第六話 表具祈祷
惟之の切々たる叫びに合わせて、燃え盛った炎が、錦絵の線のようにすっ……と伸びて猛々しくうねり、人の形を描く。
怪異はおさまるそぶりさえなく、手を合わせていた人々はめいめいに悲鳴を上げた。鎮魂の儀式も意味がないと悟った少女は、お鈴の無念を晴らそうと、ぐっと両足に力を込めた。
「お鈴さんを最初に描いたのは私です。あんまり器量よしだったから。……それを元にして、お師さんが錦絵を描いた。お鈴さんは錦絵が評判になったときから、描かないでって言ってたんだ」
少女に市中の人々の剣呑な視線が向けられた。思わずすくみ上がるほど恐ろしかったが、これはかつてお鈴に向けられた悪意に外ならない。少女はぎゅっと目をつぶって、言葉をつづけた。
「お師さんはお鈴さんに岡惚れしてた。お鈴さんがそのお侍さんといい仲だったのにウンと妬いて、嘘八百並べ立てて絵にしたんだ。見たのかって聞いたら、見てないって言ってた。お師さんが、ごめんなさい」
少女を非難する声がいくつか上がったが、雨宮惟之の「そんなもん信じていびり殺したのはお前らだろうが!」という怒声に皆、口を噤んだ。
「ごめんなさい。私が描かなきゃ、こんなことにはならなかった! どっかでお師さんを止められてたら、こんなことには!」
少女はわっと顔を覆って叫ぶと、泣き崩れた。空をくるりと飛翔するトンビの声が聞こえてくる。
少女が膝をがくがくと震わせながら画房に戻ったときには、すっかり日が沈んでいた。
建て付けの悪い引き戸を閉めると、障子越しに朱金の光が差し込んできた。少女が上り框に腰を下ろして泣き腫らした目をこすっていると「もし」と女のか細い声がかけられた。
師は死んだ。画房に己以外の人がいるはずもない。少女が両手をこすりあわせながら振り返ると、お鈴の幽霊が師の作業場の辺りに浮かんでいた。
──復讐される。
恨めしそうにこちらを見るお鈴の幽霊に、少女はすっかり歯の根が合わなくなってしまった。ろうのように白くなった、師の死に顔が思い起こされてならない。お鈴の幽霊がすっと少女に近づいてくる。頭を抱えて怯える少女にかけられたのは、意外な言葉だった。
「ありがとう……真のことを話してくれて」
少女は遠くなる意識の中で、お鈴の幽霊のそんな言葉を聞いた。
気を失った少女は、鼻先を漂う懐かしい墨の匂いで目覚めた。近くから墨をする音が聞こえてくる。
ハッと目を開くと、師の作業場に一人の男がいた。
やけに青白く月代の目立つ男が顔を上げる。雨宮惟之がこの世のものとは思われぬ形相で少女を睨んだ。
鬼気迫る様子で筆をとった惟之は、真新しい紙にさらさらと筆を滑らせていく。
その絵にはどこか見覚えがあった。少女の描いたお鈴の素描に瓜二つだ。
「……あの」
少女はがたがたと震え上がりながら惟之に声をかけるが、返事はない。惟之は唇を引き結んで、血走った目でじっと少女を見据えると、お鈴の顔ではなく、少女の顔を素描の中に描いた。
「これにて鈴殿の仇を、拙者、報じ申し上げ候。鈴殿の御霊、いつか安らかならんことを」