第56話 隔離と手紙、再び
ネリーは自分から扉を開けたよ。
熱が高く、時々咳き込んでいた。
魔術師クランで倒れた連中と同じ症状だそうだ。
本当のことを言うと、アタシとスザナはネリーを見てない。
見たのは、シオドアとレヴィだ。
レヴィの家は丸ごと「隔離」になる。
衛兵によってではなく、アタシ達自身の手によって。
アタシ達は緊急時を除いて外に出てはいけないし、他人を入れてもいけない。
ヘンニをさっさと家に帰して良かったって、心から思うよ。いやマジメに。
アタシとスザナはレヴィがネリーを看病するのを手伝うことになる。
アタシ達は病気に罹ってないかって?
ネリーがこの家に帰ってきた時、アタシは少し話をしたよね。
その時、ネリーはマスクをしていた。
大丈夫だと思うが……、とシオドアは言った。
様子をみろってことか。
シオドアは、家をネリーとレヴィの病人エリアと、アタシとスザナの健康な?エリアに分けた。
お互いに相手側のエリアに入っちゃいけないし、話す時もマスクをして、距離を取れって。
ちなみに、アタシとスザナが最初にやったことの一つが、中庭にトイレを掘ることだよ。
庭のトイレなんて誰が使うのかって?
アタシとスザナだってば。
この家のトイレはレヴィとネリーが使う。
トイレは感染の危険が高い場所なんだってサ。
アタシ達は冒険者だから、外で用を足すのには慣れてるけど。
まさか、ロイメのこんな小綺麗な家の庭で同じことをすることになるとは。
食べ物は看病するレヴィの分と、ネリーの病人向けのモノ(ほとんど飲み物だ)とを作って、テーブル越しに渡す。
手を洗え、マスクしろ、取り替えろ。
シオドアの指示は細かかった。
こんなにたくさん命令されたのは、修行時代以来だ。
全部覚えられたかどうか、正直分からない。
一段落したら、アタシとスザナは縫い物をした。
この家においてあったシーツを切って縫って、上着みたいなモノを作った。
病人を看病をする時に着るらしい。
縫い物は得意じゃないけど、気は紛れるよ。
寝る場所は一階のロビー。
二階は丸ごと病人の場所だ。
アタシとスザナは、寝袋で寝た。
玄関で騒がしい音がして目が覚めた。
今何時だろ?時計をみると、夜明け前だ。
玄関から現れたのは、マントにマスクをしたシオドアと、巨大な人影とさらにもう一人。
あの大きさは巨デブハイエルフのケレグント師だろう。
推定ケレグント師はマスクをして、白い上着を着て、白い頭巾まで被っていた。
同じ格好のもう一人は……、長く青いまつ毛に青い瞳。マデリンさん!
シオドアは、二人を連れて来てのだ。
シオドアは二人を二階へ案内した。
アタシとスザナは、ロビーの隅で階段を登る三人を見送った。
良かった。もう大丈夫だろう。
夜が明けて薄明るくなる頃、三人とレヴィが降りてきた。
ケレグント師がアタシとスザナの方を見る。
「とりあえず、水分と栄養は体に入れておきました。
でも、症状がひどくなるのはこれからです。
そこの二人!感染すると大変ですからね。
すべて規則通りにやってください」
ケレグント師は言った。
いつもの先生モードだ。
もちろん、ちゃんと言う事を聞くつもりだ。
「ケレグント師!」
スザナが呼びかける。
「病気を治す魔術はかけてくれないのか?」
「風邪ならともかく、今回の病気はそんなに単純ではないのです。
まったく新しい病気ですから」
ケレグント師は答え、続ける。
「あなたの言う『免疫を高める術』は使えません。この病気とは相性が悪い。
魔術師クランで、かけた直後に症状が悪化して、そのままお亡くなりになった方が数名います」
……。
アタシとスザナは沈黙する。
この二人が来たら、すべて解決すると思っていた。
「ともかく、シオドアの言う事を聞いて、すべて規則通りに生活してください。
これ以上患者増やさないように」
ケレグント師はまとめた。
「えーとね、みんなに言うよぉ」
マデリンさんが声をあげた。
頭巾とマスクと、美貌はすっかり白い布に覆われている。
「なるべく水分を取らせてあげてねぇ。
解熱剤をおいておいたから、熱が高い時は飲ませるの。飲ませる量は指示を守るんだよ!
あと、病気の症状で体にダメージが入っているから、普通の治癒術は有効だよ。
でもぉ、体のバランスを崩させないように、効き目は弱めにかけてねぇ。
初級治癒術をゆっくりかけるのぉ。
体が病気の元を追い出すまで待つしかないからぁ。
長期戦になるからぁ、看病している方が倒れないようにみんな休憩をとってねぇ」
「分かりました。ありがとうございます」
シオドアが言った。
「ちょっと待ってくださいナリ」
二階から、レヴィが言った。
「なんですか。私はちゃんと来ましたよ。マデリンさんもいっしょです。
ひどい手紙で呼び出されたとは思いますが」
ケレグント師が言う。
「ひどい手紙って何ですか?」
スザナが聞く。
レヴィ、一体何を書いたんや。
「ええ、ひどい手紙でしたね。
我々が来なかったら、レヴィ本人が病気の元に感染した状態で、ロイメの市場で大暴れしてやるって書いてありました」
レヴィ、そんなこと書いたんかい。
で、シオドアその手紙渡したんか。まあ、アタシでも渡すだろうけど。
「この地上で殺されたご先祖様の、ゴブリン族の血にかけて。
復讐の女神フリスの名にかけて、やり遂げてみせると書いたナリヨ」
レヴィは言った。
「やめてください。ゴブリン族のあなたと復讐の女神フリスは相性が悪すぎます。
そもそもみだりに唱える名ではありません」
ケレグント師は言う。
すまん、レヴィ。復讐の女神様はアタシも怖いよ。
「復讐の女神フリスの名において、二人とも最善を尽くしてないナリネ」
「何を言いますか、心外ですね、私たちはずっと働き詰めの中……」
「あなた達は、多分薬の作り方を知ってるナリ」
「いやそのですね、」
「ゴブリン族の血から、凄い薬ができるんだナリ。レヴィは知っているんだナリ。
今から、二人に作ってもらうナリ」
レヴィは階段の上から言った。
ゴブリン族の血から作る薬は、血清療法がモデルです。(超ファンタジー解釈です)