現在の借金状況】
氏名:ファリウス・バーン
借金総額:金貨1,000枚
(※魂の限界値:金貨575枚)
状態:限界突破
ペナルティ:生命力徴収開始
魔導炉を動かす魔石は高価だが、彼は食事を与えるだけで魔力を回復する「永久機関」だ。出力調整を徹底し、彼が衰弱死しないギリギリのラインで魔力を吸い出し続ければ、燃料コストをゼロにできる。彼の魔力は、これから一生、貴族が愛でる花を咲かせるためだけに使われる。
†
5人目。治癒術師のヤニス。
彼は最も収益性が高い。闇の闘技場の『専属修復師』として派遣した。
「俺は人を治すのが仕事だ……殺し合いの手伝いなんてしたくない……」
震える彼に、決定的な現実が突きつけられる。
【現在の借金状況】
氏名:ヤニス・ヒール
借金総額:金貨1,000枚
(※魂の限界値:金貨540枚)
状態:限界突破
ペナルティ:生命力徴収開始
治癒術師の奴隷は希少だ。闘技場の戦士たちが負傷するたび、彼が高額な治療費を稼ぎ出す。彼自身の意思とは関係なく、他人の肉が裂け、骨が砕ける様を最前線で見続け、血塗れになりながら回復魔法を行使させられる。
精神が壊れても構わない。魔法さえ使えれば、彼は死ぬまで『金の卵を産むガチョウ』であり続ける。
†
以上5名。
彼らは社会的に抹殺され、物理的にもカイトたちに接触不可能な環境へ隔離された。
これにより、私の『資産』に対する安全対策は更新され、同時に彼らという新たな収益源も確保された。まさに一石二鳥だ。
処理を終え、優雅に紅茶を啜っていると、執務室のドアがノックされた。
「クラウス様、エリーゼ・フォン・アルニム伯爵令嬢がお見えです」
「お通ししなさい」
私は口元の笑みを深め、商売用の仮面を被る。
おやおや、『優良顧客』の来訪だ。
†
商工ギルド、2階の特別応接室。
私は、向かいのソファーに優雅に腰掛けるエリーゼ嬢と対面していた。
彼女は挨拶もそこそこに、単刀直入な要求を突きつけてきた。
「あの2人に、仕事を回してあげてちょうだい」
「……ほう、彼らにですか? エリーゼ様も物好きですな」
私は片眼鏡の位置を直しながら、薄い唇を吊り上げる。
昨日、王家の人間が彼女の屋敷を訪れたと聞いている。そこでカイトたちの話が出て、貴族特有の気まぐれな慈善心が刺激されたのだろう。
だが、私にとっては願ってもない展開だ。
「内容は簡単なもので構いません。ですが、報酬はそこそこ弾んであげなさい。怪我をしているようですから、荒事は避けるように」
「承知いたしました。……して、ご予算は?」
私の目が、片眼鏡の奥で計算高い光を帯びる。
瞬間、脳内で素早く計算機を弾いた。
カイトという『駒』の生存戦略(リソース管理)。エリーゼという『パトロン』からの資金調達。
負傷によりパフォーマンスが低下している彼らに、安全かつ利息分(日額約55万円)以上を稼がせるには、通常の依頼リストにある案件では不可能だ。
ならば、特注の『箱庭』を用意し、その造成費を彼女に請求すればいい。
「そうですね……彼ら特別枠への斡旋手数料、安全確保のための護衛経費、および治療費を含んだ難易度調整費となりますと……」
私はもったいぶって間を置き、ビジネスマンとしての仮面を崩さずに、法外な見積もりを提示する。
「一人につき金貨10枚(1,000,000円)。二人合わせて金貨20枚(2,000,000円)ほど頂戴できれば、ご希望に沿う『極めて安全で実入りの良い案件』を、特別にご用意できますが」
それは、熟練の冒険者が数回命を懸けてようやく稼げるかどうかの大金だ。
市場価格からすれば暴利どころの話ではない。だが、私は微塵も悪びれなかった。
なぜなら、目の前の少女にとって、金貨の価値は庶民のそれとは決定的に異なるからだ。
