訳アリ貴族に嫁いだら、義理母が13歳でした~嫁ぎ先の淀んだ空気をチキンパイで晴らします!不器用な家族の心を、料理でまるっと解決!お義母様覚悟はよろしいですか?~
嫁いだ家にはなんともいえないじめっとした空気が漂っていた。
どうやら原因は、義理の母親らしい。
夫の母親といっても、義理の父親の再婚相手の年齢は十三歳。
父親は普通に四十歳近い。
母親と結婚したのは、彼女が十歳の頃らしい。
どうやら、事実婚と言うよりかは保護のようだ。
小さな田舎の小さな貴族の家。
自分も小さな貴族の爵位なので、気持ちはわかる。
ドロドロとしたドラマもなく、単に冷遇されていた子供を保護する意味で婚姻関係になったらしい。
特にやましいこともなく、淡々とした空気が流れているとか。
保護した先で結婚、まぁ、よくある話。
それなのに、こんなに暗いのは、例の義理の母親のせいだ。
というより、話し合いの不足なのではと薄ら感じていたり。
全体的な話を結婚前に聞いている。
十三歳なので物事くらいは、わかることがわかるが、具体的なことを理解させるにはちょっと難しいと思うというか。
彼女はおそらく、酷い勘違いをしているんだろう。
保護した本人である父親と結婚したのは、流石に息子へ結婚しろとは言えなかったからだろうし、息子に頼むことも、強制にさせるわけにはいかなかったと思う。
若い息子に十歳児と結婚させるのは、世間的にも終わるし、結婚歴に多大なるデメリットが、乗っかるし。
なので、父親が手を挙げて結婚相手として。
せめて、書類上だけでも法律でガッチリ、守っているのだろう。
そうまでしてあげたのに。
そんな場所に嫁いできたが、夫になった男も若い。
まだ学園に通っている歳だ。
直ぐに卒業だけど。
義理の母親もまだ十代なので、学院に通う年齢。
義母は学園に通ってはいるものの、その足は遠のきがちだと聞いた。
学ぶ機会を奪われた過去。
今、与えられたその場所へ足を運べずにいるのは、忌まわしい過去の影か。
それとも別の理由があるのか。
いずれにしても、彼女の心の扉を完全に開いたなら。
学舎で、彼女の未来がさらに開かれる手助けもできるかもしれないのに。
四十近い男の妻として、見られるのは精神的に辛いようだ。
彼女は元々、住んでいた家でろくに教養を教えられていなかったのだとか。
境遇を聞くと、通えるだけ幸せな状態だと思う。
生まれた家では到底無理な生活。
前だったら、絶対に通わせてもらえなかったと思うし、学費だって出されているはず。
学費は無料じゃないのに。
もったいないことをする。
若い間に行っておかないと大人になったときに勉強して。
やり直すのはすごく大変なのに。
義理の母親の方が、圧倒的に若いと言う状況がとてもやりづらい、というのは嫁に来たこちらにも言えること。
圧倒的に、事故物件レベルの家庭。
義母は、絶賛現在も部屋にこもって出てこない。
義母は今日、ここへ嫁いで来ることを知っていたはずだと、夫は言っている。
新婚生活の夫婦に気を遣って、という特殊な態度なわけではない。
嫁という新鮮な存在に、過去のようにまた何か言われるかもしれない恐怖から来るものかもしれないので、閉じこもっているのかもしれないと彼は言う。
確かに考えれば、そうなるよねと深く思考する。
それでも、結婚式に揃いで、出て欲しかったと思う。
自分にはそういう、よくわからない穿った部分も。
よくある変態な家だな〜とか思ってない。
そんなことこれっぽっちもないし、偏見はないし。
逆に世間の不評を買ってでも、幼い女の子と結婚した勇気ある男の人の話だなー、なんて感心しているのに。
話を聞けば聞くほど、優しすぎる男達のほんわかなストーリー。
それを、今も感じ取れない女の子に対しても。
どちらも、気持ちはわかる。
女の子も怖い経験をして、さらにとなれば、心に殻を作るのだろう。
複雑な状態に挟まれた、義理の息子。
自分はそんな家の嫁。
「少し、用を済ませるわね」
「え?」
嫁なりにちょっくら、本気出すかと腕をまくる。
夫がポカーンとした顔でなんとなく、の足取りで着いてきた。
気になるんだな。
義理の母親があてがわれている、いるであろう部屋に行き、バーンと扉を開ける。
蝶番が跳ねた。
