第40話 真・ゴブリン族について語る
「ゴブリン族について教えて欲しいナリネ。
レヴィが知らないことを教えて欲しいナリ」
アタシ達は、一応だけど、ケレグント『師』の言うことを聞いてやろうかって気分になった。
シオドアの料理先生と聞いて、スザナは態度を変えた。
ネリーは好き嫌い以前に好奇心に負けた。
「分かりやすく説明してくださいね。
頭が悪いアタシでも分かるように」
アタシは念を押す。
「まぁ、よろしいでしょう。『輝ける闇』の仲間の皆さんも当事者です。
ゴブリン族についてですが、細かいことはゴブリン族であるレヴィさんの方が詳しいはずです。
私がお話できるのは歴史の概要と、なぜ迫害に至ったかです。
異なる種族が隣り合っていれば、争いは当然に起こるのです。
それを前提としてお聞きください」
前置きが長いよ。
「ゴブリン族の特徴の一つ目は、長い尻尾です。ゴブリン族は尻尾を使い、自由自在に木を渡る森の民です。
樹上では、彼等は最強です。
しかし、人間族を中心とする平地の民は、木を切って農地を広げたい。
人間族とゴブリン族で土地を巡る争いがありました。
これが最初の因縁です」
これはアタシも予想していた。
「ゴブリン族は恐れを知らぬ狂戦士ですが、知っての通り、人間族は狡猾で強欲な戦上手です。
火魔術をはじめとする攻撃魔術もあります。
木を切られ、森を焼かれ、ゴブリン族の領地はどんどん減っていきました」
「人間族に敗れたゴブリン族は、木から降りて生活せざるを得なくなりました。
しかし、平地で暮らすには、長い尻尾が邪魔になります。
ゴブリン族の身体は、平地で長い距離を歩くのに向いてないのです。
ゴブリン族は平地の農耕の民になれませんでした」
「住処を追われたゴブリン族についてです。
人間族の都市に住み着いた者がいました。
そこで小さな体を生かして、下水管の掃除になど特殊な仕事につきました。
ドワーフ族と共存し、鉱山労働に従事したゴブリン族もいました。ドワーフ族が入れないような細い坑道に入るのです。
これは、ドワーフ族は最終的に自分達がやった方が効率が良いという結論に達したようです。
比較的うまくいったのは、治癒術を生かして共存を図るというものです。
ゴブリン族は治癒術師がとても多いのです」
「要は、ゴブリン族は分断され、人間族の側で暮らすようになった。
これを理解してください」
もしかして、ここまで前置きじゃないよね?
「さて、ゴブリン族の守護神は、医療の神ヒュギポスです。
その頃は、我々もゴブリン族の真の特異性について知りませんでした。
ゴブリン族最大の特徴は、尻尾ではありません。【免疫】なのです」
「【免疫】って何ですか?」
ここではじめてネリーが質問した。
ネリーも知らない言葉か。
【免疫】
「【免疫】は、体内に侵入した【病気の元】から体を守る仕組み、と定義しましょう。」
「【体の防御力】ってこと?魔術師クランではそういうけど」
「とりあえず、そう考えて頂いてかまいません。あなたが考えるより、はるかに複雑なシステムですが」
まどろっこしくて、嫌味ったらしいハイエルフだね。
「人間族やエルフ族の【免疫】は、体内に侵入した【病気の元】に反応し、【病気の元】を排除します。
反応の過程で熱が出たり、炎症が起きたりします。
実は、病気の症状は、身体の中で【免疫】と【病気の元】が戦争している証拠なのですよ」
「熱なんて出ない方がいいけど」
アタシは言った。
健康が一番だよ。
「トレイシー、つまり、国と同じようなモノよ。
【病気の元】が入ってきたら、見つけて、叩きのめし、追い出さなきゃいけないのよ。
戦争のやり過ぎで国が滅びるかもしれない。
でも防衛しなかったら、どのみち滅ぶ」
ネリーが言った。
うーん、ちょっと分かったかな?
「良い例えです。
とりあえず、その方法で説明しましょう」
本当にまどろっこしい。
「ゴブリン族は極めて強力て独自性のある免疫を持っています。
【病気の元】が侵入しても増殖させない。
そして発症させない。
かといって、排除はしない」
さらにややこしくなってきた。
「国内に敵勢力が侵入しても、何もできないって状態かしら」
ネリーが言った。
「その通りです。重要なことが『増殖させない』ですね。
体内に入った【病気の元】は様々な方法で体内のシステムを乗っ取り、増殖しようとしています。
ゴブリン族の【免疫】はそれを許さない。
他のヒト族の【免疫】には同じことはできません。
我々は熱を出し苦しい思いをして、【病気の元】を排除するしかないのです」
「つまり、ロイメの異種族共存みたいにゴブリン族は敵勢力と体内で共存しているってこと?」
ネリーはさらに質問した。
「ロイメの異種族共存と、ゴブリン族の高度な免疫を比べるのは失礼だと思いますよ。
でもまあ、……そうですね、ロイメの以外の地域よりは、ロイメは異種族とうまくやっています。
ゴブリン族の免疫と似てないこともないかもしれないです」
「それって、要はゴブリン族は病気に強いってことだよね。
それって良いことじゃないの?
何が問題になるの?」
アタシは質問した。
ややこしい言葉がたくさん!出てきたけど!そういうことだよね。
ゴブリン族の尻尾が必ずしもゴブリン族の味方にならないことは分かった。
でも、身体が丈夫って一番の財産だよ。
祖父が言ってた。
身体が丈夫で何か困ることがあるの?
「ゴブリン族は困りません。
でも、ゴブリン族の周りの人間族やその他の種族はゴブリン族ほど強くありません。
その場合、何が起こるでしょう?」
ホント、もったいぶったハイエルフだねェ。
「前提その1、ゴブリン族と、人間族その他の種族は入り混じった状態である」
「前提その2、ゴブリン族は【免疫】において他種族を圧倒して強い」
「何が起きると思いますか?」
ケレグント師は、虚空に文字を書くような仕草をした。
魔術師クランの講義ってこんな感じ?
「強力な【病気の元】が侵入した場合に分かるわ。
人間族その他の種族はバタバタと死ぬ。
でも、ゴブリン族は生き延びる」
ネリーが答えた。
「その通りです。
さらに前提を追加します。
【病気の元】の感染は相互に起きます。
どうなるでしょう?」
ネリーはしばらく考えこんだ。
「ゴブリン族は【病気の元】の運び屋となる。
ゴブリン族だけは【病気の元】と共存できるんだから」
ネリーが答えた。
流石ネリー。
そうなるんだ。
うん、確かにそうなりそう。
「ては、人間族としてはゴブリン族をどうしますか?」
「殺す、ことになると思う。
病気の運び屋は危険過ぎる」
ネリーが答え、さらに続ける。
「御伽噺に書いてある。
ゴブリン族のいる下水道に冒険者を派遣する。
ゴブリン族の耳に賞金をかける。
比較的平和に共存していたゴブリン族も安心できない。
賞金目当ての冒険者はやってくる」
ネリーは冷静に語った。
「その通りです。それを前提としてお聞きください」
ケレグント師は言った。
もしかして、ここまで前置きとかないよね?
ないよね?
オマケ
ゴブリン族の免疫のモデルは、コウモリです。(もちろんファンタジーの範囲です)
現実のコウモリは哺乳類では特殊な免疫を持っていて、様々なウイルスと体内で共存し、ウイルスを運ぶそうです。
だから、野生のコウモリに触ってはいけないんだとか。