「……構いませんわ。商工ギルドへの支払手形を切りますので、羊皮紙を用意なさい」
案の定、エリーゼ嬢は眉一つ動かさず即決した。
この金銭感覚の欠如こそが、我々ギルドにとって最大の蜜源だ。
散歩中の彼女が現金を持ち歩いているはずもないが、アルニム伯爵家の署名が入った支払手形であれば、商工ギルドにおいては現金以上の信用を持つ。
彼女は差し出された羊皮紙にさらさらと署名し、家紋の入った指輪を押し付ける。
「お任せください、エリーゼ様。彼らに見合った、割の良い仕事を必ず斡旋いたしましょう」
私は手形をうやうやしく受け取り、深々と頭を下げた。
その頭の下げ具合は、彼女への敬意ではなく、彼女が落とした金貨への敬意だ。
エリーゼ嬢は、実は私が中抜きしていると疑いをかけることだろう。だが、事実はもっと悪辣だ。
カイトたちが「自分たちのために貴族が金貨20枚も支払った」などという事実を知ることは、永遠にない。
しかし、私の手腕により、彼らはエリーゼ嬢が支払ったそのままの金額である金貨10枚ずつを受け取る。
彼らはただ、私の掌の上で「運よく良い仕事が見つかった」と踊らされ、その報酬を私の懐へ「利息」として還流させるだけのポンプとなる。
が、何かの拍子にエリーゼ嬢へ受け取った金額を話し、アルニム家からの評判も同時に買うことができるかもしれない。
これが王都ギルド本部の老害どもなら、なにも考えず手数料を引き、アルニム家からの評判を落としていたことだろう。
エリーゼ嬢が部屋を去った後、私は額面の金貨20枚を超える価値がある手形を眺めて口の端を歪めた。
(ククク……交渉成立。手に入った予算は『金貨20枚(2,000,000円)』)
通常、ギルドを通した依頼であれば、ここから2割から3割程度の手数料を抜くのが通例だ。
だが、私は今回もまた、全額をカイトたちの報酬として設定する。
それは慈悲ではない。投資だ。
彼らに渡る金が増えれば、それだけ彼らは長く「利息」を払い続けられる。
さらに、この街でも有力なアルニム家からの信頼を得られるのであれば、それに越したことはない。
私がカイトたちに課している利率は、彼らが死なないギリギリのラインで計算されているが、実はシステム上の正規利率よりも遥かに高く設定してある。彼らが必死に支払う利息の差額は、そのまま私の個人的な『内部留保』へと直結する仕組みだ。
下手に手数料を抜いて手取りを減らし、返済不能に陥らせて『資産』を失うより、全額を渡して生かし続け、骨の髄まで利息を吸い上げる方が、長期的には遥かに利益が大きい(ハイ・リターン)。
私は執務机に戻り、『依頼の石板』を操作して現在の依頼リストを検索した。
膨大なデータの中から、条件に合致する案件が一つだけヒットする。
――『月光草の採取』。
通常、月光草の群生地には強力な魔獣が出没するため、高難易度の依頼とされる。
しかし、ギルドの極秘調査データによれば、今の時期は魔獣が繁殖期を終えて移動しており、実際にはハイキング程度の危険度しかない。
だが、これはまだ一般には知られていない情報だ。
これなら、表向きは「高額な依頼」としてエリーゼ嬢の顔を立てつつ、実際には安全にカイトたちに金を稼がせることができる。
完璧な采配だ。
私は手元の『真実の石板』を操作し、カイトたちの現在のステータスを表示させた。
水晶の画面に、彼らを縛り付ける絶望的な数字が浮かび上がる。
【現在の借金状況】
借金総額:54,921,437円
(※魂の限界到達中:プールの残高により徴収猶予中)
将来利息プール:324,840円
次回、生命力徴収開始予測:約14時間10分後
現在の利息:毎秒 約6.36円
(さあ、しっかりと稼いで、私のために払い給えよ。それが最も効率的な回収だ)
私は上機嫌で、次の『遊戯盤』の準備に取り掛かった。




