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第20話:王家の意向と貴族の気まぐれ

「――以上が、我々が王都への帰還中に遭遇した事態である」


 冒険者ギルド・メルテ支部のギルドマスター室。

 重厚な執務机に、1枚の報告書が叩きつけられた。その音に、恰幅の良いギルドマスターがびくりと肩を震わせる。


 彼の目の前に立っているのは、王家の紋章が入った鎧を纏う近衛騎士だ。


 そして、その背後の床には、後ろ手に縛られ、猿轡さるぐつわを噛まされた5人の男たちが転がされていた。装備からして冒険者であることは明白だが、その顔は絶望と屈辱に歪んでいる。


「こ、これは……王家直轄領に近い街道で、よもやこのような強盗未遂が行われていようとは……」


 ギルドマスターは額に滲む脂汗をハンカチで拭いながら、必死に言葉を絞り出した。


 本来、冒険者が借金奴隷に対して多少強引な手段を取ろうとも、ギルドが動くことはない。奴隷は「物」であり、所有者からの訴えがない限り、小競り合いは黙認されるのがこの街の暗黙の了解ルールだ。


 だが、今回は相手が悪すぎた。


「現行犯だ。我々が通りかからなければ、被害者たちは殺されていただろう。彼ら5名の冒険者ライセンスは即刻剥奪とする。異論はないな?」

「は、はいっ! 勿論でございます! ギルドの面汚し共には厳正なる処分を下します!」


 ギルドマスターの言葉を聞いた瞬間、床の男たちが暴れようともがいた。


 彼らの目は、捕らえた騎士たちよりも、彼らが襲った「獲物」へのどす黒い憎悪で濁っていた。


(ふざけるな……! 相手はただの借金奴隷だぞ!)

(俺たちが何をしたっていうんだ!)

(あのガキども……! この恨み、絶対に晴らしてやる……!)


 冒険者としての資格を失い、人生を絶たれた5人の男たち。


 彼らが抱いた逆恨みは、当然の報いを受けた自分たちの愚行への反省ではなく、主人公たちへの明確な殺意となってくすぶり始めたのだ。



 †



 場面は変わり、貴族街にあるエリーゼの屋敷。

 豪奢な調度品が並ぶ応接間では、エリーゼとその父である伯爵が、先ほどの近衛騎士たちを迎えていた。


「この度は『皇帝薔薇カイザー・ローゼ』の献上、誠に大儀であった。皇帝陛下も大変お喜びである」

「勿体なきお言葉、恐悦至極に存じます」


 父である伯爵が深々と頭を下げる。その横で、エリーゼも淑女の礼をとった。


 独断で進めた件ではあったが、結果として家の名誉を高めたことで、父もエリーゼの行動を認めざるを得なかったようだ。満足げな父の横顔を見て、エリーゼは心の中で小さく息をつく。


 これでまた一つ、自分の価値が証明された。

 本題の礼が済んだ後、騎士は世間話のように軽い口調で切り出した。


「そういえば、ここへ来る途中に少々不愉快な手合いを見つけましてな」

「不愉快な手合い、ですか?」

「ええ。5人組の冒険者崩れが、借金奴隷の子供2人を襲おうとしていたのです。金品を奪おうとしたのでしょうが、実に嘆かわしい。即座にギルドへ突き出し、ライセンスを剥奪させましたよ」


 騎士は笑い話として語ったが、それは「高貴なる者の義務」を持つ彼らにとって、唾棄すべき下賤な振る舞いへの嫌悪感からだ。


 エリーゼはその話を聞き、興味なさそうに紅茶に口をつけた。


「左様でございますか。治安が乱れているというのは不安なものですわね」


 彼女にとって、どこの誰が襲われようと、あるいは野蛮な冒険者がどうなろうと関係のないことだ。


 騎士もまた、被害者が誰であったかなどという些末な情報を、高貴な令嬢に伝える必要などないと考えている。話題はすぐに、次の社交シーズンの予定へと移っていった。



 †



 翌日。

 エリーゼは気分転換を兼ねて、街へ散歩に出ていた。


 数名の護衛を引き連れて大通りを歩いていると、向こうから歩いてくる見覚えのある2人の姿が目に入った。


「あら?」


 先日、皇帝薔薇の採取や運搬を依頼した男、カイトと、その連れの獣人だ。名前は確か、リナといったかしら。


 彼らは商工ギルドの方へ向かって歩いているようだが、その様子がおかしい。


 カイトの腕には衣服を裂いたような薄汚れた布が巻かれ、そこから血が滲んでいる。獣人もどこか足を庇うように歩いていた。衣服も、昨日の別れ際より汚れているように見えた。


 まともな治療道具を買う金すらないのだろう。その姿は痛々しいほどにみすぼらしかった。


 エリーゼは眉をひそめ、彼らに声をかける。


「あなたたち、その怪我はどうしたのです? 私の依頼を終えた時点では、そのような傷はなかったはずですが」


 突然声をかけられ、カイトと少女は驚いたように立ち止まった。


 カイトは気まずそうに頭を掻き、少女は主人の背後に隠れるように身を縮める。


「あー……エリーゼ様。いや、ちょっと運が悪くてですね」

「運?」

「昨日、あの後……タチの悪い連中に絡まれたんです。5人くらいの冒険者だったかな。人気のない場所で待ち伏せされて」


 カイトは、昨日の出来事を思い出すように語り始めた。


 具体的な相手の名前も知らないし、なぜ自分たちが王家の関係者に助けられたのか、その全貌を完全に理解しているわけではない。


 ただ、必死の抵抗と偶然が重なって、なんとか生き延びたということだけを伝えた。


「……そうですか」


 エリーゼは表情を変えずに頷いた。

 その脳裏に、昨日自宅に来た騎士の言葉が蘇る。


『5人組の冒険者崩れが、借金奴隷の子供を襲おうとしていた』


(なるほど。昨日の話題に出ていた被害者というのは、この者たちのことでしたか)