バーンといったが実際はエグい音を出したので、次に緩んでいるかもしれないな。
侍女の存在は、この場所、この屋敷にそこまでいない。
家自体が小さいから、家政婦が一人、二人居るくらいでコンパクトな人数。
いきなり扉が開かれて、中を見ると女の子がしくしくと泣いていた。
涙で濡れた状態でこちらを、濡れた瞳と真っ赤な顔で見ている。
「ひっ、だ、だれっ!?」
誰ですかと、聞かれた。
それに対して、義理の娘になりましたがと、自己紹介する。
そうしたら、相手は面白いように怯えた目で後ろに下がった。
ベッドの上なのだ。
倒れそうになるが、その前にこちらがサッと庇う。
後ろで見ていた、夫になった男が同じく動く。
だが、手出し無用と目で制する。
何もしないようにと言い含めた。
異世界の貴族にしては、だいぶ尻に敷かれるタイプの人なのだ。
好きなことをやりやすそうな家だと思ったからこそ、選んだのだから。
義理の母親に近づいて、初めましてと元気よく宣言。
今日からここへ来た嫁です、と。
やはり怯えたような目で、こちらを見て目をそらす。
観察して、これは大変なことだと予測していたことが、当たっていたことにふぅ、となる。
やはり、彼女はこの家全体をまだまだ、勘違いした状態で見ていた。
一人とて、何も怖いものなどないと、知らない。
それはいけないと、彼女を無理矢理立たせる。
どれだけ嫌がっても、無理矢理。
やめて、やめてと小さく声が聞こえるけど。
十三歳なので、余裕で掴める。
ずりずりと進める。
気にせずに、どれだけ抗われようと向かった。
その先には、キッチン。
慌てる夫は、どこに連れて行くんだ!?などと後ろから言っていたが、キッチンと知るとぽかんとしていた。
お見合いなんて一度しかしていないし、デートもしていないから、こちらのことをほぼ、知らないのは当然である。
性格を知らぬまま、彼は自分と結婚した。
ほとんど初対面のようなもの。
義理の母親がいることも聞いていたが、結婚しようと決めていたから逃したくなかったので。
結婚する決め手は、価値観がそこまでずれていないことだけ。
物事や女性を物みたいに見ず、尊重してくれる人。
それさえあれば、歳が離れていようと気にしなかった。
田舎だろうが都会だろうが。
これから、ずっと暮らす人間が一番重要。
実の両親はそれに関して、もっともっといい人はいる、と言っていたものの。
お見合いをした中で、誰も彼もが女性を下に見て、蔑視していた。
彼が一番、女性に対してしっかり見てくれていたと発見。
そうなれば、誰かに奪われないように、縁談を結んだ。
義理の母親が超超若くても。
気になったのは、それよりも、嫁いできた子の精神状態。
この家の重大な、ドヨンとした空気。
それを払拭するために、キッチンへ向かったのだ。
最初からこうしようと思ってはいた。
計画通りに進む。
家が小さいゆえに、騒ぎが聞こえたのか、義理の父親までやって来た。
「どうしたんだ」
「なんでもないですよ。お義父さん」
夫の父をゆっくりとした顔で、追い払おうとしたが。
義理の母親が、そばに居ることに気づいて、顔をこわばらせた。
義理の母親たる少女も、いきなり妻にした自分の夫を見て、最大に怯える。
四十近い男が、娘もいない中、どう接すればいいのかわからないのだと、空気を一瞬で察する。
空気を把握し、分析するのが得意であり、好きなので。
自分の娘が仮に生まれて、いた場合でも、どう接すればいいかわからない層がいる。
それが、自分の妻で、仮初の夫婦となると、触れたくても触れられない空気に。
いや、触れない方がいいと考えるのが行き着く末。
最終結論に至るのは、仕方ないことなのかもしれない。
しかし、しかしだ、
このままでは全部ダメになる。
お互いもそうだが、義理の息子の将来も、精神状態も、何もかもが、嫌な思い出に塗り替えられてしまっている。
現に、暗い顔をしている夫が、視界に入ってきていた。
まだ若い子が、ぎくしゃくとした家庭でまともな健康状態を保ち続けることは難しい。
そもそも、この家の行き着く先は真っ暗。
まともに、交流できない家庭となると、皆が皆疲弊してしまう。
そうならないように、自分はこのキッチンまで来たのだ。
雇っている家政婦と、使用人に指示を出す。
冷蔵庫内に何があるのかを聞き出して、追加で買い物に行かせる。
