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5. 闇から現れた緑の影

挿絵(By みてみん)


目を細め、もう一度確かめた。

淡く黄色く光る瞳――焚き火の明かりを反射している。

その手には……何か、鈍く尖った木の棒のようなものを握っていた。


鼓動が速くなる。

「獣……? いや、体つきがあまりにも――人間に近い」


茂みがもう一度揺れた。

そして、そいつが姿を現した。

思わず息を呑む。


緑色の肌。尖った耳。黄色い目。突き出た顎。口の端から覗く鋭い牙。

背丈は低い。だが、筋肉は詰まっている。

火の光に照らされた顔は――俺が今まで漫画の中でしか見たことがないものだった。


動けない。

「……ゴ、ゴブリン……?」

その言葉が、半ば信じられないまま口をついて出た。


目を閉じ、夢かもしれないと否定しようとする。

だが、再び瞼を開けても、そいつはそこにいた。

獣のように鼻を鳴らし、空気を嗅いでいる。


「グルル……シィ……グラァ……」

喉の奥から漏れる低い唸り。

ごくり、と唾を飲み込む。


――間違いない。

空想の中だけに存在したはずのあの生物が、いま俺の目の前に、現実として立っている。

首筋を冷たい感覚が這い上がった。


恐怖ではない。脳がまだ状況を受け入れられていないだけだ。

「一匹いるなら……他にもいるかもな」

呟きながら、俺は木の幹に背を預け、腰を落とした。


指先が刀の柄を強く握る。

全身の筋肉が硬直し、夜の影に溶け込むよう意識を沈める。


……ザッ。

茂みの向こうから、再び音。

しかも今度は――一歩じゃない。重い、複数の足音。


瞳孔が開き、闇の奥を見据える。

姿が見えた。

一体……二体……三体……


夜風が止まったように感じる。

自分の心臓の音だけがやけに大きく響いた。

「……どうやら、今夜は静かに眠れそうもないな」


誰にも聞こえないほどの声で呟く。

焚き火の残り火がちらりと照らした。


――次々と茂みから出てくる、緑の影。

八体。

俺は瞬時に数を数える。

八対の黄色い眼が、闇の中でこちらと焚き火の光を睨んでいた。


「グルル……シィッ……ギャッ」

耳障りな唸り。

奴らは犬のように落ち着きなく動き、粗末な木の棒や石を握っている。


「……俺の焼いた魚の匂いにつられて来たってわけか」

口の端がひきつる。苦い笑みが浮かんだ。

刀の柄に手を添えたまま、呼吸を整える。


心拍は安定している。視線が距離と風の向きを測る。

背後は川――退路なし。

俺はゆっくりと立ち上がった。


すぐに二匹のゴブリンがこちらに気づき、動きを止める。

低く身をかがめ、歯を鳴らしながら、じりじりと詰め寄ってくる。

動きは不器用だが、野生の獰猛さに満ちていた。


距離――二メートル。

息を大きく吸い込み、筋肉を締め上げる。

視線は一匹の胸に定めた。

そして――


シュッ!

銀の閃光が夜を裂いた。

刀が鞘を離れる音が、鋭く夜気を噛む。


一歩、前へ。

黒い刃が空を走り、左から右へと流れる。

シャッ!

温かい液体が地面に散った。


二つの緑の頭が同時に宙を舞い、焚き火の上に落ちる。

「ギャァァッ!!!」

残り六匹が動揺した。

後ずさりするが、本能がすぐに前進を命じる。


だが俺はもう――動いていた。

踏み込み、左の一体の胸を斜めに切り裂く。

そのまま体を回転させ、水平に一閃。三体まとめて斬り払う。


ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ!

肉を裂く音。血の飛沫が弧を描き、月明かりの下で赤く光る。

四体が、声を上げる暇もなく崩れ落ちた。


残るは二体。

片方は手が震え、もう片方は見開いた目で俺を凝視していた。

その目には、理性の欠片もない。

あるのはただ――生への執着だけ。

迷いはなかった。


俺は最も近い一匹に踏み込み、刃を振り抜く。

シュッ――ザシュッ!

腹を深く切られたゴブリンが地に崩れた。

残る一匹が、絶叫した。


「グルアァァァッ!!!」

踵を返し、茂みの奥へ駆け出していく。

「……チッ」

舌打ちが漏れた。


――一匹でも逃がせば、群れを呼ぶ。

足取りはそのまま全速力に変わった。

両脚で地面を蹴り、茂みと木々の間を滑るように突っ切る。


視線は前を走る、小さな緑の背中から一点も外さない。

足下の土が微かに震える。

前方からはゴブリンの足音──速く、不揃いで、捕食者から逃げる獣のように取り乱している。

枝が顔を叩き、濡れた葉が肌に触れる。

気になどしない。

視界はただ、茂みの間をすり抜ける小さな緑の背中だけを追っていた。


「止まれ、このクソガキ……」

荒い息の合間に呟く。

呼吸は乱れても、足のリズムは崩れない。


しかし、この地形は味方じゃない。

根が地表を這い出し、暗く、滑る。

何度かバランスを崩しかけ、一本の根に足を取られ、体ごと倒れそうになった。

だが反射で鞘の先を地面に突いて踏ん張り、再び走り出す。


息が上がり始める。

鍛えられてはいるが、こんな足場を走るためのものじゃない。

「まだこの世界に来て二十四時間も経ってないのに、もうファンタジー生物を追いかける羽目になるとはな……ニコが見たら笑うだろう」

そんな愚痴を吐きつつも、疲労はすぐに消えた。


前方に温かな光が見えたからだ。

月明かりとは違う、火に似た脈打つオレンジの明かり。

速度を落とし、茂みの陰に身を潜める。


葉の隙間から覗くのは、低い丘の斜面に開いた大きな洞穴の口。

壁は苔むし、内部ではたいまつや焚き火の橙色の炎が石の壁を揺らめかせていた。


追っていたゴブリンは、その入口で立ち止まった。

こちらの影を見つけると、顔を上げて高らかに叫んだ。

「グラァァァァァッ!!!」

その叫びは洞内に反響し、金属を擦るような耳障りな音になって跳ね返った。


――合図だと直感した。

「ちっ、仲間を呼んでやがる」

洞窟の奥から足音が湧き出してくる。

速く、多数だ。


たいまつの灯が揺れ、短い胴体の影が次々と飛び出してきた。

一、二、三……いや、十を超えている。

今や彼らの姿ははっきり見える。

粗い木の棒や石、長い骨を槍のように握りしめている。

肌は暗い緑で、汗に濡れ、牙が炎に反射して光る。


「ここが巣か……」

俺は低く囁き、茂みからゆっくりと体を起こした。

たいまつの光が顔を照らすと、瞬時に全員が動きを止めた。

目が合う。

奴らの声が一斉に上がる。

胸の内で小さな嵐が鳴るようだった。


「――勘違いするな」

俺は静かに刀を掲げる。

声は風に消えそうなほど小さく、だが確かに届くように。

「俺は殺すのが好きなわけじゃない……だが、先に手を出すなら――」


膝を軽く曲げ、低い姿勢を取る。

眼は前方だけを真っ直ぐに捉える。

「――容赦はしない」


風向きが変わり、葉がひとひら舞い落ちる。

その葉が地面に触れるのと同時に――

スウッ。

俺は突進した。


この世界での、初めての戦闘が始まった。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひコメントや感想を残してもらえると嬉しいです。

次の話も、どうぞお楽しみに!

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