 点と線が繋がった。

 だが、エリーゼはそれを口にはしなかった。


 彼らが襲われたのは、エリーゼの依頼を完全に終え、解散した後のことだ。業務外の出来事であり、彼女に管理責任はない。それに、王家が関わっていることを不用意に借金奴隷風情に漏らすべきではない。


 当然、治療費や見舞金を出す義理もない。


 しかし、エリーゼはふと考える。

 彼らは今日も商工ギルドに向かっている。つまり、その怪我をおしてでも、仕事を探さなければならない状況なのだ。


 カイトの仕事ぶりは悪くなかった。能力はないが、命令には忠実で、余計な詮索もしない。獣人の少女も、戦力としては申し分ない。


 何より、借金奴隷は利息を払えなければ死ぬらしい。

 彼らの一日の利息は、確か数十万円に達していたはずだ。怪我で一日休めば、それは死を意味する。


(このまま怪我人の足元を見られて、商工ギルドに安く買い叩かれ、利息も払えずに野垂れ死ぬのがオチでしょうね)


 エリーゼは小さく嘆息すると、彼らに背を向けた。


「無事で何よりですわ。では、ごきげんよう」


 素っ気なく告げて立ち去るエリーゼ。

 だが、彼女の足は屋敷ではなく、商工ギルドの「特別応接室」へと向かっていた。



 †



 商工ギルド、2階の特別応接室。

 エリーゼは幹部の男、クラウスと対面していた。


「この前の2人に、仕事を回してあげてちょうだい」

「……ほう、彼らにですか? エリーゼ様も物好きですな」


 クラウスは片眼鏡モノクルの位置を直しながら、薄い唇を吊り上げた。


「内容は簡単なもので構いません。ですが、報酬はそこそこ弾んであげなさい。怪我をしているようですから、荒事は避けるように」

「承知いたしました。……して、ご予算は?」


 クラウスの目が、片眼鏡の奥で計算高い光を帯びる。


 彼は脳内で素早く計算機を弾いた。カイトという『駒』のリソース管理。エリーゼという『パトロン』からの資金調達。


 怪我をした彼らに、安全かつ利息(約55万円)以上を稼がせるには、通常の依頼では不可能だ。特注の『箱庭』を用意する必要がある。


「そうですね……彼ら特別枠への斡旋手数料、安全確保のための護衛経費、および治療費を含んだ難易度調整費となりますと……」


 クラウスはもったいぶって間を置き、ビジネスマンとしての仮面を崩さずに提案する。


「一人につき金貨10枚(1,000,000円)。二人合わせて金貨20枚(2,000,000円)ほど頂戴できれば、ご希望に沿う『極めて安全で実入りの良い案件』を、特別にご用意できますが」


 それは、熟練の冒険者が数回命を懸けてようやく稼げるかどうかの大金だ。


 本来ならば、命がけの討伐依頼でしか得られない金額を、ただの安全な仕事に支払わせる。


 だが、クラウスは微塵も悪びれない。世間知らずの貴族令嬢相手なら、この程度の吹っ掛けは「適正価格」として通じる。


「……構いませんわ。商工ギルドへの支払手形を切りますので、羊皮紙を用意なさい」


 エリーゼは表情一つ変えず、そう命じた。

 散歩中の彼女がそれほどの大金を持ち歩いているはずもない。だが、アルニム伯爵家の署名が入った支払手形であれば、商工ギルドにおいては現金以上の信用を持つ。


 彼女は差し出された羊皮紙にさらさらと署名し、家紋の入った指輪を押し付ける。


「お任せください、エリーゼ様。彼らに見合った、割の良い仕事を必ず斡旋いたしましょう」


 クラウスは手形をうやうやしく受け取り、深々と頭を下げた。


 エリーゼは彼が中抜きをすることなど露知らず、またクラウスもエリーゼがなぜそこまで彼らに肩入れするのかを知る由もない。


 そして当然、カイトたちが「自分たちのために貴族が200万円も支払った」などという事実を知ることも、永遠にないのだ。


 エリーゼが部屋を去った後、クラウスは手形を眺めて口の端を歪めた。


(ククク……交渉成立ディール・ダン。手に入った予算は金貨20枚)


 彼は脳内で配分を決める。

 カイトたちへの報酬は、全額そのまま金貨20枚(2,000,000円)とする。


 通常ならばここからギルドの手数料を引くところだが、彼らに関しては『免除』だ。


 なぜなら、この商工ギルドにおいてカイトに適用されている「10日で1トイチのリアルタイム複利」などという狂った金利は、私だけが知る偽りの数字だからだ。


 本来、ギルド本部に報告している正規の金利はもっと低い。

 つまり、カイトが必死になって支払っている毎日の利息の大部分は、そのまま私の懐に入る『裏金プール・マネー』となる。


 下手に報酬を中抜きして返済能力リソースを削ぐよりも、たっぷりと現金を握らせて、それを『利息』として吐き出させる方が、遥かに実入りが良い。


(さあ、しっかりと稼いで、私のために払い給えよ。それが最も効率的な回収エコシステムだ)


 クラウスはご機嫌な様子で、次の『遊戯盤ボード』の準備に取り掛かった。



【現在の借金状況】

借金総額:54,921,437円

(※魂の限界到達中:プールの残高により徴収猶予中)

将来利息プール:324,840円

次回、生命力徴収開始予測:約14時間10分後

現在の利息:毎秒 約6.36円

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