第39話 ケレグント
「荷物重い〜、私、頭蓋骨より重たい物は持てない〜」
買い物途中で死霊術師のネリーが音を上げた。
「アタシの半分ぐらいしか持ってないじゃん」
レヴィの家まで、帰りは上り。
驢馬か荷馬を雇うか。
……ん?あれは?
アタシ、ネリー、スザナの三人は、各々の体力に応じて荷物を持つことになった。
スザナは西瓜売場で発見したよ。
スザナはレヴィの家に向かう途中で、アタシ達へのお土産を物色していたんだって。
「荷物運びなんてスケルトンにやらせれば良いじゃない。何で市内でスケルトン召喚しちゃ駄目なのよ」
ネリーはまだブツブツ言ってる。
なぜ駄目なのか、ネリーならわかるよね。
「あれ、鍵が開かない」
おかしいな。ここの鍵はスムーズに回るはずなんだけど。
「あーもう、開かない!と思ったらあいたよ。シオドアー、食料買って来たよ」
……。
家の中はひどい有様だった。
こめかみから血をながし、フラフラしてるシオドア。
マデリンさんに抱きかかえられたレヴィ。
側に立つレイラさん。
ひっくり返った椅子。
そして、見たことのない男。
「誰よ、このデブ」
スザナが直球に男の容姿を表現した。
「ちょっと、スザナ、やめた方がいいわ。
あのデブ、すごい魔力よ」
止めてるネリーも直球だ。
目の前の鼻血の巨デブ。
黒髪で青い瞳でエルフの耳、おそらく東方エルフ族だ。
アタシさ、ダンジョンゲートの管理人のハイエルフが『すっごい巨デブ』だって聞いたことあるんだよね。
人外に片足突っ込んだ連中、三人目か。
彼等がなぜ訪ねて来たのか。
推測はできる。
多分、レヴィ関連だ。
アタシは一呼吸する。
探索開始。
「目の前の巨デブのハイエルフに穏便に帰ってもらう」
まずは。
「マデリンさん、私は『輝ける闇』トレイシーと言います。
うちのシオドアの治療をお願いできませんか?」
アタシは頭を下げて頼む。
レヴィにやらせることも考えたが、ここはロイメ一の治癒術師に頼もう。
レヴィの面子より、シオドアが大事。
「やっだーもぅ、ごめんね!すぐやるわぁ」
マデリンさんはレヴィを膝から下ろすと、シオドアの治癒にかかる。
見る見るうちに、フラフラしていたシオドアが、しゃんとした。
まず、一つめ。次は。
「失礼ですが、この家に何の御用ですか?
うちのシオドアに暴力を振るうの止めてもらえます?」
アタシは巨デブのハイエルフに言った。
「それはシオドアに言ってください。私は殴られたので、殴り返しただけです」
巨デブは答えた。
そういや鼻血出してるね。
あれ、シオドアがやったのか。
「何やってんのよ、シオドア。
こういう大物はそれなりに遇して、早めに帰ってもらうモノでしょうが」
アタシはシオドアに文句を言う。
何やってんのよ。
シオドアには、ホント庶民の知恵というのがないんだよ。
お上にいちいち逆らってどうするんだよ。
「意見の相違があってね」
シオドアが答える。
「シオドア、目眩とか頭痛はない?
手足に力入る?片足で立てる?
必要ならマデリンさんにもう一回術を頼んだ方がいいよ」
ネリーが、シオドアに質問している。
「ああ、大丈夫だ」
シオドアは答えた。
「シオドア、少し座ろう。
頭を打った後は安静にしたほうがいい。
先生も親方もそう言っていた」
スザナがシオドアをソファーに誘導する。
「大丈夫ですナリカ?水は入りますか?」
レヴィが心配そうに声をかける。
治癒術かけてもらった後で、水が欲しくなることは時々ある。
「大丈夫だ。レヴィはここにいてくれ」
シオドアが答える。
ソファーに座ったシオドアと、甲斐甲斐しく世話を焼く女の子達。
大丈夫そうだね。うん。
「私は疑問なんですよ。
なぜ女の子達はみんなシオドアの味方をするのでしょうか?」
巨デブがレイラさんに話しかけた。
「見た目じゃない?モテたいなら痩せたら?」
レイラさんが答えた。
アタシも同じ気持ち。
え?巨デブの人相はどんな風だって?
痩せたらイケメンだったりしないかって?
うーん、肉の印象が強すぎて良く分からない。
よくよく見れば、青い目は切れ長だし、鼻筋は通ってる。
でも、まあ、デブだよ。でかいデブ。
「鼻血出てますよ」
アタシは巨デブにハンカチを差し出す。
祖父の教育の一つ。外出の時はハンカチを持て。
いざという時は、包帯代わりにもできるゾ。
「ありがとうございます」
巨デブはあっさり受け取った。
巨デブは受け取ったハンカチで鼻をちーんと噛んだ。
もう返してくれなくてもいいかな。
「今日はお引き取り願えませんか。
今度、副リーダーのヘンニも揃えてお話を伺います。
冒険者ギルドでも、どこでも出向きますから」
何が起きたのかシオドアに話を聞いて、作戦練らないと。
「ちょっと待ってくださいナリ」
レヴィがアタシの後ろから発言した。
「レヴィは今、話を聞きたいですナリ。
そのヒト、レヴィが知らないことをたくさん知ってるナリ。
レヴィは成人ですナリ。
自分の運命を自分で決められるですナリ」
……探索は失敗か。
ま、いっか。当事者はレヴィだ。
「ケレグントシですナリね?」
レヴィが巨デブに質問する。
「私はケレグントですよ。
師は先生という意味です」
あれま。シオドア、ハイエルフの先生がいたの?
うちのシオドアは、只者じゃないと思っていたけど。
「シオドアは魔術をハイエルフに学んだの?」
ネリーが驚いたように質問する。
「まさか。僕はケレグント師に魔術を習うほどの才能はないよ」
「私がシオドアに教えたのは、医術と料理ですよ。
医術にかんしては、教え損ねたようですし、実質は料理の先生ですね」
シオドアの料理の先生かい!
「あ、お世話になってます」
アタシはペコリと頭を下げた。
機嫌取りもあるけど、それだけじゃないよ。
『輝ける闇』のメンバーは、間違いなくこの巨デブに世話になってるわ。
シオドアの料理は美味いよ。
あんた、伊達にデブやってないね。