第49話 湖
第四層の最下層は湖だ。
巨木は水中から生えているのだ。
不恰好なほうきみたいな根がたくさん張り出していて、巨木を支えている。
アタシ達は、水面から突き出た根の上に降り立った。
水は青く透明で、波は静かだ
のぞき込むと水中の巨木の根や、枯れて沈んだ木が見えた。
水中でかすかに動いているのは、魚型魔物だろうか?
ここが第四層の「最初の」目的地だ。
シオドアとヘンニが、赤吉が背負っていた荷物を降ろした。
荷運びから解放された赤吉は嬉しそう。重かったね。
荷物の中に入っているのは、皮でできた大きな袋みたいなモノ。
シオドアが呪印に手をかざすと、ボンボンボンと膨らみ、舟のような形になった。
そのまま水面に浮かべる。
実は「舟のような」ではなく、れっきとした舟だったりする。
皮は防水仕様が施されていて、沈まないようになっている。
ここから先は、この舟で行くことになる。
「水に落ちた時に体を水に浮かせる魔術道具は持っているか?」
シオドアが確認した。
「持ってるよ」「持ってるナリ」「持ってるわ」「持ってる」「持ってるぞ」
アタシ達は、舟に乗り込んだ。
六人全員、ヘンニまで乗り込んでも、舟は沈みそうな気配はなかった。
舟は滑るように水面を行く。
周囲は巨木の森の根で、その間を縫うように進む。
上には高く高く緑の天蓋がある。
辺りは薄暗いが、所々に明るい光が落ちる場所があった。
魔術印に手を置き、操縦するのはシオドア。
地図を見て、案内するのがアタシ。
舟の舳先で、周囲を見回しているのがレヴィ。
「魔物の気配は薄いね」
ヘンニが左右を見回しながら言った。
「この舟には、魔物避けの魔術印が刻まれてるそうだ。
それが効いてるんじゃないか」
シオドアが答えた。
そりゃまた。
「ロイメ市は、こんなすごい物よく貸してくれたな」
スザナが言った。
これは同感だよ。
この舟さ、ほとんど音を立てずに動くんだよね。
高レベルの魔石を使ったものすごく高価な魔術道具だと思う。
「ケレグント師の私物だよ。
冒険者ギルドは同じ物を所有しているが、それもケレグント師が作ったものだそうだ」
シオドアが答える。
はー、まー、すごいというか。
ま、貸してくれるなら良いけど。
ちなみに体を水に浮かせるお守りは、マデリンさんにもらったよ。
「みんな、レヴィとゴブリン族の話し合いが無事に終わることを望んでるってわけよね。
その後のことはともかく」
ネリーが言った。
「異種族共存の理念があるからね」
ヘンニが答える。
「これ、よく分からないんだよね。
なぜ、レヴィがゴブリン族から縁切りされることが異種族共存に繋がるんだ?」
スザナが質問した。
あーこれ、アタシもピンと来てない。
「異種族共存は理念で、理想なの。現実とずれていても良いのよ」
ネリーが言う。
「どういう意味よ、それ?」
アタシは質問した。
理想と現実は噛み合ってなきゃいけないでしょ?
「あーそれはつまりだね」
ヘンニが話し始めた。
「一人の揉め事を犯したトロール族がいるとするだろ」
いるね。トロール族がトラブルを起こすことはよくある。
「そのトロール族はロイメ追放刑を食らったとする」
うんうん。
「この場合、ロイメ市はトロール族の組合にも許可を求めてくるんだ」
「そうなの?」
「そうだ。
一応、トロール族の組合は、同胞の追放刑に異議を唱えることができる」
「異議唱えるとどうなるの?」
「追放刑は止まるね。そして、もう一度裁判をやり直して、ロイメ市の刑務所行きかな」
「そのトロール族にとって、悪い結末だと思うな」
追放されれば、ロイメにはいられないけど、一応は自由の身だよ?
故郷に帰るなり、別の場所で傭兵をするなりすればいい。
「その通り。だから、トロール族は同胞の追放刑に異議を唱えることはまずない」
そうだろうね。
「つまりだ。ロイメ市の追放刑は、同胞の追認の元で行われてるんだ」
ふむふむ。
「でも、ロイメ市にその種族が一人しかいなかったらどうなる?
例えば、セイレーン族のマデリンさんを追放したら?」
ヘンニはさらに話した。
「困るわね。
ロイメ市がマデリンさんを追放したら、すなわちロイメ市はセイレーン族を完全に拒むことになってしまうわ。
『異種族共存』の理念に反するわ」
ネリーが言う。
ほー、そうなるわけか。
「ロイメ市は、同族のゴブリン族にレヴィを追放させて、責任を取らなくて良い状況を作りたいんだね。
これじゃレヴィがゴブリン族を訪ねても、良いことないんじゃない?」
アタシは言った。
「そういうことだ」
シオドアがはじめて発言した。
「納得いかないよ」
スザナが言った。
「でもこっちを片付けないと、誰も話を聞いてくれないんだよ。
レヴィは『ロイメ市』にとっては、ポッと出の新参者だ。
対するケレグント師は、『ロイメ市』にずっと関わってる古株ハイエルフなんだろ」
ヘンニが言った。
ヘンニがこういう面倒な話について雄弁なのは珍しい。
レヴィも含めて、皆は沈黙した。
「地図によると、そろそろ森を抜けそうだよ」
アタシは言った。
前の方が明るくなってきた。
巨木の森が途切れた。
第四層は巨木の生えていない帯状のエリアによって、二つの地域に区切られる。
北東部のゴブリン族の森と、南東部の冒険者の森だ。
なお冒険者の森側に、第三層の出入り口も、第五層の出入り口もある。
ゴブリン族の森は孤立している。
だからこそ、冒険者がゴブリン族の森に侵入したら、殺されても文句は言えない。
アタシ達は巨木が生えていない見通しの良い場所に到達した。
二つの森の境界エリアだ。
ゴブリン族の森まで十メートル弱ってとこかな。
今のアタシ達の舟は、ゴブリン族の森から丸見えだろう。
「旗をもっとよく見えるように」
シオドアが言った。
白地に緑の丸、緑丸の中に白十字、冒険者ギルドの旗だ。
旗をよく見えるようにアタシとスザナで支えた。
冒険者ギルドとゴブリン族には、初代ギルマス以来の交流がある。
高い所で鳥か虫の鳴く声が聞こえるが、水面は静かだった。
「ここで待つわけね?」
アタシは質問した。
「ああ、そうだ。ゴブリン族の領域に勝手に入るわけにはいかない」
シオドアが答える。
「いつまで待つことになるのかな」
スザナが言う。
「ゴブリン族はじきに来るはずナリ。
この辺りは良く見回りをしていますナリ」
レヴィが言う。
レヴィの言った通りだった。
前方の巨木の森から、喉を鳴らすような不思議な音が聞こえた。
「いるね、あそこに。ゴブリン族だ」
ヘンニが言った。
確かにいた。
前方の森の根の上にちょこんと、花が咲いたように真っ赤な髪で黄色い肌のゴブリン族だ。
「あそこにもいる!」
スザナがいた。
「あの上にも」
アタシも見つけた。
手に持っているのは弓矢だろうか。
気がついたら、いつの間にか、十人ほどのゴブリン族が、前方の巨木の森にいた。




