第36話 シオドアの意地
大家の家はすぐ分かった。
集合住宅の南側、広めの通りに面した家。誰もが考える大家の家だ。
「大家さん、いらっしゃいますか?」
シオドアが扉をノックする。大家の扉にはノッカーが付いていた。
大家は初老の痩せぎすの男だ。
「死んだ冒険者の家族のことで」と言うと、胡散臭そうに中に招かれた。
「申し訳ありませんが、あの家族には金はありませんよ。
死んだ長男の借金を親から取り立てようなんて無理ですからね。
神殿に駆け込まれておしまいですよ」
大家は言った。
この大家は、思ったほど悪い人ではないのかも。
死んだ冒険者は、思った以上に駄目な奴だったかも。
「死んだ冒険者の遺髪を届けに来ただけです。
質問ですが、あの家族は家賃を溜めてませんか?」
「溜めてますよ。稼ぐはずの長男は死んでしまうし、母親は調子が悪いし。どうしようもありません。
もうじき次男が成人しますから、そしたらもう少し稼げるはずなんですがね」
大家はキセルで煙草を吸いながら言った。
「溜めてる家賃は何ヶ月分になりますか」
「二月分です」
「では十四ヶ月分払います。溜めてる二月とこれからの一年分です」
シオドアは宣言した。
アタシはノーコメント。
シオドアは金持ちだし、払いたいなら払えば良いと思うよ。
「冒険者さんですか。随分景気がよいようですね」
大家が煙草の灰をコンコンと落とす。
「おかげさまで。
ダンジョンの神の気まぐれに会いました」
シオドアは答える。
嘘は言ってないね。
ゴブリン族のレヴィに会ったし、大規模なダンジョンの仕掛けも見つけたよ。
金にならなかったけどさ。
当然だけど、大家は喜んで家賃を受け取った。7000ゴールド✖14ヶ月で9万8000ゴールドだ。
「他にもツケが溜まってますよ」
「いくらぐらいですか?」
「3万ゴールド程です」
シオドアは小金貨3枚で3万ゴールドを渡し、さらに小金貨を3枚出す。
「この3枚は大家であるあなたにです。あの家族にできる範囲で便宜を図ってもらいたいのです」
「ま、できる範囲でやります」
大家は答えた。
「次男は魔術道具職人になりたいそうですが、良い弟子入り先をご存知ありませんか?」
シオドアが質問した。
ロイメには魔術道具の工房はたくさんある。
薄給で過酷な職場なら、わりと誰でも入れる。
でも、条件の良いところはコネが必要だったりする。
「そう言いましてもネェ、私も忙しくて」
「分かりました。工房は僕が探します」
シオドアは言った。
大家は胡散臭げにシオドアを見ている。
うーん、この大家、頼りになるのかなぁ。
いや、そこそこ頼りにはなると思うけど、善人なのか、悪人なのか。
と言うかさ、あの死んだ冒険者の家には、まだ資産があるんだよ。
何って?
十歳ぐらいの妹がいたでしょ。
娘を花街に売れば、滞納してる家賃とツケぐらいすぐに返せるんだわ。
「シオドア、あのさ」
アタシはシオドアに耳打ちした。
善行やるなら最後まで。
中身は空かもしれないけれど。
シオドアは一つ溜息をつくと、大家に一発かました。
「僕の名はシオドア・ストーレイ。ストーレイ家の者です」
大家の手が止まった。
「アチッチッチッ!」
大家の吸っていたキセルの煙草から灰が落ちて、反対の手に落ちた。
「初級治癒」
大家の手に治癒術をかけたのはシオドアだ。
手のかかるじいさんだねぇ。
「そういうことなら、早く言ってくださいよ!」
大家は言った。
娘を売り飛ばすより、ストーレイ家とコネを作る方が得だし安全だ。
この大家が善人なら娘は売り飛ばさない。
悪人ならもっと売り飛ばさない。
「あの家族とは大した縁ではないのですが、善行をやり遂げたい気持ちなんですよ。
ご協力をお願いしますよ、大家さん」
シオドアははっきりと口に出した。
「大家さん、この男、怒るとけっこう怖いわよ」
ネリーが高飛車に言った。
「分かりました、分かりましたよ。
できる限りのことはやります。
もし、金も含めて私の手に余ることがあったら、どちらにご連絡すれば良いんですか?」
「『冒険の唄』に頼みます。
僕がストーレイ家の者かどうかについても『冒険の唄』で確認して頂いてけっこうです」
こういう時は冒険者クランは役に立つ。
「分かりました。真っ赤っ赤な髪の女と、片足をまる出しにした女、二人の女を連れた男について確認しますよ」
大家の言い方、なんか腹立つわ。
「シオドアとしてはレヴィに良い報告をしたいわけ?」
帰り道、アタシはシオドアに聞いた。
あの家族にあそこまで入れ込むには理由があるよね。
「それもあるよ。
でも僕個人として、死んだ冒険者がレヴィと出会ったことは、皆にとって良いことだったと言えるようにしたいんだ。
死にかけとはいえ、単なる冒険者とゴブリン族が話をするなんてそうあることではないんだから」
シオドアが答えた。
皆にとって良いことかぁ。
難しいね。
「大蒸し風呂に寄って行かないか。
母親がイヤな咳をしていた。さっぱりしたいよ」
シオドアが話を変えた。
良いね。蒸し風呂。すっきりできそう。
「大蒸し風呂は久しぶりだわ。マッサージ受けたい」
ネリーが言う。
アタシ達は、ロイメ名物の大蒸し風呂に寄って、買い出しもして、レヴィの家に帰った。
あ、混浴とかじゃないからね。変な想像しないように。
アタシ達はレヴィに、死んだ冒険者の家族についてちょっとたけ柔らかめに話をした。
母親は泣いてたって。
弟がいて、家族のために頑張るって言ってたよ。
遺髪はちゃんと家族に渡したよ。
そんな話だ。
嘘じゃないよ。




