第29話 意趣返し
コンコン。
玄関の扉がノックされた。
また客か。
どうせナガヤ・コジロウ関係でしょ?
アタシは立ち上がった。
どこのどいつだ?
受けて立ってやろうじゃない。
「いきなりの訪問たいへん失礼する」
予想外の客だった。
ナガヤ・多分・コサブロウのほう。
「ねぇこれ何?」
読み終えて、アタシはナガヤ・コサブロウに手紙を突っ返した。
やって来たコサブロウからアタシが渡されたのは、ナガヤ三兄弟の長男コイチロウからの手紙だ。
見るからに高価そうなアキツシマ紙に書かれた手紙。
「拝啓、トレイシー・モーガン殿
此度兄である、私コイチロウが訪問すべき所を、代理で弟コサブロウに行かせることをお許し願いたい。
敬具、ナガヤ・コイチロウ」
これだけ。内容がないよ。
何のこっちゃ。
「いや、だから要件は手紙に、……あ、兄者ァ、騙したな!」
コサブロウは手紙を見て、目を白黒させた。
何が起きてんねん。
「これはやりたくない面倒なシゴトを弟に押し付けたってヤツだわ。
ご苦労さま、コサブロウ」
ネリーが貴族らしく偉そうに言った。
「フムフム。つまり、お兄さんにはめられたってことでスカ」
セリアがズケズケと言った。
コサブロウはがっくりと肩を落としている。
「で、あんたら兄弟が言いたいことは何だい?
大陸トロール族のあたしでも分かるように言いな。分かりやすくね」
ヘンニが威圧感たっぷりに言った。
コサブロウはヘンニに気圧されて、脂汗をかいている。
この家にいるのは、コサブロウ以外みんな『輝ける闇』のメンバー。
そしてコサブロウ以外は全員女。
コサブロウは圧倒的なアウェイだ。
「つまりそのあの、要はだ……我が兄のナガヤ・コジロウが、そこにいるトレイシー殿を夏の祭りに誘ったが」
「誘ったが?」
アタシは問い詰める。
「我ら兄弟は運試しの賭けの最中でな……。
つまり、何の約束もできぬと言うことだ!」
残りをコサブロウは一気に言った。
言いたいことは何となく分かった。
この三兄弟は育ちが良いと思っていたが、本当に金持ちなんだろう。
何の約束もできない、つまり財産分けはできないという意味だ。
要はアタシみたいな育ちの悪い女はお呼びじゃないということだろう。
今、アタシは猛烈に腹を立てている。
これ、普通だよね?
その時だ。
玄関でバタバタと音がした。
「遅いわよ、シオドア」
ネリーが言った。
あれま、シオドアも来たんだ。
さらにおまけでギャビンも付いて来た。
「ナガヤ・コサブロウ、何のための訪問だ?」
シオドアは明らかに腹を立てていた。
この男はよく起こったフリをするが、今回は演技じゃない。
「いや、あの」
コサブロウの脂汗はさらに酷くなった。
「うちのパーティーメンバーを君の家のトラブルに巻き込まないでくれ。
必要とあれば、『青き階段』のクランマスターにその旨を申し入れる」
ナガヤ・コサブロウの脂汗はさらにさらに酷くなった。
シオドアやヘンニが怒ってくれたせいで、アタシはだいぶ冷静になった。
大丈夫だ。ここはホームで、みんなアタシの味方だ。
兄貴に半分騙されて、お使いのつもりでやって来たコサブロウが気の毒にも思えてきた。
あくまでちょっとだけね。
それにしても、アタシもコサブロウもスザナも!この場にいる当事者はみんな不幸じゃない?
いったい何が原因なわけ?
そもそもの原因は、アタシが試合でコジロウに勝ったことらしい。
トロール族的に言うなら、乙女コジロウに壁ドンしたようなモンらしいけど。
ふとひらめいた。乙女コジロウ。
つまりよ、アタシは塔に閉じ込められた乙女こと、《《お姫様》》コジロウを攫ってしまったのだ。
男女が逆だし、分かりにくいけど、多分、そういうことなのだ。
コサブロウはお姫様を塔に返せと言っているのだ。
「コジロウと夏の祭りには行かないわよ」
アタシは宣言した。
元々行く気はなかったけど、絶対行かない。
こんなめんどうな相手、こっちが願いさげ。
コサブロウは露骨にほっとした顔をした。
なんか腹立つ。
「トレイシーちゃん、いやトレイシー、俺と夏のお祭り行かないッスか?」
いきなり割り込んできてのはギャビンだ。
花束もちゃんと持ってる。
「いらない!」
アタシは断固拒否した。
ともかく、今はそういう気分じゃない。
ここで受け取ったら丸く収まっちゃう。
そういう気分じゃない。
さて、ここからが大事だ。
うまくいけばナガヤ・コイチロウとコジロウに意趣返しができる。
あくまで、うまくいけば。
無理は禁物よ、トレイシー。
「ねぇ、スザナ」
テーブルに突伏していたスザナにアタシは話しかける。
スザナはビクッと肩を動かした。
「スザナは本当にコジロウが好きなの?」
しばらくの沈黙の後、スザナはテーブルに突伏したまま小さくうなづいた。
「コジロウには、交際に反対する面倒な兄弟が引っ付いてるわよ。
もしかしたら、面倒な家も引っ付いてるかも」
アタシは言った。
スザナは反応なし。
「付き合っても何の約束もできないんですって。
女と付き合って、子供を女に押し付けて、いなくなる典型的なトロール族の男みたいね」
スザナは反応なし。
「ねぇ、スザナ。そんな男でもあなたは、コジロウ姫が好きなの?」
アタシは問いかける。
「コジロウ姫?」
「そういうことでしょ、つまりコジロウは塔に囚われているお姫様よ。
役に立たない見栄えが良いだけの男。くだらない男!」
スザナがテーブルから顔を上げた。
「コジロウの悪口言わないでよ!トレイシー」
スザナの頬に涙の跡はあるけど、もう泣いてない。
それにしてもマジか。これだけ言ってもコジロウが好きなのか。
まあ、アタシには都合が良いけど。
ここまでくれば後は締めだ。しくじるな、トレイシー!
いけ!やれ!
その時。
ドカン。
ヘンニが拳をテーブルに打ち付けた。
びっくりした。
でも、本気じゃないね。
ヘンニが本気なら、今頃テーブルが砕けてる。
「そんなにも、コジロウが好きなのに、お前は何故そこで泣いている!」
ヘンニは言った。
すごい迫力。
スザナはビクッと肩を震わせるが、今度は泣かなかった。
ヘンニらさらに続ける。
「スザナ、あんたはトロール族の血を引く女で、戦士だよ!
お前のやるべきことは泣くことじゃない!
好きな男を叩きのめして、『あたしの男になりな』って言うことだよ!
それがトロール女戦士の恋の勝負だろ!」
あ、やっぱりそうなんだ。そうじゃないかと思ったけど。
「いや、コジロウ兄者はその……」
コサブロウはあわててる。
分かるよ、分かるよ。
コジロウ姫に新しい悪い虫が付きそうだしね。
「ソノもコノもないよ。
ここまで来たら、コサブロウ、アンタも協力しな!
逃さないよ!」
ヘンニは言った。
すごい迫力。
悔しいけど、アタシが言うより効果的だ。
アタシはコジロウ姫を塔から攫いきる根性はない。面倒くさいってば。
だから、別の女に攫ってもらいましょ。
これがトレイシーのナガヤ・コイチロウとコジロウとコサブロウ兄弟への意趣返しだよ。