第55話 平和に暮らしているコウモリを無理やり連れてきたのは誰ですか?
隔離場所はレヴィの家になったけど、思ったほど楽しくなかった。
スザナはお祭りに向けてお花畑モードだしサ。
トロール族特有の睡眠モードになったヘンニは、まだ寝ぼけていた。
アタシは皆のために食事を作った。
スザナやヘンニに任せると何が出てくるか分からない。
暇な時間はレヴィに頼まれて、ロイメの文字の読み書き練習に付き合った。ネリーみたいな良い先生じゃないけど。
レヴィは熱心に勉強していたよ。
三日目に衛兵が去り、アタシ達は隔離を解かれ、ようやく自由の身になった。
寝ぼけてるヘンニは家に帰す。
ヘンニの双子の息子と娘は、『冒険の唄』の旦那さんと女将さんの所で預かってもらっている。
ヘンニは、二人とも13歳で半分成人みたいなものだと言う。
トロール族だとそういう感覚なのかな?
アタシの意見だと、13歳はまだ子供だ。
ともかく、子供の顔を見れば、ヘンニの目も覚めるだろう。たぶん。
祖父の手紙の内容は、ヘンニも含めて皆に伝えた。
ただ、今できることはあまりない。
魔術師クランに近寄るなって書いてあるけどサ。
その魔術師クランに招集されてるシオドアとネリーが心配なんだよ。
情報が欲しい。
レヴィは相変わらずこの家から動けない。
アタシが『冒険の唄』に行くか、『青き階段』に行くか。
いや、スザナに『緑の仲間』で情報収集してもらうか。
そんなことを考えてると、マスクをしたネリーが帰ってきた。
「ネリー、心配したよ。魔術師クランで変なこと起きてるんじゃないかって」
ネリーはスッと何か考えるような顔をした。
「疲れたから二階で休むわ。シオドアは今日中には戻ってくるはず。
みんな、あまり出歩かない方がいいわよ」
そう言うと、ネリーはそのまま二階に上がって行った。
何のこっちや。
ネリーにしても、ここまで無愛想なのは、珍しい。
ネリーはそのまま水差しを持ち込んで、部屋に鍵をかけて閉じこもってしまった。
昼飯だって散々ノックしたけど、出てこない。
ネリーもお疲れで、ヘンニ並の睡眠モードに入ったのかな?
夕方、やはりマスクをしたシオドアが帰ってきた。
「シオドア、心配したよ。
魔術師クランで何か起きてるって祖父が言うしさ。
あ、ネリーは午前中に帰ってきて、そのまま寝てるよ。飯だって言っても部屋から出てこないんだよ」
シオドアの顔色が変わった。
シオドアは二段飛ばしで階段を上っていく。
その後にアタシと、さらに後からレヴィとスザナが追いかける。
ドンドンドンドン。
シオドアは部屋の扉を激しくノックする。
ネリーの部屋は、内側から鍵がかかっていた。
「ネリー、開けろ!無理なら返事しろ!」
部屋から返事はない。
アタシはネリーを部屋に放っておいたことを後悔した。
無理やりでも引っ張り出すべきだった。
ともかく鍵をなんとかしないと。
ピッキングに使えそうな道具は、えーと。
家の中をあさり、使えそうな道具は見つかった。
「シオドア、鍵を開けるよ」
シオドアは、中のネリーと何か話している所だった。
「今は鍵開けはいい」
シオドアは首を振ると言った。
なんで?
シオドアは、アタシとスザナとレヴィを階段に集めた。
シオドアは緊張している。
ダンジョンで魔物と対峙した時でも、そうないくらいに。
「ネリーの扉を開ける前に、皆に伝えなければならないことがある」
シオドアが言った。
「何?早く開けた方が良いんじないの?具合が悪いかもしれない」
スザナが言う。
「魔術師クランの実験室から伝染病が出た」
「……」
伝染病。
流行り病とも言う。
伝染病の恐ろしさは良く知っている。
アタシの母さんと父さんは伝染病で死んだ。
「風魔術の研究者が実験用にコウモリを飼っていた。その魔術師が突然体調を崩して死んだ」
「ええ……」
「その後、彼の周りのヒト族が似たような症状で倒れた。
さらにその周りののヒト族もだ」
あれは冬だった。
まず母さんが病気になった。
必死で看病していた父さんも罹ってしまった。
アタシはずっと祖父の家に預けられていた。
「それでどうなったナリカ?」
「魔術師クランは単なる体調不良ではなく、伝染病であることに気がついた。
今、クランの箝口令を引き、主要メンバーを動員して後始末をしている。
僕もネリーもそのために呼び出された。
そしてどうやら、ネリーは仕事の途中で病気をもらったようだ」
父さんと母さんに再会した時は、葬式で二人とも棺の中だった。
ついこないだまで元気だったのに。
アタシは一瞬目眩を感じる。
冒険者がダンジョンで死ぬとは限らないのだ。
「大丈夫ナリカ?トレイシーさん」
アタシはレヴィに顔を覗き込まれていた。
後輩に心配されるとは。
アタシは今、どんな顔をしているのだろう。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「伝染病を広めるわけにはいかない。
全て慎重にやらなくてはいけない。
ネリーの看病は僕がやる。
トレイシーはケレグント師かマデリンさんを探して、なんとか連れて来て欲しい。
ケレグント師は魔術師クランにいる。マデリンさんも……多分いると思う」
魔術師クラン。祖父が行くなって。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。
「分かった。魔術師クランで二人を探す。
でも、アタシは魔術師クランに籍がない。
入るための紹介状みたいなのくれない?」
魔術師クランにはあまり詳しくない。
魔術師クランは大騒ぎでヒトの出入りを制限してるだろう。
部外者のアタシが入れるだろうか。
「分かった、何通か書くよ」
シオドアが言う。
いや、何が何でも侵入して、二人のどちらかを探して連れて来なきゃいけないんだけど。
「ケレグント・シはシオドアの先生ナリヨネ?
だからケレグント・シを探すのはシオドアが良いナリよ」
レヴィが突然口を開いた。
「ああ分かってる。
しかし、誰かネリーを看病しなきゃいけない。
それは医療と伝染病の知識がある僕しかできないんだ」
「ネリーさんの看病はレヴィがやるナリ。
ゴブリン族は、伝染病に強いナリ。
ゴブリン族は病気にかからないから、病気になったヒトの看病はしたことないナリ。
でも、どうやるか教えてくれればちゃんとできるし、やるナリヨ」
レヴィは言った。
『輝ける闇』のメンバーが、冒険者ギルドの隔離施設を追い出されたのは、緊急で隔離しなくてはいけないヒトが出たからです。




