第二話 下図因果
「もう描かないでほしいんです」
目の前にいるお鈴に見とれてぼうっとしていた絵師見習いの少女は、その言葉に耳を疑った。
少女の素描を元に師が仕上げた錦絵は評判を呼び、今や茶屋には、お鈴を一目見ようとひっきりなしに客が訪れるらしい。お鈴の様子を伝えるたびに錦絵が飛ぶように売れるものだから、版元からも続きを急かされている。
「迷惑してるんです。お願いだから、もう描かないで」
茶屋の宣伝にもなってよかったではないか。誰でも彼でも錦絵新聞に取り上げられるわけでもあるまいに、描かないでほしいとは──いったい何様のつもりだろうと、少女は訝しげにお鈴を見つめた。
お鈴はうなじに落ちた後れ毛をなでながら、じっとりと少女を睨めつけると、深いため息を一つついて去っていった。
少女は憤懣やる方なく、鼻の穴をふくらませて画房の引き戸を乱暴に開け放った。
「お師さん、聞いてくださいよ。さっきお鈴さんが来て『もう描かないでほしい』って」
「なに!? お鈴が来た!?」
いつもなら絵に集中しているはずの師が、起き上がり小法師のように勢いよく立ち上がった。少女が目を丸くしている間に、師は草履をつっかけて、あっという間に画房から飛び出していってしまった。彩色用の絵皿から、ことんと筆が転がり落ちた。
一人画房に取り残された少女は、師の描いたお鈴の錦絵を見つめたのち、転がった筆をそっと拾い上げて絵皿に戻した。
──せっかくこんなに評判になったのに。
画房の隅で新しい紙を敷き、先ほどのお鈴を素描する。うなじに手を当ててじっとりと少女を睨みつけたお鈴の姿を、あっという間に紙の上に描き写した。
横に己の落款を押してみる。いつかこの絵も、市中で評判を呼ぶ日が来るだろう。
「おい、お鈴のやつ、男と会ってやがった。お前ぇ、あれはどういう素性の男か聞いてるかい」