第71話 水面の月【青き階段にて】
僕はクリフ・カストナー。
その日、僕は夕方『青き階段』にやってきた。
今日は復活した夏の祭りだった。
半日、妹のワガママに付き合った。
僕はかなり忍耐強くやったと思う。
とは言え、途中で喧嘩をして、最後に仲直りをした。
妹がワガママなのが悪いのである。
夕方、僕は妹を母さんに返却し(ようやくお役目御免だ!)、『青き階段』に顔を出しに来たのだ。
僕の祭りはここで終わりだ。
夕方以降のお祭りは、ダンス中心のリア充どもの祭典に変わる。
あ、コジロウさんがスザナとダンスを踊ってるのを見たよ。
コジロウさんはアキツシマ風装束で、スザナは白とオレンジのドレスを着てた。
二人ともデカいから目立ってた。
『青き階段』は、ほとんど人がいなかった。
みんな出かけたか。リア充どもめ。
そして、なぜかテーブルに巨デブが座ってる。
東方ハイエルフのケレグントさん。
ちなみにテーブルの上にはウィスキーの酒瓶とコップ。
はっきり言おう。酒臭い。
「ケレグントさん、どうしたんですか?」
僕は尋ねた。
ここは聞くのが礼儀だ。
僕は礼儀を大切にする。
「おや、クリフ・カストナー。
あなたは分からせ系って知っていますか?」
「分からせ系というと、あのその、《《そういうコンテンツ》》ですよね」
僕はそういうのは好きではない。
僕が好きなのは、白いトカゲに変身する美少女との純愛モノである。
でも、魔術師クランの友人にはそういうのを集めている者もいる。
「そういうコンテンツですよ。
こういう面に関してはロイメは素晴らしいですね。
クソ生意気な女の子、暴言、嘲笑、私はこういうのに嵌っているのです」
ケレグントさんは酒臭い息を吐きながら言った。
「はぁ、まあその、個人の趣味は自由なんで」
ロイメはそういう土地柄だ。
「私はね、気に食わないんですよ」
「リア充どもがですか?」
「リア充もですけどね、あのギャビンとかいう男ですよ。実に気に食わない」
ギャビン、ケレグントさんに何をしたんだ?
「ギャビンが何をしたんですか?」
「上手いことやったようじゃないですか!」
ギャビンはトレイシーと祭りに行くって言ってた。
リア充爆発しろと思わないでもない。でも、ギャビンは努力した。
「努力は認めてあげてくださいよ」
僕は言った。
ドワーフの武術教官ソズンさんも努力は大事だって言っていた。
「シオドアもシオドアですよ。
ゴブリン女にかまかけて、手元の女に逃げられるなんて」
「はぁ」
「ギャビンより、どう見てもうちのシオドアの方がいいですよね。
クリフ、あなたもそう思うでしょう?」
えーと、賭けのことかな?
「選ぶのはトレイシーだし、好みはそれぞれあるかと」
僕はシオドアとギャビンなら、ギャビンの味方をするぞ。
「クリフさん、それは放っておいてください」
後ろから声がした。
ユーフェミアさん!
「無様を極めていますし、できたら記憶からも消してあげてください。
ケレグントにどうか慈悲を」
ユーフェミアさんは、静かに言った。
「はぁ」
ケレグントさんは、黙々と酒瓶から酒をついで飲んでいる。
「恋とは無様なモノでな」
モップを持ったクランマスターがやってきた。
「なーにが無様ですか!」
酔っ払ったケレグントさんが反論した。
「無様は失礼した。とりあえずは《《おめでとう》》だな、ケレグント」
「……」
「【男】に復帰したんだろ? 治ったんだろ? 良かったじゃないか」
「なんで分かるんだって、……あなたはそういう能力者でしたね」
「今度、花街に遊びに行こう。復帰祝いだ。お前の奢りで」
クランマスターは、悪い顔で話しかけてる。
「気が進みませんねぇ。
私にはロイメの街も祭りも全て水面の月に見えますよ。
美しく儚く、手で触れれば消えてしまう」
「……。なら、無様ついでに教えてやろう」
クランマスターは顎を撫でながら言った。
「何ですか?」
「ロイメの夏の祭りのダンスの全てが恋人たちのための抱き合う踊りという訳ではないぞ」
そりゃそうだ。あんなのが踊れるのはリア充の中でも剛の者だ。
「もっと軽いダンスもある。
後半になれば、パートナー以外の親しい友人や身内、世話になった人と踊ったりする。
さらには、輪になって踊る、パートナーが次々と変わるダンスもある。
これは、目当ての相手と踊れるかは運次第だな」
あるね。僕でも踊れるヤツ。
「何が言いたいんですか、Z・パウア」
Z・パウアは、クランマスターの通称だ。
「無様を覚悟すればチャンスはまだまだ転がっているさ」
「……」
ケレグントさんは沈黙した。
「そして、トレイシー・モーガンの二十歳の夏の祭りは今晩しかないということだ。
君があと数千年生きようと、今日だけだ」
ケレグントさんはコップに注ごうとしていたウィスキーの酒瓶を置いた。
「今日だけですか」
「今日だけだな。間違いない」
ケレグントさんはスッと立ち上がった。
大丈夫かな?
こんな巨大な酔っ払っいに倒れられると困るんだけど。
ケレグントさんは何やら魔術を自分にかけた。
げっ!酒臭さが消えた。
酔いを一瞬で覚ますのは、治癒術の中でも超級術だ。
「さてと、生活魔術で身ぎれいにした方が良さそうですね」
ケレグントさんはもう一度魔術を使う。
髪の毛サラサラ、ピカピカの巨デブになった。
「ケレグントさん、これからどうするんですか?」
「私も水面の月の、祭りの一部になるんですよ!
おじゃま虫とも言いますね。
楽しいですね」
ケレグントさんは、笑顔で答えた。
「行って来い」
クランマスターは言う。
「ケレグント、せめて花束を持って行きなさい。お願いだから」
ユーフェミアさんが言う。
受付のテーブルにはいくつかの花束が置いてある。
「おお、ありがとうございます。
そうですね、これはどうでしょう、ピンクのジャスミンの花束です」
「良いんじゃないですか」
僕は適当に答えた。
「では、行ってきますよ!
永遠ならざるロイメの、麗しき一時の祭りに!」
そして、巨デブは祭りの音楽の中へ去って行ったのである。
そういや、トレイシーの祭りの賭けはどうなったんだ?




