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第15話:王都の薔薇と銀貨の夕食、隣に咲く笑み

「予定変更よ。あなたたちには別の仕事を頼むわ!」


 王都の城壁をくぐり一段落した直後だった。王都に入ってからも続けて移動を続ける馬車の中で、エリーゼが扇子で口元を隠しながら、不意にそう告げた。

 私とリナは顔を見合わせる。ここまで順調に進んでいたはずだが、何か不手際があっただろうか。


「え、どうしてですか? 今の作業、まだ途中ですけど」

「……理由は、そうね。『適材適所』といったところかしら」


 エリーゼの視線が私を一瞥し、それからふとリナの方へ流れる。


 先ほどまで、リナは荷台の奥で屈み込み、懸命に掃除をしていた。スベスベのお尻もチラチラと見えている。

 その無防備な後ろ姿が、健康的で良いなと私はぼんやり眺めていたのだが……エリーゼの瞳には、ゴミを見るような冷ややかな色が宿っていた。


 貴族の考えることは平民には理解し難い。おそらく、もっと効率的な人員配置を思いついたのだろう。私は深く考えず、新しい指示を待った。


「カイト、あなたは温室の土壌改良をなさい。あそこにある堆肥と腐葉土を運び込み、土を耕すのよ」

「土作りですか? 私が?」

「ええ。そしてリナ、あなたには『皇帝薔薇カイザー・ローゼ』の運搬を任せるわ」

「「えっ!?」」


 私とリナの声が重なった。

 どう考えても逆だ。薔薇は私に懐いているし、リナには意地悪をする。それに力仕事なら、男で成人もしている私の方が向いているはずだ。


(リナも身体強化があるから力はあるが、私はそんなに信頼されていないのか?)


 しかし、依頼主でもあり貴族でもあるエリーゼの決定は絶対だ。

 逆らうこともできず私たちは頷き、馬車に揺られ続けることとなった。



 †



 エリーゼの実家、アルニム伯爵家の敷地内にある温室は広大だった。

 私は言いつけ通り、黙々と積まれていた腐葉土の袋を開け、固い土を鍬で耕していた。腰に来る重労働だ。


「きゃぁあっ! だ、だめぇ!」


 温室の入り口付近から、リナの甘く高い悲鳴が響いた。

 見ると、重たい鉢植えを抱えたリナが、顔を真っ赤にして足を強張らせている。


 『皇帝薔薇』の緑色の蔦が、まるで意思を持った触手のようにリナの太ももに絡みつき、あろうことかスカートの中に侵入して、その裾を盛大に捲り上げているのだ。


「み、見ないでぇ! こらっ、離してええええぇ!」


 リナは両手が塞がっているため、抵抗することができない。

 剥き出しになった太ももと、その奥の無防備な下着事情が露わになりかけ、彼女は涙目で恥じらっている。


(……すまない、リナ。代わってやりたいんだが……グッジョブ、もっとやってやれ!)


 私がそんなリナの姿をもっと間近で見ようと近づきかけた瞬間、監視役の執事やエリーゼの冷たい視線を感じて立ち止まる。


 なぜだ。なぜこの配置なんだ。


 私が運べば薔薇は大人しいし、リナが土いじりをすればその手際を活かせるのに。これではリナへの公開処刑ではないか。


 もしかして、私が薔薇を甘やかしすぎるからだろうか? それともリナの根性を鍛えるため?

 真意は測りかねるが、私は再び鍬を握り直し、目の前の土と格闘することしかできなかった。


 はぁ……根腐れを見抜き、皇帝薔薇からの薔薇望じんぼうもあるからとカイトに依頼を回してもらったのに、とんだ失敗ね。まさか、あの獣人とパーティを組み出すなんて。

 大人の奴隷が幼女の奴隷にあんな視線を向けるなんて、雇っているアルニム家の名が穢れるわ!


 エリーゼがそんなことを思っていたのだが、私がそのことに気づくことはない。


 結局、薔薇たちの執拗なセクハラ……もとい妨害工作により、搬入作業は大幅に遅れた。


 すべての薔薇を定位置に収め終える頃には、空はすでに茜色から群青へと変わりつつあった。


「ぐっ……、はぁ……」


 不意に、鍬を持つ手が震え、膝から崩れ落ちそうになる。

 心臓を直接鷲掴みにされたような鈍い痛みと、身体の芯から力が抜け落ちていく感覚。


 王都に到着した昼過ぎの時点で、前回プールしておいた利息分は底をついていたのが原因だ。


 今も「生命力の徴収」が絶賛実行中であり、作業中もずっと、鉛のような倦怠感と焼けるような痛みが私を苛んでいたのだが、ここに来て限界が近づいている。


「作業完了ね。……顔色が悪いわよ、カイト」


 見計らったようにエリーゼが現れた。リナはボロボロになりながらも全ての薔薇を運び終え、私の足元へ駆け寄ってくる。


 彼女もまた、度重なる恥ずかしい悪戯に心身ともに消耗しているようだった。


「カイトさん!? 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ……。ただ、時間が……」


 エリーゼは私の苦悶の表情を見ても動じることなく、革袋を放ってよこした。


「本来なら『メルテ』に戻ってから精算するけれど、あなたの身体は、支払いが遅れると『生命力』が奪われるのだったわね。ここで清算して、すぐにギルドへ行ってきなさい」


(……ああ、メルテ……そういえば、そんな名前だったか)


