第6話 ゴブリンについて語る
衛兵の連中は人身売買組織のアジトをあっさりと制圧し、悪党6人はしょっ引かれた。
まぁ仮にもお上の衛兵だからね。当然っちゃ当然か。
共犯はいるだろうね。ロイメの中か外かは分からないけど。
異種族の女の子の売買なんてあのマヌケな三下どもだけでやれるとは思えないし。
でもそれはまた、別の話。
ハーフトロールの女の子と、ハーフドワーフの女の子は家族の元に帰った。
ホントよかった。少女誘拐とかマジ最低。
そして残された問題は。
ゴブリン族の少女レヴィだ。
ゴブリン族の少女レヴィはあっという間に衛兵に連れて行かれてしまった。
だからアタシ達がレヴィと話した時間はとても短い。
話を聞くに、どうもレヴィはダンジョンから出て外の世界に行きたいと常々思っていたらしい。
夢を叶えるため、レヴィはダンジョンの外から来た冒険者と接触し外に連れて行ってもらおうとした。
それが人身売買をする悪党だったのだ。
とんでもない世間知らずだよ!
その日定刻通り『冒険の唄』に行ったら、いつものテーブルにいたのはネリーとスザナの二人だけだった。
「シオはどうしたの?遅刻なんて珍しい」
「さっき伝言屋が来たよ。
レヴィの身元引き受けについてロイメ市と交渉してるんだってさ」
スザナが答える。
ふーん。
「レヴィはまだ衛兵に捕まってるの?」
「そうよ」
ネリーが短く答えた。
「ヘンニは?」
「今回の事件についてハーフ種族を持つ親と話して回るって言ってたわ」
さすがヘンニだ。単なるベテラン冒険者ではない。
「捕まっていた他の二人の女の子は家に帰ったのに。レヴィはいつまでも衛兵に取っ捕まってかわいそうだよ」
スザナが言う。
スザナはだいたい弱い者に優しい。
「ロイメ市は、ゴブリン族がどうやってダンジョンのゲートを突破して外に出たかは知りたいはずよ。
気の毒だけどそれが分かるまでは解放されないと思うわ」
ネリーが冷静に語る。
それはアタシも疑問に思った。
ロイメのダンジョン門は、ヒトと魔石の出入りを厳密に管理している。
ゴブリン族もヒト族の端くれのはず。
木箱に隠れたぐらいで突破できるとは思えないんだよね。
ゲートをすり抜ける方法があるならアタシだって知りたいよ。
あ〜あ、事件の決着がつくまで、報奨金は遅れそうだな。
「どうやってゲートを抜けたのかなんてクソ悪党どもに聞けばいいじゃないか」
スザナはまだお上の文句を言っている。
上ってのはそういうもんだよ。
アタシは話題を変えることにした。
「ねぇネリー、ゴブリン族ってどんな種族なの?教えてよ」
冒険者ギルドは「第四層に住むゴブリン族とはなるべく関わるな」と公言している。
アタシは長いものには巻かれる主義だから、冒険者ギルドに言われた通りゴブリン族と関わったことはない。
一方で、ゴブリン族はおとぎ話の中にしばしば出てくる。
物語の中ではたいてい悪役だ。不吉な種族で、悪い魔物を連れてくる連中とも言われる。
そして、主人公や勇者に早々に退治されてしまうのだ。
でもアタシはこの前ゴブリン族を直接見た。
現実ではゴブリン族はロイメのダンジョン四層でひっそりと暮らす絶滅寸前の種族である。
「私もあまり詳しくないのよ、王国にはゴブリン族はいないんだから」
とか言っているが、教えたがりのネリーはなんだかんだいろいろ話してくれるだろう。
「ゴブリン族は、小柄な種族なの。身長は1mちょっと、記録によっては1m以下とも書かれてるわ。
肌は黄色、毛髪は赤。他の種族の赤毛とは一線を画す鮮やかな赤だそうよ」
「へぇ~」
アタシはネリーの赤毛を見ながら言った。
「歌の中で『ゴブリン族は木から降りてこない』と歌われている。
ゴブリン族は樹上生活をする。熱帯や亜熱帯の森の巨木の上で生活するんですって」
「もっとも大きな特徴は尻尾。ゴブリン族はヒト族の中で長い尻尾を持つ唯一の種族なのよ」
「トカゲ人間族も長い尻尾があるよ」
スザナが言う。
ネリーはちょっと虚を突かれた顔になった。
これはたぶんトカゲ人間族をヒト族の分類に入れてなかったんだろう。
「コホン。ゴブリン族はトカゲ人間族と並んで、長い尻尾を持つ稀有な種族なの。
ゴブリンの尻尾は細長く自由に動き、尻尾を木に巻きつけて体を支えたりもできるそうよ」
尻尾かぁ。
ゴブリンの少女レヴィは毛布に包まれてたまま衛兵に抱えられて連れて行かれてしまった。
だからアタシはレヴィの尻尾は見ていない。ちょっと見たかったな。
「絶滅寸前の種族なんだよね」
「ええ、そうよ。少なくとも王国にはゴブリン族はいない。
でもロイメのダンジョン四層には昔からいたと言われている。ロイメに冒険者ギルドや魔術師クランができる前から細々と暮らしていたらしいわ。
ロイメのダンジョン以外では東方エルフ族がゴブリン族を保護しているという噂がある」
「なんでゴブリン族って、いつも悪役なわけ?」
アタシは一番気になっていた事を質問する。
ゴブリン族は体は小さいし、絶滅寸前だって言うし、そこまで脅威には思えないんだよね。
「さぁ。むかし人間族と生活圏をめぐって戦ったとか?」
ネリーが苦しい理論を持ち出した。
「どう見ても人間族の方が強いと思うんだけど」
スザナが率直に感想を言った。
「魔術が上手いとか?」
アタシなりに考えてみる。
「ゴブリン族も魔術は使うらしいけど、エルフ族みたいな魔術の伝説はないのよね」
うーん。
アタシ達が机上の空論で悩んでいたら、冒険者クランの扉が開いた。
「やあ、みんな来てるね」
シオドアはいつも通り爽やかに言った。
コイツはこういう男だ。少なくとも冒険者としては実にソツがない。
「今日は来ないかと思ったよ」
アタシはズケズケと言った。
「なんとかなったよ」
「で、わざわざ来たってことは何か用事があるんでしょ」
ネリーもズケズケと言う。
「ゴブリン族のレヴィと面会できた。話もした。
レヴィは部族のシャーマン、要は魔術師なんだそうだ。中級治癒術も使えるらしい。
僕はレヴィを『輝ける闇』で預かって、うまくいけば正式なメンバーに入れることも考えている。皆はどう思う?」
アタシ達は虚を突かれて沈黙した。