そして、手をパンパンと、何度も叩き、こちらへ注意を向けさせてから告げる。
「今からチキンパイを焼くので、全員手を洗い、エプロンをしてくださいね!」
三者三様、全員がポカンとしていた。
そんな事は関係ないと、全員にエプロンをつけていく。
夫の父親が私もか?とたずねてくるので、当たり前じゃないですか〜と断れない笑顔で威圧する。
父親は息子と同じく、ピカピカな笑顔に威圧感され、口を閉じた。
義母は逃げたそうにしていたが、夫の父親を見る。
逃げてはいけない、との概念に縛られているらしく、キッチンから出ようとはしなかった。
これは、いいものを見られたな。
弱点を見つけられた。
三人もエプロンをきっちり付けて、キッチンに並べさせていく。
あれをしろこれをしろと指示する。切り方、やり方がわからないのだが……などと言われたら、丁寧に指導。
幼い少女も、多少は冷遇されている中でやっていたからなのか、手際も悪くなく、誰よりも一番うまく作業をしていた。
何なら私よりも。
それを見て、ぎこちなく凄いなぁ、と褒める息子と父親。
褒め言葉に対して、義理の母親は小さく声を出す程度。
褒められ慣れてない。
テキパキ進めていくと、たどたどしくはあるが、チキンパイの準備は半分ほど終わる。
監督しながら、作業を進めていく。
買い物を頼んだ人たちが、帰ってくる頃には、不思議な顔をされながらも、使用人たちにも、作業に加わるように伝えた。
チキンパイの生地を作ることに集中。
生地を寝かせなければならないので、その間は休憩時間。
解散となる。
次に、父親に少し少女についての心理状態、関わり方についての指導をすることにした。
そうでもしなければ、家庭内が崩壊しているから。
せめて、彼にだけは伝えなければと決めていた。
お見合いをした後に、わざわざ長く話す機会などない。
今からがまともに会話できる機会。
義理の母親は、休憩時間と知るとすごすごと自室に戻った。
その時、ふと振り返り、まだキッチンに立つ義父と夫の姿に戸惑いの色を見せながら。
二時間ほどして戻らなかったら、また無理矢理連れてくるからね!と笑顔で伝えておく。
渋々、彼女は何もされなかったからか、素直に頷いた。
義理の父親は、執務室に来た嫁を不思議な顔で見てくる。
どうして急に、チキンパイを作り始めたのか、と聞かれた。
妥当な質問である。
「では、お答えしましょう」
会話が無理なら、料理ならば全員が一緒に作業できると、思ったからです!とはっきり言う。
家族内で、全く会話ができていないことを指摘されたからか、彼は恥ずかしそうに俯く。
恥ずかしいことではない、と首を振る。
複雑な家の事は、夫から先に全て聞いていると先に話しておく。
小さな女の子の、心理状態とこれからどうすればいいのか、と言う思想。
学園に通えないならば、家庭教師を使えばいいし、嫁として「私が教えます」と伝える。
新婚なのに、すまないと申し訳なさそうにするが、新婚云々の前に問題が多すぎた。
このままじゃ生活を楽しめない、とはっきり言い切る。
さらに問題を放置してすまない、とまた謝られた。
謝ることのできる、こういう人がいる家だから。
嫁ぎたかったのだと改めて思う。
彼は私に対して、できたら話し相手になってあげて欲しい、と願う。
自分が話し相手になっても、普通の生活をしているような女の子ではないので、うまくいくかは保証できないと言っておく。
普通の子でも難しい問題だから。
ただし、話し相手になるが、あなたも話すようにと義父を言い含める。
何を話せばいいのかが、わからないから、この状態になっているのだと、正直に答える男。
話せるように、また料理教室を開くと伝える。
話せないのならば、話さずに済む作業ならばできるでしょう、と指摘した。
笑みを浮かべて。
またやるのか?とぐったりしているが、今は生地を寝かしているので次は焼くことをしなければならないし、それを食べることもしなければならない。
これは、命令であると薄く匂わせる。
普通は女に命令されたら、激怒するような事態だと思うが、この家は優しい気質なのか、しょんぼりしながらも頷いた。
こういうところが、最高である。
やがて、生地が発酵する二時間が経過。