 私は激痛で朦朧とする意識の中で、自分たちが拠点にしている街の名前をぼんやりと思い出した。

 日々の借金返済に追われすぎて、自分が住んでいる街の名前すら記憶の彼方だった。


「り、リナの分は?」

「あなたはそのままだといずれ死ぬでしょ。死ななくても行動に鈍りが出る。リナの分は戻ってから正式に渡すわ、文句ないでしょ?」

「……はぁ、はぁ、ありがとうございます……!」


 私は震える手で革袋を握りしめた。

 中身は今回の報酬の残り、金貨14枚(1,400,000円)。


 リナが私の腕を肩に回し、必死に支えてくれる。


「急ぎましょう、カイトさん! ギルドへ!」



 †



 王都の商工ギルド本部は、私たちが普段利用しているメルテの支部に似た意匠で作られていたが、その規模と『格』は桁違いだった。


 高さこそ五階層ほどと支部と大差ないが、パッと見ただけでも床面積はかなり広い。通りに面した巨大な列柱と、歴史の重みを感じさせる厚い石壁。

 それに、無駄な装飾を排したその姿は、商いの場というより、国家の経済を支える一つの堅牢な城塞のようだった。


 私たちが普段見ている支部がちっぽけな出張所に思えるほどの、圧倒的な威圧感。


 私たちは息を切らして受付に駆け込んだ。


「返済ですね。確認します」


 対応に現れたのは、例のバッジを身につけた、王都本部の幹部らしい人物だった。


 表情を一切崩さず、事務的かつ迅速に書類をめくるその姿は、冷徹な機械を思わせる。いつものクラウスのような、どこか粘着質な視線や、私腹を肥やしていそうな雰囲気は微塵もない。


 ただ淡々と、ギルドという『組織の利益』と『規律』のためだけに動いている――そんな印象を受けた。


「クラウスから引き継ぎは受けています。現在までの未払い利息と、回復費用を差し引きます」


 私はエリーゼから受け取った報酬の大半をカウンターに積み上げた。


 まず、この数時間で私の身体を蝕んでいた「徴収分(生命力の補填)」の支払いが優先される。


「残りの余剰分は、すべて『利息プール』へ。帰り道の安全を買いたい」

「承知しました。プール期間を延長します」


 幹部が手元の水晶に魔力を通すと、空中に浮かび上がった魔道具の表示板が明滅し、計算結果をはじき出した。



【本日の清算処理】

 発生利息(徴収分):115,800円

 返済投入額:1,400,000円

 余剰金:1,284,200円

【処理実行】

 利息充当(生命力欠損補填):完了

 生命力回収(回復):完了

【余剰金配分】

 将来利息プール:1,284,200円

【処理続行】

 借金総額(更新):54,921,437円

 現在の利息(更新):毎秒 約6.36円



 同時に、私の心臓を握りつぶしていた見えない手が、スッと消え去った。

 肺に酸素が戻ってくる。私はカウンターに突っ伏しながら、荒い息を整え、目の前の数字を凝視した。


 ――計算だ。

 往路には2日ほどかかった。復路も同じだけ、あるいは天候次第でもう少しかかるかもしれない。


 今回の報酬残金、140万円。そこから作業中に膨れ上がった数時間分の滞納利息(約11万円)が引かれ、残りをプールした。

 

 プール残高、1,284,200円。

 今の私の借金から発生する利息は、1日でおよそ55万円だ。


 つまり、この金額で買える「安全な時間」は――


(……約2日と8時間。ギリギリだ)


 もし道中で馬車が壊れたり、また盗賊の襲撃があったりすれば、街に着く前にプールが尽きる。そうなれば、またあの生命を削られる地獄の痛みに耐えながら旅をすることになる。


「……手続きは完了です。速やかに退去を」


 幹部の冷たい声に促され、私たちは逃げるようにカウンターを離れた。


 ギルドを出ると、王都の街はすでに夜の帳が下りていた。


 命拾いをして緊張が解けたせいか、私たちの腹の虫が盛大に鳴いた。


「……お、お腹、空きましたね」

「ああ。何か食って帰ろう。今日は私が奢る」

「本当ですか!? やったぁ! さすが王都のお仕事ですね!」


 リナの顔がパッと輝く。彼女は報酬がお預け状態のため、今は路銀が心もとないはずだ。


 私は懐を探る。そこにあるのは、今回の依頼の前払い金から確保しておいた、なけなしの銀貨5枚(5,000円)のみ。


 さっき受け取った140万円もの大金は、一瞬で右から左へ、ギルドの金庫に吸い込まれてしまった。私の手元に残ったのは、命をつなぐための猶予時間だけだ。


「ただし、この銀貨で食える範囲な」

「ええーっ、それだけですかぁ? ……むぅ、仕方ないですねぇ」


 リナが小悪魔のようにそう言い頬を膨らませたが、すぐに私を見上げて嬉しそうに破顔した。


「でも、カイトさんの奢りですから、いいです! えへへ、何食べましょうか〜!」


 彼女は私の手を引き、元気よく店を探し始めた。

 隣を歩くリナは、薔薇との格闘で疲れているはずなのに、食事のことを考えて楽しそうだ。私はふと、昼間の不可解な配置換えを思い出した。


「結局、なぜあんな非効率な分担にされたのだろう」


 店を探しながら、私はふと疑問を口にする。


(カイトさん、それはエリーゼ様も私と同じく、私へのエッチな視線に気づいておられるからですよ……)


 リナは昼間の視線も思い出しつつそんなことを思ったが、あえて口には出さない。


「そんなことより! カイトさん、早く早く!」


 破竹の笑顔を見せ、リナが急かす。


 まあいい、今は無事に終わったことと、この平穏な夕食を噛み締めることにしよう。

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