全員しっかり集まってきたので、発酵をした生地を切る。
パイ用の肉に重ねていくと、全員見よう見真似をしていく。
小さな女の子が特にうまいので、MVPに。
一番うまいで賞、というものを作って彼女にかけた。
タスキである。
タスキをするりとかけた。
少女は戸惑いながら、 タスキを指で恥ずかしそうに弄っている。
よーく似合っているわ、と笑う。
オーブンで焼いている間も暇なので、次はゲームをしましょうとトランプを取り出した。
トランプを知らないのか、全員首をかしげるがジョーカー抜き的な、意味のゲームルールを教える。
すぐに把握して、皆が夢中になって遊んだ。
女の子も、最初はドギマギしていたが、三セットほどしてくると、どんどん加熱していく。
時間になったので、オーブンからチキンパイを取り出す。
ふわりと良い香りが、部屋中に漂う。
使用人たちの分も切り分けて、残りは四人分切り分け。
テーブルに置いてから今日は四人が初めて家族になった日です、と告げる。
夫になった男は目を潤ませ、美味しそうに食べていた。
今までご飯を食べる時も、きっと味がしないような食事だったことだろう。
可哀想すぎる。
思春期から、そうに違いなさそうだ。
下手をしたら、胃痛とかも起こしていたかもしれない。
それぐらい超絶、複雑な家庭環境を生み出していたのだろうな。
想像するだけで、自身も胃痛が起こりそう。
義母は、怯えるようにフォークに手を伸ばした。
怯えに凍りついた瞳が、肉汁で光るパイの一切れを捉えた瞬間、はっと見開かれる。
一口、小さく頬張ると、熱い肉汁がじんわりと口いっぱいに広がり、彼女の顔に初めて見る感情。
それは、飾り気のない、純粋な喜びなのかもしれない。
義理の父親も、パクッと食べると目を細めて、味わう。
自分も、得意料理に手をつけた。
熱々のチキンパイを一口頬張ると、まず、サクサクとしたパイ生地の軽快な食感が舌をくすぐる。
濃厚でありながら優しい味わいのクリームソースが、口いっぱいに広がり。
じっくり煮込まれた鶏肉の旨みがじゅわっと溢れ出す。
とろけるような口どけのクリームと、ホクホクの野菜。
香ばしいパイのハーモニーが完璧で、噛むごとに幸福感が全身を駆け巡る。
もう一口、もう一口と、食べる手が止まらなくなる至福の味わい。
三人、言葉はなかなか出てこない。
無言で、ひたすらフォークが皿に当たる音だけが響く。
だが、救いはある。
言われたことを、素直にやるのならばやりようは、いくらでもあるから。
喋らせる事は、自分にもさすがに難しい。
何かをやらせることならば、できる。
三日後に、また違う料理を作るので、全員集まってね、と伝えておく。
全員共に、何か言いたげにしている気配に、明日にしたっていいのよ?と全てを黙らせる。
にこっと笑う。
こうやって、何度も何度も毎日を繰り返していくと、全てが流れるように日常になっていくから。
「お母様」
義理の母が呼ぶ。
「なぁに、お義母様?」
お互い、お母様と呼び合う。
彼女はこちらを本気で母親と呼び、こちらが冗談混じりにお義母様と呼ぶのがよほど面白いらしく、きゃらきゃらと笑う。
近くには、可愛らしい授業用のペンケースがころりと置いてある。
その傍には、関係がよくなり、家の空気も正常になったリビングで、よかったよかったと、お酒を飲み合う親子二人の姿。
これが、さらに酔うと泣きだす。
「そろそろ、チキンパイの季節よ」
「じゃあ、とっておきの素材を頼んでおかないとね」
義理の母が待ちきれない様子でたまらず言えば、胃痛から解放された夫が心得たと楽しそうに、付け加える。
「私はその日のために、美味しいワインを買おう」
義理の父が、期待するように義理の母の方を見る。
「お店に行くのなら、私も行きたい」
「あ、ああ!ああ、もちろんいいとも」
無邪気な声音に、男性陣達は頷く。
それを、義理の娘たる私は見終わると、スクッと立ち上がる。
もう、手を叩かなくても三人はこちらへ目を爛々とさせて、注目した。
「明日は忙しくなるから、各自スケジュールは、お互いに把握させておいてちょうだいね」
全員、わかっていた言葉に大きく頷く。
チキンパイは家族の日となった。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。